墨色
2025-10-17 20:21:28
6203文字
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いつか憧れた夏の日

獅子神さんの誕生日、フレンズでわちゃわちゃ過ごすよ!

 小学生時代、己の誕生日が夏休みの最中で良かったと思ったものだ。クラスメイトに祝いの言葉を掛けられないからと、落ち込む必要がないのが有り難かった。
 家で祝ってもらおうなどと甘い考えは、義務教育も始まらない幼い頃に捨てた。オレにとって、夏はただひたすら暑く、眩しくて、冬と並んで嫌いな季節だった。
 自由になる金が出来た頃、いつか見たポスターみたいな南の島に行った。景色には感動を覚えたが、それ以外の楽しみ方が生憎思い付かず、滞在中ずっと海を見ていた。贅沢な過ごし方だな、と今なら思える。
 それから何度目かの夏。



「獅子神さん、ウインナー焼いて〜」
「肉が先だろう」
「神はジンギスカンを所望する」
真っ赤に熱された炭と格闘しているオレに、一段高いプールサイドで水鉄砲を担いだ、いつものメンバーが好き好きにリクエストをしてくる。
「テメエらっ!少しは手伝えっ!!」
 プールとプライベートビーチ付きのヴィラに来ているが、オレのやることは変わらない。道中の運転手に飯炊きだ。
「敬一君、お疲れ〜」
 派手な色のサングラスを掛けた叶が、多少は悪いと思っているのか炭酸水のボトルを手にやってきた。
「そう思うなら、少しは替われよ」
 汗を拭きながら、有り難くボトルを受け取って、喉を潤す。それから、この企画の主催者である浮かれた格好の叶を見上げた。
「おい、今回はオレの誕生日祝いじゃなかったか?」
 そう。このメンツで集まるのはいつものことではあるが、今回は目的がハッキリしていた。
「そうだよ?」
 オレの問いに、叶は「何言ってんの?」とでも言いたそうな視線を返してきた。
「だったら、少しは祝えよ!労れよ!!」
「えー、でも……
 オレの正当なる抗議に叶が言葉を選んでいると、
「あなたの誕生日は明日だろう、マヌケ」
「愚か者が主役になるには一日早い」
「明日は盛大にお祝いするからさ」
腹をすかせてやって来た三人が、横から口を出してくる。
「ま、そういうことだな」
 叶も、カラカラと笑い声を上げた。
 確かに、オレの誕生日は明日だ。だが誕生日祝いと言うことで、一泊旅行で来ているのだ。今日から祝ってもらってもバチは当たらないだろ?なんで仮にも主役をこき使うのか。
「それはあなたが賭けに負けたからだろう」
「思考を読むなっ!」
 村雨にズバリと切られると、
「なんと、二日も祝ってもらいたいとは贅沢な」
「うるせぇっ!くそっ、」
 天堂も厭味ったらしく言うと、溜め息を吐いてきた。
 結局、大人しく従った方が痛手が最小限で済むわけで、オレは火加減の確認に戻ることにした。そろそろ焼き始めて良さそうだ。
 具材の準備を始めた所で、真経津がアイスを手に再びやってきた。
「獅子神さん、あとで花火やろうね」
「花火?まさか……
 打ち上げるのか?コイツらならやりかねねえ、と思ったところで、
「打ち上げ花火はまた今度な。今日はドンキで買いこんだコイツだ!」
 叶がビニール袋を取り出した。
 そこには、幼い頃日が暮れた公園のブランコに取り残されたオレが、憧れた様々な手持ち花火が詰まっていた。
「ちっちゃな打ち上げもあるぞ」
「ねずみ花火か……面白い」
「ヘビ花火は、どうやって楽しめばいいのかいまだに分からんな」
「ロケット花火もある!」
 それらを開けながら、コイツら好き好きに感想を口にする。オレはと言えば、ドレがどんな花火か分からず、手も口も出せずにいた。
「何を言っても全てやるのだから、問題ないだろう。それより、火はいいのか?」
 タイミングよく村雨に促され、意識をバーベーキュー台に戻した。
「串で焼くからな。野菜食べねえと次の串を渡さねえぞ」
 肉と野菜を交互に刺した串を金網に並べながら、ニヤリと笑みを浮かべた。 
「えー、横暴だ!」
「バーベーキューは肉を食べるものだろう」
「海鮮物は野菜に入る。神が決めた」
 普段サラダすら食べないヤツらは、当然の如く反発してくる。
「海鮮物は海鮮物だろ。野菜じゃねえよ」
「そんな事言いながら、二本目からは肉オンリー作ってくれるのが敬一君らしいよな」
「叶!勝手に触んなっ!!」
 ヒョイと隠していた串が、叶によって金網の上に置かれていった。
「えー?手伝ってあげてるのに、ヒドいな〜」
「邪魔してる、の間違いじゃねえのか?」
 ジロリと睨むが、その隙に他の三人によっていい具合に焼色のついたバーバキュー串がヒョイヒョイと奪われていった。
「あ!こら!テメエら、ちゃんと野菜食えよ!!」
 オレの叫びに、取り除かれようとしていた野菜が、観念したヤツらの口の中に吸い込まれていった。
 そこからオレは、主にブラックホールの胃袋を持つ二名の胃を満たすため、ひたすら肉を焼き続けた。合間に自分も焼けた串を頬張る。料理しながら食べられるのが、バーベキューのいいところだな。
「アチいな」
 ただ、さすがにずっと炭の前にいると汗が滝のように流れていく。せめて水分を摂るかと、さっき叶にもらった炭酸水に手を伸ばした。
「こちらはどうだ、獅子神君」
 横から天堂がグラスを差し出してきた。
「神からの施しだ」
 天堂から、キリッと冷えた白ワインが手渡された。
「ワインは神の血だからな、有り難く飲めば良い」
……いや、そうすっと、テメエの血を飲むことになんだが?」
 ちょっとしたホラーだろ。
「細かいことは気にしなくて良い」
 確かに、広がる海と空を前にして細かいことを気にしていても仕方ない。喉を潤させてもらおう。天堂が勧めるだけあって、キリッと冷えたシャブリは海鮮に良く合った。
「ねえねえ、スイカ割りしない?」
 すでにスイカを抱えた真経津が提案する。
「イイな!ナタか斧があるかな?」
 待て待て!なんつー物騒なスイカ割りをする気だ。
「私は反対だ。ぐちゃぐちゃに割る必要はない」
「半分に切って、そのまま食べればいいだろう」
 乗り気の真経津と叶に対し、村雨と天堂が反対した。
「じゃあ、獅子神さんは?」
 多数決だと真経津が言う。
 オレは……
……スイカ割り、してみてぇ」
「うん、じゃあみんなでやろう」
「割れないように、殺傷能力の低いもので叩くとしよう」
 え?スイカ割りって殺傷能力必要なのか?いや、いらねえだろ。
 全員でバーベキューをたいらげ「スイカ割りって言ったら、浜辺だろ」と言う叶の主張により、全員でビーチへと移動した。
 満点の星空のもと、大の男五人が目が回るまで回転させられて、ポコンと気の抜ける音でスイカを順番に叩いた。まあ、村雨はスイカまでたどり着けなかったわけだが。
「このまま花火しちゃう?」
 スイカ割りの様子を録画していた叶が、移動する際にすでに用意していた花火の入ったビニールパックを掲げた。
「そうなるだろうと、バケツも用意しておいたぞ」
 環境破壊は咎となるのだろう、オレの家のようにゴミを散らかす気のない天堂が、したり顔でバケツを出してきた。
「それじゃ、花火を楽しもうか」
 決まれば行動が早いギャンブラー達だ。サッとロウソクに火がつき、真経津が一本目の花火に着火する。
 月と星の光の下、そこにはなかった一際明るい光の筋が軌跡を描く。
「あなたは、どんな花火が良いのだ?」
 スイカ割りでやられた三半規管が、スイカを食べたことによって回復した村雨が聞いてきた。とは言え、オレはこんな花火をするのは初めてなんだ。どんな花火があるのかなど、知る由もない。
「あー、どうだろな」
 言葉を濁すが、きっと……いや、間違えなくコイツにはオレの考えなんてお見通しなんだろう。
「分かんねえな。なんかオススメあんのか?」
「そうだな、甥っ子はコレが好きだったな」
 差し出された一本を受け取る。
「色が変わっていくのが面白いそうだ」
「へえ、色が変わる……すげえな」
 素直に感心して、ヒラヒラとした紙の部分をロウソクの炎に近づけた。
「火が着いたら、すぐにロウソクから離れろ」村雨のアドバイスに従い、赤い炎が移るとすぐにその場から誰もいない方へと移動した。
 まずは緑の炎だ。意外と勢いがいい。それから、青に変わった。
「おっ、なんか炎から火花になったぞ」
 次は黄色の火花がシャワーのように弾けて落ちていく。
「また変わったな」
 今度はレーザービームのように明るい白だ。
「また火花だな」
 さっきとは違う銀色の火花は、どこか冷たそうに見えた。その銀色への変化で終了だったようで、静かに火は消えていった。
「獅子神さん、どう?花火は楽しい?」
 バケツに花火を捨てに行くと、真経津が顔を覗き込んできた。
「そうだな……楽しいな」
「良かった」
 微笑む真経津につられ、オレも口角が上がる。
「敬一君、今日で夏を満喫したな」
 叶もスマホのカメラを向けながら、笑みを浮かべる。
 そうだな、と返そうとすると、
「マヌケ神が!両手に花火を持つな!!」
「この華々しさ、神にふさわしいだろうがっ!」
 波打ち際の方で村雨と天堂が何やら言い合っていた。
「夏って感じだな〜」
「どんな基準だよ」
 そう言いながらも、いつかのバイトに明け暮れていた夏。あの夜にバカ騒ぎする自分と同年代のグループを思い出す。暗闇に光る花火と、響く声。妬ましいと思わなかったと言えば、嘘だろう。
「敬一君」
「獅子神さん」
「「行こう」」
 考え込んでしまったオレが、コイツらにどう見えたかは分からないが、呼ばれた名前に返事をして、二人について砂を踏みしめた。
 

「ふあ……
 ヴィラに戻ったところで、欠伸が出た。
「お、敬一君おねむか?」
「ガキみたいな聞き方すんな」
 ジロリと叶を睨むものの、すげえ眠いのは確かだ。
「今日は暑い中バーベキューで火の側にいたからな。疲れもしよう」
「そう思うなら、もう少し早く気遣って欲しいもんだぜ」
 天堂のヤロー、これでも労っているつもりなのか。
「熱中症ではないだろうが、水分をとってしっかり体を休めるべきだ」
 お医者様にそう言われてしまえば、従った方がいい気がしてくる。
「おやすみ、獅子神さん」
 真経津にいたっては、オレが寝る前提で挨拶されてしまった。
 まあ、食事の後片付けはしてもらえるプランであるし、特に問題はないか。
「そうだな、じゃあ早めに休ませてもらうわ」
リビングからゲストルームに移動して、ベッドに潜り込んだ。瞼を閉じれば、急激に眠気が襲ってきて、意識を手放した。


………………ぅん」
 夜中に目が覚め、慣れないベッドと枕に違和感を覚える。そして(あぁ、今日は泊まりだったか)と、自分の状況を思い出した。
 それから、喉の渇きで目が覚めたのだと自覚すれば、喉と体が水分を欲してきた。ベッドの縁に腰掛け、床に足を付けると立ち上がった。暗がりのまま、ドアに辿り着き開けると――

「曲がっているぞ、マヌケめ」
「え?どっち?どっちに曲がってんの?」
「右が高いな……私から見た右だ、愚か者が」
「叶さん、脚立要らずで便利だね」

 煌々としたリビングで、一緒に旅行に来ている友人達が何やら騒いでいた。壁をキラキラとした風船やガーランドが飾り、『HAPPY BIRTHDAY』のアルファベットが並んでいる。
 (これは、夢なのか?)ベタにもオレは頬を抓る。確かに痛みを感じる。
 喉の渇きも忘れ、棒立ちになっていたオレの存在に、最初に気付いたのは村雨だった。
「マヌケ神め!獅子神が起きてきたではないかっ!」
 何故か怒りの矛先が天堂へと向いていた。
「しっかりと酒を勧めて早目に眠らせただろうが!」
「そのせいで眠りが浅かったのではないか?!」
 キラキラのモールを持った村雨と、ヘリウムガスが詰まった風船を持った天堂が睨み合う。
「礼二君!ユミピコ!それより誤魔化して!!」
「ああなっちゃったら、ムリじゃない?」
 ガーランドを支えている叶に対し、三角帽子を被った真経津が肩を竦める。
「くっ、こうなったらオレが!」と、叶がオレの元へとやってきて、
「もっとオレを見ろよ」
 と、両手を壁についた。
 (あぁ、壁ドン)とボンヤリ考える。
「それで叶さんのこと見るの、ファンだけでしょ?」
「それはそうだな」
 呆れ顔の真経津に同意すれば「ヒドい」と叶が項垂れた。
「獅子神さん、今夜は寝なよ。明日、また遊ぼう」
 瞳の奥を覗くようなその視線に、僅かにたじろぎながらオレは大人しく身体を反転させ、ゲストルームへと戻った。ドアを閉め、しんとした暗闇の中でベッドに腰掛けると、じわじわと胸の奥が暖かくなるのを自覚した。
 祝われたことなどない、生まれてきたことを喜ばれたことなどない。己の誕生日など、そんなものだった。それがどうだ、友達が祝ってくれるというのだ。
 早く眠ろう。眠ってしまえば、朝が来る。そう思うのに、気持ちが昂って眠れない。無理やり瞼を閉じる。暗い視界に、先刻見た景色が浮かぶ。そうして、また胸が高鳴るのだ。
 早く、早く朝になれば良いのに――やっと意識を手放せた獅子神の口元は穏やかに緩んでいた。

**************

……ん?」
 スマホのアラーム音で、目を覚ました。見慣れぬ天井に、数度目を瞬かせる。
「あ……そうか」
 己の部屋でないことを思い出し、それから、
「夢……だったかな」
 頭を掻きながら上半身を起こした。
「夢じゃないよ」
 声の方に首を動かせば、いつの間にいたのか、もしくは自分が起きる前からそこにいたのか、真経津が立っていた。
「おはよう、獅子神さん」
 笑顔でベッドに近付き「ほら、早く」と腕を引っ張る。
「抜け駆けはしちゃダメって言われてるから、送りたい言葉は、みんなと一緒にね」
 真経津は唇の前で人差し指を立て、楽しそうに微笑むと、その手をドアノブへと伸ばした。
「獅子神」
「敬一君」
「獅子神君」
 開かれた扉の向こうから、自分の名前が呼ばれる。
「獅子神さん」
「「「「誕生日おめでとう!!」」」」
パン!パン!!とクラッカーが鳴らされ「ほら、これ」と叶から『本日の主役』と書かれた襷を掛けられる。
 夜中に見た飾り付けは、あれからさらに賑やかになり、壁いっぱいにバルーンにガーランド、HAPPY BIRTHDAYの文字、ケーキのイラストetcところ狭しと飾られていた。
 テーブルにはこれまた隙間がないくらいに料理が並べられている。その真中には、もちろんバースデーケーキがどんと鎮座している。
「早く火を消せ」
 村雨がマヌケと言う言葉を飲み込んだのは、一応主役を慮ってのことなのか。
「人の子よ、この世に生を受けた喜びを」
 天堂が神父っぽいことを口にする。
「ほら、獅子神さん」
 真経津にも促され、思いっ切り肺に空気を吸い込む。そして、一気に吐き出した。ケーキの上のロウソクの火が揺れ、そして消える。
「おめでとう!」
 叶の言葉を皮切りに、拍手が部屋に響く。
「ありがとなっ!」
 
 スマホに保存された写真のオレは……いや、オレたちはピカピカに光っていた。