紫輝
2025-10-21 20:33:46
2549文字
Public リオヌヴィ
 

そのお席は予約席です

ナンパされたところをリ殿にさらっと助けられたフリちゃまの話です。ヌ様は不在です。
弊ワットのフリちゃま、色々あってリとヌをお兄ちゃんだと思っているところがあります。可愛いね。(ちゃんと予約しただけって弁明しました)

 温かみのある木と石の建物たちの間を、その名に相応しい爽やかな風が吹き過ぎていく。煌めく青空と、屋台の軽食から漂う魅力的な香り。そして――
「こんにちは、お嬢さん」
「今時間ある? おすすめの店があるんだけど、お茶でもどうかな?」
 目の前で笑顔を浮かべる男が二人。これはアレだ。フリーナは察した。本で、舞台で、映影でよく見る、過ぎれば裁判沙汰にもなる、『ナンパ』だ。
 フリーナはここ最近までフォンテーヌを出ることなく過ごしてきた。そしてフォンテーヌにおいて、役目を退いたとはいえ高貴なる身分であったフリーナにナンパを仕掛けてくるような存在など皆無だった。正真正銘初めての体験で、当然上手いあしらい方など知るはずもない。そして知っていたとして実践できるかも怪しい。
(おも、思ったより怖い!)
 パーソナルスペースギリギリに異性(しかも複数だ)に立たれ、背後は壁。モンドは自由な気風の国と聞く。よくあることなのか、周囲はこちらを気に留める気配はない。つい癖で伺った青年二人の目の奥に昏いものが見えないのがせめてもだった。これでフォンテーヌであれば一発メロピデ要塞送り確定の、ナンパもそこそこにレディを裏路地に引き摺り込むような不届きものが相手だったなら今頃サロンメンバーの後ろに隠れてはしたなくも泣き喚いていたかもしれない。
 とはいえ、それはそれでどうしよう――というのが、フリーナの正直な気持ちだった。いっそ正当防衛で済むだけ「不届きもの」の方が良かったのでは?なんて考えてしまって、脳裏の親友二人が良いワケないでしょ何考えてるのと怖い顔をするのに慌ててそれを振り払う。
「いやええと、その、僕は、」
 こういう手合いには毅然と対さねばならないことは知っている。知ってはいるけれど、そうしたら逆上されたりしないだろうか。腕を掴まれたり拳を振るわれたりしたらどうしよう。
「ああ、ここにいたのか。探したよ」
 穏便に「お断り」するために、必死に回転させていた思考に割り込む低い声。大きな手に肩を抱かれて、洋墨と紅茶の香りが鼻をくすぐる。思わず見上げた先、声と手と香りの主は人懐っこい笑みを男たちに向けていた。
「妹に何か?」
 そうしてその口から出た『台詞』に、自身の『役』を理解して。
「あっ、ひどいよ兄さん! こんなに可愛い妹を放って一人で買い物に行っちゃうなんて!」
「悪い悪い。久しぶりの旅行だったんで、ちょっとテンション上がっちまってな」
 眉を吊り上げ寄せて見せれば、男は肩を竦めて応える。お詫びに友達への土産代は俺が持つからと小首を傾げられるのに仕方ないなぁじゃあ許してあげるよとそっぽを向きつつ盗み見た男たちは、『兄さん』の闖入にぽかんと開けた口をようやく閉じたところだった。
「ああ、いや。お兄さんを待ってたのかぁ」
「なら邪魔はできないな。家族旅行、楽しんでくれよ!」
 頬と頭を掻いて笑った男たちは、離れていくついでに女性に人気の小物類を扱っているという店の情報を置いて行ってくれた。ありがとうと朗らかに二つの背へ手を振っていた『兄さん』は、見送りを終えるとぱっと肩に触れていた手を放す。
「失礼した。許しなくレディの肩を抱くなんて、フォンテーヌ紳士のやることじゃない。不敬な嘘もついちまった」
 そしてあろうことか頭まで下げられて(勿論不自然に見えない程度にだ)フリーナは慌てた。それはもう、慌てた。
「こここ公爵! 頭なんて下げないでくれ! 君が謝るようなことはないよ!」
 ぶんぶんと身体の前で手を振って、フロスティブルーの瞳をしっかり見据える。
「あの、ありがとう。助けてくれて。僕一人じゃどうして良いかわからなかった」
どういたしまして。健全なナンパで良かったな」
 ほっとしたように瞳をゆるめたリオセスリがこれ・・を使わずに済んだと戯けて拳を握るのに、僕もみんなサロンメンバーを呼ばずに済んだとわざとくそ真面目に頷いてみせれば、偉丈夫は楽しげに肩を震わせた。
「せっかく耳寄り情報も得たことだし、買い物していくかい? フリーナさんさえ良ければ護衛官の栄誉を賜ろうと思うんだが」
 西風騎士団本部に顔を出しに行った旅人に告げられた時刻まではもうしばらく時間がある。その間一人で散歩でも、なんて思っていたが、ナンパに遭いたてのこのメンタルでは楽しめなさそうだと考えていたところへのリオセスリの申し出は願ったりで、フリーナは諸手を挙げてそれを受け取ることにしたのだった。


ねえ、公爵」
「ん?」
「いつになったらヌヴィレットを娶るんだい?」
 リオセスリと連れ立って店を目指す道すがら首を傾げれば、偉丈夫は豪快に階段を踏み外した。ダンッ!と、まるで戦闘中の踏み込みのような足音でもって身体を支えきったリオセスリに思わず拍手を送る。
……なんだって?」
「『妹』も悪くないなって思ってさ。僕を『義妹いもうと』にできるの、君しかいないだろ? あと今更君以外を義兄さんって呼ぶのも嫌だよ僕」
 ヌヴィレットにはもうその気しかないだろうし、早く娶っておやりよ。あっもしかしてここに至ってもまだ何か躊躇っているのかい? 考えるだけ無駄だよ、例えば君があいつのためを思って身を引こうとしたところであいつがそうさせないもの。それより二人で悩んだほうがずっとずっと有意義だし、あいつも喜ぶと思うよ。よし、そうとなれば僕が、カップルに人気のペアアクセサリーを買ってあげよう。君たちが早く収まるところに収まりますようにって願いを込めてね!
 捲し立てているうち俄然元気になってきて、折良く見えてきた件の店の看板に、フリーナは廷内で見かけた兄妹の姿に倣って強引にリオセスリの腕に自らのそれを引っ掛け歩幅を広げたのだった。
 ――土産と土産話の披露中に口を滑らせて演技中でもないのにリオセスリを「兄さん」と呼んでしまったのがナヴィアづてにヌヴィレットに伝わり私をすっ飛ばしてリオセスリ殿と家族になるなんてずるいと大いに拗ねられるのを、困惑と混乱と驚愕から抜けられていないのだろう偉丈夫の奏でるめちゃくちゃなリズムの足音に肩を振るわせていたこの時は知る由もなかった。