ナガレ
2025-10-18 21:21:46
6549文字
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夏の終わりに(鉢竹)

夏の終わりに書いた花火と鉢竹の話。この時代に花火が存在していたか否かは考えないことにしました。

今学期の授業もすべて終わり、あとは三々五々に帰省するだけだとみんなどこか浮足立っていた学期の最終日。そんな最終日に忍術学園恒例『学園長先生の思いつき』が突如として発表された。生徒も教師もまた始まったかと渋い顔になったが、下級生達はその内容に驚いた後、素直に喜んだ。上級生の多くも今回の思いつきに対しては好意的だった。
そんな中、声なき悲鳴を上げてその場に崩れ落ちたのは学園長直属の委員会——学級委員長委員会に所属する上級生の二名である。教師陣の次、いや同じくらい、もしかしたらそれ以上に思いつきの影響を受ける学級委員長委員会。周囲は二人に憐れみの視線を向けることしかできなかった。

「学園長先生のお考えもわかるよ。でもさぁ、このタイミングで思いつかなくてもよくない?」
「うだうだ言ったところでどうにもならん。諦めろ。これ確認してくれ」
「はいよ。んー……この案だとここきつくない?回る?」

ぐちぐち言いつつも手は止めない。帰省の予定を取りやめた哀れな学級委員長委員会所属の上級生二名、尾浜と鉢屋は委員会の部屋に閉じこもって思いつきの準備に追われていた。委員会には優秀な後輩が二人いるけれども、彼らはまだ入学したばかりの一年生だ。先輩達である程度やっておくから新学期に戻ってきてから手伝っておくれ、親御さんに元気な顔を見せてあげなさいと言って帰らせた。残された二人には、時折様子を見に来てくれるヘムヘムだけが癒やしだった。
——新学期に忍術学園花火大会を行う。それが今回の学園長先生の思いつきだ。花火大会自体はどこかの学年の実習で裏山に上がった狼煙を見て思いつき、夏休みは生徒の大半が帰省して不在だからと夏の終わりに開催する事を思いついたらしい。抗議の声は特に出なかった。今までの数ある思いつきの中ではとってもまとも(と言ったら怒られそうだが)な部類だからだろう。

……っし。これならいけるだろ」
「おー、さすが鉢屋三郎。仕事が早い。どれどれ……これならいけそう」

役割分担とその振り分けは紙に書き出した。備品や在庫で足りない物品は合間を見て調達に行く。当日の運営については間際でも何とかなるだろう。後輩二人が帰ってきてから決めた方がいい。あの子らも当日は運営に携わるのだから。
これで俺達の夏休みが始まる……と筆を置いた二人は、ほぼ同時に仰向けで大の字に倒れた。

「お前もう帰る?」
「火薬の在庫を確認したら帰る」
「んじゃ、一足先に帰らせてもらうな。日が暮れる前に町まで行きたい。お疲れー」

そう言ってさくっと起き上がった尾浜を見送った鉢屋は、予定より数日遅れで帰省するか悩んでいた。齢十四で何を言ってるんだと思わなくもないが、億劫だなという思いが先に立つ。別に帰省は強制ではない。長期の休み中は課題が与えられるから、それを終わらせるためにあえて帰省を選択しない者もいる。帰省してもすぐに戻ってくる者も当然いる。たとえばあいつとか。奴はあと二日もすれば学園に戻ってくるはずだ。帰省中も面倒を見ている動物達の様子が気になり何事も上の空で、親からも顔は見たからさっさと学園に行けと追い出されてしまうらしい。
……家には、この休みは帰らないことにしたと一筆書いて送っておけばいいか。帰ってこいとも言われていないし、学園に居た方が課題も捗る。先ほど手放した筆を再び手に取るため、鉢屋はのそりと緩慢な動きで体を起こした。
青い空、白い雲、蝉の声。部屋の向こうの景色に思ったのは、夏だなぁという至極当たり前のことだった。


夏が終わり、新学期が始まった。始まってからの学園というか、学級委員長委員会は忙しかった。あらかじめ決めておいた役割分担に沿って各委員会に仕事を振り、報告を基に直前まで計画の手直しと打ち合わせを行った。不測の事態なくイベントを終えるのが学級委員長委員会の仕事だからだ。
打ち上げ場所の選定は裏山を熟知している体育委員会の役割で、必要な火薬の用意とアドバイザーは当然火薬委員会の仕事。花火の図案は作法委員会が打ち上げ時の見栄えと製作の手間を考慮しながら作成し、製作は教員の監視の下で用具委員会が主になって行った。念の為の当日救護係は保健委員会に依頼してある。生徒達のためのイベントだから、当日の打ち上げは教師陣が担当すると手を挙げてくれた。それだけでも手間が一つ減る。少数精鋭で運営している学級委員長委員会には大変ありがたい申し出だった。

そうして迎えた当日。授業は全学年午前中のみで、午後は準備の時間に充てられた。とは言え、特に役割のない委員会や生徒も多い。始まるまで時間があるし下級生達は退屈だろうからと、図書委員会主催の星や花火のお話会を開かれることになった。
特に役割のない委員会の一つである生物委員会委員長代理の竹谷は、同じ委員会に所属する一年生達を連れてお話会に参加していた。五年生ともなれば必須の知識やどこかで聞いたことのある話も多いが、一年生にとっては聞くものすべてが新鮮だ。集中力を切らさずにじっと図書委員の話を聞いている。お話会の前や最中に委員会で飼っている生き物達のお散歩が発生しなかったのは幸いだった。ひとたびお散歩が発生したとなれば生物委員会は捜索活動が最優先になるので、お話会どころか花火大会への参加も怪しくなってしまう。今日は彼らにとって良い思い出になる。それを潰したくはなかった。
お話会は下級生向けだから、話す口調も言葉選びも穏やかで心地良い。参加者の一年生には興味深い内容でも、引率である五年生の竹谷には少々眠たくなる内容だった。座学への苦手意識がこんなところにも出てしまうとは我が事ながら情けないし、開いてくれた図書委員会にも申し訳ない。これはいけないと、竹谷は眠気を紛らわせるために外に目を向けた。
外は準備の真っ最中で、現場監督よろしく学級委員長委員会の面々が忙しなく走り回っている。その中の一人、鉢屋がこちらに気づいた。頑張れと応援の意も込めてひらひらと小さく手を振ると、鉢屋が口パクで何やら返してきた。

(雷蔵が話してるんだからしっかり聞いとけって言いたいんだろ。あとで内容教えてやるっつーの)

お話会の内容と感想を纏めて二人に伝えると決めれば眠気も消える。持ち直した竹谷は記憶力をフル回転させることにした。


お話会が万雷の拍手で閉会し、夕飯の時間も終える頃には日も暮れて、時間も空も丁度よい頃合いになっていた。みなそろそろ花火が始まると察し、外に出て校庭や長屋の屋根など思い思いの場所で打ち上げの時を待っている。竹谷は生物委員の一年生達と飼育小屋のそばで花火を見ることにした。動物達が花火の音や光に驚いてパニックになってしまった時に備えるためである。
一年生には友人達と楽しむという選択肢もあると示したが、よい子達は自分達も生物委員だからここにいると申し出てくれた。その申し出を受けた竹谷は、手のかかるちびっ子だとばかり思っていたけどお前達立派に成長して……と感動で涙ぐんでしまいそうだった。
生物委員会の後輩の一人である三年生の伊賀崎も当然誘ったが、彼は愛する毒蛇のジュンコが自室の籠の中だからひとりぼっちにさせたくないと言ってその誘いを断った。彼女は学園を取り巻く空気に何か思うところがあったのか、今日は朝から伊賀崎の部屋の籠の中にいるらしい。教室も連れて行こうとしても拒んだし、夜になっても部屋の外に出ようとしない。なので伊賀崎は、仲の良い同級生達と一緒に三年生長屋の濡れ縁から花火を見ることにしたのだと言った。周りに馴染めず馴染もうとせず、ふたりぼっちで孤立していた頃を知っている身としては、彼が良き友人達と出会うことが出来て本当に良かったと思う。竹谷八左ヱ門、本日二度目の感動だった。

「そろそろだな。よーし、お前ら一列に並べ。いいか、あっちの方向だからな。言った端から余所見しない。違うところ見てると始まりを見逃すぞ」

裏山から打ち上げ準備完了を知らせる狼煙が上がる。竹谷は一年生達を一列に並べて同じ方向を向かせた。この位置なら、立っても座っても大丈夫。生物小屋の屋根に遮られることなく裏山で打ち上がる花火がしっかりと見えるはずだ。
膝を抱えた三角座りで並んだ一年生達は、そわそわしながら今か今かと始まりの時を待っている。後ろに立つ竹谷も顔にこそ出さないが、内心はそわそわと落ち着かない。先輩だからと逸る気持ちを押さえていると、校庭の方から始まりを告げる声が聞こえてきた。
よく通る声は尾浜のもの。その横で恥ずかしがりながらも声を張り上げているのが一年い組の学級委員長で、尾浜を挟んで反対側で照れることなく声を出しているのが一年は組の学級委員長。今から十数えると花火が打ち上がる。学級委員長委員会のカウントアップが始まった。

ひい、

ふ、

み、

一緒になって声を張り上げる委員会の一年生達を微笑ましく見ていると、突然背後から何者かによって口を塞がれた。声を上げる隙は無く、竹谷はそのまま強い力で後ろに引きずられた。

よ、

いつ、

生物小屋の陰まで連れてこられたところで、塞がれていた口から手が離れた。一体誰だと竹谷が首だけ回して振り向けば、そこにいたのは鉢屋だった。何してんのお前。仕事放棄してんじゃねーよ。文句の一つや二つぶつけてやろうと思ったのに、鉢屋の顔を見たら何も言えなかった。……あー、もう!

む、

なな、

や、

もうどうにでもなれと、竹谷はぐるりと体を反転させて鉢屋の首に腕を回した。

ここのつ、

同時に竹谷の腰に鉢屋の手が回る。

とお!

先生方はどうやって裏山からタイミングを掴んだのだろうか。カウントアップの十の声と寸分の狂いなく、大きな音を立てて花火が打ち上がった。大輪の花だった。しかし竹谷は一発目の花火を見ることが出来なかった。十になる直前の視界は鉢屋で一杯で、十の時は目を閉じて合わさった唇の温度を感じていた。
次いで連続した破裂音と共に小ぶりの花火が連発で上がる。鉢屋の首に回した腕はそのままで、竹谷は顔だけを音のする方角に向けた。小屋の屋根に被って一部が欠けてしまっても、夜空に浮かぶ華は十分に見応えがある。すげーなと思わず声に出ていたらしい。そうだろうと、鉢屋から小声で自慢げな一言が返ってきた。いつもだったら調子に乗るなと言うところだが、今は素直に賞賛した。
すぐそこにある、ほんの少し口角を上げて夜空を見上げている鉢屋の横顔。その横顔自体は不破のものだけれど、それでも滲み出ているものはある。この些細な違いが二人を間違えない理由の一つだとは、一生教えてやるものか。気づかれている事は百も承知で、竹谷は花火を見るふりをしながらその横顔をちらちらと盗み見た。
竹谷の盗み見を黙認しているのか、鉢屋は何も言ってこなかった。花火の明かりに照らされた耳がほんのり赤く色づいていることは、己の胸の内にしまっておくことにしよう。後からこっ恥ずかしくなるんだろうけど、これもひと夏の思い出なんだろうなと竹谷は思った。

そんなひと夏の思い出になる時間も長くは続かなかった。どーんどーんと音を立てて夜空を彩る花火を食い入るように見ていた一年生達が、竹谷がいないことに気がついたからだ。

「あれ?竹谷せんぱいは?」

離れていても訓練された耳はその呟きを拾う。瞬時に二人は冷静さを取り戻した。

「せんぱ——
「まだ終わりじゃねーぞ。ほら」

竹谷は彼らが後ろを向くよりも先に元の場所に戻り、こちらに向きかけた顔を両手で挟んで再び空に向けさせた。ここにいるのは生物委員達だけで、それ以外の気配はない。鉢屋も持ち場に戻ったのだろう。さすがの俊敏さだ。天才と呼ばれているだけのことはある。
一年生達が口を開くよりも先に第二弾の打ち上げが始まった。何を言おうとしたかなんて、花火が終わる事には忘れているに違いない。誤魔化せたとはいえ、やはり時と場所は選ぶべきだ。衝動に身を任せるのも善し悪しである。でも反省は後。今は目の前の景色と後輩達の思い出づくりを優先させたい。
夜空に浮かぶ大輪の花、流れる滝。夏の終わりを飾る花々に、竹谷はしばし目を奪われることにした。

その後も花火の打ち上げは続き、最後に学園長先生特製の花火が上がって忍術学園花火大会は終了した。外にいた下級生達は眠い目を擦りながら、それぞれの先輩方に連れられて部屋に戻っていく。委員会の後輩を部屋まで連れて行く不破達を見つけたので、竹谷は生物委員会の後輩達を預けた。預けた竹谷の目的地は校庭だ。校庭では鉢屋が一人で後片づけをしていた。進行係をしていた尾浜は後輩達を部屋に連れて行ったのだろう。

「一人じゃ大変だろ。手伝う」
「悪いな」

櫓の解体は明日やるから、とりあえずごみの片づけと忘れ物の確認だけでいい。二人で校庭をぐるりと回りながら、竹谷はどうして先ほど抜け出すことができたのかを聞いてみた。鉢屋の答えは簡単なものだった。

「準備の大半を担当したから当日の進行は丸投げした。だから抜け出せた。始まってしまえばみんな空を見上げるのに夢中で一人消えても気づかないし、気づかれたところで特に問題はない」

自分が帰省から戻ってきた時に鉢屋が学園にいた理由はこれだったのかと、竹谷は今さらだが納得した。鉢屋は一度も家に帰ることなく、この夏休みを学園で過ごしていた。普段の喧騒が嘘みたいに静かな忍術学園。鉢屋とは別々の時間を過ごしていたけれども、二人で座学の課題を進めた日もあった。自由研究と言う名の実地課題は二人で手を組み協力して終わらせた。
鉢屋が生き物達の世話に追われる竹谷を手伝いに来た事もあった。一日だけ学園で何もしない日を作って一緒に町まで出掛けた。鉢屋一人で外出した日もあったが、この日は花火大会に必要なものを調達しに行っていたのだろう。竹谷の脳裏にこの夏の様々な景色が蘇ってきた。

しんと静まり返る長屋。
汗ばんだ肌の感触。

……まずい。余計な事まで思い出しそうだ。気づかれて揶揄われる前に霧散させねばと余計な事を打ち払おうとしている竹谷に、鉢屋がところでと話しかけてきた。

「こんな物があるんだが」

花火の道具の調達に行った時に貰ったと言って懐から出して見せてきたのは、二本の線香花火。鉢屋はそれを竹谷に向かってちらつかせた。

「明日の晩にでもどうだ?」
「他の奴らは誘わなくていいのか?」
「貰ったのはこの二本だけだからな」
「なるほど。でも明日の夜は多分雨だ」
「だからだよ」

雨が降る夜にわざわざ部屋の外に出て過ごそうと考える人間は少ない。用事のある人間か、それとも夜の雨を鍛錬と捉える人間か、そうでなければただの物好きだ。多少の物音なら雨の音に紛れる。竹谷は一人部屋だから雨夜に外に出ても詮索してくる相手はいないし、鉢屋と同室の不破もおそらく深くは聞いてこない。相分かったと、竹谷は頷いた。

――――翌日夜。二人は小雨が降る中長屋近くの倉庫の軒下にいた。
夜着の裾が泥濘んだ地面につかないようにたくし上げながらしゃがみ込み、持ってきた小さな行燈の火で線香花火に点火する。火はすぐについて丸い火球が生まれ、小さな火花が飛んだ。ぼんやり光って燃える火球。これがここにあるのは無粋だ。行燈は濡れない場所に遠ざけた。
ぱちぱちと火花を飛ばす火球を見ていると、どちらともなく先に落ちた方が負けと言い出して勝負が始まった。無言で手元の線香花火を見つめる鉢屋と竹谷。自分の持っている線香花火の火球が先に落ちると思った瞬間、竹谷は横を向いて鉢屋に顔を重ねた。
咄嗟の行動だったけれども、どうやら二人して同じことを考えたらしい。まったく同じタイミングだった。横を向くのも、顔を傾けるのも、そのまま重ねるのも、離そうとも、離れようともしないのも。
線香花火を持つ手が揺れる。火球はぽとりと地面に落ちた。二つの火球が地面に落ちるのも、まったく同じタイミングだった。


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