ドラウスから突然『明日予定はあるか』とRiNEがきたとき、ロナルドは「ドラ公に送るやつ間違えて送ってるな
……」と即座に思った。珍しくアポを取ろうとしているのにミスをしているドラウスが哀れで、『送り先間違ってるぞ』と送信すると、何故か間髪入れずに電話がかかってきた。
「間違っとらんわ! 貴様を呼んでいるのだポール!!!! いいか、絶対にドラルクにバレるんじゃないぞ!」
「はぁ? 何で俺なんだよ、ていうか何の用なんだよ」
「それはこの場では言えん! とにかく来い退治人! このドラウスが貴様の腕を買ってやっているのだ!」
意味は解らなかったが、根が流されやすくてお人好しのロナルドは、ドラウスの鬼気迫る様子に「まあいいけどよ」と返事をしてしまった。
幸いにもというか不幸にもと言うか、今日は丁度非番で何の用事もない。事務所でだらだらゲームしている吸血鬼は、自分の親と同居人が会う約束をしていることも知らず、「なんだ出かけるのか。スーパーの方行くなら帰りに卵買ってきてくれ」と呑気なことを言っていた。
待ち合わせに指定したのは前に行ったスナバである。場所がわかってるからいいだろうと全く他意はなかったのだが、入り口でドラウスが何故かマナーモードになっていた。解除して店内に入れば、偉大なる吸血鬼は朗々と覚えて来たのであろう注文を唱え、それが既にない商品であることに絶望した(背後から店員さんへ『この人
……なんです』と頷くと、頼もしい笑顔で頷き返され、うまいこと別の注文へと誘導してくれた)。
「
…………」
「
…………」
無事に最大の難所を乗り切ったドラウスは、さっきまでのアレコレウェーンがなかったかのように鋭い眼差しで座席についた。指を顔の前で組み合わせ、彫りの深い顔に影が落ちている様は少なからず畏怖を感じさせる。
自然とロナルドも姿勢を正した。腕を買っている、とか言っていたが、ドラルクにも内緒で退治人に何の用があるというのか。
「
……で、何があったんだよ」
ロナルドが切り出すと、ドラウスは更に一つ眼光を鋭くする。周囲へ沈黙を強制させるような張り詰めた空気の後
――低い声が短い言葉を発した。
「ミラさんがドラルクのお見合いに燃えている」
「はぁ?」
ロナルドの間の抜けた相槌を聞いた途端、先ほどまでの静かな雰囲気をかなぐり捨て、ドラウスが「はぁ? ではないわこのクソポール! 一大事だぞ!」と怒鳴った。「店内お静かに」と店員さんに注意されて、「アッスミマセ
……」と一度小さくなってから、小声で「貴様のせいで注意されたではないか!」となお怒ってくる。
「まったくなんと小癪な男だ
……!」
「いやどうでもいいけど、何? お見合い?」
「そうだ
……ミラさんがドラルクの自立を喜ぶ方に気持ちを切り替えてくれたのはいいんだがな
……」
ロナルドの脳裏に、人のソファでだらだらして使い魔に甘やかされている吸血鬼の姿が思い起こされたが、ドラウスが真剣そのものなので、一旦つっこまずに続きを促す。
「自立したなら次は伴侶が必要なんじゃないか、という風に盛り上がり始めてしまって
……」
「前回と同じじゃねえか、話しあえよ」
「やかましいクソポール! 言われんでも話し合っとるわ! 聞いてもらえてないだけで
……」
「
…………」
「何だその目は! 言いたいことがあるなら言え! いややっぱり言うな! いいか、別にこのドラウス、ただミラさんがあまりに嬉しそうにしているから止められずにいるわけではない。その
……ドラルクがそれを望んでいるかも知れないだろう? つまり止める必要があるかわからないわけだ」
「ドラ公がぁ
……?」
再度ロナルドの脳裏に、勝手に人のパーカーを着て炬燵で寝落ちしている吸血鬼の姿が浮かんだ。人に家に勝手に馴染んでいる姿と、お見合いをして家庭を持ちたいと思っている自立した吸血鬼の像が全く結びつかず、首を傾げる。
「全然ぴんと来ねえけど、そう言う事情なら本人に聞けよ」
「バカッ迂闊なこと聞いてうっかりドラルクに嫌われたらどうする! ついでに私が勝手に聞いてミラさんまで怒られることになったらどうするんだ!」
「だからって俺に何聞くんだよ」
「お前は名誉にもドラルクの傍で仕える権利を得てるだろうが」
「得てねえわそんなゴミみたいな権利」
「ンキーッ話の腰を折るな! いくら貴様の目が節穴でも傍にいれば気づくこともあろう。例えばその
……お付き合いしてる人はいるのかな
……とか
……」
「もじもじキメェ
……」
「うるさい! いいから答えろ!」
何で同居人のおじさんの恋愛事情を同居人のおじさんの父親に話さないといけないんだ、と言う考えが一瞬頭をよぎったが、口に出すとまたややこしくなるので「あー聞いたことねえけど」と頭を掻く。
「多分いねえんじゃねえの? 誰かとあってる感じしねえし」
「む。本当だろうなポール。とはいえお前とていつも傍に控えているわけではないだろう。一人の時間もあるのではないか?」
「そりゃあるけど、大体どこいったとか何があったとか人が飯食ってる時に勝手に話してくんだよ。聞いてもねえのに」
「ン゛ッ!」
ドラウスの顔がひきつった。何だ何だと思っていると「いいな~
……」と滅茶苦茶小さい声が聞こえる。どうも心の声だったようなので、聞こえないふりをしておく。
「ゴホン。まあそれなりの情報として受け取っておこう。次の質問だ。結婚願望だとか、そういった類の事は聞いたことあるかね。直接的な願望でなく、些細な事でもいいのだ。親しい相手とテーブルを囲みブラッドワインを傾けながら夜毎語りたいだとか
……」
「そういやこの間俺がビール貰ってきた時に珍しくワイン開けてたな。『さすがお父様の持ってくるワインは品がいい』とか言ってたぜ」
「ドラルク~~!!!! また持っていくからね!!!! ではなく
……というか何息子と酒盛りしとんじゃ勝手に!」
「知らねえわあいつが勝手に開けたんだよ! あん時飲み過ぎて二日酔い最悪だったな
……」
「ふん、二日酔いとはな。人間のなんと軟弱なことよ」
「あいつも二日酔いで半日ずっと死んでたぜ」
「何二日酔いにさすまで飲ませてんだクソポール!!!! くそ、私がいれば二日酔いになどさせなかったのに」
「無理だろそれは」
「できるわ! 催眠とかでなんやかやすれば容易い事だ!」
「わやわや」
はぁ、はぁ、と肩で息をしているドラウスに、「てか何の話だっけ
……?」と首を傾げる。
「バッ」
何かを言いかけて大きく開いたドラウスの口が、そのままゆっくりと閉じられた。赤い小さな瞳孔が宙を追いかけ、何かを考えるような間がある。ふ、と息を吐くと、ドラウスは目を閉じたままぶっきらぼうに呟いた。
「まあ
……大体わかった。というか薄々わかってはいたのだ。ミラさんは何とか説得しよう」
「? わかってたんなら最初からそうしろよ」
「やかましいわ、ポールお前ほんとにポールだな!」
じゅるる、と太いストローからドリンクの残りを一気に飲み干すと、ドラウスは立ち上がってマントを翻す。
「ふん。せいぜい励むのだぞ退治人。私はこれで失礼する」
「寄ってかねえの?」
「ミラさんの説得が先だ。釣書どころか孫のベビー服持って押しかけそうな勢いだからな」
「あーそりゃお疲れ様
……あのさ」
「何だ」
「今度またワイン持ってくるんだったらそのまま一緒に飲んでけば? 俺吸血鬼用の酒飲めねえし、一人で一本ガバガバ開けるから二日酔いになるんだと思うんだよな」
「
…………」
一瞬の沈黙の後、ドラウスが「ポールお前本当にポールだな
……」と凶悪な人相で言った。
「何がだよ?」
「これでこのドラウスの歓心を買えたと思わない事だ!」
ドラルクに何かあったら報告するんだぞ、と言い捨てて、ドラウスは店から出て行った。
「
……? 卵買って帰るか
……」
その後夫婦の間でどういう会話があったのかは不明だが、ミラが釣書を持って来襲することはなく。
その代わりに、大量のブラッドワインとバナナパイを手土産に現れて、「この家ワインセラーないのでこんなに持ってこないでください」とドラルクに言われ、撃沈する白銀の狼の姿を見ることができた。
(おまけ:突発飲み会の様子)
「ドラルク! 私も何か作ろう!」
「お父様、座っててください。ゲストがキッチンに入るのはマナー違反ですよ」
「ウェーンだって偶には一緒に
……」
「あーもう若造! この皿と持ってって、お父様の相手しといてくれ!」
「皿なら私が持っていくよドラルク!」
「ゲストに皿持たせるわけにいかないでしょう」
あの髭に何言われるか、と首を振るドラルクの前で「だがねドラルク」とドラウスが続ける。ドラルクからの目配せを受けて、ロナルドは仕方なくその手から皿を奪い、肩を叩いた。
「いいから座ってろって。どうせすぐ出来るんだから」
「お父様、そこまでお待たせしませんから」
「うん
……」
いつものように罵ってこないぐらいしょんぼりしているドラウスが少し気の毒になる。ドラルクの方を見ると、何を言うかはわかってると言う風に「お父様にキッチン明け渡したらフルコース作るまで終わらないぞ」と釘を刺されてしまった。何か前科があるのだろうか、肩の上でジョンが「あれは勘弁してほしいヌ
……」という顔をしている。
仕方なくドラウスの正面に座り、料理完成までつまむ許可の出た、クラッカーに何か色々乗ってる奴を机に置く。ドラウスはいじいじと指を擦り合わせている。
「ドラルクと一緒に料理したかった
……」
「また今度すりゃいいじゃん。よくわかんねえけどゲストじゃなかったら一緒にやっていいんだろ」
「そ、それはこのドラウスにこのウサギ小屋に住めと言う事か?」
「ちげえわ絶対やめろ! もう棺桶置くスペースねえよ!」
「うう
……私は永遠にゲスト扱い
……お父様なのに
……」
しくしく泣かれると気まずい。こういう時、実の息子は「うわっめんど
……」みたいなことを平気で言うが、ロナルドにはそこまでの対応はできない。必然、何かしらフォローのようなものを口にしてしまう。
「いやそんなこと
……あー、あれだ、招待される側がゲスト、する側がホストなんだろ? だったら誰か一緒に招待したらいいじゃねえか。お袋さんとか」
「
…………」
「な、何?」
ドラウスは顔を覆っていた手のひらを外し、じっとロナルドを見つめていた。どんな感情かわからない真顔から、「なんとすばらしいアイデアだ
……!」と言う声が高らかに響く。
「ポール君、私は感動した! 君の志、必ず実現させるぞ!」
がしっと手を掴まれ、見つめる赤い瞳には熱がこもっている。普段のロナルドであれば「いや俺は別に関係ないんだけど
……」と言ってしまいそうなところだったが、生憎ロナルドは流されやすい性質で、当然のごとくドラウスの雰囲気に流された。
「よし、やってやろうぜ!」
「ポール君!」
ロナルドが流されてしまうと、何故かドラウスの言葉にも熱がこもる。あーでもないこーでもないという二人の激論は、キッチンから「そろそろ終わるからお酒準備しといてくれ」「ヌヌヌヌヌン~」という声が聞こえるまで続いた。
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