ニイナ
2025-10-23 00:00:00
4300文字
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十年の恋の実り

現パロのロドフ。幼馴染のふたり?
ローの長年の片思いの話。

 隣に引っ越してきたトラファルガー家で子供が生まれた時は、新しい弟ができた気分だった。ちょうどドフラミンゴが小学生に上がる頃、ひとり息子であるローが生まれて、ドフラミンゴはこのちいさな命がやけに眩しく見えたのだ。それを、今も昨日のことのように思い出せる。
 コミュニケーションを取るのが苦手ではないドフラミンゴだったものの、子供と全力で遊んだりということはあまりできないタチだった。その分、実の弟であるロシナンテは容赦ない、というよりも加減もなくローの遊び相手になっていたので、どちらかといえばローはロシナンテに懐いているのだと思っていた。
 それが案外そうでもないとわかったのは、ドフラミンゴのある誕生日の時だった。誕生日はドンキホーテ家とトラファルガー家が集まって過ごすということも多かった。良好な関係に加えて子供同士が仲良くなっていたので、親も気兼ねなくそうしていたのだろうとドフラミンゴは思う。
 その日、ローは自分の誕生日よりもよほどそわそわとして落ち着かない様子で、ドフラミンゴへひとつの包みと一通の手紙を差し出してくれた。誕生日おめでとう、とどこか緊張した面持ちで告げたローの硬くなった顔も、ドフラミンゴの記憶の中で鮮明だった。身長差のせいでぐっとドフラミンゴを見上げるかたちになっているローに視線を合わせて、ドフラミンゴは素直に喜びを表した。
 ありがとう、とプレゼントと手紙を受け取り、ローの頭を撫でるとその顔がみるみる赤くなった。自我というものが確立していくなかで、こんなふうに照れを見せるローに成長を感じてドフラミンゴは感慨深くなっていた。その時のドフラミンゴもまだ子供という歳だったのだが、ローの成長はロシナンテのそれとは全く別物で微笑ましかったのだ。一足先にローからの贈り物をもらった後はロシナンテに盛大に祝いの言葉をもらい、両親とローの両親からもプレゼントをもらって賑やかなパーティーになった。この時にローにはまだ幼い妹がいて、場をいっそう明るくさせていた。ドフラミンゴにプレゼントを渡してからしばらくは硬い顔をしていたローも、しだいに表情がやわらかくなって食事やケーキを楽しんでいた。
 ローからの手紙にはまだ拙い文字で、ドフラミンゴを祝う言葉が連ねられたあと、ドフラミンゴが好きなことと、ずっと一緒にいたい、ということが認められていた。子供ながらにしっかりと想いを伝えてくるローにドフラミンゴは胸があたたかくなるのを感じていた。年の離れた兄を慕うのだろうそれを微笑ましく受け止め、ドフラミンゴはことさらローに甘くなってしまった。
 それが、ちょうど十年前のことである。そしてこの十年の間、ローは誕生日に毎年欠かすことなくドフラミンゴへと手紙を渡してきていた。一緒に渡されるプレゼントも少しずつ大人びたものになり、手紙の内容もだんだん意図がはっきりするようになった。はじめの数年は、子供らしい願い事で、好きだから一緒にいたい、というものだった。無条件に与えられる親愛にも似たそれに胸をくすぐられ、あたためられ、ローの成長を見守らなくては、という気にドフラミンゴはなっていた。
 そうしてその後、ローが中学に上がる頃になると、結婚してほしい、という言葉が出てくるようになった。それに突拍子もないことを、と訝ったのだが、同性の婚姻も珍しくなくなり、結婚によって一緒にいられることが約束されるという理解をしたのだと思えばそんなものかとどうにか納得することができた。ローの気持ちは身近な相手への憧れのようなもので、それがすこし思い違いであたためられているのだと、ドフラミンゴは思っていた。
 けれども中学に入って高校に上がるまでになると、ローの手紙にはもっと熱が籠もるようになった。連ねられる言葉は、大好きで側にいたいから結婚してくれ、というそこまで変わらない内容なのに、その手紙からどういうわけか熱が伝わってくる。気の迷いや勘違いだとなんとか折り合いをつけていたローの感情が、さすがにドフラミンゴの心臓を撫で上げた。この十年の間に、もちろんドフラミンゴに恋人はいた。それがローに知れたときには一度目は驚愕され、二度目は悄然とし、三度目には浮気だと捲し立てられた。浮気もなにもない、と言う弁明に耳を貸さないローと、そんなローの味方につくロシナンテとで、ドフラミンゴは幾度か苦い目に遭っていた。
 そうして迎えた誕生日は、手を回したのだろうロシナンテによってローと二人きりにされていた。真っ先にドフラミンゴへプレゼントを渡そうとしていた頃とは違い、ローはこの数年はゆっくりと渡すようになっていた。ひとしきり両親たちに祝われた後で二人になってから、ローがドフラミンゴの隣に座ってちらりと目を向けてくる。その眼差しに熱っぽさを感じて、ドフラミンゴはどうにも落ち着かなくなった。気の迷いだと、思い違いだと言い聞かせるにはローの眸はあからさまで、ドフラミンゴを逃がそうとしない。今好きだと告げられる意味を、ここにきてようやくドフラミンゴは理解してしまった。
「ドフラミンゴ」
「なんだ」
「誕生日、おめでとう。アンタが生まれてきてくれて、嬉しい」
「フフフッ、ありがとな」
 歯の浮くような台詞でも、きっとどうしようもないほどの本心なのだろうとドフラミンゴは思う。素直にそう思ったから、口に出したというだけのものだ。
「これ、受け取ってくれ」
…………ありがとう」
 手渡されたのは一通の手紙と、一対のピアスだった。センスの良いアンバーのピアスを撫で付け、手紙に目を落とす。隣から早く読んでくれ、という圧を感じてドフラミンゴはため息を堪えて封を開けた。星座のあしらわれた青い封筒には薄桃色の便せんと、もう一枚別の紙が入れられている。かさりと指に触れる質の良い紙の感触に目を丸くしてそれを開けば、その紙は記入済みの婚姻届だった。
「ロー、お前、」
「ドフラミンゴ、おれと結婚してくれ。もうその歳になった」
「それは、そう、だが……
「アンタ以外、おれは欲しくない」
 驚愕とともに納得してしまうという不可解な感情を抱いてローを見つめ返せば、驚くほど真剣な榛色の眸が揺るぎなくドフラミンゴを映した。冗談などではなく、本気で本心でそう言ってくるローに目眩がしてドフラミンゴは手にした婚姻届を握りしめてしまった。この十年、ローの気持ちが変わらなかったという事実が、あまりにたまらずドフラミンゴは目を伏せるしかない。
「お前は、もっと他に目を向けて、いい」
「それが出来てたらそうしてる。けど、アンタに出会った時点でそんなもん無理だ」
「ロー……
「おれは、アンタが好きだ。アンタ以外じゃ意味がねェ。この先も、ずっとそれは変わらない」
…………
 そっと握りしめた手に手を重ねられ、ドフラミンゴは息を詰めた。ちいさかったはずのローの手も、男のそれになっていて、伝わる熱は確かにドフラミンゴを求めていた。わずかに汗ばむローの手が熱を分け与えて、ドフラミンゴの感情を揺らす。
「今更、アンタ以外を見れるわけもねェだろ」
「だったら、もっと早く、」
「諦められなかった」
……っ」
 この十年がローにとって無駄なものだったかも知れない、と思うのに、見切りをつければ良かったとも思うのに、ローがきっぱりと言い捨ててドフラミンゴは反論する言葉をなくした。何度となく諦める機会はあっただろうに、ローがそうしなかった、という事実も、ドフラミンゴの胸を鷲掴みにする。
「諦められるほど、簡単な想いじゃねェんだよ」
「ロー」
「アンタが好きだ。愛してる。おれと結婚してほしい」
 それはあまりに切実な声だった。乞い願うようでもあった。ローの痛いほどの想いが、手のひらから眸から、全身から伝わってきて、ドフラミンゴはゆるりと首を振る。ローを拒む理由を、ドフラミンゴは持っていなかった。それよりもむしろ、歓びを感じてしまっているのだ。
 ローから手紙を初めてもらって、十年、経っていた。その手紙は、ドフラミンゴにとってかけがえの無い大切なもの、だった。捨てることなどできるはずもない、ものだ。それは手紙そのものというだけではなく、そこにある感情すらも含まれている。
…………お前が、他を見ても、」
「見ねェよ」
「もう、離してやれない」
「だから余所見なんざしな、え?」
「ロー、お前と一緒に、いさせてくれ」
「っ、それ、一時しのぎの言い逃れじゃねェよな? 後になって破棄するとかなしだぞ。おれは絶対に離れねェし別れたりもしねェ」
「わかってる」
「ドフラミンゴ……!」
 ぐいと手を引かれて大きくなったローに身体を抱きしめられる。感極まったローの震えた声に名前を呼ばれて、胸が満たされていく。痛いほどの力でローの腕に閉じ込められ、ドフラミンゴはそっと息を吐いた。
「お前が、好きだ」
「おれも、アンタが好きだ。誰より」
 こぼれ落ちた告白に一瞬、呼気が止まったかと思えば強くて揺るぎのない声があふれそうなほどの気持ちを伝えてきて、たまらなくなる。ローのぬくもりが熱くて、それがドフラミンゴにも移っていく気がした。熱も欲も、腹から昂っていき、目が回る。
「ロー」
「アンタをひとつ残らず、全部くれ。隅から隅まで暴いて、おれだけのもんにしたい」
「フッフッフッ、性急だなァ」
「こっちはずっと待ってたんだ、仕方ねェだろ。精通だって夢精だってオカズだって全部アンタなんだ。もう待ては聞かねェ」
…………は?」
「おれに喰われて、全部明け渡せ」
 何を言ってるのか、と開こうとした口をローに塞がれて、言葉通り食べられる。今告げられた事実に理解が追いつかないままでソファに押し倒されて身体が沈んでいく。それに焦りを覚えたところで火が付いた獣のようなローから逃れることは難しかった。
「ロー、待って、くれ」
「待たねェ」
「部屋が、いい」
…………わかった」
 さすがにリビングで事に及ばれるのは避けたくてそう言えば、ローが渋々離れて身体を起こす。むっと不服さを前面に出すローの頭をひと撫でして、ドフラミンゴも身体を起こした。自分の部屋に向かえば、この黒い獣に全部喰われてしまうのだ、という確信が、腹の奥をじくりと疼かせる。この時を待っていたのは自分も同じことなのだと今更ながら実感して、ドフラミンゴはローと共にリビングを出た。長い夜になる気配が漂うことには気付かないふりでローに身を委ねるしかなかった。