【スタゼノ】あの日の夜空

スタゼノワンドロワンライ第224回お題「流れ星」「彗星」
特殊部隊に転属される前に彗星を見に行くスタンリーとゼノの話。

 これは二〇一三年の冬の話だ。あの、とびきり寒かった冬の、そんなある日の話だ。
 俺はこの年、とにかく軍で少しでも功績をあげようと必死になっていて、ゼノはゼノで念願叶って入ることの出来たNASAで、大学時代から取り組んでいた自分の研究を認めさせようと必死になっていた。だから、俺達には、これまであったような甘やかな時間はほとんどなかった。忙しなくて、ようやく窮屈な鎖から解き放たれた先の、新しい世界が真新しすぎて。
 なのに俺達はそんな中休暇を合わせて、ネットでも盛んに報じられたとある彗星――パンスターズ彗星を見に行くことにした。肉眼でも見られる、ゼノによれば明るく見積もってマイナス一等級台、おそらくは〇等級程度の彗星を、俺達は人のいない、開けた山道で見ることにした。寒いからってめいっばい服を着込んで、あたたかなコーヒーを魔法瓶に入れて、俺達は白い息を吐きながら長い彗星を見た。信じられないくらい、美しい彗星を見た。これもゼノによるところだが、豊富な一酸化炭素や窒素が青い輝きをもたらすらしい、そんなほうき星を俺達は見た。手も繋がず、キスもせず、幼い頃のようにただ宇宙に夢中になって星を見た。
 とはいえ、ゼノは星に並々ならぬ興味を持つ男だとはいえ、俺達はずっと空を見ていたわけじゃない。今では少なくなった直接の会話を楽しんだり、ビールは飲酒運転になるから飲まなかったが、気に入りのエナジードリンクを飲んで、テイクアウトしたブリトー、チーズバーガー、そしてチップスを食った。星を眺めながら、ティーンエイジャーの頃よくそうしたように。
 でも、じきに別れなきゃいけない時刻がやって来て、俺達は言葉少なにジープに乗り込んだ。勿論俺は運転席に、ゼノは助手席に。すると疲れていたのだろう、ゼノはじきにうつらうつらと船を漕ぎ始め、目を閉じてくたりとガラス窓に寄りかかった。俺はそんな彼を横目にフリーウェイを走り、愛しい男の自宅へと向かった。そう、宇宙センター近くに彼が買った、クラフツマンスタイルの古き良きアメリカの家に。
 フリーウェイを等間隔に照らす明かりが、小さく震えるゼノの銀のまつ毛を照らす。ほっそりとしたあごも、通った鼻筋も、柔らかいと知っている唇も、それから、濃いくまがある目元も。
 ゼノは眠れているのだろうか? 研究で無理をしていないだろうか? 俺が軍で無茶をやったように、あんたも無理をしてないか? そうは思ったけれど、俺は何も言えなかった。そんなの、自分にはふさわしくないと思ったのだ。
 俺は車を走らせ、山から抜け、街灯に照らされた静かな住宅街が近づいて来た頃、ようやくゆっくりと速度を落とした。もうそろそろ、ゼノともお別れだ。もうそろそろ、俺の休暇もお終い。これが終わったら俺は——
「スタン? 起こしてくれても良かったのに……
 その時目元をこすり、ゼノが身じろぎをした。でも、俺はさっきまで考えていたことに頭を取られて、とっさに何も言えなかった。
「どれくらい寝てた? 徹夜続きだったし、疲れてるのかな。でも悪いね、君にばかり運転を任せて」
……いや、これはあんたより期間は短いけど俺のハニーなんでね、運転は誰にも任せられねぇの。あんたを他の奴に任せらんないみたいにさ」
 俺は適当を言って、くたびれた新年の飾りが残る街灯の下を走る。ゼノもそれ以上は喋ることなく、ただじっと前を見た。沈黙が支配する。窮屈な沈黙が。でもそんな時、薄明るい暗闇の中に一筋の線が流れた。流れ星だ、と咄嗟に思う、俺は運転中だっていうのにわずかに腰を浮かす。ゼノも同じ気分だったのか、俺を見てにやりと笑った。
「また彗星の観測に戻る?」
 俺がそう言うと、彼は笑って首を振り、「もう家に着くよ」と少し寂しそうに言った。俺は「そりゃそうだ」とそれにあくまで軽く返して、山道で見たあの彗星のことを懐かしく思った。
 もう俺達はあの彗星を見れやしない。パンスターズ彗星の軌道は、惑星の重力の影響により放物線となっており、太陽に近づくのは今回一度きりで二度と戻って来ない。俺に許された最後の再会みたいな、無言の帰宅すらあの星は俺達にしてくれない。
 ゼノの家はもうすぐそこだった。だから俺は路肩に車を停め、助手席に手をかけて彼にキスをした。ゼノも拒否しない。多分、俺が抱えているものを知っているからだろう。もうすぐ、俺が特殊部隊に転じることを知っているからだろう。
 けれど、それまでほずっとこんなふうにキスていたいって思う。紛争地に行って国旗として帰らない限りは、すぐにはあんたに会えないから。
 だからあと少しはキスしていよう、少しでも長く長く、彗星を思い出す時には必ずこの口付けを思い出すように、そんなふうにキスしていよう。あの日の夜空と同じだと、この国から遠く離れても思えるように、そのためにキスをしていよう。


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