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みすず
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創作
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ふゆみず
どんぐり二。
「見てくださいよ、冬人さん。このぴかぴかのお宝を
……
」
道を歩いているとき、水樹がはっとした顔で「ちょっと待ってて!」と言って公園へ向かい駆け出すので何事かと追いかけた冬人は、榛色の目を晶晶とさせて差し出されたどんぐりにふ、と気の緩んだ笑みを零した。今年も彼は秋を見つけたようだ。
「うん、きれいだね。よく見つけられたね?」
「光の反射かな? ぴかっとしたのが見えてさ。導かれてみればこのビッグで艶々などんぐりですよ
……
なんと帽子付きです。うーん、時価五百円」
正当な値かは分からないが、いやに具体的な数字に冬人は肩を揺らす。
「もうそんな季節なんだねー。探せば松ぼっくりもありそう」
「時間はあるし、探してみる?」
いまは秋晴れの天気に惹かれて散歩をしたところであり、このあとに予定らしい予定はない。帰りに夕飯の材料を買って帰ろうかと話していたのが精々で、空もまだ秋特有の橙がかった夕方前である。
「うん!」と大きく頷いた水樹が公園に植えられた木の下を俯きながら歩きだすのに、冬人も地面を見ながら続く。いつかの年もこうしてどんぐりを、あのときは椎の実を探した。今年も変わらない秋が来ているのだと思うとなんだか感慨深い。
水樹と一緒になってとびっきりのどんぐりを探してしばらく、ふたりの手には大小様々などんぐりが揃った。帽子付きが多いのはやはり、大人になっても変わらぬどんぐりの重要な付加価値だからだろう。なかには青いどんぐりもあり、これは水樹が直々に持ち帰ると宣言していた。
「まだまだ若輩の身でありながら親である木から離れるその姿
……
実に立派ではありませんか?」
「そうだね」
「待って、いまの『身』と『実』をかけたギャグっぽくない?」
「っふふ、そうだね」
他愛ない話をしながら、冬人は水樹が拾ったどんぐりを使って矢印や顔を地面に並べ描いていくのを見つめる。あまり外を駆け回れた幼少期ではなかっただろうけれど、水樹の姿は少年の延長にあるように見えることがよくあった。同時に、及びもつかないほどに聡明な眼差しをすることも。そんなときの彼は、この紅葉を透かす空よりも透徹として見えるのだ。
「冬人さん? どうかした?」
「ん、なんでもないよ。冷えてきたなって」
じっと黙り込んでしまったからか、やや心配そうに声をかけてくる水樹に冬人は曖昧に首を振る。事実、気温は夕方に向かって下がってきていたし、肌の上を薄っすらと冷い風が撫でていく。歩いているうちに暖かくなるからと上着を持ってこなかったのは失敗であったかもしれない。
「そうだね。そろそろ帰ろっか! 今日はあったかいスープが美味しい日だと思います」
「スープかあ。なにがいい? クリーム系? コンソメ?」
「おお
……
悩みどころ」
すべてのどんぐりを地面に置き終え、ぱぱっと手を叩いた水樹が実に悩ましげな顔をするのを見ながら、冬人は鞄から取り出したウェットティッシュを彼に渡す。方々へ行くことが増えるのに合わせて、鞄の中に小物も増えるようになった。
「ありがと! あ、スープなんだけど、去年さ、冬人さんが作ってくれたクラムチャウダーがすごく美味しかったんだよね」
覚えてる? と問われて探った記憶のなかに、冬人は舞い上がる金色の木の葉を見た。
「ああ、あったね。きみが落ち葉をシャクった日だっけ。夜に作ったよね」
「ん
……
あ、そうそう! 冬人さん、よく覚えてるね!」
きみのことだから。
そう言うのは流石に照れくさかった。
アルバムを辿れば舞い上がる落ち葉のなかにいる水樹の姿があるだろう。思い出せばわくわくしたのか、水樹は「落ち葉の山ないですかね」と周囲を見渡している。
「今年は冬人さんに一番乗りを譲ろうと思うんですよ」
「俺は見ているだけでも十分だけど」
「いやいや。だって、僕の写真は残っているんですよ? ここは冬人さんの躍動感溢れる秋の姿も並べないと!」
力説する水樹にそうなのか、と流されて、冬人はこの秋一番の落ち葉を譲られることとなった。どんぐりは落ちているけれど、飛び込み甲斐のある落ち葉の山はまだなくて、水樹は早朝ランニングのときにも探そうと拳を握っている。冬人は日常のささやかなところで発揮される水樹の情熱が好きだった。
クラムチャウダーの他はなにがいいだろうか。
パンは思い切ってバゲットを買おうか。
平和な話をしながら歩く帰り道は自然と水樹と手を繋いでいて、冬人は前方に互いの姿が重なる影を見た。
「冬人さんの手はあったかいね」
にぎにぎと繋いでいる手を握る水樹に「水樹くんの手もあったかいよ」と冬人も彼の手を握り返す。病院で出会った彼の体温はもっと低かったけれど、その温度は思い出すのに少しだけ時間がかかる。忘れることは決してないだろうけれど、いずれ落ち葉の山のなかで探すどんぐりのようになっていくのかもしれない。そして、その落ち葉は来年、再来年とさらに降り積もっていくのだ。そのことが冬人にとっては途方もなく嬉しい。
「冬人さん、今年の紅葉はどこ観に行く? ご近所制覇なんていうのも乙なものだと思います!」
「うん、いいね。ランニングのときにちょっと遠出したり
……
その頃はまだ暗いかな?」
「夕方に二回行動なんてどう? 夕陽と紅葉の取り合わせはマストですよ」
「二回行動かあ。うん、そうしようか」
以前ならば撮りたいもののために一度、そのためだけに出かけるだけであった。それがいまでは一日の密度がこんなにも高い。
冬人は何度だって思う。
水樹がいなければ自分はこんなにも鮮やかな人生を歩むことはなかったし、こんなにも誰かを好きになることはなかった。
「
……
まずいな」
「どうしたの?」
「寒くなってきたからね。水樹くんを帰すのが寂しくなりそうだなって」
「
……
寒い日だけ?」
冬人はゆるりと水樹へ視線を向ける。
穏やかな笑顔。
「僕はいつだって帰り道がちょっぴり寂しいんですけど?」
参ったなあ、と冬人は思う。
参ったなあ。いつだって水樹には敵わない。
「俺だって、ほんとうは帰したくないっていつも思ってるよ」
繋いだ手を持ち上げて、冬人は水樹の手の甲に口付けを落とす。途端、ぎゅっと強く握られた手と、視線を向けた先の夕陽に染まっただけではない水樹の顔色。
「
……
今日はお泊まりしちゃおっかな!」
「ふふ、そうしてよ」
「夜通し心霊ホラーを観たりね!」
「それはやめて」
賑やかしく話しながら歩く背中を夕陽が暖かく撫でる。
前方に伸びた影は長くなり、きっとそれは来年の秋にも届くほどだった。
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