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tara_moso
2024-02-16 01:49:42
11029文字
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三匹のぼくら
謎のウイルスによって動物になってしまったマークとスティーヴンを、ジェイクが一人でお世話をするお話の続きです。
前回で三人とも動物になってしまってからのお話。これで完結です。
※CP意識ではなりませんが給仕目的の口移し描写があります
分裂同居設定。CP要素は無し。3人仲良し。
ご都合設定なので細かいところは気にしない。
1
2
まぶしい光で目がさめる。
ぼくは大きなあくびをして、それからぼくの上にのっかった大きなモフモフからぬけだし、のびをして、あたまをプルプルとふればスッキリした。
あたまの上にグフーーと大きな音と風がふいてきた。見上げると、茶色のさらさらした毛にかこまれた大きなかおが、むにゃむにゃと口をうごかして、またスーとしずかになった。
まだおきるつもりはないらしい、この大きな茶色のモフモフはマークだ。ぼくたちはずっといっしょにここでくらしている。マークはとにかく大きくて、ぼくはマークによじのぼってあそぶのが大好きだ。マークはいつもねむそうにしていて、ぼくがアチコチよじのぼってもじっとしていてくれる。マークはぼくをなめることが大好きだ。マークが起きているときは、ぼくのことを大きな手でつかまえてベロンベロンと大きな舌でなめてくれる。すこしだけドキドキするけれど、ぼくもマークになめてもらうのは大好きだ。
思い出したらなめてほしくなって、マークの顔にちかづいてぴすぴすとよびかけてみたけれど、マークは大きく息をすって、スーーとはいて、目はあけてくれなかった。マークはおねぼうさんだから、まだまだおきるつもりはないらしい。
ふーとわざと大きな息をはいて、ぼくはマークからはなれてこんどはジェイクをさがした。
ジェイクは黒いモフモフだ。マークと同じくらい大きくて、いつもあそんでくれるし、おいしいをもってきてくれる。
ジェイクはぼくとマークのことが大好きだ。マークのことをなめてあげるし、ぼくのこともなめてくれる。でも、マークやぼくがなめてあげようとすると、いつもするっとにげちゃうから、マークがジェイクをつかまえて、ぼくが上にとびのるあそびをしている。つかまったジェイクはしっぽをパタパタさせて、まるでおこっているみたいだけど、のどがゴロゴロなっているから、じつはよろこんでくれているんだと思う。
そんなジェイクは今いないようだった。
ガタっと音がした。音のしたほうを見ると、ジェイクがいつもの穴をとおってもどってきたところだった。ぼくがジェイクのちかくに走っていくと、ジェイクが近くにおりてきてくれた。
グルグルとのどを鳴らしてぼくにあたまをグリグリしてくれたから、ぼくもおかえしにいっぱいスリスリした。
ジェイクはさいごにぼくをベロリとひとなめしてから、もういちど穴のところにもどって、なにかをくわえてもどってきた。
それは、ぼくの大好きなニンジンだった!
ぼくはうれしくてピョンピョンととびはねると、目をほそくしたジェイクがニンジンをしたにおいて、ニンジンをまえあしでゴシゴシしてから、ぼくの前においてくれた。ひさしぶりのニンジンはとってもおいしくて、かじるのがとまらなかった。
ジェイクはもういちど、ぼくのあたまをベロリとなめてからまたあの穴へのぼっていった。
ぼくはニンジンをほおばりながら、前にいっかいだけ、あの穴のむこうにつれていってもらったことを思いだす。
ある日、ジェイクがぼくのことをくわえてあの穴をくぐった。いつもジェイクだけで出かけてしまうから、今日はいっしょにつれていってくれるんだとワクワクしながら、おとなしくしていた。マークはいっしょにいかなくていいのかと、ジェイクをみあげてみたけれど、ジェイクはくびをフルフルとしずかにふった。マークはその時ねむっていたから、まだねかしてあげたいんだなと思って、そっと、ぼくらだけで穴のむこうがわへいった。
穴のむこうは、ずっとひろかった。
あの穴をくぐったのははじめてのことだったはずなのに、なぜだか、ここを知っているような気がする。つめたい地面に、知らない匂いがいっぱいでなんだかおちつかない。クンクンとまわりをかいでみながらちょっとずつ歩いてみる。なんだかワクワクしてきて、ぼくの足はかってにどんどん前に進んでいこうとしていた。
ふと、気がついてうしろをふりかえった。
ジェイクは、ぼくをおろしたところからうごいていなかった。
いっしょにいかないの、とピスピスと呼んでみたけれど、ジェイクはただ、じっと、ぼくのことをみつめるだけだった。ついてきてくれないジェイクにちょっとだけ不安になる。それなのになぜだか、ぼくのからだはもっと先に進もうとおちつかなかった。また、前に向き直る。知らない道の向こうまで、もっともっと遠くまで、脚が勝手に動き出そうとした。
そのとき、大きな唸り声が響いた。
マークの声だ。ぼくをよんでいる声だ。
ぼくはジェイクのところに急いでもどった。はやくマークのところにかえってあげたくて、ジェイクのあしをポンポンとたたいた。それなのに、ジェイクはなぜだかすぐにはうごいてくれなくて、ぼくのことをじっと見つめてきた。
なにしているんだろう。はやく! はやく!
ジャンプをして、上につれていってほしいとおねがいした。
その時、もういちどマークがぼくを呼んだ。
ぼくたちは上を見上げる。声はそれきり、とまってしまった。
ぼくはジェイクを見上げる。ぼくと目が合ったジェイクは、じっとぼくを見つめたあと、ちょっとだけ苦しそうな、やさしいかおをしてぼくのことをベロリとなめた。そしてぼくのくびのうしろをやさしくくわえて、またあの穴までつれてもどってくれた。
あれからは一度も、ジェイクはぼくを穴なのむこうへつれていってくれることはなかった。むこうがわが気になるといえば気になるけれど、ぼくはマークとジェイクといっしょにいる方がたのしいから、べつにかまわなかった。
そんなことをニンジンをボリボリ食べながら思いかえしていると、ジェイクがふたたび穴をくぐってもどってきた。こんどもなにかくわえている。ジェイクは床にストンとおりてマークのところへ近づいて行った。アレはマークへのおみやげらしい。
なにをもってきたのだろうと気になったので、ぼくも二匹のところへいった。
ジェイクはおみやげを置いて、マークにグルグルとよびかけていた。
ぼくは置かれたおみやげをかんさつしてみる。クンクンと嗅いでみてももってきたジェイクのにおいしかしない。ふれてみると、上のたいらなところはひんやりつめたくてかたくて、よこは青くてつるっとかたい。なんか見覚えがあるはずのものだった。
グルルル
…
とひくい声がきこえた。マークがおきたらしい。ジェイクがしっぽをクネクネとゆらしながらマークの前まで、おみやげをあたまでずいっと押した。それを見たマークは、目をパチパチさせたあとに、耳をピーンと立てて、むくりとおきあがった。マークはおみやげが何かわかったらしい。ふんふんと大きく鼻をならしていた。うれしそうなマークにジェイクもさらにしっぽを大きくゆらして、おみやげの上に手をおいて、そしてかたまった。
どうしたの? とジェイクをみあげる。
ジェイクはしばらくかたまったあと、はっとしてこんどはおみやげをコロンと、ころがしてうらがわをみた。そしてたいらなところをサワサワとさわって、カツカツと爪でひっかいて、そうやってなんどもおみやげをころがして、さわって、そして大きく息をすいこむと、前足であたまをかかえこんでしまった。
マークがなにやらおちこんでしまったジェイクのそばに寄ってグルグルと声をかけてあげていた。まるまったジェイクはなんだかかなしそうな小さな声でこたえていた。
ぼくはほおっておかれたおみやげにもういちどさわってみる。やっぱりこれがなにかはおもいだせなかった。
あれから、しょんぼりしてしまったジェイクを元気にしてあげたくて、ぼくはなめてあげたり、せなかをカキカキしてあげたりした。マークもずっとジェイクのとなりで丸くなっていた。
しばらく丸くなってしっぽをパタパタさせていたジェイクはすこし元気になってくれたみたいだ。また、すくっと立ち上がって穴からでていこうとした。それをマークがつかまえて、ずしっとジェイクの上にのっかった。下じきになったジェイクはしばらくモゾモゾしていたけれど、マークが上でグーグーと音をたてはじめたら、おとなしくなった。
ぼくも、あたたかい二匹にくっついていっしょにおひるねをした。
いつの間にか夜になっていた。まわりはすっかり暗くなっていたけれど、ぼくたちの周りだけぽっかり明るかった。
穴のむこうに、大きなまんまるい月がうかんでいた。
それを見ていると、からだがソワソワしてくる。すっごく走り回りたくなるような、ウオーーー! ってきぶんだ。でも、なんでだろう、ちょっとムカムカというか、ムムムってきぶんにもなる。落ち着かないぼくは、あっちこっちでジャンプしたり走り回ったりしていた。
マークとジェイクもいつの間にか起きていた。二匹でしずかに月をながめている。なんだかそれがモヤモヤしてしまって、ぼくはずっと、二匹のまわりを走り回っていた。
夢をみた。
知らない森でぼくはマークとジェイクとはしりまわっていた。
いつの間にか、まわりが砂だらけになった。
まっくろな空に大きな月がうかんでいる。
それが見えているのに、ぼくは目をとじたままだった。
だれかのおおきな手がぼくを包んだ。
砂の乾いたにおいがする。
ぼくは目をあける。大きな手がそっとどいて、
大きな鳥の骨が僕をみおろしていた。
大きな鳥
……
骸骨の
……
コンス⁉
僕はガバっと起き上がった。
起き上がると、そこはいつもどおりの僕たちの部屋だった。コンスの姿はない。
窓からは見える景色がまだ薄暗い。けれど、鳥の鳴き声が聞こえる。夜明けが近いらしい。隣を見れば、マークとジェイクが眠っていた。
ここ最近、頭がぼんやりとしていた。まるで本当のうさぎになってしまったような感覚だった。いや、実際にただのうさぎになってしまっていたのかもしれない。
霧が晴れたようにすっきりとした頭で、あらためて周りを見渡した。部屋の中は動物が三匹で暮らしていたわりには、比較的マシな状態だった。あくまで動物が暮らしていたわりには、というだけでおおよそ人間の住む部屋にも見えない有様だったけれど。そこかしこの家具が齧られているのは明らかに僕の仕業で、クッションや壁の引っかき傷はこの大きな猫二人の仕業だ。
振り返って後ろの二人を見る。眠っているマークは最初の頃よりもかなり痩せていた。眠ってばかりでご飯を食べていないことには気がついていたけれど、今を思えば逆だったんだ。食べずに済むように寝てばかりいたんだ。理由は今ならわかる。きっと、外はもうとっくに人間社会が崩壊していて、確実に『動物のもの』とわかるお肉が手に入らないからだ。『元人間』かもしれないお肉をマークは食べようとしなかった。
……
ああ、君が大きな猫になってしまったかも、なんて馬鹿なことを思っていたけれど、マークはマークのままだった。僕は大きな顔にスリスリと頬ずりをした。グルグルと喉を鳴らしたマークが、僕のことを大きな腕で引き寄せた。起こしてしまったのかと思ったけれど、目はつぶったままなので意識はまだ眠ったままらしい。
そっとマークの腕から抜け出して、となりに眠るジェイクを見る。黒いつやつやとした毛に覆われた彼の身体はマークほどでないけれど、やっぱり少しやつれてしまった気がする。思い返せばジェイクが食事をしているところをあまり見たことがない。自分が動物になってしまってからも僕らの世話を続けてくれていた彼は、食料を探していつも外に出ていたけれど、僕たちのことばかりを優先して自分のことは後回しにしていたのかもしれない。ふと、ジェイクがなにか前足で抱え込んでいるものに気が付いた。近づいてよく見ると、それは昨日ジェイクが見つけてきた肉の缶詰だった。缶切りがないと開けられないタイプのそれにはたくさんの歯形がついている。マークのためにと、嬉しそうにコレを持って帰ってきたジェイクの顔を思い出して、諦めきれなかったのであろう跡に胸が苦しくなった。甘えっぱなしになってしまっていたことを今更ながらに後悔して、静かに眠るジェイクの顔にごめんね、と顔を摺り寄せる。グルル
……
と小さく喉を鳴らした彼は、にゃむにゃむと口を動かして、そのまままた静かになった。
二匹を起こさないようにそっと離れて窓際に登る。まだ薄暗い通りには人どころか動物も歩いていない。
すっかり寂れた家の前の通りを眺めて、前に一度ジェイクが僕を外に連れ出した時のことを思い出した。あの時のあれは僕を逃がそうとしていたんだと気が付いて、あのまま僕が戻らなかったら二人はどうするつもりだったんだ
……
と考えてゾワリと背中の毛が逆立った。このまま、ここに閉じこもっていては駄目だと、本能の様なものが警告している。
キィ
……
と扉の軋む音が聞こえた。フワッと風が通る。久しぶりに聞いたその音は、古い玄関扉を開く音に似ていた。そしてそれは思ったとおりだったようで、少しだけ開いた扉から外の空気が流れてきていた。姿は見えなくても、そこに立って僕のことをじぃっと見つめている圧を感じる。なるほど、僕の意識を戻した目的がわかった。この神様は僕のことをニンジンにするつもりなのだ。どうやら考えていることは同じらしい。扉を開けた神様に僕はコクリと頷いた。
僕は二人のもとに戻る。まずは足をダンっ! と鳴らした。ピクッとジェイクの耳が動き、うっすらと目が開かれる。マークの方はまったく動かないので、少々荒っぽい起こし方をする。寝ぼけ眼で首を上げたジェイクの横を通り過ぎ、マークの背中によじ登って、背中で足ダンをした。数回繰り返せばが唸り声が返ってくる。僕のことを捕まえようとする腕が伸びてきたのでするっと交わして床に降りた。
がうっ、と僕を呼ぶジェイクもおいて、僕は玄関へと向かう。
少しだけ開いた扉から見える廊下は朝でも薄暗く、しん
……
と静まり返っていた。振り向くと、部屋の奥から二人がこちらを見ていた。扉が開いていることに気がついたジェイクの目が大きく開く。隣でマークも同じ顔をしていた。なにかを言おうとジェイクが口を開くのを見た瞬間には僕は玄関から飛び出していた。
薄暗い廊下に飛び出て、次の目的のドアを目指す。ぎぃっと、非常階段の扉が開いた。走り出してすぐに、ガンッ‼ と大きな音が鳴る。振り返ればうちの玄関扉が勢いよく開かれ、マークが飛び出してきた。マークがキョロキョロと僕を探す。その顔は必死だった。非常階段扉の前にいる僕を見つけると、一気に駆け出してくる。大きなライオンが向かってくる姿に一瞬、うさぎの身体が固まってしまった。捕まる! と思った瞬間、建物の中なのにブワッと強い風が吹いて僕の身体が扉の向こうへと転がった。階段の踊り場に転がり出た瞬間、扉がバンっと勢いよく閉まり、向こう側で大きな塊がぶつかる音がした。怪我をさせてないか気になったけれど、ガンガンと扉を叩く音を聞く限り大丈夫そうだ。この隙にと一気に階段を駆け下りる。追いつかれず、離れすぎずを保って二人を誘導するのが目的だったけれど、果たしてこの体格差でそれがこなせるのか不安だった。
そんな僕を急かすかのようにチカチカと階段のライトが点滅している。うるさいな! これでも必死に走ってるんだぞ!
一階にもう少しでたどり着くという頃に、ダンッと上の方から扉が開く音が鳴って大きな足音が階段を駆け下りる音が響いてくる。急がなくちゃ。開いた扉をくぐってフラットの出口を目指す。
フラットから出た。マークはまだ追いついてこない。とりあえずこの通りをまっすぐに走っていこう。そう思った瞬間、上から黒いものが降ってきた。僕の上に覆いかぶさった大きな影をおそるおそる見上げれば、大きな黒豹がこちらを見下ろしていた。ジェイクはいつも出入りしていた窓から外へ降りてきたらしい。彼の俊敏さを完全に侮っていた。
大きな獣に見下され固まっている僕を、ジェイクが首もとを優しく咥えて持ち上げた。ジタバタと手足を動かしてみるもまったく相手にされていない。ここまでか
……
。今回の作戦は諦めかけたその時、フラットからマークが飛び出してきた。
ジェイクに咥えられて捕まっている僕を見ると、安堵した顔をみせる。そのまま僕に頬ずりをしようとすると、ヒョイとジェイクが僕を横へずらした。キョトンとしたマークが、そらされた僕にもう一度顔を寄せる。すると、また反対側へ僕を反らした。まるで猫じゃらしでマークを誂っているようなジェイクに、マークが低く唸って非難の声を上げると、ジェイクはふいっと踵を返して玄関とは反対の方向へ、僕を咥えたまま走り出した。
突然のことにポカンとしてしまったけど、なんとか首をよじってジェイクを見上げると、ちらっと目線だけを返してくれた。その目がニヤッと三日月型になる。
後ろから、ガウッと吠える声が聞こえた。マークがこちらを追いかけてくる。ジェイクはそれを一瞥すると、走るスピードを上げた。
それから僕ら(僕は運ばれているだけなので正確にはジェイクとマーク)は長い距離を走った。街を抜けて、次の町も抜けて。平野、村、川、森。途中でマークが息を切らせて立ち止まれば、僕たちも一旦立ち止まり、しばらく休んで。そしてまた動き出す。僕を馬の前にぶら下げるニンジン代わりして誘導していたのも街を抜けるまでの間ぐらいで。僕を囮にしなくても、マークはちゃんとついてきてくれた。
正直、肉食獣に首元を咥えられている状態はものすごく心臓に悪かったので、途中からはジェイクの背中に乗らせてもらっている。そりゃたまには自分の脚で走りもしたけど、二匹の脚の長さには勝てないので、スピードが落ちてしまう。決して楽をしたいからではないのだ。
とにかく、僕たちは長い距離を移動した。途中からコンクリートの道を外れ、ひたすら山の中を進んだので、いま自分たちがどこにいるのかは分かっていない。とにかく大自然の中に居た。
見つけた小さな沢のそばで僕とマークは休んでいた。ジェイクは居ない。この沢を見つけた時、息を切らせて座ったマークの上に僕を乗せて、どこかへ出掛けてしまった。
僕はマークの腕に抱かれながらジェイクの帰りを待っていた。マークは先程から眠っている。かなり体力が落ちているようだ。こんな大移動をさせて大丈夫だったのか今更ながらに心配になってきた。
その時、ガザガザっと茂みが動いた。僕は大きな耳を音の出た方へ向け警戒する。心臓がドクドクとなっている。微かに漂ってきた血の匂いに身体がこわばっていた。同時に目を覚ましたらしいマークの大きな腕が僕をぎゅっと引き寄せる。
ガザっと大きく茂みが動くと、ジェイクの顔がひょっこりと現れた。なんだ、と安心した僕らの前に、ジェイクはずるり、と大きなものを咥えて出てきた。大きな鹿を狩ってきたようだ。濃い血の匂いが漂ってくる。僕の身体は一層緊張で固くなった。同じく、マークも身体を強ばらせたけど、彼の喉から大きくゴクリと音が聞こえた。
ジェイクが仕留めた鹿をずるずると引き摺ってマークの前に持ってくる。置かれた鹿の新鮮なお肉のにおいにマークの鼻がヒクヒクと動いて、僕を抱きしめている腕がソワソワし始めた。僕が抱きしめられている彼の胸からは心臓の音がドクンドクンと大きく鳴っている。喉がまた大きくゴクリとなった。だけれどもマークはそれ以上動こうとしなかった。しばらく新鮮なお肉を見つめて、そして、大きな鹿の目と目があったマークがぷいっと顔を逸してしまった。それをじっと見守っていたジェイクが動いた。マークの前に差し出した鹿のお腹にがぶりと噛みつく。びくりと僕を抱き込む腕が跳ねた。ジェイクが鹿の分厚い毛皮を噛みちぎって赤いお肉を咥えあげる。それをじぃっと見つめたままのマークの腕が僕をぎゅうっと更に強く抱きしめた。グルグルと聞こえてくるのは彼のお腹の音なのか、それとも唸り声なのか。ジェイクはマークが見つめる中、咥えたお肉を真っ赤な口の中に招き入れた。そのまま、大きな塊をガブ、ガブと口のなかで噛み切って、そしてゴクリと飲み込んだ。ぺろりっと赤い舌が口の周りを舐める。ぽたり、となにかが僕の頭の上に落ちてきた。マークの口からはポタポタとたくさんのヨダレが垂れていた。ジェイクがつぎのお肉を噛み切って、マークの鼻先まで持ち上げる。ずいっと差し出されたお肉にマークの鼻がヒクヒク動いて、目はもう真っ赤なお肉から離せない。口元までもう数センチまでお肉がきている。そしてマークは
……
ぷいっと顔をそむけた。
なんでだよ‼ 思わず僕は脚を鳴らした。それも無視してマークは頑なにお肉から目を逸らしていた。
ふん、っとジェイクが大きく鼻を鳴らした。そして差し出していたお肉を自分の口へ頬張って、よく噛んで、そしてほっぺたを膨らませたまま、マークを押し倒した。
「⁈」
いきなり転がされたマークはわけも分からないまま地面に転がった。その上にジェイクが押さえつけるように乗っかって、そして、マークの口を自分の口で塞いだ。
「
……
!?!?」
ジェイクから咀嚼したお肉を直接口の中に流し込まれて、なにをされているのかやっと認識したマークがじたばたしたけれどジェイクに簡単に抑え込まれてしまう。そのまま抑え込まれたまま、息が続かなくなったマークがゴクリと飲み込んでから、ようやくジェイクは降りた。
同時にマークが起き上がってゲェゲェと飲み込んでしまったお肉を吐き出そうとしたけれどずっと空っぽだったお腹は久しぶりのごちそうを手放してはくれないようだ。ガフガフと空咳だけを吐いたマークが怖い顔でジェイクへ振り返った。瞬間、マークがきょとんとした。ジェイクが涙を流していたからだ。
固まったマークにジェイクがふん、と鼻を鳴らして、またお肉をかじり取る。ぽたりぽたりと血が滴るお肉を、マークの口元に差し出した。顔は背けないけれど動けないマークの口に押し付ける。じぃっと目を見つめたまま押し付けられたお肉を、観念したように目をつぶってマークが受け取った。そのまま口をふさがれて、飲み込みまで離してもらえなかった。なんどか失敗しながらもマークが肉を喉の奥へと押し込む。口内が空っぽになった後、ほぉ、っと息だけ吐き出したマークも、涙を流していた。
ジェイクが、今一度マークの前に鹿を差し出す。鹿を見つめたまましばらく固まっていたマークがぎゅっと目をつぶって、それから覚悟をきめたように自らお肉にかじりついた。ジェイクも一緒に鹿にかじりつく。
二匹が夢中で食べる様を僕は見守っていた。
僕たちは三匹で柔らかな落ち葉の上に寝転がっていた。
見上げた先、木々の間から見える夜空にはたくさんの星が輝いている。
僕を抱き込むように丸くなっている二匹からは穏やかに息をする音が聞こえてくる。それにあわせて上下するお腹が心地いい。眠っているのか、起きているのか分からない。ぼくたちは無言のまま寄り添っていた。
ふと、星空に明るい星が流れていった。
大きな流れ星だ。
星は去って行ってしまったけれど、ぼくはこれからも三匹で生きていけますようにと祈った。
寒さで目が覚めた。
閉じた瞼越しに眩しさが分かったのですっかり朝になっていたようだ。
覚醒した途端により寒さを感じて、身震いをする。あたたかいものを求めて、近くにあるはずのモフモフの腕をたぐり寄せた。
……
ん? 感触に違和感がある。顔の上に乗せた腕はモフモフしていない。すべっとしていた。何度かさわさわと触って、そっと目を開けてみる。目の前には肌色の毛のない腕があった。
「にんげんだーーーーーーー‼」
僕は飛び起きた。
「な、何だ⁉」
「どうしたスティーヴン‼」
マークとジェイクも一緒に飛び起きた。
そして、「え
……
」と三匹、いや、三人できょとんと固まってしまった。
三人とも、元の人間の姿にもどっていた。
「え、え? ま、マーク
……
だよね?」
「ああ
……
スティーヴンに
……
ジェイク」
「ああ
……
え?」
自分の顔やお互いの顔にペタペタ触って、もう一度「え?」と固まった。
結局、なにが原因でもとに戻れたのかもわからなかった。
呆然としていた僕らは、森に響いた僕の大きなくしゃみで、ようやく再起動した。
僕たちは素っ裸だった。動物になってから服なんて着ていなかったから当然だった。動物のときはふかふかの毛皮を着ていたので気が付かなかったけれど、季節はすっかり〝肌寒い〟を通り越して〝寒い〟の季節になっていた。裸でいるには凍えてしまうくらいに。僕たちは三人して腕を抱き込んでカタカタ身体を震わせていた。
毛皮がなくなった彼らは、おそらく気の所為ではなく、前よりもずっと貧相になったように見える。特にマークは確実に、頬が以前よりもこけていた。僕はその頬にそっと触れた。
「マーク
……
すっかり痩せちゃって
……
」
「スティーヴン
……
お前は
……
その、なんていうか
……
毛並み
…
じゃなくて、肌艶が、よくなったな」
「育てすぎたな」
「はい?」
二人が僕の頬をふにふにと触りながら生温かい目で見てくる。そんな変わったかな。と自分の身体と二人を見比べる。たしかに
……
ちょっとだけ、二人よりもふっくらしている気がしないでもないけれど、それは二人が痩せてしまったせいだと思う。きっとそうに違いない。
「
……
とりあえず、帰ろうか」
ここかどこなのか正直分からない。大きな肉食獣が丸一日走った距離分、離れたところというのはわかる。でも山の中で裸のまま立ち尽くしているわけにもいかなかった。
「これからどうするかな」
「まぁ
……
どうにでもなるんじゃないかな。モフモフした生き物から、毛のないお猿さんに戻っただけだし」
マークとジェイクが笑う。
「じゃぁ、まずはご飯さがさない?」
「いや、まず服だろ」
「マークはどうしたい?」
少したじろいだマークは、ちょっと考えて、それからお腹を擦った。
「腹が減ったな」
僕とジェイクが笑った。
「じゃあ缶切り探して帰ろう。うちに開いてない缶詰があるし」
「お前覚えておけよ
……
」
ジト目で睨むジェイクに今度はマークが笑った。それにつられて僕らもまた笑う。
どんな姿だって、三人でこれからも暮らすのだ。
さぁ、家に帰ろう。
→次ページ補足あとがき
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