望月 鏡翠
2025-10-20 00:35:49
1006文字
Public 日課
 

#1877 花喰らい

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 しゃくしゃくと、みずみずしい草を噛むような音がする。まどろむ侘助の耳に届いたそれは、侘助に遠い昔の夢を見せた。
 新芽を狙って齧っていく青虫。あるいは毛虫。柔らかそうに見えるその毛には毒があったが、侘助には関係がなかった。枝を這い回る柔らかい腹が少しひんやりとして心地よいくらいだった。
 あの頃は鳥や獣が、周囲に集まったものだ。
 今は人の形を怖がって、獣は寄ってこない。それなのに、あの雛はどうしてやってきたのだろう。そうだ。雛。
 目を覚ました。
 この国は居心地がいい。緑が豊かで、水が心地よく、眠っていると、そのまま地面に根を張って、ここで過ごしたくなってしまう。それが叶わぬ願いだとわかっていたから、侘助は今日もまた生きるために目を開いた。
 視界でぷらぷらと、薄青い鱗が揺れている。頭を動かすと体勢を崩して、膝の上に落ちてきた。
 最近加わった道連れは、すぐ側にいることを忘れそうになる。鱗と翼を持つ龍の雛だ。翼に矢が刺さっていたが、今は傷も塞がっている。飛べるのかどうかは、生命力次第だろう。
 雌雄もわからないその雛に、名前はつけていない。言葉が通じなければ呼びかけも意味はないし、第一それほど長い付き合いにはならないはずだ。
 道がつながれば侘助は否応なくまたこの世界から追い出されて、この雛は置いて行かれる。
 自分の運命も知らないまま、今は無邪気に膝の上で体をくねらせている。野生にしては、動きが鈍臭い。
 手を貸す義理もないので、見守っていると、ようやく顔を上げた。
 その顔が花粉で、黄色くなっている。
 何をしているのかと思えば、侘助が寝ている間に椿の花に顔を突っ込んでいたらしい。夢現に聞こえていたのは、この龍が花弁や雄蕊の根元を齧る音だったのだ。そうやって花粉で顔面を黄色くしている生き物を見るのも、懐かしいことだった。
 よく来るのは、ヒヨドリだ。
 花の奥に溜まっている蜜を吸うのだ。龍は肉食だと思っていたが、雑食だったらしい。花弁の色が鱗にこびりついて、よく見れば膝の上にちぎれた花びらが落ちている。
「うまかったか?」
 花に痛覚はない。植物はつけた花や実を奪われながら命を繋いでいくものだ。齧られたくらいで弱ったりはしない。
 ただ久しぶりに自分が命の輪に加わったように感じられた。
 龍は言葉がわかっているのかいないのか、ギャオと鳴き声をあげて返事をした。