望月 鏡翠
2025-10-20 22:37:17
836文字
Public 日課
 

#1878 一人と一匹

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 侘助は雛の口の周りを拭ってやった。世話を焼いてやろうと思ったわけではなく、単に花粉をたっぷりとつけた状態で、着物や頭の上を駆け回られるのが困るからだ。
 鱗は油分を含んだ汚れもよく弾いて、指で撫でるだけで綺麗になる。撫でられていると思った雛が目を細める。指先に溜まった花粉は、鼻先にちょんとつけておいた。
 雛は寄り目になってそれを見つめたあと、舌でぺろりと舐め取ってなかったことになった。
 立ち上がり移動を始めようとすると、慌てて頭に駆け上って角の間に体を収める。髪の毛に爪を立て、しっかりとしがみついていた。
そこが定位置なのだと信じて疑わないようだ。
 傷ついた雛にあえて歩かせようとは思わないが、これで本当に生きていけるのかという疑問はあった。
 野良猫の子の方がまだ警戒心がある。
 龍がこの世界においてどのくらいの立ち位置にいるのか知らないが、強いものとはそのようなものなのかもしれない。
 警戒心や危機感の欠如がある。
かくいう侘助も似たようなもので、人であれば、あるいは獣であれば、このようなときにもっと驚き、焦ったのだろうと思うことがある。
 例えば、山中で男に出会った時もそうだ。彼は侘助に刀を向けた。その存在を警戒し、脅威として認識していた。
 面倒なことに巻き込まれたと思った。彼に対処しなければならないのは、かなり疲れることだった。
 しかし、疲れる程度なのだ。
 切られたとして、それはかなり嫌なのだが、死にはしない。死にはしないから痛覚というというものが欠けている。
 本当は体を損なえば、損なった分だけ弱るのだから、身を守るべきなのだろう。
 この雛も、手当てをしてくれたからと言って、知らない生き物を信じるべきではない。
 あるいは、手当てをしてくれたことを理解し、つまりは味方だと判断するような知恵が生存を邪魔しているのかもしれない。
 知恵をつけると生存が複雑になる。
 それは知恵のせいで死に損なった侘助の、実感だった。