望月 鏡翠
2025-10-21 23:39:48
861文字
Public 日課
 

#1879 鈍い逃走

#毎日最低800文字のSSを書く

 追っ手の気配を感じながらも取り立てて反応しなかったのは、まさにその危機感の欠如から来るものだった。
 侘助からすれば、ここの住人に恨まれる心当たりなどない。血生臭い気配を感じこそすれ、そこから距離を取っておけば、巻き込まれることはない。
 そう思っていたのだ。
 追いかけてきた人間は、山中であったあの男だろうか。随分遠くまできたものだ。
 この国の人間は、人里からかなり離れて行動するか、そもそも都市の概念がない場所なのかもしれないとすら思っていた。
 ならばなおのこと、個人的な恨み以外で、人に刃を向ける必要などないはずだ。
 彼は侘助のことを、半化けと言った。
 つまりこの世界には、人と人ならざるものがいて、種族として認知されているのだ。今までは大雑把に人と認識されていたから、人外扱いされるのは久々のだった。
 もしや同族に会えるかもという期待もあるが、そのためには人里に降りねばならないし、もっと海に近い場所に行かなくてはならない。
 今の所、どんどんと山奥深くに行くばかりで、海に近づく気配もない。
 塩の匂いも、今は懐かしいものとなっている。
歩きながら、侘助は人間がいつになく近づいたことを感じた。
 頭上の雛が俄かに唸り声を上げ始めて、侘助は雛が今まで人の存在を感じとっていなかったことを知って驚いた。
 翼を射たのは人だろうに、肝の据わった生き物だと思っていたが、まさかそもそもその存在に気付いていなかったとは。
このままいれば、間違いなく雛が人か、どちらかの味方になることを求められる。
 状況も心情も雛の方に近いのだが、その場合人が襲ってきた場合、代わりに表に立って人の相手をすることになるというのが、悩ましい問題だった。
 侘助は、この世界のことも互いの事情も知らぬのだ。
 せめて、話し合いに応じてくれれば良いのだが。そんなことを思いながら、侘助は問題を先送りにするように、足を早めて人から距離を取った。追いつかれないようにしている間に、諦めてくれないかと、そんな風に考えていたのだ。