kanaco
2025-10-18 07:53:08
3427文字
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【十二信】夕暮れ海デート

《十二信》夕方の海デートにくりだした十二信ちゃんのおはなし。

「海を見に行きてぇ」

唐突に十二が言った。「今から?」と信一は窓の外に目を向けて言う。もう数時間もすれば日が暮れてしまう。海だなんて、ここから一番近いところでも60分ほどはバイクか車を走らせる必要があるのでは。

「いいじゃん、タンデムツーリングしよーぜ」
「運転するの俺なんだが」
「連れてっておにーちゃん」
「調子いいなぁ、お前は」

信一が鼻白んだ顔をすれば、年下の恋人は気にした風はなくヒヒヒとイタズラっぽく笑った。午前中に架勢堂の仕事へ精を出し、返り血をつけてきた男とは思えない無邪気さだ。まぁ、部屋の中でずっとゴロゴロしているだけなのでヒマではある。外の空気を吸いに行っても良いかもしれない、と信一も思った。

そうと決まれば2人の行動はいつだって早い。善は急げだ。支度もそこそこに信一のバイクにまたがって、ハンドルを握る男の記憶を頼りに海岸を真っすぐ目指す。

信一の予想通り、到着したのは夕刻であった。バイクを止め、堤防から下りトンネルを潜り抜け、浜辺へと足を踏み入れる。秋に差し掛かる今の季節では、歩いているカップルやもう帰るのだろうサーファーの姿が遠くにポツポツと見えるだけ。波音だけが繰り返し響く海は静かなものだ。

気候も薄い長袖が丁度良い程に肌寒い。(中に一枚着てくりゃ良かったな)と信一が白いシャツの上からサワサワと腕を摩れば、横にいた十二が「海~」と陽気な声を出しながら駆け出した。石が敷き並ぶエリアに靴をポイッ、靴下をポイポイッと元気に脱ぎ捨てて、浅瀬へと走っていく。そのままバシャバシャと水入りし、ふくらはぎが半分浸る深さのところで止まると気持ちよさそうに大きく伸びをした。

(マジかよ、あいつ)
子どもか。
なんて元気なヤツなんだ。

信一の方はゆったりした早さで歩く。波が届かない石らの上までやってくると止まり、散らかってひっくり返る十二の靴と靴下を拾って揃えた。

それから煙草を取り出すと一服を始める。潮の強い海の香りと煙草の匂いが混ざり合う。

信一は夕暮れの海の景色と、時折に水しぶきをあげながら伸び伸びと体を動かしている十二の姿をボンヤリと眺めた。

信一の瞳にはちょうど雀色時の空が映っている。その空は夕陽でどこまでも赤く広く染まっていたが、眩いほどのオレンジ色の光は海一帯をも照らして染め上げていた。白波や波打ち際の白とのコントラストや、寒色の青と溶け合う暖色の赤がなんとも柔らかくてノスタルジーを伴う美しさがあり、信一は思わず見惚れてしまう。

そして思わず写真に納めたくなるような景観の中心で、機嫌が良さそうな十二が水で遊ぶ。夕映えに目をぐっと惹きつけられるのは恋人の良く目だろうか。信一の目線を感じたのだろう、こちらに気づいてブンブンと大きく手を振る笑顔が実に明朗快活で、信一の気持ちはホッコリと満たされた。

(まぁこれはこれで、おつなもんで)
いつもよりも煙草もうまい気さえする。

信一が片手をあげる。返事をするようにパタパタと小さく手を振ってやれば、十二は二ッと笑うとまた自由にしはじめた。

(若虎っていうか、はしゃぐ子犬だな。ありゃあ)

恋人ではあるが、その前に弟分のような幼馴染でもあるので(可愛いやつめ)と和むような気分だった。黒社会じゃ虎兄貴に若頭として頭角を現し、名も広まり始め、恐れられている若者だ。しかし信一からすれば根は昔とさほど変わらない。大人びても黒の世界に染まっても、十二少は十二少だった。それはお互いさまでもあるだろう。

「おーい」

自分を呼ぶ声が聞こえる。

「お前は来ねぇのー?」
「いいよ、俺はっ。濡れんのめんどくせぇー」

届くように大声を出せば、

「ジジイ!!」

という大声が帰ってきて信一は「はあっ!?」と目くじらを立てる。

(誰がジジイだ、お前と3つしか違わねぇっての!)

しょうがねぇなぁ~と、信一は携帯灰皿に煙草をもみ消した。

靴と靴下を脱いで十二のそれの横にきちんと並べる。半袖短パンの十二と違って信一は長袖長ズボンだ。軽快に海へ飛び込むわけにはいかない。裾が水に浸からないように丁寧に折りながら膝上まで捲し上げると、信一は静かに海に入っていく。

もう日が落ちてきているからか、足首が海水に浸っただけでもヒンヤリとした。引いていく波は砂と一緒に信一の足元を攫おうとするので、頭が少しだけクラクラとしさえする。転ばないように慎重に歩みを進めて十二の近くに行けば、足のおぼつかない信一を支えようとしたのだろうか、十二が手を伸ばして信一の腕を捕まえた。

恐らく、それがいけなかった。

手を引っ張った瞬間に、風にあおられて少しだけ高い波のリズムが発生した。それが2人の体を運悪く押しやってバランスを崩させる。

「だぁ!?」
「うぉ!?」

信一は十二に引っ張られるように、十二は信一に押されるように縺れてそのままバッシャンと海底に尻もちや膝をつく。そのうえ、2番目の波のリズムも大きかったものだから、唖然としているうちに身体が胸元まで浸かってしまった。

「ギャー!」と信一が悲鳴を上げ「あんれまぁ」と十二が目を丸くする。

3回目には波のリズムは落ち着いて、今じゃ彼らの腰までしか高さはなかったが、ここまで浸かってしまえばもうどうにもならない。濡れたとかいうレベルではなく、座ったままの信一が項垂れるように情けない声を出す。

「もぅ信じらんねぇ~。哥哥にお前たちはいくつだって怒られるじゃんか」
「子どもか」

お前の気にするとこは龍兄貴の小言かよ、と十二が呆れたような声をだす。イラっとした信一が十二の両側で振り上げた腕を海面に叩きつければ、大きな水飛沫が左右から十二を襲った。十二が甲高い悲鳴を上げると共に、信一の向かって大振りに水を掻き揚げ跳ねさせる。そこからは大人全力の熾烈な水かけっこ。2人して目を吊り上げながらぎゃあぎゃあと相手を濡らすことに躍起になれば、大量の水が宙で激しく舞い上がり続ける。

(いや、本当にガキか

やがて双方が同時に疲れて小休止すれば、もはや全身浸かったかと思うほど顔どころか髪からびしょ濡れになったお互いの姿。大量の水を素手でまき上げるにはなかなか体力がいる。乱れた息を整えていた信一は、ふいに近づいてきた影に「あら?」と思った。

十二の顔が迫ってきて、そのまま信一の唇にふっくらとした感触があたった。圧しつけるだけ圧しつけてすぐに離れてしまったが、それでも以前として顔の距離は近いまま。

しょっぱ」
十二がそう、フッと笑いながら言った。

目を細めながら自分を熱心に見つめる瞳が、ほんの少しの色気を帯びていた。陽のオレンジに照らされたその表情は、先ほどまで無邪気な年下の装いをしていたくせに、やけに男臭い。不意打ちのような大人びた視線。不覚にもドキリとした信一は心惹かれるような、または落ち着かないようなそぞろな気持ちになって、目を逸らすように伏せた。

視線が下に向かえば海水に濡れた自分の白シャツが肌に張りついて透け、肌色を見せているのに気がつく。髪からポタポタと雫も落ちる。濡れように余計に恥ずかしくなっていれば、十二の右手が信一の顎を掴んで、親指がゆっくりと信一の下唇を撫でた。強制的に視線がまた上を向く。今度は愛で騒ぐような熱が十二の目の中にしっかりと見て取れた。

真剣な十二が口元に笑みを浮かべ、意味ありげにペロリと舌なめずりをする。

………………

(薄々気づいてたけど、こいつ、昼間の血気がおさまってねぇな?)

午前中の大仕事の昂ぶりが午後を経過しても静まらず、夕方になって海に行きたいなどと言ったものの。

夕陽の温かさも、海風のそよぎも、波のリズムも、海岸の静けさも。情緒的で心地良くはあっても、その興奮を鎮めきるほどの効果はなかったらしい。

だったら最後の火は発散させるが如く、盛り上がってしまえばいい。

とでも言いたげな。

(前言撤回)
さっきは子犬だと思ったが。
(やっぱ大喰らいの若虎だわ)

「すけべ」
信一がそう言って照れ隠しの膨れっ面でデコピンすれば、十二がケラケラと屈託なく笑う。

それから2回目のキスを受け入れながら(この近くに服屋とラブホテルってあったっけ?)と信一は記憶を手繰り寄せ始めたのだった。