望月 鏡翠
2025-10-19 00:30:27
950文字
Public 日課
 

#1876 痕跡

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 そこは水辺の近くで、常に湿っているからか、地面も樹皮も苔むしていた。
 周囲をよく探すと、羽以外にも龍の痕跡があった。
 苔が潰れているし、血の跡が地面に残っている。近頃雨が降っていないから、どれくらい前のものなのか血痕だけではわからないが、この辺りで体を休めていたのだろう。
 そして決定的な手がかりもあった。
 矢だ。萬木が放ったものに違いない。手ずから作った道具を見間違えるはずがなかった。ただ、それが中程で居られているのが気になった。
 龍が自力で噛み折ったとは考えていなかった。
 近くに、明らかに人の手で拵えたものらしい紐や当て布も見つかったからだ。血がたっぷりと染み込んだ、黒ずんだ何かも一緒に捨ててある。
 綿か、地衣類のように見えた。
 何者かが、龍を手当した。
 そして連れていった。
 足跡があるのだ。龍よりも余程わかりやすい痕跡を残している。
 その足跡に、萬木は見覚えがあった。
 地面にくっきりと跡が残るのは、体重がかなり重い生き物であるからだ。蹄があるが、こんなに足が大きな草食獣は、この世にはいない。
 妖怪だ。
 角の生えた、あの半化けの男がここにいたのだ。
 全身がざわついた。
 あの出会いのあと、逃げる妖怪を追いかけなかった。
 狩りの対象ではないから、見過ごし敵の偵察でないならいいと、警戒し慎重にはなったが、その存在を深くは考えなかった。
 追いかけるべきだったのではないか。あのとき感じた違和感を見過ごすべきではなかったのではないだろうか。本当は龍の仲間で、雛を逃すべき役割を負っていたのではないだろうか。少なくともここに雛がいて、そしてあの半化けの妖怪がいたことには違いない。
 萬木は足跡を追いかけて、しかし慎重に足を進めた。どんな力を持っているのか、全くわからない相手である。
 しかも、言語を話した。龍も呪う寸前に言葉を発した。
 人の言葉を操るものは、総じて不可思議な力を持っているものだ。
 会話ができるなら、刃を突きつけていうことを聞かせることはできるだろうか。呪いを解けと命じたら、この顔はどうにかなるだろうか。
 それとも問答無用で遠くから射殺すべきだっただろうか。
 萬木は足跡を追いかける最中も、それを決められないでいた。