kanaco
2025-10-22 23:20:07
3281文字
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【十二信】魔法の子守歌

《十二信》ある夜、うなされている信一くんのために子守歌を歌ってあげたい十二くんのおはなし。

うなされている声が聞こえて、十二はゆっくりと目を開いた。

ソファの上で体を横にしたまま耳を澄ます。やはり声が聞こえる。

体を起こし掛け時計を見た。窓の月明かりを頼りに目を凝らせば一時を回ったところだった。かけ布団から抜け出してベッドの方に目を向ける。十二に背を見せるようにして眠る部屋主の姿が映った。

音を立てぬよう注意して信一のベッドに近づく。一人でベッドを占拠しているというのに、信一は壁際へ逃げるように身を寄せていた。表情は見えない。唸るかのような声だけが続いていた。

十二は小さくも長い溜息をつくと、そっとベッドに腰を降ろす。刺激をしないよう座ったつもりだったがベッドは軋み音を出した。幸い信一は身じろぎすらしない。十二は一瞬ヒヤっとした後に胸をなでおろした。

彼の恋人は九龍城砦を王九から奪還した後、復興に向けて忙しい毎日を送っている。

その肩には多重の任務が圧しかかっていた。疲労やストレスが溜まる一方で、休息は十分でないように見てとれた。だから十二は久々の2人きりの夜であっても、信一の身体に負担をかけないように努めたし、寝場所すらも別々にしたのは、できる限り体を休めて欲しかったからだ。

(こうやって毎日、うなされているのだろうか)

どうしてやったらいいのだろう、と眉を寄せる。

悪夢を見ているのならば、起こしてやった方がいいか。
しかし貴重な休息だ。簡単に起こしてしまっていいものか。

十二は寝苦しい夜の解消法を一つだけ知っていた。


十二が砦に来たばかりの頃。辛い苦しい感情に苛まれ、眠れなかったり、うなされる日々が続いた。そういう時は信一が十二のベッドにいそいそと入ってきて子守歌を聴かせてくれたのだ。

「~♪~~~♪」

その歌は元々、幼い信一を寝かしつけるための龍兄貴の子守歌であった。それでも信一の見よう見まねの歌声は十二の心に十分に届いた。

それに信一は歌う時、体のどこかを触れ合わせた。

頭を撫でる、ゆっくり優しく胸を叩く、手をつなぐ、肩だけをくっつける、背中合わせ、十二が逃げるなら、気遣うように指の先だけが腕にそっと置かれたり。

十二の様子に合わせて、方法や接触する面積は様々だったけれども、必ずどこかが触れ合った。


信一の声が聞こえる。
信一の肌が触れている。
信一がそこにいてくれた。


たとえ上手な歌ではなくても、穏やかな声色に優しく包み込まれる気がしていた。どんなに小さかったとしても、触れ合う場所は人のぬくもりを実感させた。自分は一人ではないということが、荒み苦しんだ十二の幼い心を安心させ、強くしたのだ。信一はそういう寄り添いを十二に惜しみなく与えてきた。そうして2人くっついて、気がつけば何の不安もなく眠りに落ちていく。

十二にとって信一の魔法だった。だがこの魔法は。

(信一にとっては龍兄貴の魔法だ)

 ベッドの上。見つめていても信一の声は一向に穏やかになる様子がない。

少しだけ悩んで、十二は躊躇いがちに信一へ手をのばす。右手をペタリと信一の首にくっつけた。そのまま動かさない。信一の身体が少し冷えている気がした。体温の高い自分の手のひらから、熱がじわじわと伝わって広まればいいのにと願う。ひと肌はそこに心配する誰かがいることを、きっと信一に教えてくれるのではないかと、そんな風に。

うなされる声が止んだかもしれない、と十二が思った時に信一が寝返りをうった。壁向きから十二の方を向く。

十二の真剣な目と信一のぼんやりとした目が合う。

お互いに声は発しなかった。寝返りをうったことで離れてしまった手のひらを、十二はまた遠慮がちに今度は信一の頭の方に伸ばした。髪を優しくゆっくり撫でてやると、信一がぼんやりとした瞳のままそれを受け入れる。十二はひたすらに繰り返す。

少し前にも同じようなことをした。
水上小屋だ。

誰もが悲しみ、怒り、滅入り、疲れ、項垂れていた。感情の強さが何に向かうのかは三者三様であったと思う。動きたくとも、動けない。いや。動きたくないのか。心身ともに打撃を受けた信一、四仔そして十二は身を寄せ合い燻りながらも時を待っていた。何であっても支え合うことが大切だった。

やつれ、思考へと沈みゆく信一が眠れない日。十二は信一を助けてやろうとした。幼かったあの頃に信一が十二を助けたように、一人ではないということを気づかせ、寄り添ってやりたかった。

小屋の中で壁に背をつけ、ぼんやりとした瞳のまま座る信一の隣に腰を下して、彼の手を握った。まだ残る、五本指の方の手を。十二がしっかりと握っても信一はちっとも握り返さなかった。しかしコトン、と十二の肩へと頭を預けた。十二は信一がそこにいることにひどく安心し、かつての信一のマネごとをしようとして、パーマのとれかかった髪を気遣うように撫でて、それから。

……声だけが出てこなかった。


十二にとっては信一の魔法の子守唄。
けれど。
信一にとっては龍兄貴の魔法の子守唄。


十二は傷ついた信一の隣にいたし、肌を合わせて寄り添った。きっと十二の気持ちは信一に伝わっていた。だが。十二が龍兄貴の子守唄を歌ったら信一はどう思うのだろうか。その心は十二を通り越して龍兄貴に寄り添って、そのままフワリとどこかへ飛んでいってしまうのではないか。

十二の触れる手と、龍兄貴の子守唄。
十二はこちらにいる、龍兄貴はあちらに。
手と歌。どちらの方に信一が惹かれていくか、など。

恩人を守れず、親しい人たちを多く亡くし、王九に破れ、九龍城砦を追われ、親友たちはみな傷つき、架勢堂に、虎兄貴の元に戻ることはできないだろうと戒めた。虎兄貴には大きな迷惑さえかけてしまった。十二の心の中には激しい怒りが宿り、闘志の炎はずっと絶えることはなかった。だがそのギラついた心がひた隠そうとする奥底に、恐怖と痛みがあることも十二は自覚していた。

あの生活の間、十二の声は一度も歌を紡ぐことはできなかった。ただただ信一の手を離すものかとしっかり握って、自分の肩に寄りかかる頭の上に自分の頭も乗せる。撫でたり、肩を抱いた。子守歌の代わりに波の音を聞いて、体と心を休め、来るだろうと信じた転機を待ったのだ。

遠い昔の話ではない。たった数か月前のこと。

意識が過去へと飛んでいた十二が我に返ったのは、大人しく撫でられていた信一が急に手を伸ばして、十二の手を掴んだからだった。

信一は十二の手をひっぱって自分の頬へと擦り合わせた。先ほどまで眠っていたはずなのに、信一の頬はやはりヒヤリとしていた。それでも自分が与える体温でじっくりと温められ、熱が戻っていくような気がして安心する。

しかし十二がホッと息をついたのを信一は溜息と捉えたようだった。緩慢な瞳がゆっくりと動いて、口もひらいた。

どうした?」
囁くように掠れて、十二を案ずるような声だった。
「眠れないのか?」
腕をひかれた。
「おいで、歌ってあげる」

言葉にうまく言い表せないような、しかしカッと熱くなるように込み上げる感情が十二の中に流れて溢れた。やるせないのか、いたわしいのか、もどかしいのか、情けないのか。変えられてしまった、しかし変わらない目の前の存在がただ愛しいのか。

十二は布団の中に入り込むと、横に寝転がり信一の頭を片腕で胸にかき込むようにして抱きしめた。腕に力を籠める。信一の髪が頬に触れた。

これ以上は無理なほどに身体を密着させれば、信一の片腕がおずおずと十二の背中に回る。

お互いの心音が重なるような気がした。一定のリズムを一緒に刻んでいる、2つの穏やかな鼓動。

信一の息が十二の胸にフワリとかかった。

………やっぱり、お前が歌ってよ」

信一がポツリ、言う。
十二はぎゅっと目を閉じる。

自分の肌で、そして声で。
自分がお前のそばにいると、信一に伝わったらいい。

そう祈るように十二は初めて、子守歌を口ずさんだ。