ナガレ
2025-10-18 21:41:33
1959文字
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ぶぜまつワンライ「小さな幸せ」

2025/10/18第42回ぶぜまつワンドロライ「かぼちゃ・小さな幸せ・絵本」で書いたもの。
松井の小さな幸せ、ぶぜまつ添え。

朝、いつもより少し早い時間に目が覚めた。障子窓の隙間から差し込む朝の陽光は少しだけ眩しい。布団を被り直して二度寝しようかと一瞬考えたが、寝直したらいつもの時間になっても起きない気がする。休養日ではないから、朝餉に間に合わないのは困る。さてどうしようかと布団の中で悩むこと数分。起き上がってしまえと布団の中から這いずり出た。
自発的にこんな時間に目を覚ます事は滅多にない。とりあえず顔でも洗いに行くかと、のろのろと寝間着から普段着に着替えて、洗面所に向かうために部屋の外に出た。爽やかな風が吹く気持ちの良い朝だ。たまには早起きも悪くないかなと思いながら洗面所に向かって歩いていると、廊下の向こうから朝の鍛錬帰りの者達の声が聞こえてきた。
「松井?おはよ。今日は早いんだな」
「豊前」
声を掛けてきたのは豊前だった。俺も早くに目が覚めたから体を動かしてきたと言う豊前の手には見慣れたお風呂セット。これから鍛錬帰りの皆で朝風呂に行くらしい。お前も行くかと誘われたが、あいにく朝風呂の気分ではないから断った。
顔を洗ったら朝餉の時間まで本丸の周りを朝の散歩でもしようかな。……と、その前に。
「おはよう。朝練お疲れさま」
「おう」
朝の日差しを受けた朝露よりも輝く笑顔。朝から良いものを見ることができた。僥倖、僥倖。

午前中は部屋で事務仕事を進めた。急ぎの案件が飛び込んでくることもなく、予定よりも進めることができた。午後は手合せが入っているから、昼食はしっかり摂っておこう。たまには外に食べに行くのもいい。外出届を出すと、僕は万屋街に向かった。
目当ては贔屓にしている洋食屋のオムライスだ。赤色のチキンライスを黄金色の堅焼き卵で包んだオムライスには真っ赤なケチャップが掛かっている。付け合せのサラダも必ずトマトが入っている。そして値段もお手頃で、味も当然文句なしである。贔屓にしない理由がない。ただ、昼時はいつも混んでいるから時間に余裕のある時にしかいけない。今日はどうだろうか。昼から予定もあるし、混んでいたら出直そう。そう決めて店の扉を開けると、思ったよりも空いていた。
店員に案内された空席に腰掛けて、いつものオムライスと食後の珈琲を注文する。昼時なのに空いているなんて珍しいなと思っていると、料理が出てきたタイミングで一気に店は混んできた。本丸を出るのが少し遅れていたら今日は諦めるところだった。そういえば、豊前もこの店に行きたいと言っていた。今度時間がある時に二振りで来よう。僕と彼は食の好みが合うので、きっと豊前も気にいると思う。

夕方、手合せを終えた僕は風呂場にいた。風呂の時間帯には少々早いので大浴場はがらんと静まり返っている。今日の手合せの結果は上々で、自分でも機嫌か良いのがわかる。このまま上機嫌ついでに貸し切り風呂も味わおうじゃないか。誰もいない洗い場で先に体を洗ってから湯船に入ろうとすると、湯けむりの向こうに先客がいた。後ろ姿だからわかりにくい。誰だろうかと、目を細めて凝視すること十秒。出陣帰りの豊前だった。
……豊前?」
「ん?松井?今日はよく会うな」
「手合せで汗をかいたから、先にお風呂いただこうかと思って」
「お疲れさん」
「豊前の方こそお疲れさま。無事の帰還で何よりだ」
行き慣れた出陣先でも油断は禁物。何が起こるかわからない。たとえば検非違使がやって来たりとか。
並んで湯に浸かりながら、お互いに今日一日の出来事をとりとめもなく話していく。話の流れで今度一緒に例の洋食屋に行く約束もした。豊前が贔屓にしている甘味処にも連れて行ってくれることになった。豊前曰く、自分は甘いものが特段好きというわけではないが、その甘味処の品は口に合うのだとか。豊前が好むならきっと僕にも合う。僕達は食の好みが近いので。
「じゃ、そろそろ出るわ。松井も逆上せんなよ」
そう言って豊前は風呂場から出て行った。僕ももう少し浸かったら出よう。のんびりしていたら夕餉の時間に間に合わなくなってしまう。
それにしても。
「今日は何だか良い一日だったな」
豊前の顔を見て一日が始まり、午前中の事務仕事はトラブルもなく平穏無事に終わり、昼は行きつけの店で食べることができた。手合せも十本勝負で勝ち越しを決め、その後の風呂はほぼ貸し切り。豊前との穏やかな時間を過ごすこともできたし、出掛ける約束もした。小さな幸せと呼ぶに相応しい一日だった。

寝る前、厠の帰りに何の気なしに夜空を見上げると空は雲一つない星空だった。満天の星空ではないけれど、控えめに星々が輝く秋の夜空。これはこれで趣がある。ぼんやり見ていると不意に星が一つ流れ、僕は思わず願掛けをした。
願わくば、今日のような日が一日でも多く訪れますように。


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