お芋さん太郎
2025-10-17 20:08:22
2588文字
Public ONEPIECE
 

海中の断末魔



海中を行く潜水艦は揺れが少なく、床に寝そべるとゴウンゴウンと規則的な機械音がかすかに響く。
帆船とはずいぶん違うもんだと、ゾロは静かに上体を起こした。

「うわ、ロロノア! ビックリしたなァもう、なんで食堂の床で寝てんだよ。せめて椅子で寝ろよな」

おもしろいほど肩をビクつかせたハートの海賊団のクリオネが、「危うく踏むとこだ」とボヤく。

ゾロはあくびをひとつして、外を見る。
海は真っ暗で、窓には自分の顔が映るだけだ。
なんだか、どこか調子が狂う。

ゾウからワノ国へはほとんど潜水しての移動だから、あまりにもヒマである。
他人の船だから操作に手伝いは一切不要。
外になんて出られやしないし、艦内は解放感がなく、息が詰まりそうだ。
ハートの海賊団はよくこんな航海を続けてられるな、と感心するほどだ。

ともあれ我慢は数日だ。
刀の手入れでもしようかと立ち上がりかけた。

そこに響く。
何者かの苦し気な叫び声。

反射的に殺気をまとって声の方を見ると、そこには談笑しているペンギンとシャチがいるだけだった。
ただし彼らは、まぬけ顔した丸い何かを手に持っている。

「なんだ今の声!」
「曲者でござるか!?」

ウソップたちや、錦えもんたち。
それぞれの時間を過ごしていた者たちがバタバタ集まり、最後に姿を現したロビンが不思議そうな顔で言う。

「拷問にかけられた囚人の断末魔かしら?」
「だから発想がコエーよ!」
「お前ら、いったい何を持ってる」

焦ったようにツッコミを入れるフランキーを無視して、ゾロが二人に厳しく問う。
いっぽうペンギンとシャチは、何でもない風に顔を見合わせ、何かを察し、手にそっと力を込めた。

『アア~~~!!』
「ギャー! な、なんだ!?」

再び響く断末魔。
ビビり散らすウソップを見て、彼らがケラケラ笑った。

そこに満を持してローが登場。

「オタマトーンだ。知らないのか、お前ら」
「オタ……なんだって?」

告げられた名前は初めて聞くもので、どうにもピンとこない。
一同で首をひねっていると、ジャンバールがさらに補足を入れた。

「キャプテン、それはノース特有の楽器だ。こいつらが知らないのも無理はない」
「楽器……これが?」
「このシッポスイッチを押すと、お口から音が出て」
『ア~~~!!』

握りこぶしくらいの丸い顔から、細長い尻尾が30センチほど上に伸びていて、外見はオタマジャクシのようである。
シャチがそいつの尻尾部分を指で押すと、口の部分から先ほどの声が出て。

「シッポのどこを押すかで音階が変わる」
『アァアァア~~~!!』

指を上下に動かすごとに、声は高くなったり、低くなったり。

「なんと面妖な」
「不思議な楽器ね」
「へー、ブルックに見せてやりてェな」

それぞれ納得のいで立ちで、ウソップたちがもの珍しさに感心の声をもらす。
顔の中身は機械仕掛けらしく、フランキーがひとしお興味深そうに覗いていた。

「冬が長いノースでは、室内の娯楽として音楽が盛んだ。このオタマトーンもそのひとつ。どこの家庭にもあるし、教会でもみんなで弾いていた。ペンギンとシャチは、スワロー島で一番の名手だぞ」
「ふふん!」
「すげェだろ!」
「いや、知らねェよ」

ローの仲間自慢に胸を張る二人とは裏腹、客人たちは「ふーん」と淡泊に返す。

「出航してからずっとバタバタしてて、宴ができなかったろ?」
「キャプテンのこの船への帰還と、同盟相手の初乗船を祝して、一曲やろうと思ってさあ」

ペンギンとシャチが口々に言うと、ローは苦い顔をする。

「必要以上に慣れあうなと言ったろう。宴はなしだ」
「『ア~~』!? なんでですかキャプ『アァ~~』!」
「おれたちがこの時をどれ『ア~』心待ちに『ア~~』たか!」
「うるせェな! 船長命令だ」
「えー……
「つまんなァい」

ローはオタマトーンを駆使して抗議するペンギンとシャチを一喝。
そのまま踵を返したところ。

『アア〜〜〜♪』
『アッア〜♪ 』
『アァ〜ア〜♪ 』

ローの足がピタリと止まる。

もしもここにナミがいたら「今日は海中にゲンコツが降るでしょう」なんて予報しただろう。
それくらいローの表情は地獄の鬼を思わせる。
彼は口の端をピクピクさせて、のんきにアーアーやってる二人を睨んだ。
きっとこれから怒声が響く。

「お前ら……その曲は卑怯だぞ……!」

と思ったのにそんな雰囲気ではなく、それどころか文句を言いながらも椅子に座ってオタマに向き直り、すっかり聞く姿勢をとった。
顔は鬼のままなのに。

『アア〜〜〜♪』
『アッア〜♪ 』
『アァ〜ア〜♪ ア~~~!』
「はーてない海ーを~どーこーまでーも~! ソーラァッ!」

ウニが滑り込むように現れ、曲に合わせて歌い始める。

「はァ?」
「え!?」
「あら」
「おぉ!」
「なんと!」
『アァ〜〜〜♪アア~~~♪』
「すーいへーいせーんーを~♪」

その熱唱っぷりに、あるはずのないステージまで見えそうだ。
隣でクリオネが「作詞作曲トラファルガー・ロー、海の戦士ソラ非公式テーマソング……何度聞いても最高だぜ……」とつぶやき、こぶしを握る。

ゾロはいったい何を見せられているのか分からず、柄にもなく動揺してローを見た。
彼の体がかすかに揺れている。
やっぱり顔は、鬼のまま。

しかし、なるほど。
これがこの船の常らしい。

後ろではベポが小声でクルーたちに指示を出していた。

「みんな早く! 今のうちに宴のセッティングだ……!」
「料理できてるぜ!」
「飲み物運ぶの手伝ってくれ!」

よくわからないが、いろいろ順調らしい。
ゾロは再び壁にもたれて床に寝そべる。

麦わらの一味とは別方向に騒がしい船だ。
すっかり呆れながらも、ゾロの口元には少し笑みが浮かんだ。

『ア〜♪アッア~~~!』
『アァアア〜♪ 』
「あーくとーうどーもーを~ぶーちのーめーす~♪」

海中の愉快な断末魔のなかで、静かに目を閉じる。
そのうち終わるだろうなんて思いながら。

ベポが小声で叫んだ。

「よし、まだ2番だ! あと23番ぶん時間がある」

ありすぎだろ!

『アッア〜♪ 』
『アァ〜ア〜♪ ア~~~!』