syanpon
2025-10-18 01:07:04
2567文字
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皿の上、二人

オトスバ
学パロ

 オットーのことが好きだ。
 喜怒哀楽がわかりやすいくるくる回る表情とジタバタと動く手足が面白いし、スバルの悪ノリにため息と文句を垂れながらも付き合ってくれるノリの良さはありがたい。
 見た目に反して運動神経が良くてスバルが何か悪戯を仕掛けた後秒で捕まえにくるのは怖いけれど、やられてやり返しての関係は屈託のない友人という感じがして好きだ。
 これは友人としての好き。
 
 オットーのことが好きだ。
 見かけよりも鍛えられていて筋肉のついている暖かい体に隙間なく抱きしめられると安心する。
 オットーの真っ青な瞳がどろりと情欲を溶かしてスバルを射抜く瞬間、瞬きを忘れるくらい美しくてつい見惚れてしまう。
 覆い被さってキスをされる時、薄僕色の髪の毛が重力に従って落ちてスバルを囲う時、オットーしか見えなくなってドキドキする。
 これは恋人としての好き。
 
 ちなみに当のオットーはスバルのこと全部ひっくるめて好きだという。物好きなやつで助かった。
 
 恋人と友人の境目にスバルは立っていて、揺蕩っていて、巡っていて、それで溺れている。
 オットーは友人と恋人の立場をいとも簡単に切り替えてしまうものだからついていくのに精一杯だ。一人でくるくる忍者屋敷の仕掛け扉のように回ってスバルを翻弄するのはやめて欲しい。心臓がいくつあっても足りない。
 あの見かけよりも大きな胸に抱きついてしまえば一緒に回れるのかもしれないけれど、その距離はなんだか友達とは言い難い。
 
「つまり、恋人対応に慣れていない、と」
「それ」

 スバルの友人兼恋人のオットーは自室のソファで我が物顔で寝転がり、自論を語るスバルのおでこを弾く。
 突然の攻撃に目をぱちくりさせるスバルを放って指をもう一度立てる。再度のデコピンの可能性を感じたスバルは来る衝撃に備えてぎゅうと目を閉じるが聞こえてきたのはスバルがオットーとお揃いでつけている音のなるストラップの間抜けな「ぷぴぃ」という音だった。

「じゃあ、ウブなナツキさんにもわかるような合図を決めましょう」
「合図ぅ?」

 眉をひそめておうむ返しするスバルの目の前でオットーはもう一度自分の携帯にもついている猫のストラップの腹を押す。間抜けな音が二人の間で再度鳴り響く。この緑とオレンジの猫のストラップは初めてのデートでお揃いで買ったものだ。これをつけるためにスマホカバーをストラップがつけられるタイプのものに新調したところオットーもカバーを変えていて大笑いした記憶がある。

「合図はわかりやすい方がいいでしょう? スマホにつけているから取り出しやすいですし。これを鳴らしたら僕はナツキさんを恋人扱いします」
「恋人扱い」
「キスしたり抱きしめたり恋人繋ぎしたりします」
「ひょえ」
「宣言だけで顔を覆わないでくれます!?」
「オットーのえっち!」
「えっち!?」
 
 されたことのある行為をなんでもないような顔で言ってくるのはズルだ。指の間からオットーを睨みつけながらスバルはふむと考える。

「でも確かに合図があったら俺も心の準備ができるかもしれない」
「でしょう?」
「うわ、オットーのドヤ顔ムカつく。頬伸ばしたろ」
「いひゃひゃひゃ!」
 

「ちなみに今鳴らしたのはノーカン?」と言ったスバルにオットーはぱちぱちと瞬きをしてゆるりと目を細める。
 その手にはスマホ越しにストラップが握られていて。

「あれはノーカンで、今からにしましょうね」
 
 間抜けな音の後に唇が塞がれた。

 ***

 パブロフの犬、というのは有名な話である。
 逆説的かもしれないが経験や躾によって後天的に獲得される条件反射についてその言葉を用いることが多い。

 人は梅干しを食べたら酸っぱいのを知っているから唾液が出るし、ベルを鳴らしてから餌が出ると学習すれば犬はベルの音だけで唾液を出す。

 統一された合図と行動の反復で生き物は自らの体を無意識にその後予想される出来事に合わせていく。

 だから、身近な音で僕を意識すればいいと思ったのだ。

 今は間抜けな音一つだけだけど。
 抱きしめた時に力を抜けばもっと強く抱きしめてもらえると覚えればいいしキスをする時に指をなぞれば唇を割りひらく合図だと知ればいい。
 
 時間はたっぷりある。
 起きた時から寝る時までナツキスバルの全てがオットーで構成されてしまえばいいと身勝手ながら願ってしまう。
 そうしてナツキスバルの全部をオットーで染めてしまってそのまま丸ごと己に食われてしまえばいい。

「このストラップみたいに可愛く鳴くもんな。ナツキさんも」

 オットーがオレンジの猫の腹を押せば当たり前に間抜けな音が響き渡る。

***

 なんでもない昼下がりに気にも留めない小さな間抜けな音が鳴る。
 
 ――血が、巡った。
 心臓がどくどくと音を立てて目が痛くなる。昼食とともに水筒の水を飲んで喉を潤したはずなのにそれとは別に酷く喉が渇いた。
 
 オットーの目の前、机をくっつけて同じく昼食を食べ終わった友人は、恋人は黒曜石を三日月の形に緩めた。その指先には腹を押されて音が鳴った後の緑の猫が、いて。
  
 喉が渇く。
 
 薄く開いたその唇を割って開いて蹂躙したい。互いの熱を交換する時のぬるい温度をオットーの唇は知っている。
 キャパオーバーした時にほろりとこぼれる涙の暖かさと味をオットーの舌はもう知っている。
 愛情をとめどなく与えて訳もわからなくさせてしまってその深爪気味の爪が自身の背に傷をつける時の甘い痛みをオットーの背中は知っている。
 
 間抜けな音、なんでもない音。それを目の前の獲物が鳴らすだけでこんなにも。
 
 躾けて囲って浸して射止めていたつもりだったのだが。

「はは」
 
 オットーはおもむろにブレザーを脱ぎ、目の前の恋人に被せて周囲から隠してしまう。
 突然のオットーの行動に目を瞬かせたスバルは歯を見せて笑い、恋人のブレザーで口元を隠してまた笑う。
 
「おっとー、こわいかお」
……今のあんたも大抵見せられない顔してますよ」
 
 可愛くて強かな恋人はくすくすと笑い、オットーの髪をかき混ぜた。