ちよど
2025-11-01 23:50:00
3456文字
Public ビマヨダ
 

許して欲しかったビマさんの話

生前ビマさんとカルデアビマさんの話。捏造あり。後味がよくないです。

ヨダナさん「あまりに遅いので迎えに来てやったぞ」

 ヒマラヤの中腹からは夜でもガンガー川の流れがよく見える。どこまでも続く雄大な流れは月明かりが照らすなだらかな平野をゆったりと横切り、俺達が住んでいたハスティナープラの側を通り、アンガの向こうへと続いていく。──その聖なる川に俺は沈んだ事がある。
 もう、遠い昔の話だ。
 今はもうあの戦いが終わって何十年も経ち、アルジュナの息子が王になり。俺達は全てを捨てて天の国へと向かっている。
 このハスティナープラの北にそびえる山の連なり。その一番高い山の頂には天の国の入り口があるという。そこを目指して俺達兄弟とドラウパディーは老いた体を引きずるように細い山道を登っていた。
「ビーマ、もう寝なさい」
 兄貴の声に俺は振り返った。俺が立つ崖に張り出した大きな岩の上で小さな焚き火が灯っている。それを囲む影がみっつ、冷たい風に揺れていた。
 ナクラとサハデーヴァはいつものように寄り添っていた。ドラウパディーはアルジュナの腕の中にいる。兄貴はどこからか現れた犬で暖を取っていた。
 俺だけがひとりだ。
 山頂から吹き下ろす風が小さな炎を倒す。それを自分の風で立て直して俺は焚き火の側に座り込んだ。
 足を抱え込む。目を閉じれば夢はすぐに訪れた。





「かば焼きにして食べましたーっ!!」
 鬱蒼と茂った森に少年の叫びが響く、そして
「ばっかもーん!!」
 続いた懐かしい声に走っていた『俺』は正面を向いた。
 先を走るのは黒髪の少年を小脇に抱えた──ドゥリーヨダナ、だ。
 死んだはずの男が大きな怪我もなく木々をかいくぐって走っている。俺が潰したはずの足にも傷ひとつない。驚きに声も出ない俺を置き去りに俺の意識を閉じ込めている『俺』はもう一度背後を振り返った。
 絡み合うような緑。の中に光る無数の目。蛇の大群だ。それが枝を這い大地を滑りながら俺達を追いかけて来ている。
「だって、お腹空いてる時に丸々っとした蛇がいたら食べるよね」
 少年の声に俺は頷いた。分かる。蛇は美味い。
 だがドゥリーヨダナは声を張り上げた。
「わし様のマスターともあろうものが爬虫類など拾い食いするでないわー!! しかもそやつ眷属だったではないかー!!」
 ピピピ、と聞き慣れない音がしてどこからかか少女の声が聞こえた。
「すまない。こちらのモニター不足だった。藤丸くんが食べた頭に白い三日月がある蛇はイグの眷属だね。イグは眷属が害されたら地の果てまで追ってきて復讐するそうだよ」
「最悪ではないかー!!」
 わめきながらも足を止めないドゥリーヨダナにまた視線を戻して、『俺』は見慣れない槍を握り込んだ。
「それはカルデアまで追って来るのか?」
 『俺』の質問に少女は少し間をおいてから答えた。
「直接パスが繋がらなければ大丈夫だそうだよ。要するに噛みつかれたらアウト。毒だけなら大丈夫なんだけどね」
 毒だけなら。それは俺のことだろうか。
 俺は昔ドゥリーヨダナに毒を盛られ、川に流された先でナーガの眷属に噛まれた。その時から俺には毒が効かない。
 俺が考え込むのに構わず『俺』達は風のような速さで森を駆け抜けている。しかし背後からの葉擦れのような響きは近づく事はあっても遠ざかることはない。
 このままだと追いつかれる。
 『俺』が速度を落とした。ああ、俺でもそうする。
「よし。俺が足止めする。サーヴァントなら呪われても大したことにはならんだろう。それに誰かさんのおかげで俺には毒は効かねぇ」
 さーゔぁんと? 俺は訝しんだが『俺』のその言葉に前を走っていたドゥリーヨダナが振り返った。顔が、どこも潰れていない顔がしかめられる。
「お前は単体宝具だろうが」
 ほうぐ?
「バーサーカーのお前は邪神系には弱いだろうが」
 ばーさーかー?
 俺には分からない単語のやり取り。ドゥリーヨダナが舌打ちした。こいつがこんな行儀の悪い事をする時はこちらの言う事を不本意だが受け入れる時だ。
「追い付いてこなければ見捨てるからな」
 素直じゃない言葉に俺の心臓が震える。
 ああ、俺は何十年も経ったというのに、こいつのこんな些細な事も覚えていた。
 少年を抱え直して再び速度上げたドゥリーヨダナを見送って『俺』は蛇の群れへと振り返った。
 息を吸う。
「巻き上がれ、風よ!!」
 風が竜巻のように吹き上がった。





 ──おかしな夢を見た。ドゥリーヨダナが生きている夢だ。
 兄貴の後をついて急な山道を登りながら俺は昨日見た夢の事を考える。
 本当におかしな夢だった。俺とドゥリーヨダナがあれほど親しく話したのは子供の時ぐらいだ。
 しかも共に行動するなどありえない。
 ずるり、と足が滑り俺は意識を戻した。土肌が見えていた細い道はすでに積もった雪で白くなっている。
 寒さと足場の悪さ。
 俺達半神は耐えられても
 甲高い悲鳴。そして何かが転がり落ちていく音。
 俺は目を閉じた。
 ドラウパディーの滑落に誰も振り向かない。何故ならこの登攀は天の国を目指すもの。天の国に肉体を持って到達するためのもの。
 罪がなければ肉体を伴ったまま天の国にたどり着ける。罪がある者には死が与えられる。
 そう俺達は兄貴から説明されていた。
 先を行く兄貴の足取りは変わらない。犬だけが慕わしそうにその足元をうろついていた。
 ああ、兄貴。
 俺達は天の国なんて行けるはずがない。
 あの戦で俺は百王子の全てを殺し尽くした。アルジュナは約定を犯してカルナを射殺した。俺達皆の妻であるはずのドラウパディーはアルジュナを一番に愛した。兄貴はドローナ師を騙し討ちした。ナクラとサハデーヴァも似たようなものだ。
 どうして罪がないなど思える?
 これはただ死ぬためだけの道程。
 もし、俺達の罪がどこから始まったと問われれば。それは俺が百王子達に怪我をさせた時だろう。
 俺が百王子達と仲良く出来ていれば毒を盛られ川に沈められ宮殿を燃やされるほど憎まれることはなく。もしかしたらパーンダヴァとカウラヴァの和平も成立し。俺達は追放されることもなく、ドラウパディーはアルジュナだけの妻となっていたかもしれない。
 俺が、始まりなのだ。
 せめて怪我をさせてすぐに謝っていれば強欲なあいつだって俺を許してくれたかもしれない。だが俺は百王子達の痛みが分からず、その結果毒を盛られて川に流された。──薄れゆく意識の中でどうしてどうして?とドゥリーヨダナに愚かな問いを投げながら。
 せめて自分が憎まれる理由が分かれば、あのドゥリーヨダナだって俺を川に流した後反省して助けに来てくれたかもしれないのに。
 戻らない時を噛み締めて歩を進める度に背後で滑落の音が響く。俺は兄貴の細い背中だけを見て進む。踏んだ雪が崩れ落ちた。
 ああ、俺の番だ。
 荒れた山肌を転げ落ちる痛みで意識が遠ざかる。





 いくら大風を起こしたところでヘビは細長く風を受け流す。飛ばせるのはごく一部だ。残った無数のヘビは渦を巻くように『俺』へと襲いかかる。
 『俺』は槍を振り回すが小さな蛇一匹に当たったところで意味はなく。
 隙を突いて足に絡みついた蛇を払おうと動きを一瞬止めた刹那、あっという間に無数の蛇に縛り付けられた。小さな牙が一斉に突き立てられる。
 懐かしい痛み。
 昔、ドゥリーヨダナに毒を盛られ川に流された先でこんな風に蛇に噛まれた。
 そう。あの時はどうしてこんな目に合うのか分からなかったのだ。直前まで側にいたドゥリーヨダナの名を呼んで呼んで。どうして? と繰り返すばかりで。
 分からなかったのだ自分の罪を。許してもらえない事をしたのだと。二度と会いたくないと。ここで死ねとまで思われたのだと。
 なのに。

「ジャイ・カウラヴァーー!!」

 懐かしい声と共に飛び込んできた騎馬の群れに蛇たちが蹴散らされる。馬に乗っているのは仮面をつけていても分かる。あいつらだ。俺が傷つけた従兄弟達。
 その長兄がぱっくり空いた蛇の群れの穴の中央で仁王立ちしていた。
「あまりに遅いので迎えに来てやったぞ。涙を流して平頭して感謝するように」
 助けに来てくれたと。そう笑うドゥリーヨダナ。
 それは幼い俺が夢見て叶わなかった許し。ドゥリーヨダナの背後から何人もの戦士たちが飛び出してくる中、『俺』ははらはらと蛇を振り落としながら手を伸ばし。





 ぐしゃり。


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