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千草莱
2025-10-19 18:02:39
8073文字
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弟子バロ
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【大逆転裁判】果てには(R15)
たどり着いた先で得たものは。※亜双義が道中で身体を売ったことがある設定です。行為の描写はありません。
果てには
夜も更けた倫敦の街中を走る馬車の中、車輪が石畳を叩く音だけが響く。
いつもならば、忙しかった仕事の後でも口数の減らない亜双義が
バンジークスから舌を噛むぞと嗜められるほど話し続けているのに
今夜はおし黙っている。
知らぬ顔の多いパーティだった。
元々華やかな場が苦手だった上に、長く死神として人から
遠ざかっていたバンジークスはこういう場は避けてきた。
しかし、倫敦法曹界にあのような不祥事が起こった今、
もっと関りを広げて風通しをよくしなければならない。
検事局や法廷関係以外の者とも知り合う機会が必要だ。
癒着は論外だが、どのような人間なのかを知り、また
自分たちを知ってもらうことは、事件の捜査や裁判を
進めるにあたり大いに助けになるはずだ。
検事局がそういう方針となったため、バンジークスも社交の場に顔を出さざるを得なくなった。
不祥事の渦中の一人である己が尽力しないわけにはいかない。
イギリスの未来を担う、若い検事たちの環境をよりよくしたいという気持ちも
芽生えている。これは亜双義の影響が大きいだろう。
相手の出方を伺い、機嫌を取り、表面的には友好な関係を繕うことは
不得手だが、幸い亜双義はそれに優れていた。
留学の際にも自力でパトロンを何人か得たらしい。
(訃報が届いた時はずいぶんガッカリさせたことだろう)
今夜のパーティは、商売や投資で財を築いた資産家たちがメインであった。
招待してくれた人こそ、バンジークスの知る貴族であったが
集うのは初対面の人ばかり、名前を聞けば新聞や広告で見たものも多い。
階級に縛られない、新しい時代を感じる会であった。
会場となる屋敷につき、玄関からホールへと向かう。
廊下の壁には額に入ったリトグラフが並んで飾られている。
テーマのある連作のようだ。
「モーセの出エジプト、か」
亜双義が興味を持ったことに気が付いたバンジークスが独り言のようにつぶやく。
エジプトで虐げられていたユダヤ人を、神の預言に従いモーセが約束の地へと導いた
聖書の一節だ。
「ああ、あれか。この海を割って進む場面は聞いたことがある」
亜双義はイギリスに来る前、キリスト教について少しは学んだ。
大まかな教義と、聖書に出てくる重要な場面について覚えた程度だが。
絵を見ながら、バンジークスは簡易ながらもどんな場面か解説する。
エジプト兵に追われながら、多数の民を率いて海や荒野を越える旅路は
困難に満ちていた。
「神の預言を聞けるのは自分一人、道のりは険しく民の不満は溜まる一方。
約束の地とやらに着くまでのモーセの心労はどれほどだろうな」
自分は一人でよかった、と亜双義は独特な関心をしている。
ちょうど約束の地、カナンに着く場面で、会場であるホールに着いた。
パーティの間、バンジークスと亜双義はずっと一緒にいた。
まだ廃れぬ死神の名に身構える人の前へ、すっと亜双義が進み出る。
にこやかに挨拶をし、相手の職業に合わせた会話をすれば一気に場が和む。
その鮮やかな手腕に、教わってできるものではないな、とバンジークスは感心する。
主催を含め、目立つ人への挨拶をすませた頃。
亜双義は会場をぐるりと眺め、ほんの一瞬、顔を曇らせた。
それに気づいたバンジークスから、疲れたのかと聞かれても大丈夫だと返すが
もう用は済んだから帰ろうと促されると素直に従った。
帰りの馬車の中、いつもと違いあまりにも静かな亜双義の様子が気にかかったが
うまい聞き方が浮かばず、バンジークスも口を閉ざしたままとなった。
屋敷につき、迎え出た使用人との会話は特に変わったところはない。
やはり社交を任せてしまったせいで疲れていたのだろうか。
バンジークスが寝室へ向かうと、亜双義もついてきた。
部屋に入り、コートやジャケットを脱ぐと何も言わずとも亜双義は受け取り
クローゼットへしまっていく。
タイを解いていると、亜双義が抱きつくように身体に手をまわし、
背中にあるベストの留め具を外した。
急な接近に戸惑う間もなく、タイとベストを奪うように取って後ろ手にそばの
ソファへ投げる。その乱暴な仕草に驚いていると、今度は肩を掴まれた。
痛みを感じるほどの強さだ。
何事か尋ねても答えず、部屋の奥に在る寝台まで押しやられる。
ベッドの縁に膝裏がぶつかり、よろめいたところを狙うように肩を押され
バンジークスは背中から倒れ込んだ。
亜双義は無言のままベッドに乗り上げ、バンジークスの上にまたがりシャツの襟を掴む。
「俺に抱かれてくれないか」
降ってきた言葉の意味をとりかね、見上げた顔は陰になって表情がわからない。
襟を掴む手は震えている。
「
……
理由を聞かせてほしい」
怒りでも拒絶でもない静かな声に促されるように、亜双義は一度深呼吸をしてから
話し始めた。
「倫敦を目指すため、俺は身体を売ったことがある。
今日、あの会場にその時の相手がいた。向こうは気づいてないだろうが
……
」
記憶を失い、身一つで海を越えるには困難が多すぎた。
船の下働きや港での日雇い労働だけでは路銀が心もとない。
どうにか失われなかった英語や法律の知識、体に染みついていた剣技を生かし
頑張ってはいたが、道のりは遠く、焦りが募る。
「これしか方法がなかったわけではない、と思う。だがもう疲れていたのだ。
倫敦に行けという声に急かされる日々に」
はじめの頃はそんな誘いは一蹴していた。しかし無駄に月日を重ねている
ことを否定できなくなってくると、彼らが示す金額は大いに魅力的だった。
最後のあがきとして、相手はできる限り慎重に選んだ。
報酬に嘘はないか、暴力は振るわないか、病気の心配はないか
……
。
その結果、夫を早くに亡くした未亡人や、本国では表立って楽しめない趣味を
満喫する裕福な男色家の何人かの相手をした。
それぞれと過ごした時間のことは、詳しく覚えてはいない。
幸い、ひどい扱いをされることもなく、継続的なパートナーを提案するほど
気に入ってくれた人もいたが、亜双義が進んで奉仕をしたような記憶はない。
どれも金を得る手段にすぎず、快楽も愛情もなかった。
そうして得た報酬は、いつもの仕事とは桁が違った。金の心配がないだけで
随分とものごとは動かしやすくなるものだ。
おかげでそれまでの旅路とは比べ物にならぬ速さで倫敦までたどり着いた。
果たしてその約束の地は、乳と蜜の流れる楽園などではなかったが。
「記憶がなかった頃は、倫敦に向かうことだけが全てだった。
だから、そのためなら何でもした。
労働の対価として報酬を得ることに、荷運びも身売りも何の
違いがあるだろうかと納得したつもりだった」
そこまで語ると、項垂れて肩を落とす。バンジークスの表情を確かめるのが怖いのか、
視線は彼の胸から腹のあたりを彷徨っている。
「記憶が戻ってからは、思い返すことさえ怖かった。
亜双義家の男として、到底受け入れられる行いではない」
士族の誇りを抱く家の、当主になるはずであった男だ。
ふさわしい品格を躾けられ、高い教育を受け、家業でもある剣も磨いた。
そんな自分が、路頭に迷い身を売るに至ったなど、両親に顔向けができない。
父の死の真相を知るためと分かれば罵られはしないだろうが、悲しむことは確かだ。
どんな理由をつけようと、自尊心は確実にすり減っていた。
「それでも、ここで真実を明かして新たな道を見つけられたのだから、
後悔はしていない」
前向きな言葉に反して、声は暗さを増していく。
「だが会場で、あの男を見つけた時
……
あの場を逃げ出したくなった。
自分があまりにも、場違いに思えて」
貴族を含む富裕層の集まる場。あの男は旅先で遊んだ下級船員がこんなところに
いるなど思いもしないだろう。身なりだって大きく違う。
だが、もし気づいたとしたら。
今、傍にいるバンジークスが、自分と同じように金で侍らせていると思われるのではないか。
そう思い至った瞬間、自分がしてしまったことが途端に汚らわしさを増して襲いかかった。
「だがな、馬車の中であれこれ考えていくうちにだんだん腹が立ってきた。
こんな思いをするのは、貴方のせいだろう?」
父の死が、亜双義一真の倫敦までの苦難の道の始まりである。
バンジークスが犯した間違いは、ここまで亜双義を苦しめた。
「だから、償ってもらいたい。俺に触れた誰よりも人品すべて優れた貴方を
組み伏せ、制したら
……
きっと、この憤りはおさまるだろう」
顔を上げ、あらわになった表情はふてぶてしい笑みだった。
語り終えて落ち着いたのか、襟を掴む手はもう震えていない。
バンジークスは職業柄、娼婦や身を売るしかない層の現状はよく知っている。
生まれながらの貴族にとって、彼女、彼らを真に平等に見ることは難しいが
無分別に蔑むべきではないと理解している。
しかし、まさかそれが自分に連なる問題として現れるとは思ってもみなかった。
由緒ある家の跡取りとして誇りをもって育った男が、己の過ちのせいで
身を落とすことになったと告げられて何を言えよう。
「君の言う通りだ。私に拒む権利はない」
「ならば」
身を乗り出した亜双義の肩を、バンジークスはそっと制した。
「今一度、考えて欲しい。衝動にまかせて、傷がより深くはならないか」
「逃げるのか」
「そうではない。君の後悔になりたくないのだ」
かつて過ちを犯した者として、そして若者を導かんとする者として
つとめて穏やかに諭すことを選んだ。
不安げに見つめる瞳に欺瞞はなく、ただただ亜双義を思っている。
このまま押し切れば、無理やりにでも身体を制することはできるだろう。
ほんの一時快楽を得たとして、その後は底知れない空しさが待っていることは明白だ。
「
……
衝動にまかせて身体を求めるなど、獣と変わらないか。
たっぷり金を払ってくれただけ、あいつらの方がヒトらしいな」
ふてぶてしい笑みに自嘲が混ざり、襟を掴む手から力が抜けた。
ベッドを降りて、バンジークスに一礼する。
「忠言、ありがたく受け取ります。
もしも、決して後悔せず、心から貴方を欲していると確信できたなら
受け入れていただけますか?」
バンジークスは体を起こして亜双義に向き合った。
「拒む権利は、私にはない」
「その言葉、お忘れなきよう」
亜双義は不穏な言葉を残し、投げ捨てていたタイとベストを拾うと、
クローゼットにしまってそのまま部屋を出て行った。
ドアの閉まる音を遠くに聞きながら、バンジークスは再びベッドに倒れ込んだ。
どうにかやり過ごしたという安堵にひたりつつ、先ほどまでこの身の上にあった
熱と重みを思い出す。
これで終わりではないのだろう。いずれ、覚悟をしなければ。
まさか、その覚悟の日がわずか三日後だとは思う由もない。
衝撃の告白の後、亜双義の様子に大きな変化はなかった。
身体の接触が増えることもなく、逆に不自然に避けることもない。
きっと、あの衝動は一時のものであったのだろうと思われるほどだった。
それから三日経ち、明日は休日。
バンジークスはゆったりとした夜を過ごすにふさわしいボトルを選び
ひとり味わっていた。
常ならば亜双義を誘うところだが、あのようなやりとりの直後では
少々気まずく、声をかけられなかった。
ボトルが半分も空いた頃、ドアの向こうに人の気配がした。
こんな時間に訪ねてくるとしたら亜双義くらいしかいないが
しばらく待ってもノックの音はない。
気になってドアを開けると、そこに立っていたのはやはり亜双義だ。
寝間着にしている浴衣姿で、石鹸の香りがしている。
何用かバンジークスが問う前に、強く抱きしめられる。
よろめいて後ずさるとそのまま部屋の中に押し入られた。
何も言わぬままの身体をはがし、ドアを閉めてから振り返ると
亜双義は残っていたボトルの中身をグラスに注いで一気に飲み干していた。
口元を手の甲で拭い、絶句して立ち尽くすバンジークスの正面に向かい立つ。
「貴方を抱きにきた」
触れるほどに顔を近づけ、戸惑いに揺れる瞳をのぞき込む。
映る亜双義の顔には、決して引く気はないと書かれている。
「君の後悔にはなりたくないと言ったはずだ」
バンジークスは師らしい威厳を取り繕い、できる限り重厚に語りかける。
しかし亜双義はひるむことなく、鼻で笑った。
「あの夜以来、ずっと貴方に触れることばかり考えてしまう。
抱かない方がむしろ後悔する」
ガウンの襟元を掴んで引き寄せ、頭をバンジークスの胸元へと預ける。
洗いたての黒髪がつやつやと輝いて目をくらませた。
「名目が必要なら
……
そうだな、ここにたどり着いた証がほしい」
言葉を紡ぎだせずにいるバンジークスの身体を抱きしめ、耳元に口を寄せる。
「拒む権利はないのだろう?」
三日前の夜と同じ視界だ。
亜双義の手でベッドに縫い留められたバンジークスは、どこか冷静に
状況を俯瞰していた。
見下ろす亜双義の顔もあの夜と同じ、ふてぶてしい笑みだ。
羽織っていたガウンのベルトを解き、ナイトシャツのボタンを一つずつ外していく。
「抱かれるなど初めてなのだ。その証にふさわしく振舞えるか分からない」
「俺も男を抱くのは初めてだ。気負うことはない。貴方のままでいればいい」
どうにもお人好しな不安を口にされ、亜双義の笑みが和らぐ。
バンジークスは自分ばかり戸惑っているようで恥ずかしくなり、
所在なく投げ出していた手で顔を隠した。
あらわになっていく肌に這わせていた手がふと止まる。
無骨な身体を前にして萎えるのも仕方なかろう、とバンジークスは顔を
覆っていた手をずらして亜双義の様子を伺うと、彼は煩悶の表情をしている。
肩を大きく揺らして深呼吸し、奥歯を噛んで何かに耐えていた。
抱かれた時のことは詳しくは覚えていないと言っていたが、
近しい行為をなぞることで思いだすものもあるだろう。
本人が自覚ないままトラウマになっている可能性もある。
「どうした?嫌なことでも思い出したならばやめた方が
……
」
「違う!」
否定する声が寝室に響き渡る。
亜双義は頭を横に振り、そうではないと繰り返し呟く。
「いざ触れたらどうしようもなく昂ってしまって
……
何かに飲み込まれてしまいそうで、怖い」
倒れ込んで縋るように抱きつく。先ほどまでの喰らわんとする勢いが幻のようだ。
この身体にそこまでの魅力があるなどと思いもしなかった。
不謹慎ながら、バンジークスの胸中に亜双義への愛しさがこみ上げる。
「恐れずともよい。好きにして構わない」
「罰だと思って受け入れるつもりか?」
「そうではない。君の求めるものが私にあって、私がそれを差し出せることは
私にとって救いなのだ」
たとえ社会的には許されざることだとしても、人として全うすべき
ことわりがあるのだと、一連の事件以降バンジークスは痛感している。
「だから、遠慮はいらぬ。好きにしてほしい」
指の背で、亜双義のあごをそっと撫でる。その仕草を引き金に、
怯えた子供のような面持ちから一気に飢える雄の顔に変わる。
「明日はまともに動けると思うな」
調子が戻ったのはいいが、煽りすぎたかもしれないと思ってももう遅い。
バンジークスは覚悟を決めて、亜双義を見つめた。
「世話は、頼む」
「任せろ」
再び肌に触れた手は、もう止まることはなかった。
太陽はとうに高くにあり、もう朝とは言えない時間だ。
カーテンをあける音でバンジークスは重たいまぶたをようやく開いた。
起き上がろうとすると、身体のいろいろなところに鈍い痛みや違和感がある。
常日頃、鍛錬はかかしていないが初めての行為では初めての疲労があるらしい。
まだぼんやりとする頭に、昨夜のことの始終がじわじわとよみがえる。
「やっと起きたか」
カーテンを開けた亜双義は、ベッドに近寄るとサイドチェストに置いてあった
ティーポットを手に取りお茶を淹れ始めた。
おはよう、と返した自分の声のかすれ具合にバンジークスは驚き、喉をさする。
亜双義から、声を聞きたいと無理やり口に指を入れられては押し殺すこともできず
出すに任せていたせいだ。あんな声に興奮するのは趣味が悪いのではないかと思う。
差し出されたカップを受け取り一口含むと、茶葉の香りとともに
優しい甘さが広がった。ハチミツが入っているようだ。
喉を労わってのことだろう。その気配りをなぜ昨夜は
…
と恨めしく思いかけて、
遠慮するなと言ったのは自分であることを思い出す。
紅茶とともに用意されていた、切り分けられたフルーツを指でつまむ。
少し痛む手首ではカトラリーを持つのが億劫だった。
行儀の悪い仕草をしているはずなのに、果物を食む姿は退廃的な優美さで
古代ギリシャかローマの貴族の絵画を思わせる。
その様をどこかうっとりとした顔で亜双義は見つめていた。
「貴方の品格は、誰であってもはぎとることはできないのだろうな」
昨夜あれほど自分に乱され悶えたというのに、何も損なわれていない。
バンジークスは指についた果汁をぺろりと舐めてから、亜双義を見る。
「君だって、そうであろう」
あくまでさらりと、当然といった返事に、亜双義はすり減った自尊心が
慰撫された心地がした。欲しかったのはこの言葉だとしたら、
ずいぶん遠回りをしてしまったのかもしれない。
それでも、たどり着いた。
起き上がろうとしたバンジークスの肩からすべり落ちたガウンを掴み
掛けなおす。動きのぎこちなさは、昨夜の負担のほどが顕だ。
「身体はどうだ?」
「君の宣言通り、いつも通りとはいかぬな」
苦笑する顔に、整えられていない前髪が垂れ落ちる。
かき上げて耳にかけてやると、バンジークスはくすぐったそうに目を細めた。
「無理をさせてすまん。あれほど無我夢中になるとは
……
自分でも驚いている」
かつて自分を抱いた人達は、激情にまかせるような様子ではなかったはずだ。
亜双義自身も、あんなに溺れるような感覚は記憶にない。
何かを得る手段ではなく、行為自体を心から求めているという違いだろうか。
「遠慮はいらぬと言ったのは私だ。だが次はもっとお手柔らかに頼もう」
「次?」
バンジークスの言葉に被せる様に、亜双義が聞き返す。
昨夜の行為は「ここにたどり着いた証」という口実であった。
その口実を以て受け入れてもらえたのだから、一度限りだろうと思い
沸き上がる欲の全てを、無理をさせていると分かりながらもぶつけたのだ。
亜双義の様子に、バンジークスも自らの失言を悟る。
これでは行為そのものを受け入れてまたねだっているも同義ではないか。
顔を赤くして、亜双義から背ける。
「満足したのであれば、もう」
「足りない。くれるならいくらでも欲しい」
バンジークスの肩を掴んで揺さぶる様にこちらを向かせる。
亜双義の勢いに、バンジークスは目を丸くする。
「そこまで気に入ったのか?」
自分の身体の良さなどわかるはずもなく、首をかしげる。
亜双義はその頬を、慈しむように優しく撫でた。
「どうあっても諦めなかったからこそ
貴方
ここ
にたどり着けたのだと
過去の自分に感謝したくらいだ」
「そうか
……
。私も、どうあっても
倫敦
ここ
にいた甲斐があったな」
ゆっくりと伸ばした手は亜双義の顔をそっと引き寄せ、唇へといざなう。
重ねれば、ハチミツの甘さで迎えてくれた。
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