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宮腰
2025-10-18 15:42:38
23671文字
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ソーマセーマ【1】
ヌヴィリオ/執行官if
法無き自治区ナド・クライ。
そこで互いに『裏の顔』のまま出会い、初めての恋とセックスと真実を知るお話。
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◆
マレショーセ・ファントムが請け負う事件は多岐にわたる。
ナド・クライ入りをしていたメンバーの名は、エレッサ。寒さに強く追跡調査や隠密行動が得意な、肝の据わったメリュジーヌだ。現在彼女が請け負っていた任務はフォンテーヌ科学院からの依頼。科学院由来の技術やパーツが正当な手順を踏まずに不正利用されている疑惑について。その任務を遂行している最中にエレッサからの報告が途切れ、行方も分からなくなってしまっていた。
「──エレッサの姿が最後に確認されたのは、パハ島か
……
」
そう独り言を零しつつ、ヌヴィレットは壁に貼られたナド・クライの地図を確認してみた。
パハ島。ワイルドハントと呼ばれるナド・クライ独自の現象は、いまも色濃く残るアビスの侵蝕が原因である。そのワイルドハントへ対抗する為に結成された組織の名が、ライトキーパー。その名の通り手にしたランプが象徴的な、自警団的組織だ。パハ島の北東部に建つ灯台と数々の墓碑は、かつてその拠点で大きな戦闘が行われた名残だとか。だがエレッサの姿が最後に確認されたのは、灯台のある小島からは離れているらしい。
ヌヴィレットへ一通りの報告を終えたセディルは、資料を纏めつつ軽く頷いた。
「現地へも直接足を運びましたが、特に手掛かりは残されていませんでした」
「なるほど。ワイルドハントやらに襲われた可能性は?」
「ゼロとは言えませんが、可能性は低いですね。パハ島には熟達したライトキーパーが住んでいると聞きますし。ここ最近はワイルドハントの目立つ出現も無いと、証言が取れています」
「ふむ
……
」
万が一ワイルドハントやらに襲われたとすれば、少なからずヌヴィレットにも察知できるはずだ。だが、その気配はない。エレッサはこのナド・クライの何処かへ居る。その確信はあった。
「それと、ヌヴィレット様。もう一つご報告を」
「うむ、聞こう」
「パハ島でファデュイの者達が測量を行っているのを何度も見かけました」
「ほう
……
?」
ファデュイ、氷の女皇が治める北国スネージナヤの外交使節団。十一人の執行官が統率し、他国に対して様々な交渉や工作活動を仕掛けている組織だ。
「はい。執行官の誰かがナド・クライへ訪れているのかもしれません」
ナド・クライに縁がある執行官と言えば第三位の『少女』か、第七位の『傀儡』だろう。ナド・クライは自治区だとはいえスネージナヤの一部。他国よりも構成員の姿が多いのは当然であるが、執行官クラスとなればまた話は別だ。
「ヌヴィレット様がナド・クライを訪問していると広まれば、おかしな事を考える輩も出てくるかもしれません。身辺には十分ご注意下さい」
「ああ、ありがとう。細心の注意を払おう」
ちくりと、胸の奥が柔らかく痛む。
この痛みはセディルのせいでも、ましてや他の誰かのせいではない。全ては己の心の迷いにある。その迷いから逃避するように、このナド・クライへとやって来た。
「ヌヴィレット様。本当にあの宿で宜しかったですか? 今からでも別のホテルを手配
……
」
「いや、この度は正式な訪問ではない。私の存在を悟られない方が好都合だ」
ヌヴィレットに用意された宿は北国銀行ナド・クライ支店の近く。宿と言ってもフォンテーヌ廷にあるような豪華なオーベルジュでも、小洒落たコンドミニアムでもない。外観はナド・クライによくあるタイプの集合住宅で、その一室を冒険者や商人などに貸している、いわゆる民泊施設のような所だ。もう少しナシャタウンの中心地へ行けばサービスの良い施設はあるのだが。できるだけ海が近く、静かな場所で。とのヌヴィレットの希望から、ここへ滞在する事に決めた。
「
……
中は綺麗にしてあるな」
無愛想な鋼鉄製のドアを開けて狭い階段を上がり、二階へ。集合住宅とは言っても、現在定住している者はいないらしい。シン
……
と、静まりかえった建物内はあちらこちらにガタが来ているが清掃は行き届いており、居心地は悪くなさそうだ。
磨き込まれた色をしている床板は一歩進む度に軋み、継ぎ接ぎの壁紙は端の方が日焼けしてしまっている。毛足の長い絨毯や、座り心地の良さそうなソファなんて、もちろん此処には存在していない。フォンテーヌ廷とは何もかもが違う。ここはパレ・メルモニアの豪華な執務室ではなく、自分も最高審判官ではない。法無き雑多な港町へやって来た、大勢の中の一人にしかすぎないのだ。
「ここがしばらく私の部屋になる、のか
……
」
だがいまは、寧ろそれが心地良い。
建て付けの悪い窓を開くと、そこからは北国特有の雪もよいの空と海が見えた。頭上を行き交うコンテナの音と機械油の薫りには慣れるまで少々時間が掛かりそうだが、この様な状況をヒトは異国情緒と呼ぶのだろうか。ホコリ混じりの冷たい海風へ髪を踊らせつつ眼鏡を外し、ヌヴィレットはようやく肩の力を抜く事ができた。
おかしなものだ。このところ心を蝕んでいた黒い塊が、この閑寂な光景に触れ少しだけ和らいだのを自覚している。豪奢で煌びやかなフォンテーヌ廷、瀟洒な衣服に身を包んだ人々──衣服の中身まで美しいとは限らないが。フォンテーヌとは百八十度違うこのうら寂しさが、いまは何よりも落ち着く。
ヒトと同じ姿で生を受け水の僭主に招かれ陸へやって来てから、もうどれだけの月日が過ぎ去ったのだろう。ヒトとは愚かで醜く、とても脆く儚い。正直どうして眷属達がヒトを愛するのかが、ヌヴィレットには未だに理解できなかった。
「
……
ん?」
静寂の合間に聞こえる機械音に気が付き、ヌヴィレットは頭上を仰ぎ見る。ナシャタウンの町には港を起点に鋼鉄製のレールが縦横無尽に張り巡らされており、そこへ大きなゴンドラが吊り下げられている。港へ入って来た貨物を効率的に運搬する、クーヴァキ式のベルトコンベアだ。
クーヴァキとは、月の祝福が降り注ぐ地ナド・クライ特有の光界に由来するエネルギー。フォンテーヌにとってのプネウマやウーシアと同様の、目には映らぬエネルギーだ。同じ光界の生物であるヌヴィレットにとっては馴染み深いが、純度の高すぎるクーヴァキは人間にとって非常に扱いにくい、過ぎた力でもあるのだろう。
「
……
私には関係のない話か」
まあ、どうでも良い。ナド・クライにおいては自分はただの異邦人で、傍観者だ。案じる必要はない。
傍観者──それは、これから訪れるのであろうフォンテーヌの〝予言〟の時においても、自分はただ傍観者でしかないのかもしれないと、ヌヴィレットは未だにそう漠然と感じている。
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