瞼の向こうが明るくて、俺は手探りで布団を手繰り寄せ頭の上までしっかりと覆い隠した。引っ張ったせいで足がはみ出したけれど眩しいよりよっぽどいい。
心地良い暗闇の中でもう一度眠りにつこうとした時、クスッとかすかに笑う声とスマホのシャッター音が聞こえた。あと少しのところまで落ちかけていた意識がふわりと浮上する。
目を瞑ったまま何事かと考えるうちに昨夜のことを思い出して、俺はぎゅっと瞼に力を入れた。まだ目は開きそうにないけれど声はそこまで遠くなかったはずだ。布団を手繰り寄せた手を今度は布団の外に出し、ぱしぱしとマットレスを叩いて声の主を探す。寝起きの頭じゃしっかりと考えることはできなくて、俺はただあっちこっちに手を動かすだけだったけれど、そのうちむこうが「あははっ」と吹き出すように笑って俺の手を掴んでくれた。
布団の中で温まっていた俺の手に比べるとひやりと冷たいその手と指を絡めて、布団の中に引っ張り込む。「こら」と叱る声はこどもを相手にするように穏やかだった。
「起きたんならそのまま起きなよ、恋」
まだ、起きてない。声を出すのは億劫で、繋いだ手にぎゅっと力を入れて答えると、頭の上でもう一度シャッター音が鳴った。なに撮ってんの?
「お前の寝起きの悪さを撮っといて、寝起きじゃない時に見せて反省させんの。ほら、起きないとどんどん情けない写真が増えてくよ」
「うぁ……まお、いじわる……」
「もうとっくに朝なんだよ。朝ごはん、近所のパン屋さん行って買ってきたから一緒に食べよ」
「へぁ……」
パン屋? わざわざ買ってきてくれたの? それは起きて食べないとだわ。でもまだ起きたくないのは変わらずで……。
「……恋」
「んんー……」
「はぁ……ほんとに朝ダメだね、お前は」
ギシッとスプリングが鳴って真央の気配が近付いた。ベッドに腰掛けたのだろうと察して、繋いでいた手を離して腕を伸ばす。予想通りそこに座っていた真央の腰に腕を巻き付けると、真央は怒ることなくくすくすと笑い声を降らせた。機嫌がいいな、寝起きの俺と違って。
俺は布団に潜り込んだままで真央の方に体を寄せ、真央を中心にして丸くなった。一度外に出ているらしいのに香水の匂いはなく、真央自身の匂いがして落ち着く。ゆっくり深呼吸をするとまた眠気がやってきて俺は真央に巻き付けた腕にぎゅうっと優しく力を入れた。
「……待って、お前また寝ようとしてない? 恋、こら、起きて。パン食べようってば」
「ん……」
「ほんと寝汚い……。寝るなら離して。僕は向こうでやりたいことしてるから」
「やだ……」
「……恋」
ポンポンと優しく布団を叩かれ、真央の声が近付く。布団をどけたらすぐそこに真央がいるんだって思うとほっとした。
「ねえ、僕も抱き締めたいから、一回離して」
やわらかな声音で囁かれ、無意識のうちに腕が緩んだ。「いい子」と言う声に胸がときめき、言われた通りにハグ待ちのつもりでいたのに、真央はパッと立ち上がるとそのままペタペタと足音を鳴らしてベッドから離れて行った。は?
「ぅえ、まお、どこ」
「朝ごはん。いま起きるならコーヒー入れてあげるから起きな」
「……えぇ……」
のろのろと布団から顔を出したけれど明るい寝室の中にもう真央の姿はない。ぼうっとしているとキッチンの方からお湯を沸かす音かと真央の鼻歌が聞こえてきた。
「……おきる」
掠れた声で呟いた後、眉間に皺を寄せて目をちょっとだけ開けながらふらふらとベッドから起き上がった。ぐちゃぐちゃの布団をそのままに寝室を出て、キッチンにいる真央の後ろ姿を見つけて歩み寄る。足音で気がついているだろうに振り向きもしない恋人の背中にくっつくと、ようやく「ふふ」と笑い声が聞こえた。
「……おはよ」
「はい、おはよう。顔洗ってきたら?」
「んん……もうちょっと」
「早くしないとコーヒー入れ終わるよ。パン、適当に買ってきたから恋が食べたいの選んで」
「なんでもいいよ……」
「良くないでしょ。好きなやつ選んでいいから、ほら、早く顔洗っておいで」
「……まお、あいそつかさないでね……」
「……ふ。寝起きが悪いくらいで嫌いになるなら、もうとっくに嫌いだよ。自分がどれだけ僕に迷惑かけてるか、自覚ある?」
「……」
「ちゃんと目が覚めたらまた口説かれてあげる。寝惚けたまんまのクソガキの相手はしてあげないからね」
「……かお、あらってきます」
「いってらっしゃい」
だいぶ覚めてきた頭を、真央の手がぐしゃっと適当に撫でてくれる。俺は真央の綺麗な髪にちゅっとキスを落として真央から離れ、ようやくふらつかなくなった足で洗面所へ向かった。
相変わらず俺に対する口調も態度も雑だし適当だけど、そんな真央が好きだった。上辺だけの好意を向けられるよりよっぽど愛を感じる。なんの飾り付けもしていない俺を、なんの色眼鏡もかけずにまっすぐに見てくれる人。
顔を洗って鏡を見たらありえないくらい髪がボサボサで、思わず一人で吹き出してしまった。あえてそのままキッチンに戻り、真央の肩をとんとんと叩く。振り向いて、目を丸くして吹き出した真央の素の笑顔に、俺も釣られて笑みが溢れた。
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