hatoko_mzot
2025-10-18 00:35:22
6080文字
Public 傀暮
 

11月15日AiS 傀暮本 新刊『昼下がりの舞踏会』サンプル

A5/28P/全年齢 頒布価格400円

劇団時代の傀暮の短編です。
来る公演に向けた衣装合わせの日、突然「淑女」の役柄を与えられてしまった少年暮が衣装倉庫でドレスを試着していたところ、偶然少年傀がやって来て……、というお話。

※注意※
・全て妄想の産物です。なんでも許せる方向け。
・「初舞台」と「初主演」は別物だと解釈して書いております。
・モブがたくさん喋ります。なんなら傀&暮の二人より喋っているかもしれない。
・暮の女装要素があります。
・大陸の情報を薄ら把握している人間が書いております。ネタバレはしていないつもりですが、知らず知らずのうちに影響を受けてしまっている可能性はございますのでご注意&ご容赦ください。

BOOTHにて通販を開始いたしました。お手に取っていただければ幸いです。
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「うーん、これもちょっと……微妙だねぇ……。」
 すぐ隣で共に鏡を見つめるキャプリニーの女性が、大きな丸眼鏡の奥で残念そうに目を細める。
「やはりもう無理ですよね……。」
 溜息と共に己の姿を見下ろすと、柔らかな薄青色のドレスの裾からはみ出している真っ白なペチコートが嫌でも目に入った。下に重ねたペチコートの色が透けてドレスの色に深みを与えているならいざ知らず、ドレスの裾から覗いてしまっているということは下着が丸見えも同然で、つまりそれは御婦人として恐ろしくはしたない姿だった。
「いやいやぁ、そんなことはないよ。裾だって布を足せばいいだけの話だし。そうじゃなくってね、ドレスの雰囲気が君に合ってないんだよねぇ……。はぁー、演出がもっと早く言ってくれればねぇ。そしたら君用のドレスを見繕って、ちゃんと確保しておいたのに。あーあ、待っててね黒蛇ちゃん、もうちょっと他のを探してみるから、それはひとまず脱いじゃおっか。」
 溜息混じりの間延びした口調で愚痴を溢しながら、衣装係の女性が背後へと回る。背骨に沿ってずらりと並んだ小さなボタンが、慣れた手つきで素早く外されていった。
 剥がれるように身体から離れていった柔らかな布地を掻き集めて上半身までたくしあげる。二人がかりでなんとかドレスを頭から引き抜きながら、一体なぜこんなことになってしまったのか、と内心で溜息を吐かずにはいられなかった。



 今日は朝から劇団の宿舎中が玩具箱をひっくり返したような大騒ぎをしていた。それもそのはず、今日は新公演に向けて衣装合わせをする特別な日なのだから。
 普段は厳重に鍵を掛けて管理されている衣装倉庫の扉もこの日ばかりは大きく開け放たれ、長い眠りから覚めて再び日の目を見た歴代の衣装や様々な小物達が、興奮した様子の劇団員達の手で次から次へと運び出されていく。その賑やかで、華やかながらも雑多で混沌とした様子は、シラクーザのカーニバルの仮装行列を思い起こさせた。
 その豪華絢爛なお祭り騒ぎの中心にいるのは、当然の事ながら主役級の役者達だ。舞台上に咲く大輪の華たる彼らには、新たに誂えた専用の衣装が用意されていた。真新しい衣装に袖を通した彼らは、稽古場の一角で劇団長を始めとした至高の美を追い求める者達の厳しい視線を浴びながら、調整に調整を重ねている。その終わりの見えない品評会には、職業意識に燃える衣装係達の大半が、飛び交う注文に応えるべく裁縫道具や小物類を手に、目を爛々と輝かせながら詰めかけていた。
 それに比べたら端役の役者達は実におざなりなもので、お金と手間を掛けた輝かしい新品の衣装を手にすることはまずない。凡才の烙印を押された役者達は一人一枚、演出助手より素っ気なく手渡された簡素な指示書に従って、膨大な数の衣装を蓄えた衣装倉庫から与えられた役に沿う衣装を自力で探し出さなければならなかった。
 くたびれたシャツと継ぎの当たった寸足らずのズボン、それから形の崩れたウールの帽子。舞台に上がる役者の名前がずらりと並ぶリストに目を落としたまま、こちらを見向きもしなかった演出助手から渡された指示書の通りに、この三つを人でごった返す衣装倉庫で何とか探し出して一通り身に着ける。ほんの数十分で、名前はおろか台詞すらない、舞台の端に他の役者達に紛れて立つだけの下町の少年は完成してしまった。演出助手の前に立って確認を受け、元の服に着替えて稽古場に入れず廊下にあぶれていた衣装係の一人に声を掛け、薄汚れて見えるような化粧の指導をしてもらえば、後はもうやることなど何も残っていなかった。
 今日は幸い稽古もないので、午後は自室で今し方習ったばかりの化粧の練習をしようと心に決め、まだ衣装選びに苦戦している他の役者達を手伝って稽古場と衣装倉庫の間を行ったり来たりしていた時だった。
 演出助手の一人に呼び止められ、舞踏会の場面で淑女の一人として踊るように告げられたのは。




 劇団の厳しい基準を満たして舞台の上に立つことを許された役者の人数が限られている関係上、兼役は端役の宿命であり、正直なところ女性の格好をして舞台の端に立つ事は別にこれが初めてでは無かった。同期の子供達の中では比較的細身のせいもあって、稽古の際に人数合わせのために少女の役を頼まれることだってあるにはあった。
 言われるままに、望まれるままに。それが役者というものだということは身に染みてわかっている。
 しかし、それはあくまで実現可能な範囲内でのことだ。女性の役をこなしてはいたが、それはもう過去の話に過ぎない。
 他の同年代の見習い達に比べて、まるで成長に躓いたように背は伸び悩んでいるし、声だってまだ低くはなっていない。でも目の前の全身鏡で自分の姿を見る限り、首から肩にかけての線にはもう以前の様な柔らかさは無いように思う。
 ――いくら何でも、流石に無謀なのでは。そんな想いが先程からずっと胸の奥で渦を巻いているが、それを劇団の大人達に言い出せるほどの勇気は持ち合わせていなかった。
 演出助手に呼び止められた後、半ば呆然としたまま、今日だけで何度足を運んでるかわからない衣装倉庫を訪れると、以前少女の格好をした際にお世話になった顔見知りのキャプリニーの衣装係が稽古場からたまたま戻ってきていたので、これ幸いと泣きついたはいいものの、めぼしいドレスは既に他の劇団員によってあらかた借りられてしまった後だった。
それでも何とか見繕ってきてくれたドレスに先程から袖を通し続けてはいるが、その出来映えを鏡で見る度に喉を締め付ける感覚がどんどんと強くなっていく。
 乾いた喉の奥に意識して唾を送り込み、姿見の中の自分の姿をじっと見つめる。
 しかしながら、一体何という格好なのだろう。大人の女性の正装ともなると、やはり以前身に着けた少女の衣装とはまるで違っていた。
 恥を忍んでドロワーズに履き替え、白い長靴下を履き、綿のシュミーズを身につけ、その上から固いコルセットを締める。薄いお尻周りのボリュームを足すために綿の入ったクッションを腰に括り付け、その上にペチコート、ペチコート、そしてペチコート。どうして三枚も重ねる必要があるのだろう。最後の一枚なんてドレスを上に被せてしまえば見えもしないのに、四段もの豪華なひだ飾りがついていて重たいことこの上ない。
 そして果ては胸元の詰め物。無いものはどうにかして作るしかないのだから仕方が無いのだが、コルセットの胸元に出来てしまった隙間には、ドレスの襟ぐりから覗かないよう気を配りつつ、分厚いパッドと、それでも足りなかった分を埋める柔らかい布がしっかりと詰めこまれていた。
 こんな滑稽な姿、とてもではないが誰にも見られたくない。
 公演が始まれば緊張と高揚で、誰がどんな格好をしていようと、それこそ半裸で舞台裏を走っていようとまるで気にならない。しかし全くの正気である今、周囲に所狭しと吊るされている衣装達が、衝立代わりに人目から覆い隠してくれている事にとてつもない安堵を覚えていた。倉庫の最奥にある着替えスペースにはいつもなら大きな折りたたみ式の衝立が置いてあるのだが、普段よりも格段に人の出入りが多い今日ばかりは邪魔だと思われたのだろう、どこかに片付けられてしまっているようだった。
 無いものを作ると言えば、くびれもそうだ。美しい曲線を作るために、ときっちり締められたコルセットが胴を圧迫していて、流石にいつも通りに呼吸ができているとは言い難かった。我慢できなくはないが、それでもやはり少しだけ息が苦しい。
 代わる代わる訪れる劇団員への衣装の貸し出しや返却の受け取りの合間を縫ってドレス探しに奔走してくれている衣装係の女性は、先程の薄青色のドレスを片手に衣装の森へと入っていってから中々戻ってこない。手持ち無沙汰なので、近くに転がっていた衣装箱の一つに腰掛けると、思わず長い溜息が漏れた。
 慣れない格好でくたびれているし、とっくに正午も過ぎていて、胃が、きゅうきゅう、とか細く鳴いて空腹を訴えている。そしてその空っぽのお腹には前屈みになった拍子に固いコルセットが容赦なく食い込んできたので、うんざりしながら後ろに手をついて上体をそらし、ついでに立ちっぱなしで疲れた両脚も前に伸ばした。これからなろうとしている役柄にそぐわない、大変お行儀の悪い体勢だとはわかってはいたが、それでも少しでも楽な姿勢になりたかった。
 ふと倉庫の入り口の方から人の声が聞こえてきた。昼食の時間を告げる鐘が鳴ってからは訪う人の数も大分まばらになっていたのだが、食事の時間すら惜しむほど熱心な誰かが衣装を借りに、もしくは返しに来たのかもしれない。倉庫のどこかにいるはずのあの丸眼鏡を掛けたキャプリニーの女性に人の訪いを知らせるために声を掛けようとした、その時だった。
「ちょっと、貴女! こんなところで油売ってていいの? 少しは向こうの……あら?」
 別の衣装係のキャプリニーの女性が甲高い声で怒鳴りながら、吊り下げられた衣装のカーテンをかき分けて現れた。こちらの姿――女性用の下着で全身を固めたフィディアの少年――を認めて、その吊り上がっていた目がパチパチと瞬く。
 顔から火が出そうとはこの事だ。慌てて立ち上がって事情を説明しようとしたところで、女性の螺旋を描きながら後ろに長く伸びる角の先に、もう一人背の高い人物がいることに気が付く。
 先端にふわりと飾り毛のそよぐ、ピンと尖った三角の耳。凜と澄んだ象牙色の顔。若木のようにしなやかで、でもまだどこか頼りなさが残る細身の身体。伸び盛りの背に比例するように近頃成長著しく、今回見習いの子供達の中でただ一人だけ名前付きの役と真新しい衣装を与えられた、劇団が、いや、劇団長が誇る期待の新星。
 ――ルシアン。

(中略)

 一度深呼吸をして、じっくりと鏡に映った自分の姿を眺める。
 どうしたって固さのある胸元の印象を和らげるように、中央に向かってなだらかに深くなっていく襟ぐりは、今まで試着したドレス達に比べたら比較的浅めで、一番深いところでも胸元の詰め物が覗く心配のない絶妙な位置に止まっている。そしてその襟ぐりの両端はというと、緩やかに持ち上がって肩の上に掛かっていた。
 そう、肩の上に。珍しく肩を出さないデザインでほっとする。肩口の骨の尖り具合で性別がばれてしまうのでは、と気が気では無かったので、ようやく安心出来そうだった。
 ゆっくりと視線を移動させていく。だらしなく布が余ることも無く、皺なくぴったりと生地が吸い付いた上半身と、重ねたペチコートのおかげでふんわりとスカートが広がる下半身。その対比が、より一層コルセットを締めた腰の華奢さを引き立てている。
 それから、自分の身体を彩る不思議な色味と慎ましくも華のあるレースに目を奪われた。とろりとした光沢のある滑らかな絹地は、ミルクに一滴だけ菫色を落とした様な、純白ではないけれども、紫とも言えない、曖昧ながらも柔らかい色をしていた。
 それとは逆に、襟ぐり幾重にも重なったレースは冴え冴えとした雪白で、まるで淡雪の様にふんわりと上半身に繊細に降り積もっている。襟ぐりを飾り立てるレースの間を、鮮やかな菫色の細いリボンが縫う様に走ってアクセントを添え、そのリボンは肩口の頂点で紫の蝶へと姿を変え、長く伸びた緩く渦巻く羽を軽やかに二の腕の辺りでひらめかせていた。 
 身体の前で浅くⅤ字を描くウエストラインの下には大ぶりなひだが規則正しく寄せられ、そこからふわりと広がるスカート部分は至ってシンプルで特に装飾も見当たらないが、すぐ下に着ているあのペチコートの乾いた白が透けて、まるで明かりを灯したランプシェードのように、スカートの内側からほんのりと光を放っているかのようだった。
 白く透けるグラシン紙に包まれた菫の砂糖漬け。そんな印象を受ける、淡く上品で奥ゆかしくて、そして大人しいドレスだった。きっと、これくらいが端役には相応しい。

(中略)

ルシアンに手を引かれながら、色取り取りの衣装が織りなす緞帳をくぐり抜ける。その間にも早速ペチコートに足を取られて躓きかけるが、ルシアンは何食わぬ顔をしたまま、繋いだ腕にぐっと力を入れて支えてくれた。
 くぐり抜けた先にあるのは勿論照明の光の降り注ぐ煌びやかな舞台などではない。着替えスペースより広いとはいえ、人手が足りなくて片付けが追いついていないのだろう、選ばれずに返却された衣装や小道具達が未だ床の上のあちこちに転がっている雑然とした空間だ。普段は閉ざされている天窓から差し込む陽光が色褪せた絨毯の上に降り注ぎ、照らし出された埃がきらきらと宙を舞い踊っている。
 繋いでいた手がそこでするりと離れていった。着古されてやや形の崩れた柔らかな白いシャツに包まれた背中が、てきぱきと床に転がったままの靴や帽子の空箱といった邪魔なものを次々と端に避けていく。
 それほど待つことなく即席の小さなダンスフロアが出来上がった。その中央に背筋を伸ばして立ったルシアンが、こちらに向かってすっと手を延べる。
 気安い手招きなどではない、洗練された貴族の仕草。もう既に役に入ってしまってるのだろう。ならばこちらもそれに応えなければ。
 深く息を吸い込む。締め付けてくるコルセットに阻まれて思ったようには吸えなかったが、それでも肋骨を膨らませるように胸を張り、背骨の一つ一つを積み上げるようにして背筋を伸ばす。顎を引いて肩の力を抜き、淑女らしい優美な首の線を意識する。
 白い靴下に包まれた足を一歩踏み出す。先ほどのような、ペチコートが足に絡んで躓きかけるという無様はもう晒すことは出来ない。少々ずるいかもしれないが、あえて外に出さなかった尾を使って、見た目に響かないように注意を払いながらこっそり足回りのペチコートを内側から押しのける。自前の鳥籠だ。踏まれるかもしれない、と心配して出せなかった長い尾が、まさかこんなところで役に立つとは。
 まるで上から見えない糸で吊られているかのように軽やかに、そして滑るようにルシアンの元に歩み寄る。差し出された手の上にそっと指を添えると、優しく捕らえられた指先がそのままルシアンの口元へと導かれていく。
 柔らかな口付け。捕らえられた手の上で鋭い金の目が、愉快そうな、それでいてどこか酷薄な光を湛えている。絢爛なシャンデリアの上で燃える蝋燭の炎が、その中で揺れているのが見えるようだった。それに対してにこりともせず、つんと気位高く顎をそびやかして応えると、ルシアンが軽く息を漏らして笑った。温かな息が指先にかかる。
 ルシアンは胸に手を当てて、こちらは優雅に膝を折って、滑稽なほど礼儀正しくお互いに一礼をする。
 そうして踊り出した。

(サンプル終)