休日の話

付き合って同棲してる宿痾が朝ごはん食べながらお互いに可愛い可愛いって言ってるだけの山もオチもないSS(現パロ)(左右非固定)
※ポイピクからの移行

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 何か柔らかい音が耳をくすぐり、アルジュナはゆっくりと、泥濘のようななまあたたかい眠りの中から意識を浮上させた。
 けれどまだこの心地よい微睡みに身を委ねていたくて、現実の世界のほうへとのろのろ顔を覗かせようとしていた意識のしっぽを掴んで、もう一度眠りの沼の中へと沈めにかかる。
 登っていくのはひどく労力のいる行為だが、落ちるのは簡単だ。しがみついている手を離してしまえば、あとは一瞬だから。

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 けれどそんなアルジュナの意識は、再び降ってきたその音によっていとも簡単につり上げられてしまった。心地良いような、けれど煩わしいような、二律背反の不思議な感覚が、自分を強く絡め取って離してくれない。
 微睡みの縁から転がり落ちそうになる絶妙なタイミングで降ってくる音は、アルジュナが再び夢の世界へと旅立つことを許してくれそうになかった。

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 うるさい。もう少しくらいいいだろう。寝かせてくれ。
 音から逃れようと枕に深く頭を埋めながら、もごもごとそのようなことを口にしたような気がする。だって今日は休日なのだし、少しくらい惰眠を貪ったって構うまい、と。
 邪魔をしてくるのが何の音なのか、意識が現実と夢の境界線をうろうろしているせいでまだはっきりと判別することができない。けれど眠りを妨げてくるのだから、たぶん目覚まし時計か何かの音なのだろう。アルジュナは寝惚けた頭のままぼんやりとそう判断した。
 では、その忌々しい目覚まし時計を止めるにはどうすればいい。いつもはどうしている。
 そう、アルジュナは目覚めるときに、時計の上部を叩いてスイッチを押して止めていた。ならば今日も同じようにすれば音は止まり、アルジュナは心地よい眠りの中へ戻れるはずだ。
 アルジュナは未だに続く音にうう、と唸り声を上げながら、眠気を孕んで重たい腕をのたのたと音がしている方へ伸ばし、妨害されている苛立ちを込めて、少しだけ強めに叩いた。

―――、ッ!」

 べし、べし、べし、と何回も何回も繰り返し手のひらをぶつけられた『それ』は、いきなりの理不尽な暴力にわずかに息を呑んだようだった。

……うん?」

 いや、待て。ちょっと待ってくれ。何故無機物であるはずの目覚まし時計から、息を呑む気配などが感じられるのだ?
 浮上した強烈な違和感とそれに伴う疑問によって、意識が急速に覚醒させられてしまった。名残惜しく体を包み込んでくれる肌触りのいいブランケットと別れを告げて、アルジュナは跳ね上がるように勢いよく体を起こす。

 ――ごっちん。
 鈍い衝撃とともに、目の前に火花が散った。

 悲鳴も上げられないままベッドの上で悶絶する。頭に何かが強かにぶつかった痛みだと理性が遅れて判断した頃には、おかげさまでアルジュナの眠気はすっかり吹き飛んでいた。
 痛む頭を手のひらで擦りながら、情けなくも滲んでしまった涙をぱちぱちと瞬きをすることで振り落とす。同時に視線を滑らせると、全く予想もしていなかった状況でいきなり顎へ頭突きを食らう羽目になった同居人が、アルジュナと同じように床の上で痛みに悶えていた。

「え、あ……お、おはよう、ございます、カルナ」
……ああ。おはよう、アルジュナ」

 混乱したまま、とりあえずいつもの習慣で挨拶を口にしたところ、同居人――カルナはおもいきりしかめ面になっている顔をこちらに向けた。じろり、と睨み付けてくるような薄青の瞳が怖い。

「しかし、ずいぶんな挨拶だな」
「う、すみません……寝惚けていたので……
「突然頭を叩かれたときは、一体何事かと思ったものだが」
「ね、寝惚けていたんです!」

 ちくちくと刺すような口調のカルナに、アルジュナは同じ弁解をひたすら繰り返すこととしかできなかった。せっかく起こしに来てくれたというのに、いきなり遠慮もなしにばしばしと頭を叩かれたあげく、勢いよく頭突きをかまされたのだ。どう考えても否はアルジュナにある。
 うう、と未だに鈍い痛みを訴える頭を押さえながら唸っていると、その上へと急にカルナの手のひらが降ってきた。ぺし、という擬音が似合いそうな、ゆるい触れ方。
 きょとんとしながら顔を上げると、さきほどとは打って変わった穏やかな表情がそこにはあった。

「いいだろう、これでおあいこだ。頭突きに関しては、貴様も同等の代償を支払っているからカウントしないこととしよう。痛み分けというやつだな」
「それだと言葉の使い方がいまいち合っていない気がするのだが」
「そうか?」
「そうだろう」

 アルジュナが頷くと、カルナは神妙な顔でううむと唸っている。
 急に過剰なくらい真剣な顔をし始めたのが何だかおかしくて、アルジュナはくすくすと肩を震わせて笑い出してしまった。

「ふふっ、はははっ。まったくもう、朝からなにをやっているんだか」
「それはこちらの台詞だ」
「はは、おっしゃるとおりで」

 カルナもアルジュナに吊られたように笑っていた。何がそんなにおかしいのか自分たちもわからないまま、こっそりいたずらを成功させた子供みたいに二人で笑う。穏やかな朝の空気が、優しくこの場を包み込んでいた。

「おはよう、カルナ」
「おはよう、アルジュナ」

 ひとしきり笑ったあと、もう一度挨拶をし直して。まだ笑みが残っている唇同士をふれあわせて、ようやく二人の一日が始まったのだった。
 
 
 ☀☀☀☀
 

「しかしだ。アルジュナともあろう男が、随分と無様な姿を晒したものだな」
「んぐっ」

 朝食のトーストをかじりながら、唐突に無礼としかいいようがないことを言い出すものだから、アルジュナは口に含みかけたコーヒーをうっかりその無礼者に浴びせかけてしまうところだった。
 無理矢理押しとどめたせいでコーヒーが本来とは違うところに入り込んでしまったらしく、アルジュナはげほげほとむせながらカルナを睨み付ける。

「な、んの、話だ!」
「うん? いや、先ほどのことだ。惰眠にしがみつき幼子のようにぐずるアルジュナの姿など、先のオレには想像もつかなかったからな。なかなか見物だった」
「ぐ、ぐずるって」

 当たらずと雖も遠からずといった感じなので反論ができない。起床すべき時間を過ぎてもうだうだとベッドの上で眠気に抱かれていたのは事実だから。
 言い返せない悔しさにぐうと小さく唸りながら、苛立ち紛れに皿の上のソーセージにフォークを突き立てる。しかし鋭利なはずの先端はうまく刺さらず、ソーセージが皿の上を滑って逃げていっただけだった。無様と表されたことに動揺しているのだろうか。いや、そんな馬鹿な。

……ああ、なるほど。すまん、少しばかり言い方を間違えたようだ」
「え?」

 スクランブルエッグをかき集め、こんがり焼けたトーストの上へとそれをのせながら、カルナは何故かほんの少ししょんぼりした顔をしている。一瞬きょとんとしてしまったアルジュナだったが、ああいつものアレかと思い至り、小さく肩をすくめて見せた。
 この男は昔から、言葉選びが致命的に下手くそなのだ。昔はそれでしょっちゅう喧嘩をしていたものだけれど、決して短くない時間をこうやって共に過ごしてきた中で、何となくそういうことかとわかるようになってきた。けれどやはり彼と自分がまったく同じ人間でない以上、こういう関係になって同じ屋根の下で暮らすようになっても、全てを理解することは難しい。元々の考え方や生き方が違いすぎるというのもあるのだろうが。
 けれど自分たちは、こういう関係でいいのだと思う。そういう二人だからこそ、こうして身を寄せ合って共に生きていけるのだから。全く同一のことを思考する同一の存在であれば、もっとわかり合いたいとそばにいることを選んだりすることはないはずだ。

「そうですか。で、一体何を間違えたと言うんですか?」

 ちょっと大人ぶった調子で尋ねてみる。今日は何となくしてやられてばかりな気がして、ほんの少し悔しかったのだ。アルジュナもカルナも、元来負けず嫌いな生き物なので。
 しかしカルナの口から出た言葉があまりにも予想外過ぎて、アルジュナは再び口に含んだコーヒーを噴き出してしまいそうになった。

「その、なんだ。お前のああいうかわいらしい姿が見られるのは実に気分が良い、と言いたかった」
「ッ!?」

 またしても違う方向に入っていきそうになった液体を、今度こそ根性で押しとどめる。ぜいぜい、げふげふとやっているアルジュナを、カルナは心底不思議そうな顔で見下ろしていた。お前のせいだ、お前の。

「か、かわいいってなんですか。言うに事欠いて。そっちのほうが言い方を間違えている」
「いや、これは誤りなどではない。ベッドの上で丸まってむにゃむにゃ言っているアルジュナはかわいらしかったぞ。そうだ、写真を見るか?」
「撮るな! そして消せ!」

 何故か腹立たしいほどのどや顔でスマートフォンをちらつかせるカルナに、アルジュナは今度こそ怒鳴ってしまった。いくら恋人とはいえ、寝顔を勝手に撮られた上、その写真を所持されているのは落ち着かないというか、何というか。
 しかし憤慨するアルジュナを余所に、カルナは愉快そうに片眉を持ち上げてみせるだけだ。

「フッ、お前は可愛いな」
「やめてください……それを言うなら、私だってあなたのかわいいところを知っていますよ?」
「ほう?」

 せめて少しくらい反撃しないと気が済まない。アルジュナはとっておきの持ちネタをここで披露してやることにした。こんなところで開示する羽目になるとは思わなかったけれど。
 攻守が交代したことを察したのか、カルナの薄青の瞳が挑戦的に光った。こういうときのカルナの顔が、アルジュナは昔から好きだった。その視線に貫かれるとあまりにも胸のうちがざわめくものだから、初めて会った頃は反対に大嫌いだと思い込んでいたけれど。

「先週の日曜日、知人のアルバイトの代理で水族館に行っていたでしょう?」
「ああ、そうだな。実に実りのある仕事だったぞ。誤って水槽に落ちたときは焦ったが」
……待て、そんな話は聞いてない」
「すまん、言い忘れていた。たいした話でもなかったからな」
「たいした話です! そちらに関しては、後ほど何があったのかきっちりと説明してもらいますから! じゃなくて、ええと……すみません、ひとまず話を戻しましょう、はい」

 色々と言いたいことはあるが、カルナのペースに乗せられていると話がどんどん逸れていってしまうので、ひとまずそちらの話は後回しにしておこう。ごほん、と咳払いをしてから、アルジュナは再び口を開く。

「仕事の合間に、何度もお土産ショップを覗きに行っていたそうじゃありませんか。そこで販売されている、一番大きな丸いアザラシのぬいぐるみにご執心だったんですって? 仕事が終わった後、見るに見かねた店員が触らせてくれたそうですね。触り心地はいかがでしたか?」
「! アルジュナ、何故お前がそれを」
「お前のバイトの様子を面白半分で見に行ったらしい方から、先日密告がございまして」
「じ、ジナコ……ッ!」

 内緒だとあれほど言ったはずだと、カルナは呻きながら机に突っ伏してしまった。やってやった、と白いつむじを眺めながらアルジュナは今度こそ悠々とコーヒーを啜った。
 先に言ったアザラシのぬいぐるみのように、カルナが丸っこいフォルムのかわいらしいものを好んでいるのは既に周知の事実なのだが、カルナ自身は隠したいことだと思っていたらしい。

「別にお前がどのようなものを好んでいようと別に構わないでしょう。ああいう丸っこいものに囲まれてにこにこしているときのお前を、私はとてもかわいいと思っていますし」
……待て。待てアルジュナよ。オレはそのように腑抜けた様子を、これまでにもお前に晒してきていたのか?」
「ええ、まあ、そうですね。でも、私は別にあれを腑抜けた姿だなどとは思っていませんよ。ああいうときのお前はかわいいんです。少なくとも私は好きですよ。かわいいものとかわいいものが戯れているのを見るのは、結構癒やされます」
………………そ、うか」

 可愛いと言われたことが不服だったり、でも好きだと言われたのが嬉しかったりと、カルナの中で色々な感情が渦巻いた結果なのか、結局彼は真顔のまま皿に残ったスクランブルエッグをかき込んでいた。
 窓から差し込む朝の陽光を浴びてきらきらと輝く髪の合間から覗く耳が、ほんのりと赤らんでいるのを認めて、アルジュナはほんのちょっぴり胸がすく思いがした。
 昔から感情があまりはっきりとは顔に出てこない男だが、そこだけはどうやら別らしいのだ。アルジュナがとち狂って勢いで告白した最初のときだって、いっそぞっとするくらい感情が抜け落ちたような顔をしていたのに、耳だけは真っ赤に染まっていたから。
 あのときのことは、まるで昨日の出来事であるかのようにはっきりと思い出せる。この気持ちは届かないのかと絶望した直後、カルナの耳が真っ赤に色づいていることに気が付いた瞬間に己の内から突き上げてきた、言い表しようのないほどの強い衝動も。
 普段からあまり表情を動かさない男だから、胸中で渦巻く気持ちに顔がついていかないのだろう。そういう不器用なところもまたかわいらしいと、よくよく思い返せばアルジュナは常日頃から思っていた。

「では私のかわいい人、本日のご予定は?」
「む、その言い方はやめろ」
「ふふっ、すみません。で、どうでしょう? 特になければ、今日は二人でどこかへ出かけようかと思ったのですが」
「ふむ、いいだろう。どこへ行く?」

 食べ終わった皿を二人で片付けながら、休日の予定を即席で立てていく。

「では、お前が手伝いに行った水族館へ行きませんか? 従業員として行くのと、客として行くのとでは、また見え方が違って面白いのではないかと思いますし。お前が退屈に思わなければ、ですが」
「オレは構わんぞ。お前の言い分にも一理ある。興味が出てきた」
「ありがとうございます。良ければ案内してくださいね。それから、カルナが気に入ったというぬいぐるみを買って帰りましょうか」
………………ああ。そう、だな」

 アルジュナの甘えるような言葉に、唇をきゅっと引き締めてしばらく逡巡していたカルナは、やがてこくりと小さく頷く。ぬいぐるみを抱きしめさせたときに、カルナがどんな顔をするのか。アルジュナは今から楽しみで仕方がない。

 出だしこそ色々あったものの、今日は良い休日になりそうだった。