トウメイ希望
2025-10-18 19:48:14
5579文字
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【ルデナナ】春を呼ぶ炎

 ルデゥスからのプロポーズに色々悩むナナミとリンネが喋っています。
 いい子過ぎて自分を出せないお姉ちゃんなナナミと、自由奔放で甘え上手な末っ子リンネちゃんが好き。二人ともとてもかわいい。
 ルデナナですがルデゥスはほとんど出てきません。ひたすら噂されるだけです。多分今頃くしゃみしている。


 むつもちさん(https://www.pixiv.net/en/users/67680594)
主催のはじ大・つな天・みつ里合同誌企画、「あれから一年」参加作品です。
『参加者全員が同じ書き出し(牧場を始めてから、一年が経った。)でSSを書くとどうなるのか?』という素敵企画でした。
 むつもちさん、「500~3000字程度」という要項の字数を大幅に超過し、更には締め切り当日までお待たせしてしまったにもかかわらず快くお許しいただきありがとうございました。この場を借りてお礼を申し上げます。
 とても素敵な作品ばかりが集まりましたので、合同誌の方もぜひよろしくお願いします。

 牧場を始めてから、一年が経った。
 数時間前ならば──新年祭に参加する前ならば。ルデゥスの申し出を喜んで受けていたかもしれない、ととっさに思った。
「そうカ……はは、そんな顔すんナ。
 むしろオレが悪かったよ、アンタを困らせちまったナ。
 気にすんナ。いつか、アンタの意志が固まってからでかまわねぇヨ」
 プロポーズを断られても、彼は気遣いを忘れない。
 言わなければ。ルデゥスは悪く無いと。でも、どの口で?
 結局、ルデゥスの方が早かった。
……悪いが、先に帰っててくれるカ……
 ナナミは目をそらしたまま頷くと、恋人に背を向けた。
 二年目の春は、そのようにして始まった。

    ※    ※

『お姉ちゃんが一人暮らしを始めてから、もう一年か~。
 なんだかあっという間だね~。
 そっちでの生活は、順調?
 今度、お父さんにナイショでお母さんとこっそり遊びに行こうかな!
       リンネ』

「『まだ』一年、か……
 ナナミは静かに溜息をつくと、手紙を伏せた。妹からの手紙は、彼女の口調をそのまま映したように軽い。
 人からの好意に恐縮してしまうのが自分なら、妹は満面の笑みでお礼を言う子だ。
 ナナミもまた、彼女の甘え上手な気質を好ましく思っていた。リンネに頼られると背筋が伸びた。可愛い妹に情けない姿を見せるわけにはいかない。
 だが今は、しっかり者の姉を、装うのが辛い。
 いっそのこと弱音を吐いてしまおうか。便箋を取り出し、つらつらと思うままを書きしたためる。
 ルルココの新年祭に参加したこと。星空を焦がす炎。新年の炎に、歓迎の踊りを捧げたこと。忙しいルデゥスが、祭りの終わりに二人きりの時間を作ってくれたこと。そして──
『そして、プロポーズをされました。ルデゥスはとても誠実でした。だけど断っちゃった。もしリンネように甘える力があったら』
 くしゃくしゃっと丸め、投げ捨てると、もう一度長く息をついた。
 僻みっぽい。こんな手紙、リンネが困るだろう。
 改めて書き直す。新年のあいさつ。牧場の近況。ルルココの新年祭。
 心配をかけないように、当たりさわりのない話題を選びながら、
『今年は、あなたのような素直さを身につけたいなぁ』
 そう結んだ。
 燭台に火を灯す。スプーンに封蝋を入れ、燭台の火にかざす。ジジ……と小さな音をたてて、細い煙が立ち上る。封蝋がスプーンの中で溶けていくのを見つめていた。
 炎が、ゆらめく。

    ※    ※

 炎が畑を呑み、するすると地を這い伸びる。ぱちぱちと時折はぜては、空を見上げるように頭をもたげる。広がる青空のもとで、一年かけて育てた畑の、隅々までを燃やしてしまうつもりだった。
 酸欠でぼうっとする。熱風が髪を乱すのもそのままに、流れる涙を拭うのさえ忘れていた。
 と、その時──強く腕を引かれて、転びかける。麦わら帽子が落ちた。
「お姉ちゃんのバカバカ!」
「──リンネ⁉︎ どうしてここに……
 予想外の人物に、ナナミはぎょっとした。
「心配したんだから! なんで放火なんか──まさか、し、死ぬつもりで──」
「え? いや、ええっと……
 とっさに説明に詰まると、リンネの足が更に速くなった。小柄な体のどこにそんな力があるのか。振り返りもせず、ずんずんとナナミを引きずっていく。ナナミはもつれる足をなんとか立て直し、
「リンネ! 話を聞いて!」
「何よ⁉︎ 言い訳なら──」
「放火じゃなくて、野焼き! 土作りしてただけ!」
……え?」

    ※    ※

……はい、お疲れ様。助かったよ、ありがとう!」
「うひ~! つかれた~!」
 火消し作業を終えると、リンネはベンチにたおれこんだ。太ももむき出しのワンピース姿に、作業用のグローブとブーツが恐ろしく似合わない。
 冬が終わると畑を焼く。害虫の卵や雑草の種、それに病気を焼いて畑を癒す。種をまけば、真っ黒に焼けた土から、青々とした新芽が顔を出すだろう。野焼きは、春を呼ぶ炎なのだ。
 リンネは手伝うと言ってきかなかった。大変だし危ないから、と止めたのだが、結局いつも通り押し負けた。案の定、リンネははへバった。一年前の自分を見ているようだ。
「畑を燃やすなんて知らなかった〜。これからやっと種まきでしょ〜?」
「まだまだ。これから灰を混ぜて、うねを作って、種まきはその後」
「ひえ〜。牧場主って、大変!」
「ふふ。大変だけど、楽しいこともたくさん……はい、どうぞ」
 ナナミは、まだくすぶる畑から何かを掘り起こすと、リンネに手渡した。煤を払うと、葉包みだ。熱に強いのか、焦げてはいない。
「これ、なあに?」
「開けてみて」
 包みを解くと、ふわっと湯気が立ち昇り、リンネの鼻先をくすぐった。葉の中央では、すばらしく良い香りの肉が、うららかな陽光をてりてりと浴びている。リンネは歓声を上げた。
「新年祭で教わったの。昔はかまどもオーブンも無かったから、こうやって作ったんだって」
 つまり、労働者の知恵だ。食材をバナナの葉で包み、畑に埋めて野焼きすれば、仕事終わりには食べごろになる。わざわざキッチンで火を見張る必要も無い。
「ピクニック日和だし、外で食べようか。さ、手を洗って」
 ナナミは薄焼きのパンに挟み込むと、はい、と手渡す。受け取ったリンネの腕は、数時間で真っ赤に焼けて、グローブを外してもそこだけ白い。
 リンネは大きく口を開け、思い切り頬張る。途端、じゅわっと肉汁があふれた。濃いうま味を引き締めるのは、甘酸っぱい果物のソースと、ピリッときかせたスパイス。
「んん〜! おいしーい! お肉、ほろほろ〜!」
「ヨーグルトとパイナップルに漬けこんだの。柔らかくなるし、陽を浴びた疲れも取れるのよ」
 ナナミは嬉しそうに笑いかけると、自分も食べ始めた。リンネはしげしげと姉を見つめた。
「お姉ちゃん、この一年で更にしっかりしたよね〜。お父さんなんか、この前『ナナミを見習いなさい!』って言ってきたんだよ〜。あんなに牧場のこと反対してたくせに、調子いいよね〜。あ~あ、できる姉を持つと、不出来な妹は肩身が狭いな~」
 ぽっかりと広い空に、リンネの愚痴が散っていく。一歩間違えれば僻みっぽくなりそうなのに、リンネが言うとさらりとして嫌味が無い。
……リンネは、私にできないことを簡単にやってみせるじゃない」
 今も。俯いたナナミを、リンネがにんまりとのぞき込む。
「ん~? なになに、カワイイ妹をほめたくなったの~?」
 おどけるような声は、どこまでも優しい。
 長い付き合いで分かってしまう。突然の来訪は気まぐれではなく、姉を心配してのものだと。リンネはわざと気ままに振舞って、周りを元気づけるのが得意だった。本当は誰よりも人の痛みに敏感で、それでいて相手を気負わせないのだ。彼女のように肩の力を抜くことが、ナナミにはとても難しい。
「うまく隠したつもりだったのになぁ……
「あの手紙で~? 分かりやすすぎだよ~。ルデゥスさんのこと一言も書かないし、急に素直になりたいなんて言い出すしさ~」
「リンネに隠し事はできないね……
 畑を見つめる。まだ生々しくくすぶって、煙が雲に足されていく。昇る煙に溶かすように、ナナミは呟いた。
……プロポーズ。断っちゃった」
 リンネが、小さく息を飲む。しばらく迷った末に、問いかけた。
「どうして……?」
 うーん、と唸り、ナナミは適切な言葉を探した。
「怖くなったの。ルデゥスは、ルルココに必要な人だから」

 ルルココの新年祭は慌ただしかった。訪れた時、ルデゥスは忙しそうに働き回っていた。
「足場がぐらつく? ……アア、ここだナ。ビスのかみ合わせが甘いんダ」
「バナナの葉なら、シャルクに頼んだゾ。アイツは木登りがうまいからナ」
「薪が足りない? レラシオンにちょうどいいのがあるゼ。手前のやつを使ってクレ。奥のは乾燥がまだ……オウ、ナナミ!」
 人込みの中でせわしなく働いていたルデゥスは、ナナミを見つけるとパッと笑顔になった。だが、ナナミが話しかける前に、
「ルデゥス! 助かっタ、ここに居たのカ! 実ハ
また他の村人に呼び止められてしまう。
「アー……悪いナ、ナナミ。これが終わったらすぐに行ク!」
 ナナミは曖昧に笑って、無理しないでねと伝えた。
やがて年明けの炎を迎え、太鼓が鳴り出すと、誰もが当然のように躍り出した。ナナミは教わりながら、あるいはきょろきょろしながら踊るうちに、自分はよそ者なのだと強く意識した。笑顔を浮かべながら、実のところさびしくて仕方が無かった。
 彼らが代々愛した伝統は、ルルココの生活に息づいている。ごく自然で、美しい融合だった。今、その中核を担っているのが、ルデゥスだ。
 眩しかった。幼い頃から各地を転々としてきた、故郷の無いナナミだからこそ、それがいかに得難いか分かる。

「牧場を始めて、一年。たった一年の私が、ルデゥス達が今まで時間をかけて築き上げたものを壊しちゃいけないって、思った……
静かに耳を傾けていたリンネは、心を溶かすように問いかけた。
「ルデゥスさんは、何て……?」
 どこまでも優しい声で、痛いところを突く。ナナミは息を引き絞るようにして答えた。
「理由は、言えなかった……だけど、気にするなって。私の心が決まってからでかまわないって」
 あの日から、ルデゥスに会ってない。月替わりの忙しさは、ただの言い訳だ。
「素敵な人を好きになったね……
 リンネは咎めなかった。それが一層辛い。ナナミは沈黙を恐れて、続けようとした。
「ちゃんと言わなきゃ、って思っ、たの。だけど、」
 喉が詰まって。その言葉さえうまく出てこない。無理に言おうとすると、ツンと鼻の奥が痛くなる。思いつめるナナミに、リンネはあっけらかんと言い放った。
「じゃ、今言ってみようよ。ほら、妹相手ならあんまり緊張しないし、失敗してもいいし。やっぱり言わない方が良いって思ったら、やめればいいんだしさ~」
 練習練習、とリンネはナナミの背中を叩く。思わず咳き込んでしまうほど、彼女の力は強くて、痛くて、息苦しさが吹き飛んだ。
「わたし、ルデゥスさんやるね。『ナナミ、話ってなんダ~?』」
 腕を組み(確かにルデゥスはよくそういう仕草をする)、精一杯低い声を出しているが、語尾を伸ばす癖はそのままだ。思わずくすりと笑ってしまう。
「なぁにリンネ、突然……
「『オレはリンネじゃなくてルデゥスダ~』」
「ええー……なんだか恥ずかしいなぁ、もう……
 ちょっと困った目でリンネを見たが、引くつもりは無いらしい。ナナミは観念して、組んだ指に視線を落とした。
「えっとね……この前のことなんだけど」
「オ~」
「ルデゥスには、幸せになって欲しいの」
「オ~」
「ルルココは素敵な里だし、魅力的な人もたくさんいるし、ルデゥスはみんなに頼りにされているし」
「オ~……
「せっかく幸せな場所にいるのに、みんなのお兄ちゃんを取り上げちゃいけないって、思ったの……
……そう、思ったの?」
 思いもよらず問い返されて、ナナミは視線を上げた。一対の瞳が、じっとナナミを見つめていた。ルデゥスとは違う、青い瞳。同じ胎を借りてこの世に生まれ出た、世界にたった一人の妹。彼女の瞳はナナミとよく似ていた。
 自分に問いかけられているようだ。
「思った……思ったんだけどね。それも本当なんだけど、それだけじゃなくて……
 堅く閉ざしていたものが、熱く溶け出ようとしている。何が出てくるのか、ナナミ自身も分からない。知りたくなくて、封じ込めた。
「ルデゥスはこんなに素敵なのに、私は薄っぺらでつまらないから……近づきすぎたら、飽きられるかもって……そう思ったら怖くて、逃げちゃったの……
 ナナミは大きく息を吐くと、煤の染みついた手で顔を覆った。
 身を引くのはルデゥスのためだと思い込んでいた。だが実際はプライドで彼を振り回していた。あまりにも身勝手な自分が嫌になる。恋心とは、こんなにも浅ましいものなのか。愛しい相手の幸せを願う、あたたかい心ではなかったのか。
「お姉ちゃん……
 リンネに頭を抱き寄せられる。されるがままに目を閉じ、ちかちかとした光の残像を見つめていた。
 ナナミの肩が震える。リンネの腕の力が強くなり、やがて困惑したようにゆるんだ。
 ナナミは肩を震わせて笑っていた。自分が情けなくて、みっともなくて、滑稽だ。
 つまり、これが恋なのか。愛おしみたいと願いながら、臆病に突き放してしまう。一番かわいい姿を見せたいのに、飾る余裕を失ってしまう。それほどまでに激しく、原始から続く本能で、ルデゥスを好きになってしまったのだ。
「お、お姉ちゃん、どうしたの~?」
 離れようとしたリンネを、今度はナナミが強く抱きしめた。
「ありがとう、リンネ! あなたって最高の妹だよ!」
「え、ええ? えっと、どういたしまして~?」
 たじろぐリンネの頭を、かまわずにわしゃわしゃと撫でる。必要なのはリンネのような素直さではなく、煤と泥まみれの魂をさらし、全力で傷だらけになる覚悟だった。
 ルデゥスに会いに行こう。上手く伝えられなくてもいい。矛盾した本音をさらけ出そう。
 迷惑がられるかもしれない。拒絶されるかもしれない。それでも、伝えると決めた。許してもらうためではなく、けじめをつけ、季節を前に進めるために。
 行ってきますと誓って、リンネの髪にキスをした。髪からは野焼きの香りがした。二年目の春の香りが。