帰宅後、テーブルの上には見覚えのない箱が置かれていた。出る前にはなかったそれに首を傾げていると、物音に気づいたのか小松田君が自室から出てきた。
「利吉さん、おかえりなさぁい」
「ただいま小松田君。ねぇ、これって……」
「今日僕が買ってきたんですよぉ。開けてみてください」
言われるがままに箱の蓋を開ける。入っていたのは、小ぶりな二つのケーキだった。どこにでも売ってるような、苺のショートケーキである。……ますます意味がわからない。
小松田君はどこかウキウキしている様子だが、今日は別に何の記念日でもなかったはずだ。どちらの誕生日でもなし、再会した日でも同棲を始めた日でもなし。もちろん、年間行事のイベントの時期も違う。何か勘違いしてるのか……?
「実は今日、僕と利吉さんの真ん中バースデーなんです!」
「真ん中バースデー?」
聞き馴染みのない言葉を繰り返して問うと、彼はニッコリと満面の笑みを浮かべた。……可愛いな。見てるだけで仕事の疲れが霧散していく。
「文字通り、二人の誕生日の真ん中を祝う日です。推しと自分だったり、コンビ同士だったり。あと……恋人同士だった、り」
「あぁ、それで」
ようやく合点がいった。言われてみれば確かに、今日は私と小松田君の誕生日の真ん中ぐらいの時期だ。ちょうど真ん中という訳でもなく、敢えて祝わなければ何もない普通の日として過ぎるだけではあるが。
「よく知っていたね、そんなこと」
「えへへ……嬉しいことは、たくさん祝いたいなぁと思いましてぇ」
小松田君らしい回答である。私とは違い、彼は記念日もイベントごとも気にするタイプだ。あまりはしゃぐことを好まない私でも、彼に釣られて一緒に楽しむこともある。
まぁ……共に過ごす相手が小松田君だからこそ、ではあるのだが。
「あ、でも……。これはただの理由付けと言いますか……僕は、何でもよかったんです」
何でもよかった、とは。どういうことだ? そう訊ねるより早くに、小松田君は指で頬を掻きながら照れ臭そうにへにゃりと笑った。
「僕にとっては、利吉さんと過ごせるだけで幸せなので。何にもない日でも楽しくて、嬉しくて。毎日が特別に思えるんです。僕が勝手にそう感じてるだけなんですけど……でもこの嬉しさを、偶には利吉さんと共有できたらいいなーって思いましてぇ」
「それで、ケーキを?」
「はい! カレンダーを見たら、今日が真ん中バースデーだと気づいたので。便乗しちゃいましたぁ」
今までも何度も思ってきたが、彼は祝い事を楽しむ名人だ。こうやって自分が感じている幸せを、私にもお裾分けしてくれる。私では見過ごしてしまいそうな、ほんの些細な出来事でもだ。……こういうところは、彼には絶対敵わない。
「私、家にいない時の方が多いけど……それでも幸せ?」
「それは寂しいですよ。寂しいですし、すっごく心配です」
「だ、だよね……」
恐る恐る訊ねてみると、弁解のしようがない答えが直球で返ってきた。仕事で週の半分くらい不在にしていることもザラなのだ。小松田君が何も思わない訳がないし、実際にその気持ちをぶつけられたこともある。
本音を隠さずに伝えてくれるのは、心を許してくれていることに他ならないので嬉しいのだが……心苦しいのもまた事実だった。
「でも、再会する前の方がもっと寂しかったので。それに……利吉さんが必ず“ここ”に帰ってこられるのは、わかっていますので。自分が利吉さんの居場所みたいになっているのが嬉しいんです」
それでも、彼は私を縛ろうとはしない。「仕事を変えてほしい」とか「行くのを控えてほしい」とか、そういう我侭は絶対に言わない。その優しさに甘えてしまっているのも理解しているけれど……もしかしたら小松田君も、それを承知の上で一緒にいてくれているのかもしれない。
私が彼を居場所にしているのは正解だ。居心地がよすぎて離れがたい。きっと、これから先も。ずっと。
「だから、寂しいんですけど、とても幸せでもあるんです。僕といてくれてありがとうございます、利吉さん」
「……それはこちらの台詞だよ」
本当に、君には敵わない。ちょっとしたことを喜ぶのも。日常から小さな幸せを拾うのも。それを私も楽しめるのは、彼が分けてくれるお陰だ。
この日々が続いてほしいと願うのも、全ては隣に小松田君がいてくれるから。彼がいるから、現在が鮮やかに彩られていく。本来なら何もない日でさえ、彼が特別にしてくれる。それが嬉しく思えて……柔らかな幸せが、じわりと心を温めてくれる。
「真ん中バースデー、だっけ。だったらお祝いしないとね。準備してないから、あまり大したことはできないけど」
「大丈夫ですよ。『おめでとう』って言って、ケーキ食べて。二人で過ごせたら、それで充分なので」
「謙虚だな。もっと何か欲しいって思わないの? せっかくの記念日なのに」
「えっと、そのぉ…………だから、『二人で過ごせたら』って……。明日はお休みですしぃ……」
ふと、自分も明日は一日中家にいる日であることに気づく。そしてケーキの苺のように、ほんのりと赤く染まっている小松田君の顔。
……あぁ、なるほど。これはこれは、何とも可愛いお誘いで。
「いいよ。なら、ゆっくりしようか。……明日はお休み、だからね」
意図を汲み取った私が意味深に返すと、小松田君は無言でこくこくと何度も頷いた。……本当に可愛いな。
「じゃ、じゃあケーキ食べましょう! ケーキ!」
「ダメ。先に晩ご飯食べてから」
「えぇ〜」
「『えぇ〜』じゃない。デザートでいいだろ? 楽しみは後に取っておきなさい。ほら、冷蔵庫にしまって」
「はぁい……」
渋々と引き下がる小松田君に、まるで親子のような会話だなと切なさを覚えてしまう。
まぁいい、数時間後には嫌でも恋人だと認識するような事態になるのだ。今日を特別な日にしてくれたのが小松田君なのだから、私もそれに見合ったお返しをするとしよう。
ケーキに負けないくらいの“甘い特別”を、ね。
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