とはり
2025-10-22 20:17:27
9151文字
Public ひめこは
 

【ひめこは】リキュールにだって溶かせない(R-15)

酔った勢いで結ばれるひめこは

⚠️年齢操作あり(こはくもHiMERUも酒が飲める年になっている)
直接的な描写はありませんが、下ネタ・軽度の性的表現が含まれますのでR-15表記をつけています

五年も一緒にいればプライベートでくらい一人称『俺』になってるだろう なってたらいいな の願望のもとHiMERUの一人称を『俺』にしています
クレビの前以外では変わらず「HiMERUもそう思います……♪」って言ってる



リキュールは出てこないけど響きが好きなのでこっち採用

今日のこの日もまた真ん中バースデーじゃなかったっけ?というあやふやな記憶のもとpixivに放り投げたやつ
ほんとは半年前にできてた予定だったんだよねできなかったんだよね
両想いになるひめこは書けて楽しかった

予約投稿があることに初めて気づいた 使えばよかった




 燻る感情がグラスの底に沈澱している。マドラーで撹拌するとそれは透き通った水辺に蜃気楼のごとくゆらゆらと立ち上っていき、やがて溶けて見えなくなる。グラスを呷るとレモンの爽やかな酸味とアルコールの香が舌から喉を通って流れ落ちて、胃と脳にぼんやりとした熱を広げた。
 同じように、桜河こはくへの恋慕という蓄積するどうしようもない感情を流れゆく日常で希釈しては飲み込む。それを繰り返してもう五年ほどになる。実りもしない慕情を大切に育てているなんて虚しいとしか言いようがないが、俺だってこんな不毛な感情捨てられるならとうに捨てている。
 それができないから恋というものはとにかく厄介なのだ。
「HiMERUはん、もう酔ったん?」
 呼ばれて、声の元へ焦点を合わせる。ジョッキを呷った桜河が空になったそれをゴトリと鈍い音を響かせながらテーブルへと下ろしたところだった。
 もう何杯めのハイボールだろう。目の前でみるみる空になっていくジョッキに、いつからか数えるのを諦めた。
「酔ってませんよ」
「なんやぼーっとしとるから。もう酔ってしまったかと思ったわ」
 まだまだ潰れてもらったら困るで、なんて言いながらいつの間にか注文していたらしいウイスキーの瓶を傾けて自身のグラスに注いでいる。勢いよく注ぐものだから、とくとくという風流な音も掻き消えてしまっている。
 半個室の大衆居酒屋に風情など求めてもいないし、俺としては桜河とこうして二人きりで過ごせるのなら正直ムードなんて何でもいい。
 ESが発足してからもう六年が経とうとしている。ユニットでの仕事はもちろん、ソロでの仕事も安定して増えてきていて、各々別の時間を過ごすことも多くなってきていた。
 毎週配信されるCrazy:Bの番組も四人全員のスケジュールを合わせることが難しく、一日かけて何本も収録したものを回すのが習慣となっていた。
 今夜はその収録を終えた後、桜河から「今日飲みに行かん?」と誘われて今に至る。収録終わりの居酒屋ももはや恒例となっていて、二人きりで酌み交わすこの時間に慣れてきてしまい、最初の頃は浮き足立っていた心もいつの間にか凪のように穏やかなまま過ぎていくようになった。毎度、桜河の豪快な呑みっぷりに呆気に取られて、どうにも色気づいた雰囲気になりづらいことも影響しているのだろう。
 桜河の交友関係も広がってきていて、彼が頼めば話を聞いてくれる人もいるだろうが、近況報告や愚痴をこぼす相手には俺を選んでくれることが多かった。桜河の話に頷きながら、彼の望む耳触りのいい相槌で受け止める。呑みながら愚痴をこぼす桜河は大抵正論を求めていないことが多いから、適度に甘やかした返答をしているのも好感を買っている理由かもしれない。
 気心の知れた仲間、気の合う友達。役得なポジションに甘えて、もどかしいながらも心地いい距離感を手放せずずるずると片想いを続けている。
「HiMERUはんと話しとると楽やわぁ。HiMERUはんもないん? 溜まっとる鬱憤とか」
「──いえ、HiMERUは特に」
「ほぉん。できたひとやね、HiMERUはん」
 溜まってるといえば、五年間の間に積み重なったこはくへの劣情だろうか。なんて本人の前で言えるはずもない。
「わしはHiMERUはんの話も聞きたいんやけどなぁ」
 夢の中を揺蕩うかのような輪郭の薄い声は琥珀色のグラスに溶けた。会話なのか独り言なのか微妙なラインの声に返答するか戸惑う。
……俺は、桜河の話を聞いているのが楽しいですから」
 ぽろりとこぼれた言葉に桜河は「ほっか」と呟いてまた一口グラスを呷った。目が合うと眦を溶かして照れたようにはにかむ表情に、愛おしさが溢れてたまらなかった。
 暖色の淡い光が桜河の輪郭をぼやかして、心臓があまくくすぐられる。
 鼓動が脈打つ度アルコールの毒が体内に巡っていく。頭のてっぺんから蜜を浴びたような甘ったるい幸福が身体中を浸していた。

「あ、この串カツうまっ」
 うずら卵の串カツを頬張った頬が緩む。かわいい。桜河の仕草ひとつひとつを肴にして俺は酒を呷る。
「HiMERUはんも食べてみ?」
 ずい、と眼前にきつね色の衣が差し出される。丸みを帯びた輪郭。桜河が口にしたうずら卵の串だ。香ばしいかおりが鼻腔をくすぐる。
 同じシチュエーションになる度、HiMERUはカロリー計算をしていると抗議しているのに桜河は一向にやめようとしない。
 こちらが折れて受け入れるのが常だから調子にのっているだけなのだろうが。一度遠慮するターンが様式美だと思っている節があるのかもしれない。嫌よ嫌よも好きのうち、みたいに解釈されているのなら不本意だが、俺自身このやり取りを悪くないと思っているのだから甘んじて受け入れるしかない。
 桜河の誘いを断るなんて俺にできるはずない。甘美な誘惑に抗えない。アルコールの混ざった体であればなおさらだ。淀んだ思考はいつもより素直に口を開かせる。
 そして今回も例に漏れず、雛鳥のように唇を開いた。
「あっつ……!」
 串から抜き取った円形を歯で潰すと口の中で熱が弾けた。予想外の襲撃に思わず口を覆うと、桜河はコッコと小気味良い笑い声を漏らした。
 熱の塊を噛み砕いて喉に押し込み、続けて手元のレモンチューハイを流し込む。氷で薄まった液体が爆ぜた熱を鎮火してくれた。口の中を火傷したらどうしてくれる。
 己の迂闊さを棚に上げて桜河をじとりと見つめると、噛み殺すような笑いに変わる。また一口グラスを呷った彼は壁の角にしなだれかかって、くつくつと肩を揺らしている。
「相当酔ってますね?」
「んふふ、酔ってまへーん」
 くふくふと笑いながらタッチパネルを操作し、今度は焼酎を注文している。
 縦になっているのもめんどくさそうな気だるげな体の角度と、薄く膜を張ったすみれ色が寄越す柔らかな視線に心臓がくすぐられる。
 俺との時間をリラックスして楽しんでくれているのだと、纏う雰囲気からそれとなく感じられて至福に耽り、ひりつく舌の痛みも彼方へと飛んでいく。
 ほろ苦い片想いの中にときたまやってくる甘美な時間がたまらなくて、縋って甘えて、もう何年もここから動けずにいる。
「まだ帰りたくないなあ……
 端末で時間を確認した桜河がささやかに呟いた。
 ゆったりと持ち上がる濡れたすみれ色に喉が鳴る。湿った唇から転がり出たおねだりを拒絶できるはずなどなかった。
「うちに、来ますか?」
 アルコールの入った俺の体は口の滑りも良くしていた。毒より甘い誘惑に浮かれていたのもあるのだろう。この状況では下心でしかないであろう提案を持ちかけてしまう。警戒して訝しがられるかと思ったが、桜河はあっさりと頷いた。その目元がぽうっと色づいているように見えるのはきっと血液にアルコールが溶けているからだ。

 会計を終えて店を出ると、やけに静かに感じた。波が引くように店内の喧騒が遠くなり、夜のささやかなざわめきに包まれる。桜河との時間の終わりを告げられているようで、名残惜しさが体を通り抜けていく。緩やかながらも落ち着かなかったさっきまでの時間が夢だったように思えて後ろ髪を引かれる心地になる。数分前に交わした約束も夢のように淡く消えてしまうのではないかと一抹の不安すら過る。
 現実の境までもあやふやになったような感覚に、軒先に立ち尽くして空を見上げた。紺を塗り込めた空には一等星だけがちらちらと輪郭を揺らめかせながら輝いている。
 都会の夜風がぬるく撫でていく肌にあたたかい指先が触れた。手を反射的に引っ込める前に指を絡めとられてあっけなく捕まってしまった。
「いこ」
 短く言葉を吐き出して桜河は歩き出す。手を引かれて同じ歩幅で暗いアスファルトの地面を進んでいく。
 酔いが回って変に感覚が鋭くなった体の表面は、桜河の体温と肌の感触をつぶさに伝えてくる。いつもより高い体温が俺の肌をあたためて、二人分の指先の境界線を次第に柔らかくそして曖昧にしていく。
 どうして俺は桜河と手を繋いでいるのだろう。
 ぷらぷらと揺れる手の先をぼんやりと眺めながら浮かんだ疑問は、手の上の心地いい感触も手伝って、アルコールに浸った思考の奥底へと沈むように溶けていった。
 夢のように視界がぼやけていて、漠然と気分が良かった。

「もう一杯!」
「はいはい」
 適当に返事をしながら水の入ったコップを渡す。
 少し口をつけて「みず……」と呟いた桜河は透明な液体が入ったコップをすがめた目で見つめる。酔っていても味覚は鈍っていないらしい。頼もしいやら難儀やら。
「お手洗い、借りる」
「どうぞ」
 水を一気に飲み干して腰を上げた桜河はずんずんとトイレへと向かっていく。随分と深酔いしているように見えるのに、足取りは確かで本当にアルコールに強いのだなと感心する。桜河がトイレを済ませている間に二人分の水を注いでテーブルに並べておく。
 用を足して帰ってきた桜河の足取りは行きとは少し変わってどことなく浮わついているように思えた。ゆらゆらと上体を揺らしながら傍らまで戻ってきた桜河は立ったまま俺を見つめている。
「どうしたのですか? 帰る気になったのなら送りますよ。もうすぐ終電ですし」
「帰らん」
 端末で終電を確認しながら問いかけると、桜河は首をぶんぶんと左右に振って否定した。ではどうして立っているのですか、と問う前にすとんと隣に腰を下ろしてくる。視線を感じてそちらを向くとアルコールで潤んだすみれ色がすぐ傍でじっとこちらを見つめていた。紅潮して色づいた頬の艶っぽさも相まって、不意に心臓が跳ねた。
「帰りたくない」
 視線を絡めてはっきりと告げられる。前触れなく色めき立った空気に圧倒されていると、桜河は肩をぴとりとくっつけてしなだれかかってきた。触れている右側が熱い。桜河の体温で溶けていくみたいだ。
「あっ、これ水やん。もぉ~……
 テーブルの上のコップを口につけて水だと分かった途端に半分ほどを俺のコップに移して、焼酎をそこに注いでいく。雑な水割りだ。
 ご機嫌な様子でまた寄りかかってきた桜河に問いかける。
「泊まっていくのですか? 明日の予定は?」
「昼からインタビューと打ち合わせだけ。……だめ?」
「だめ、というわけでは……
 眉を下げて潤んだ目で見上げられてしまうと強く出られない。桜河お得意の情に訴えかける戦法は二十歳を超えてなお健在だ。それどころかむしろ練度が上がっているように思えるのは惚れている故の贔屓目だろうか。
 言い淀んでいる間に桜河は俺のコップから移し替えた水で焼酎の水割りをもう一杯作っていた。ペースが早い。なのに正体を失っていないのだからこはくの酒の強さに感心するやら呆れるやらだ。まるで水でも飲むかのようにぐびぐびと呷って「美味しい」と言っているが味の機微まで本当に分かっているのだろうか。
「ほら、飲もうや。まだまだいけるやろ?」
 言って、コップを押し付けられる。
「いえ、HiMERUは……
「む……わしの酒が飲めへんっち言うん!?」
 面倒な上司みたいなことを言うな。と思うがこの言動も珍しいことではない。理不尽な要求はアルコールが桜河を確実に侵食している証拠でもあった。この状態で拒否すると機嫌を損ねてしまうため渋々受け取る。
 桜河の飲みかけのグラス。中には蜃気楼のように揺らめく透明の液体が三分の一ほど残っている。その水面を覗き込みながら唾を呑み込む。本当はもう無理です、と突き返したかった。アルコール量ではない、片想いの許容量の話だ。
 半ば自棄になって中身を一気に呷ると、桜河から「HiMERUはんかっこいー!」とケタケタ笑う声とふざけた野次が飛んでくる。アルコールの塊が胃に落ちて、ぐわんと頭が揺れた。
「なぁ、今晩ここにおってもええやろ? もう、終電もあらへんし……な?」
 桜河の手が終電を映した端末の画面を覆い隠して押しやった。現実へと帰る唯一の出口が手から滑り落ちていく。空になったコップをぼんやりと眺めながらどこか共犯の片棒を担がされた気持ちになって天を仰いだ。
 じぃっと熱い視線を送られる。そんな目で見つめられると勘違いしてしまいそうになる。胃の奥に流し込んだ熱が染み込んで体温と心拍を上げていく。
「HiMERUはん、好き」
……どうして今そんな話になるのですか」
「知らん。好きやっち思ったから言うただけやもん」
「酔っぱらい」
「うん。酔ってもた」
 潤んだ瞳が悪戯っぽく細められる。小悪魔め。なんて悪態をつく余裕はなかった。鼻先が触れ合う感触に俺は呼吸を忘れた。
 頬に熱が触れる。桜河の手のひら。外で繋いだ時よりもずっと熱い。輪郭が溶けてなくなりそうだ。体温を心により近い部分で直に感じて胸の芯が高鳴る。すみれ色はいつの間にかその色がぼやけるほどに近づいていた。
 桜河の吐息に湿り気が帯びて、その熱に呑まれて動けない。
 唇に柔らかい感触が触れた。一瞬。リップ音すら鳴らない、触れるだけのキスをして気配が離れていく。甘美なしびれが指の先まで駆け抜けて体を震えさせた。
「振りほどかへんの」
 動かない俺に桜河が目を丸くする。張り詰めていた呼吸を溜め息として吐き出す。
 今まで俺が桜河を振りほどいたことがあったか? 本当に分かっていないのなら、桜河の鈍感さに心配さえ覚える。
 桜河の頬に手を添えて、ぐっと顔を近づけると息を呑む音が聞こえた。
「ここから先はお互い自己責任ですよ。我々ももう、大人なのですから」
 アルコールの浸みた体は開放的になっていて、理性も緩みきって桜河の誘いを拒むことができなかった。むしろ、ラッキーだと喜んで迎え入れた。この好機を逃せばもう二度とこんなチャンスは訪れないかもしれない。
 額をくっつけて更に距離を詰めても桜河は身動ぎひとつしなかった。
「嫌なら嫌と言わないとダメですよ」
「それ、わしの台詞とちゃう?」
 くつくつと喉を鳴らしながら桜河の唇が近づいてくる。アルコールの香りが鼻を突いて、湿った唇に吐息の熱が触れる。目を伏せて顔を寄せると柔らかいそれとすぐにぶつかった。花開くような高揚が身体中を駆け巡って身を震わせる。
 更に唇を押し付けると桜河の息が乱れた。脳髄を直接揺さぶられるような興奮に突き動かされて貪るように唇を奪う。胸に添えられた桜河の手に力が籠って、それを握りながら唇を離した。
 唇が離れても夢は覚めなかった。お互いに濡れた視線を絡め合って、息の整いきらぬままどちらからともなく再び唇を重ねた。
 今度はもう少し深く、もっと奥へ。欲が掻き立てるまま、薄く開いた唇のあわいに舌を滑り込ませた。開いた喉の奥から桜河の艶めいた声がこぼれて身の毛がよだつほどの興奮を覚えた。
 アルコールが理性を溶かしきっている。止まれない。
 唇を離したり合わせたりしながら縺れるように二人してベッドに雪崩れ込んだ。桜河が首に腕を絡ませてきて、更に体が密着する。背中を掻き抱いて夢中で唇を貪った。
 体が熱い。のぼせているみたいに頭がはたらかない。心臓がばくばくと音を立てて痛いくらいの歓喜を訴えている。その痛みに長年抱いていた柔らかな愛おしさが強烈な恋であるのだとはっきりとした輪郭をもって思い知らされる。もっと、と欲求が膨らんで、気づけば華奢な体をシーツに押しつけていた。
 桜河に覆い被さる自分はきっと獲物を目前にした獣の顔をしている。
「あはは。あっつ~……
 果たして状況を理解しているのか、けたけたと気の抜けた笑いをこぼしながら桜河は無防備に四肢をベッドに投げ出す。
「ここからどうするのですか」
「どうする、って?」
「どちらが受け入れる側になるかという話です」
「んふふ。HiMERUはんはどっちでもええっちことぉ?」
「お互いの希望を確認しておくべきだと判断したまでです」
「わからぁん。どうせ酒はいって勃たんやろしHiMERUはんがしてぇ」
 こちらは真剣に問うているのに、けらけらと笑い飛ばして恥じらいも初々しさもムードの欠片もない態度に呆れる。酔っぱらいの相手は疲れる。
「あなた、経験があるのですか?」
 あっけらかんとしていてどこか慣れているような言動に一抹の不安を感じて訊ねると、大きなすみれ色がにんまりと細められる。成長するごとにさらに増した色気がぶわりと色濃く華やいで、目眩がした。
「はじめて。……HiMERUはんがはじめて」
 誑かすようにうっとりと囁くわりに耳の縁まで真っ赤にして生娘のような恥じらいを見せるものだから、そのちぐはぐさにくらくらする。
「それよりHiMERUはん、わしで勃つん? 勃たんかったらどぉしよ」
 目を伏せ、へらりと笑ってごまかす口調の奥から滲み出る隠しきれない本質的な不安に「舐めるなよ」とかすかに憤る。
 こっちは五年以上片想いを続けているんだ。桜河を組み敷いて桃色に色づいた肌を見下ろしているこの現状だけで正直張り詰めそうになっている。幾度となく妄想したムードとは大きくかけ離れていたが、そんなことは些末なことだ。興奮しない理由にはならない。
……HiMERUはん?」
 不安げな瞳で見上げられて我に返る。体を屈めてキスを落とすと、驚きながらも唇を薄く開いて受け入れてくれる。
 濃いアルコールの香りが鼻から抜けていく感覚に脳が痺れて、またひとつ深く酩酊する。
「ん、っ」
 シャツと素肌の間に手を滑り込ませてたくしあげると、その手首を掴まれた。
「ま、まって……!」
……なんですか」
「HiMERUはんの返事、きいてない」
「返事?」
「わし、好きって言うた……HiMERUはん、は?」
「今更聞きたいんですか? ここまで来たのに?」
 桜河は真っ赤な顔でこくりと小さく頷く。こういういじらしさはいつまでも変わらない。
「酔っぱらいには言ってあげません」
「な……っ!?」
 抗議の声をあげる唇を強引に塞いでしまえば、部屋の中は再びふたりぶんの息づかいだけで満たされる。
 互いの息が上がっていく毎に意識がふやけていく。
 熱を交換し合う吐息の隙間でうわ言のようにこぼれる「好き」を何度も聞かされて、膨張する感情に胸が詰まって苦しい。
「っ、好きです、桜河。ずっと、ずっと前から」
 膨れ上がった想いが滴るようにこぼれた。体の下で乱れる彼に届いてしまっただろうか。素面の時にきちんと伝えたかっただなんて、いささかロマンスが過ぎる。
 体も頭も心臓も全てが熱くて。触れた場所から境界線が溶けてこのままひとつになれそうな気さえした。



 カーテンの隙間から射し込む朝日に叩き起こされる。重い目蓋を何とか持ち上げるが視界はずっしりとぼやけている。
「あー……
 視界と同じく鈍った思考をゆっくりと始動させると、昨夜の記憶が頭の裏側からぼんやりと蘇り、思わず声を漏らした。
 やってしまった。
 酒に酔った勢いで桜河に手を出してしまった。ブランケット一枚だけを纏って肌をむき出しにしている状況に背筋に冷たいものが伝う。
 もぞり、と隣で動く気配に寝返りを打つと桜色の後頭部が目に入る。惜しげもなく晒された滑らかな素肌がゆっくりと上下して、すやすやと安らかな呼吸が聞こえる。その細身の肩に触れようとして、髪から覗く耳が赤く染まっていることに気づく。
「桜河、起きてます?」
「ぅ、ぁ、まって、顔見れへん」
 体を起こして顔を覗き込もうとすると、共有していたブランケットを顔まで引き上げて隠れてしまった。
「体は大丈夫ですか? その……痛みなどはありませんか?」
 ブランケットの膨らみからわずかに覗く桜色の頭がこくんと小さく上下に動いて、ほっと安堵する。
「昨日のこと、どこまで覚えていますか?」
「ぅ……えっとぉ……
「無かったことにしたいなら、そう言ってくださいね。全部昨夜のアルコールに溶かしてしまいますから」
 思ってもないことを口にする。桜河が忘れてくれと言っても、俺は一夜だけの両想いを心の奥にしまいこんで、ひとり酒を飲む度に慰めにその記憶をひらくだろう。同じ言葉を桜河に言われたら耐えられる気がしなくて先手を打った。相手を思いやったフリの自己防衛だ。
 ブランケットの裾を握る桜河の手にぎゅっと力が籠って、ゆっくりとその幕が開いていく。一夜振りに出会ったすみれ色の瞳は夜明けの太陽よりも愛おしい煌めきを放つ。
……そんな寂しいこと言わんでもええやん」
 不服そうに眇められたすみれ色は昨夜の出来事が蜃気楼であったと諦めなくてもいいことを示していた。
「HiMERUはんは全部覚えてるっちいうん? 相当酔っとったやろ」
「全部覚えていますよ。酔っ払ったあなたが帰りたくないと言ったことも、HiMERUに好きと言ったことも、求めるままに求めあったことも……全部」
 ブランケットを剥いで、桜河に覆い被さりながら告げる。言葉を進めるごとに肌を染めていくのがたまらなくかわいくて、指を絡めてシーツに縫い付けた。
「ぜんぶ、ちゃう」
「はい?」
「ひ、HiMERUはんもわしに好きっち言うてくれたん、忘れとる」
「おや、そうでしたか」
 酩酊の微熱に溺れていたように見えたのにきちんと覚えているらしい。この様子だと俺と同じようにすべて記憶にあるのだろう。
「HiMERUはん、は……無かったことにしたいん?」
 押し付けていた手を握り返されて心臓が跳ねる。
 それはこっちが先に訊ねた事項だが、駆け引きはおそらくもう必要ない。揺れるすみれ色に確信を得て微笑みを返す。
 それにしても俺の気持ちはまだ正しく桜河へ伝わっていないらしい。酩酊というバイアスはやっかいだな、と苦笑する。
「無かったことにするわけないでしょう。好きです、桜河」
 引き結ばれた唇にキスを落とすと桜河の肩が小さく震えた。唇を食むと微かに吐息をこぼしてすぐに表情がとろけてしまうのが可愛い。
「す、き……?」
 寝起きの唇がたとたどしく復唱する。
「いま、好きっち、言うた……?」
 がばりと上体を起こした桜河にしっかりとついた寝癖の跳ねっけが愛らしくて思わず笑いをこぼす。
「もっかい! もっかい言うて」
「しかたありませんね」
 恋人の望む言葉は吐息の微熱に溶かしてその唇の中へ送り込んだ。