小話倉庫(深上)
2025-10-20 22:38:45
6310文字
Public 悠アキ/haruwise
 

見慣れぬ景色に滲む色(悠アキ/haruwise)

ver2.3、夢VRイベと臨界が同時に起こってしまったので。六課どっちも澄輝坪にいる状況。アキラくんはVRで頑張ってるので不在です。

 澄輝坪という町は、いつ来ても懐古と雑多さを覚える「慣れない場所」だ。公務の途中に立ち寄ったその地を眼下に見下ろしながら、雅は何とも言えぬ感慨を抱く。
 衛非地区は同じスロノス区にありながらH.A.N.D.本部からはかけ離れているため、来ようと思ってもなかなか来られない。後ろで待っている運転手に「先に帰って良い」と告げ、戸惑う相手を置き去りにして階段を降り、ロープウェー乗り場へ向かう。
 少しばかり高揚しているのは、久し振りにアキラと会えるからだろう。連絡もなしに来てしまったが、ここに滞在している事は知っている。時々くれるノックノックの連絡で、讃頌会と衝突しただのポーセルメックスとすったもんだあっただの、適当観にいる雲嶽山の兄弟子姉弟子たちはとてもいい人たちだの、そういう情報を含めてくれるからだ。
 雑談の苦手な雅は必要なことしか送れず、自分も日常を織り交ぜて相手に楽しみを与えるべきだろうかと考えたこともあるが、一度試してみたらあまり反応が芳しくなかった。自分の淹れた茶に茶柱が立ったことは雅にとっては不意に訪れた幸運で、ぜひともアキラに知ってほしかったのだが、「いいことがありそうだね」の返信から特に話は広がらなかった。雑談とは難しい。だからこそ修行に値する。最近の雅は雑談のネタ集めに余念がなく、時折苦い顔の柳にたしなめられるほどだ。
 下に向かうロープウェーを待っている間、ジャケットのポケットに入れたままのスマホが振動した。思い浮かべたばかりだったので、もしかしてアキラだろうかとすぐに確認したが、表示されたのはもう一人の方だった。
『課長、今日は衛非地区付近の視察でよろしかったでしょうか』
 六課全体のスケジュール管理が万全な柳にしては珍しい確認だった。短く肯定を示すと、さらに向こうから文字が打ち込まれた。
『浅羽隊員も同行されていますか?』
 何故? と眉をしかめる。悠真とは昨日から会っていない。六課は各々に振り分けられる仕事が異なるので、彼と共に公務に行く機会は少ない。しかし柳がこう聞いてくる以上、彼は今本部には居ないのだろう。あのサボりたがりの課員が、嬉々として外回りに出向いている方が考えられない。どこに行ったかは不明だが、とりあえず簡単に否定の言葉を打ち込んでから、スマホを仕舞う。もしかしてまた体調を崩しているのだろうか。無理をしていなければ良いが、と思いを巡らせながら、目の前にやってきたゴンドラに乗り込む。
 町に足を踏み入れると、美味しそうな香りと鈴を鳴らすような音、香炉の煙、子どもたちのはしゃぎ声と、五感を震わせる様々な誘惑が手招きしてきた。
 感覚を遮断し、無心に足を進め、目的の道観に辿り着く。入り口で出迎えてくれた道着を来た青年は、儀玄を訪ねてきたことを伝えると困ったように眉を下げた。
「師匠は、今は街の方に呼ばれてしまいまして……
 やはり約束もなしに来てしまったのは無礼だったか、と肩を落とす。
……アキラも、ここに居ると聞いたのだが」
「アキラさん? ああ、最近弟子になられてめきめきと頭角を現してらっしゃる兄妹の、お兄さんの方ですよね!」
 彼の目に何が映っているかは不明だが、アキラの名前を出した途端声が弾んだ青年に、雅は無言を返す。めきめきと頭角を現している? 彼にもいつの間にか蒼角のような角が生えたのか、と想像してしまい、僅かに口元を緩めた。
「でも、すみません。あの人も今、何処かに出かけてしまっているみたいで……町には居ると思うんですけど」
「そうか。分かった」
「あっ、でもそういえば師匠は夕方に一度戻ると言ってました! もしまだ滞在されるなら、お客様のことはお伝えしておきますよ」
「ならば、後ほど改めて対ホロウ六課の星見雅が訪れる旨、言付けを頼めるか」
「はい! ……えっ、対ホロウ六課!?」
 ようやく驚きに目を見開く相手に背を向け、雅は再び町へと繰り出す。どうやら彼は、相手が「虚狩り」であることに気付いていないようだ。山で修行している彼らは俗世に疎いのかもしれない。新エリー都の中でも珍しい反応に新鮮さを覚える。もしルミナスクエアだったとしたら、こうして歩いているだけで誰かに呼び止められているはずだ。まさかこんな場所には居るはずがないとでも思われているのか、往来を悠々と歩いていても時々視線を感じる程度だ。
 さて、と足を止めて腕を組む。車は先に帰らせてしまったし、夜までまだ時間がある。だが、暇潰しに良さそうな店は多そうだ。悠真ではないが、ここは一つ部下に倣ってサボりとやらを実践してみようか。柳に今日は本部には戻れそうにない旨をノックノックに簡潔にしたためて、雅はくるりと商店街を見回す。
 ふと。そこに居るはずがない影が見えて、素通りしそうになった視線を戻す。階段の上から上機嫌で降りてくるのは、自分と同じ色のジャケットを腰に巻き、先ほど柳が所在確認をした部下――浅羽悠真ではなかろうか。
 何やら買い物をしていたらしい彼は、買ったばかりと思われる袋の中を確認しながらゆっくりと階段を降りてきて、一番下に到達したところでようやくこちらの視線に気付いた。途端にガチッと笑顔が固まり、ぎぎぎ、とブリキ人形のように回れ右をしようとする。
「悠真」
 呼び掛けると、その動きが止まって彼はそろりと再び顔を前に向けた。
……き、奇遇ですねぇ、雅課長」
「ああ。奇遇だな。先ほど、柳にお前が同行しているか尋ねられたが、肯定したほうが良かったか?」
「あー……病欠と伝えてますんで。課長に証言されると複雑になるので、ここに僕がいたことは副課長には……そのぉ」
「サボりか、悠真」
「プレッシャー過多により自主的に休養を取ってるんです!」
 ほらあのエリートばっかの職場にいると責任がこれでもかとのし掛かってきてなんちゃらかんちゃら、とよく口の回る相手を感心しながら眺める。正直、彼がどこで何をしていようが雅はあまり気にしていない。それは彼を見限っているのではなく、信用しているからこそだ。ここに居るということは、課された仕事はきっちり終わらせているのだろう。
「それで、何故こんなところに?」
……僕のこれまでの言い分全然聞いてませんよねぇ! はあ……正直に言うと、アキラくんに頼まれたんですよ」
「アキラに?」
「HIAセンターのVR機を貸してほしい、ツテはないかって。たまたま知ってる職員がちょうど良さそうな研究をしてるのを知っていたんで、声を掛けたら一緒に行きましょうとなりまして」
「アキラに会ったのか」
「ええ。なんだか寝込んでしまった友人を助けようと頑張ってましたよ。……まったく、彼らしいですよね」
 穏やかな笑みを浮かべる悠真に、雅はぴくりと耳を震わせる。ここ最近になって、彼のまとう空気が変わったように感じる。これまでは笑っていても触れられない膜を一つ挟んだ先にいたような彼は、今はこうして心からの笑みを浮かべたり、遠慮なく頼ってくれるようになってきた。それもこれもあのプロキシのおかげらしい、と気付いたのは本当に最近だ。
「悠真。私に教えてくれないか」
「え……な、何を?」
 唐突なお願いにたじろぐ悠真を真正面から捉えて、雅は口を開く。
「上手いサボり方を、だ」


 世も末ですよ、と手すりにもたれかかって愚痴る彼の手には、先程奢ってやったばかりの糖水のカップがある。通りすがりの露店で買ったものだ。あまり口にしないジャンルのため最初こそ違和感があったものの、慣れると腹持ちもよく、優しい甘さが染みる。自分の分を静かに飲みながら、ベンチに座った雅は嘆く部下とその先に見える海、そしてホロウを見つめる。
 ロープウェー乗り場付近のテラスは閑散としていた。ホロウへ伸びるロープウェーは許可のない者は利用できないはずなので、当然だろう。時折散歩中の老人が通りかかるくらいで、二人で話すにはうってつけの場所だった。
「雅課長から『サボり』という言葉が出るなんて……月城さんがいなくて良かったー、いたら絶対僕のせいだって言われてた」
「何故そこでお前のせいになる」
「普段から教育に悪いとか言われてますから! 時間が空いたから暇潰しに付き合ってほしいなら、そう言ってくださいよ」
 全く、とぶつぶつ言いながら、悠真は少しだけ糖水に口をつけた。あまり飲んでいる気配がないのは、甘いのが苦手だからだろうか。部下のことなのに知らないことが多い、と反省を浮かばせながら、雅はおもむろに話を切り出す。
「聞きたいのだが。お前、アキラとは相当連絡を取っているな?」
「えっ……えぇと、その、まぁまぁ?」
「お前のことだから、やりとりもかなり続くのだろう」
「それはまぁ……そうですね」
「そんなお前を師と見込んで頼みたい。雑談のノウハウを教えてくれないか」
……雑談? なんで?」
 首を傾げられたので、素直にアキラとの雑談がうまく続かないことを白状する。真剣に耳を傾けていた悠真は、聞き終わると口元に手を当て、ぶふ、と吹き出した。
「か、課長、そういうの気にする人だったんですね……!」
「お前を笑わせたくて話したつもりはない」
「はぁ、分かってますって……って言っても、アキラくんと話してることなんてしょうもないことばっかですよ」
 スマホを取り出すと、悠真はすいすいと慣れた手つきで操作し始める。「この辺ならまぁ……あ、やば駄目だ……こっちのほうが……」とぼそぼそ呟いていた彼は、不意に手を止めるとその画面を雅に突き出してきた。
「ほら、こんな感じです」
 少しだけ身を乗り出して、画面に映し出された文字を目で追う。それは悠真とアキラのノックノックの画面だった。プライバシーは気にしないのだろうかとちらりと悠真を見ると、少し恥ずかしそうに口を窄めて頬を赤くしている。
「ね? 普通の話でしょう?」
 言われて再び視線を戻す。話題は確かに何でもないことばかりだ。町中で見かけた猫がふてぶてしかった。客の忘れ物を渡しに追いかけたら悲惨な目に遭った。柳に仕事を押し付けられて残業中「あっ、それは見なかったことに!」……それから、仕事帰りに寄ってもいいか、という言葉と軽い了承とともに加えられた言葉。
……『来る時に小麦粉も買ってきてほしい』?」
「あ。えっと、それは」
 すす、と画面が遠ざかる。明らかに悠真は「しまった」という顔をしている。
「ホワイトシチューにするって言うから……
「お前、アキラの家で食事を振る舞ってもらうのか」
「たまにですよ、たまに!」
 何やら焦っているようでさっきまでちびちび飲んでいたはずの糖水を突然ごくごくと飲み始めた悠真に、雅は顎に指を当てて考える。
……まさか、先ほど買い物帰りだったのは」
「あれは違います! うちの猫へのお土産におもちゃを買ってたんですよ。ほら、ここペットショップあるから。あっちで見かけないグッズが結構あって」
 足元に置いた袋を掴むと、ほら! と悠真は必死に中身を見せつけてくる。確かに、猫じゃらしやネズミの玩具、それからどう動かすのか理解不能なものがあれこれ雑多に詰められている。彼はどうやら本当に愛猫家らしい。このおもちゃで猫と遊ぶ悠真を想像して、雅はほわっと胸が温かくなる。
 今日は色んな部下の姿を見られるものだと満足感に浸っていると、遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえた。ぴくっと耳を動かしてそちらに視線を遣ると、雅にとって心穏やかになるもう一人が元気に笑顔を振りまいて駆け寄ってきた。
「やっぱり、悠真と雅さんだ!」
「リン?」
「り、リンちゃん」
 何故か動揺する悠真を尻目に立ち上がり、雅はプロキシの片割れを出迎える。
「二人とも、こんなところで偶然だね。何か用事?」
「ああ。アキラと儀玄どのに用があってな」
「そうなんだ。で、悠真はもちろん、お兄ちゃんに会いに来たんでしょ?」
……ん?」
 リンの「分かってますって」という空気に違和感を覚え、雅は首を傾げながら部下を観察する。引きつった笑顔を浮かべている彼をじっと見つめていると、きょとんとした顔のリンは二人の顔を交互に見比べ、雅と同じように首を傾げた。
「え? だってお兄ちゃんと悠真はこいび」
「リンちゃんストーーーップ!」
「ぐぇっ」
 肩をがっつり掴まれたリンは、突然の体の揺れに強制的に言葉を封じられた。「ちょっとこっち」と少しだけ離れた場所にリンを連れて行くと、悠真は何やらヒソヒソと話し始める。二人にとっては内緒話なのだろうが、こちらは普通の人間よりも五感が優れるシリオンである。ピクピクと耳を震わせても彼らはそれに気付いていない。
「えっ……まだ言ってないの……?」
……いつ切り出そうかと思ってたら段々、今更って感じが強くなっちゃって……
「もう知ってると思ってたから、普通に柳さんとか蒼角にも悠真のこと話しちゃったかも……
……えー、もし知られてて何も言われないなら、それはそれでこわ……
 このまま内緒話をされても筒抜けなので、こほんと咳払いをして自分の存在を主張する。慌てて振り向き、へらりと愛想笑いを浮かべる悠真に、雅は「もしや」と導き出した見解を述べる。
「悠真とプロキシたちは、もはや家族同然の付き合いだということか」
「そっ……そうそう、それです! なんか、ちょくちょく遊びに行ってるうちにいつの間にかっていうかぁ」
「ふむ。……礼を言う、リン。悠真が最近血色がよく見えるのは、恐らくお前たちと食卓を囲んでいるからだな」
「いやー、それは私よりもお兄ちゃんの体を張った献身の成果というか……もがっ」
「あはははは、そう、そうなんですよねー。いつもお世話になっちゃって」
 悠真がリンの口を塞ぐのは、プライベートを職場の同僚に晒されたくないからだろう。要は恥ずかしがっているのだ。なるほど、と何度か頷いてから、雅は手元に残った糖水を静かに飲み干した。ほう、と息を吐いて、改めて目を泳がせる悠真を見つめる。
「雑談の続け方についてはお前の例を参考にしながら、もう少し独学で試してみるとしよう」
……はぁ。お役に立てたなら何よりです」
 曖昧な笑顔を作る彼に、すぐにピンとくる。空になった糖水のカップを潰しながら、雅はさらに続ける。
「職場の上司がずっとそばにいるのも気が休まらないだろう。私は儀玄どのが戻るまで、少し商店街を見て来よう。お前も『家族』とゆっくりする時間を過ごしに来たのなら、存分に堪能しておけ。今日は目を瞑ってやるが、明日は出勤するように」
「は、はい!」
 ビシッと軍人のような敬礼をして、悠真は雅の言葉に応えた。そのわざとらしい様にふっと息を吐くと、雅は二人を残してその場を去る。部下との会話がなくとも、暇潰しなら幾らでもやりようがある。先ほど悠真が言っていたペットショップ、とやらに行くのも悪くはない。
 ――彼女の高名をよく知る新エリー都の観光客が「雅様が澄輝坪にいる……!」とこっそり写真を撮り、ペットショップの前で真剣な目つきでフクロウと睨み合っている「虚狩り」の姿が後日インターノット上でバズることになるのだが。
 部下の飾らないオフの姿を思わぬところで垣間見てしまったことで心を躍らせている雅にそんな未来など見えるはずもなく、彼女はただ夕暮れの灯りが照らしだした町並みを上機嫌に闊歩するのだった。