かのまる
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伊剣ワンドロワンライ「生光」「満ちては欠ける」

構想含めて三時間ほどです。

 すっかり日が暮れて、遠征から戻った俺とセイバー。
 流石に足が棒のようでくたくただ。今はせんべい布団が恋しい。
 セイバーは先ほど蕎麦を食べたが、また腹が減ったと饅頭を頬張っている。
「寄りたいところがあるが、良いか?」
 饅頭で頬っぺたを膨らませたセイバーが珍しそうに首を傾げた。
「あむ、珍しい。別に私は構わぬが」
 立ち寄ったのは、長屋からほど近い浅草寺だった。
「今日は満月だろう。ここから見る月が俺は好きなんだ」
「ほう、確かによく月が見える。それにしても本当にイオリは月が好きなんだなぁ」
 二刀の柄に沿えた手に自然と力がこもる。
 俺が至らなければいけない月は、まだ遥か遠くでこちらを冷ややかに見下ろしている。
 暫し物思いに耽っていたら、セイバーがじいっと顔を覗き込んできた。その顔は少し拗ねてるように見えた。
「きみはいつも上ばかり見ている。目の前の私と手の届かぬ天の月、どちらの方が好きなんだ?」
 秋茜を映し出した勝気な瞳が、きらりと月明かりを反射した。
 ……少々残酷な質問だと思った。
「それは……セイバー。おまえに決まっている」
 大丈夫だ。口元は弧を描き、上手く微笑みの形を作ることができている。
「うむ、うむ。きみならそう云うと思っていた。今夜は私は気分が良い! さあ、刮目せよ! イオリ!!」
「あ、こら!!」
 セイバーは満足気に頷いた後、いきなり地面を蹴って飛び上がり、門の上に上がると、まるで兎のように天に向かって、高く高く跳躍した。
 弓のように身体をしならせ、蛇行剣を顕現させると青白い月光が刃を照らし、眩い瞬きが足元まで届いた。
 望月を背景に、まるで水面から飛び出したように銀色の衣に翠の黒髪をたなびかせる。その顔は逆光でよく見えないのに、とびっきりの曇りなき笑顔を浮かべているのが解った。
 太陽の系譜を継ぐセイバーだったが、彼には宵闇を皓皓 こうこうと照らす月がよく似合う。
 まるで昏い世界から白銀とセイバーだけを切り取ったように、この瞳の奥に鮮やかに灼き付く。
 それは何度瞬きをしても消えることがない残影。
 幼き夜、届かないと知りながら手を伸ばした、剣聖の背中が一瞬頭をよぎった。

 彼は造作もなく一回転して石畳に着地すると、急いでこちらへ駆け寄ってきた。
「どうだった? きみが好きな月と、きみがだーいすきな私のとっておきの共演は」
 えへん、と腰に手を当て胸を張る。得意気に緩んだ口元、いつでも透き通る瞳は少しだけ照れくさそうにも見えた。
「ああ、とても……綺麗だった」
「なんとツキナミな感想だな」
「では兎のように愛らしかったの方が良かっただろうか」
「兎!? はあ、もっと風情のある例えはなかったのか〜」
「冗談だよ。おまえはいつも、美しい……
 ふと視線が重なると、くるりと弧を描く睫毛が柔らかく閉じられる。
 その頬は月明かりの下でもほんのり赤みが差している。
 セイバーが、ぼぞぼそと呟いた。
「私がとっておきを見せたのだから、きみからの褒美を所望する……
 膝をかがめ、熱が冷めた手を くるむと、小さな唇にそっと口付けする。
 鮮烈な残像も、温かい思い ひかりも夜が明けるその時まで……ずっと覚えていたかった。