墨色
2025-10-18 22:25:46
2050文字
Public れめししお題
 

最高のファンサ

れめししお題企画参加
「ファンサ」「推し活」お借りしました。
推し活するレイメイ

 床に転がるデカいクッション。赤い瞳は、見慣れたスマイルマークが入っている。
「なんだよ、コレ」
 拾いあげたソレをムギュッと握りしめながら、獅子神が問う。聞かれた叶は、いつか真経津が持ち込んだ、これまたデカいクッションに埋めていた体を起こした。
「新しいグッズの試作品……って、オレの顔潰すなよ」
「顔……なのか、コレは?」
 確かに叶の顔をデフォルメしたものと言われれば、そのような気もしてはくるが……と、獅子神がジッとクッションを見つめる。
「一種のファンサだよ」
 叶は立ち上がり、クッションとお揃いのデザインのブランケットを広げてみせた。
「ファンサ……あぁ、ファンサービスか」
 エンタメ方面には興味が薄い獅子神が、略された言葉を言い直した。
「そういうの、ちゃんとしてんだな」
 配信時どころか、自分のファンと対面したときですら、辛辣の口の悪さであるのに、と獅子神が意外そうな顔を浮かべた。
「オレのことをよく見ているヤツらへのご褒美だからな。推し活グッズとでも言えば、分かりやすいか?」
 叶はリスナーのことを『観測者』と呼ぶが、世間では確かに推し活の方がしっくりくるかもしれない。獅子神も納得した顔で頷いた。
「ところで、オマエ今夜泊まるのか?オレは明日仕事なんだけど」
「あぁ、今夜はもう面倒くさいし泊まろうかな。明日は……
 叶の顔が「いいこと思いついちゃった」と輝くのを獅子神は見逃さなかった。その口から何が続くのかと身構えると、予想外の言葉が飛び出した。
「明日は、推し活するぞ」



 次の日、獅子神の仕事部屋にリビングで幅を利かせていたどデカいクッションが持ち込まれた。壁に沿って垂直に形を整えてやれば、それは簡易なソファになる。
「コレでヨシ」
「全然良くねえよ」
 満足そうな叶に、獅子神が不満全開で突っ込む。
「なんだ、敬一君?」
「なんだじゃねえよ!なんで人の仕事部屋に居座んだよ」
「え?だから推し活しようと思って」
 キョトンした表情を作る叶に、獅子神は溜め息を吐く。
「なんで、推し活すんのにオレの仕事部屋に来るのかって話だろ」
「そんなの決まってるだろ?推しが生きる喜びなら、オレの推しは敬一君に決まってる」
 頭上8センチ上から瞳を見つめられ、獅子神は言葉に詰まる。揶揄われているのだと思うが、叶が思いの外ストレートに気持ちを表現することも知っているため、真意を測りかねる。
「ま、敬一君は普段通り仕事してればいいよ」
 ほらほら、と机に向かわされ、確かに前場の時間も近づいてきている。大人しく椅子に座ると、叶もクッションに腰を下ろした。
 最初こそ叶の視線が気になっていた獅子神であったが、チラチラを覗き見するうち、ずっと自分を見ているわけではないことに気づき、やっと仕事に集中出来るようになった。
 変動の激しい開場一時間を過ぎ、ストレッチがてら身体を伸ばすと、叶が視界に入った。その手には……
 『ファンサして♡』
とプリントされたうちわがあった。
「はぁっ?!」
 思わず声を上げる獅子神に、叶は楽しそうな顔を向ける。
「ほら、早く」
 急かされても、獅子神にはファンサが何か分からない。そもそも、叶の悪ふざけに付き合ってやる義理もないのだが。無視するか、どうしたものかと獅子神が悩んでいると、叶がうちわをひっくり返す。
 『ウィンクして♡』
ウチワに書かれた言葉を指さしながら、叶の口が動く「早く」と読み取れる唇の動きに、獅子神が観念したように頭を抱えた後、叶に視線を送った。
 目が合うと、叶の左目が閉じられた。
「オマエがウインクすんのかよっ!ってか、ウインクか分かんねえだろっ!!」
 椅子から立ち上がり、勢いよく突っ込んだ。叶の楽しそうな声が仕事部屋に響く。


 昼になり、いつもなら雑用係と昼食をとる獅子神だが、今日は叶と二人でパスタを食べている。
「どうだ?敬一君」
 食事の最中、叶が聞いてきた。いや、いきなり「どうだ?」と聞かれても何のことやら分からないのだが。
「推される気持ちが分かったか?」
 そう付け加えて、叶がうちわを手にした。そこには、また目にしていない言葉がプリントされていた。
 『王様!跪かせて♡』
 ブッ!と獅子神の唇から音が出る。口に食べ物を入れていなくて助かった。
「叶!テメエ!!」
 うちわを取り上げようと、立ち上がり手を伸ばすが、サッと引っ込められる。
「これは敬一君専用グッズだからな」
 ニッと口から八重歯を覗かせ、叶が笑みを浮かべる。
「一生な」
 虚を突かれた言葉に、獅子神はストンと椅子に腰を下ろした。ガシガシを髪を掻きむしり、指の隙間から叶を見る。
……オレだって、推してやるよ」
「サイコーのファンサだな」
 サンキュ、と頭を撫でる叶の大きな手を大人しく受け入れた。チラリと覗き見た叶は、蕩けるような表情で、獅子神は耳まで赤く染め「暫く顔は上がらねえ」と心に決めた。