さゆき
2025-10-16 23:41:42
6799文字
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共感覚ビーコンは万能じゃない

共感覚ビーコンがなかったり壊れたら、みんな思い思いに自分の言語を話してカオスになるのかなぁ、なんて考えていて出来た🦚🌟です。

直接的な表現はないですが、ベッドから始まります。そんなお話です。

 柔らかいし、温かい。不思議な感触だった。
人の顔は距離が近すぎるとぼやけて見えないことも初めて知った。だから、今アベンチュリンがどんな顔をしているのかも分からない。
 饒舌すぎるほどに回るその口も、今は私と唇を重ねているから静かだ。だから、どうして彼がこんなことをしたのかも分からない。
(友達、だから?)
 普通の人間というものは、スキンシップすることが多々ある。なのに見せてもらった映画や漫画の中では、こうして唇をくっつけ合うシーンもあった。だから、きっとこれが「普通」のことなんだろう。
 仲のいい友達とする、スキンシップ。そう考えると、思ったよりも彼は私を親しい者だと思ってくれていたんだなと感じる。
……んん……!」
 それはそうとして、長い。もう息が限界なんだけど、とアベンチュリンの肩をトントン叩いて注意を促すと、彼は僅かに唇を離して小さく呟いた。
「こういう時は鼻で息をして」
「え、ぁ……ぅむっ」
 答える間もなく、また唇が塞がれる。鼻の存在を忘れていたのは確かだけど、こんなに長くくっつけなくてもいいのに。
 すう、と鼻で空気を取り込むといつも彼がつけている香水の香りがした。最近、似たような香りを感じると彼を思い出すようになったのだけれど、やっぱりこれが本物だ。落ち着くような、心がざわつく様な不思議な香り。
 目を閉じて香りを堪能していると、不意にぽすんと身体がベッドに沈み込んだ。唇を離したアベンチュリンが、どこか熱に浮かされたような瞳で私を見ている。
……良いかい、星ちゃん」
「良い、って……?」
 シーツに縫い止められた両手が、彼に握られている。少し緊張したように指を絡められて、手のひらが熱い。
「君を抱きたい」
 抱く。それは、抱きしめるということだろうか?悪夢で魘されて飛び起きた夜に、なのがしてくれたみたいに。敵の強襲から身を庇ってくれた丹恒のように。
……良いよ」
 私の言葉に、アベンチュリンの瞳が驚いた様に瞬く。判決を待つ罪人のような表情が、氷が溶けるかのように和らいだ。
 多分、アベンチュリンが言っている抱く、というのは今まで経験したものとは違うものだろうという予感があった。彼が何をしようとしているのか、私は分かっていない。
 でも、それを断ったらきっと、アベンチュリンは二度と私をここに……彼の部屋に呼んでくれないだろうと思った。それは、悲しい。
 せっかく仲良くなれたのに、距離を置かれるのは辛い。だから、彼が望むことを受け入れたかった。
「本当に、良いの?僕が言ってる意味、分かってる?」
「多分、全部は分かってないと思うけど……良いよ。あんたがしたいこと、して?」
 私もしてみたい、と言うとアベンチュリンは困ったように笑った。私が着ていたパジャマのボタンに指をかけて、器用に外していく。
「じゃあ、全部教えてあげる。でも、始めてしまったらきっと止まれないから……今のうちに謝っておくね」
「謝らなくていいよ。私の方こそ、何にも知らなくてごめん」
 本当に申し訳なくてそう言ったのに、アベンチュリンはむしろ嬉しそうに微笑んだ。
「気にしないで。これから知っていけばいいんだから……むしろ、まっさらな方が吸収しやすいかもね」
「そう?それなら良かった」
 ほっと胸を撫で下ろすと同時に、パジャマの上衣が取り払われる。素肌に大きな手が滑って、びくりと肩を揺らしてしまった。
「怖い?」
「怖くはない……ちょっと、くすぐったい」
「そう……
 じゃあ、ゆっくり慣らして行こうね。
 耳元でそう囁かれたのは、辛うじて覚えているのだけれど。
 それから先は、お互いの肌の熱さと、唇の感触と、壊れそうな程注がれる気持ちよさで頭が溶かされてしまってよく覚えていない。
 一度ベッドから移動してお風呂に行った気もするけど、気が付いたらまたベッドに戻ってきていて、朝になっている。
……けほ……
 喉が渇いて、張り付きそうな感覚。水が飲みたくて身体を起こそうとしたけれど、腰と下腹部の鈍痛が酷かった。いつもならすぐ起きられるのに、倍近くの時間と体力をかけて身を起こす。
 サイドテーブルに置かれたペットボトルをなんとか開けて水を流し込むと、カラカラだった喉が一気に潤された。半分ほど飲んでテーブルに戻すと、自分の身体を見下ろす。
 身体中に散った鬱血痕と、薄くついた歯型の嵐。どうやって隠したら良いんだろう、と悩んでいるとブランケットから伸びた腕に囚われた。そのまま中に引き摺り込まれて、抱きしめられる。
「起きたの?アベンチュリン」
「ん……おはよ……
「全然目が開いてないんだけど……
「もう少し寝ようよ、星ちゃん……今日、お休みでしょ?」
……まあ、いいか……
 身体は痛いし、昨日の疲れが残っている。確かにもう少しだけ眠りたい気分だった。
「星ちゃん……
「なに?」
「好きだよ……
「はいはい」
 また眠りについてしまったアベンチュリンの髪を撫でて、私も瞳を閉じた。緩やかに夢の世界へ落ちていく前に、ぽつりと呟く。
「友達同士って、こういうことするんだね」
 今まで誰かの家に泊まったことがなかったから、知らなかった。友情って、色々あるんだな。
 ……そう思っていたのだけれど。
 このお泊まりが終わってから私の周囲が目まぐるしく変わっていくことになるなんて、この朝の私は思いもしなかった。

 ***

「あれ、来てたの?アベンチュリン」
 依頼を終えて列車のラウンジに戻ってくると、珍しいお客さんが来ていた。
 いつもの派手なギャンブラー姿ではなく、紫を基調とした帽子とスーツに身を包んでいるのは、アベンチュリンだ。いかにもカンパニーの高級幹部といった風貌に目を瞠っていると、彼はいつもの笑顔で私を迎えてくれた。
「やあ、星ちゃん。今日も依頼かな?お疲れさま。それじゃあ、姫子さん。僕はこれで失礼するよ」
「あら……星も戻ってきたのだし、もう少しゆっくりしても良いんじゃないかしら?」
「そうしたいのは山々なんだけど、生憎この後は仕事でね……また機会があれば、その時に。星ちゃんも、またね」
「うん、仕事頑張ってね」
 手を振ってアベンチュリンを見送ると、姫子は軽くため息を吐きながら手元のコーヒーを揺らした。
……いつかはこんな日が来ると思っていたけれど、予想より早かったわね……
「姫子?」
「ふふ、なんでもないわ……星、アベンチュリンさんのことは好き?」
「?……好きだよ。姫子も好きだし、パムやなのや丹恒やヨウおじちゃんも、みんな好き」
「ありがとう、星……私たちも星のことが好きよ。だから、あんたが望むなら受け入れなくてはね」
 姫子の言っていることは正直よく分からなかった。私の頭を撫でてくれる手はとても優しくて、でも少し寂しそうで……
「アベンチュリンと何の話をしてたの?」
「これからの話よ。カンパニーと列車双方に関わる話だから、すぐには結論が出せないでしょうね。でも大丈夫よ、何があっても私はあんたの味方だから」
「ありがとう姫子。私も姫子の味方だよ」
「ふふ、ありがとう」

***

……まさか君が、よりにもよってアベンチュリンを選ぶとは思ってなかったんだけど」
「何の話?」
 トパーズがオフの日に会いたい、とメッセージをくれたので、今日はピアポイントに来ている。どこから聞きつけたのか、アベンチュリンからもメッセージが来て『ピアポイントで過ごすなら、二泊三日で僕の部屋に泊まったら?待ち合わせに遅れないようモーニングコールもしてあげるし、夜遅くなるなら迎えに行くよ』と言ってくれたのでお言葉に甘えて前日入り。おかげで今日は遅刻しないで済んだ。
 待ち合わせ場所に車で送ってくれたのだけど、後部座席から降りた私を見たトパーズは驚いたように一瞬固まっていた。多分、その車にアベンチュリンが乗っているのが見えたんだろうな。
 そして最初の言葉に繋がる。ため息混じりに言われた言葉に首を傾げていると、トパーズはくん、と鼻を私に近づけてさらに渋い顔をした。
「あの男、ターゲットを決めたら絶対逃さないよ。もし君が逃げたいなら私とジェイドさんが力になれなくもないけど……
「大丈夫だよ、トパーズ。アベンチュリンは友達だから」
……友達、ねえ……普通の友達は相手に自分の香りを移してあからさまに匂わせたりしないと思うんだけど……
「アベンチュリン、香水の使い方派手だよね。よく咽せないなって思う」
……よし、とりあえず今日は洋服から見よう。星を着替えさせなきゃ」
 今着ている服はアベンチュリンが用意してくれたものだ。「似合うと思って」と渡されたものをそのまま着てきたんだけど、トパーズは「完全に狙ってるでしょ、そのピーコックグリーンのワンピースは!」と言って私を試着室へ放り込んだ。
 彼女の薦めるイエローのワンピースに着替え、コスメショップでジェイドが愛用しているヘアオイルを試させてもらい、ようやくトパーズは落ち着いたようだった。
「うんうん、やっとアイツの匂いがしなくなった」
「このヘアオイル良い香りだね。さすがジェイドの愛用品」
「香りだけじゃなくて、ツヤも出るし髪にも良いんだよ~!私も一度プレゼントしてもらってからずっと愛用してるんだ」
 トパーズが上機嫌でお買い物をしている間、私はカウンターの空席で待たせてもらうことにした。膝に置いた洋品店のショッピングバッグからは、最初に着ていたピーコックグリーンのワンピースが覗いている。
 そこから仄かに香る匂いを感じて、ぽつりと呟いた。
……やっぱり、この香りが一番落ち着くかも」
 一日中トパーズと二人でピアポイントでのオフを楽しんだ後、迎えにきてくれたアベンチュリンは私の格好を見て不思議そうな顔をしていた。
「その服もすごく似合ってて可愛いけど、朝の服はどうしたの?」
「着替えた。『今日は私とデートなんだからアイツの色はやめて』って言われて」
「ふぅん……あれ、なんか香りも違うね」
 車の後部座席にエスコートしてくれたアベンチュリンは、私の髪に鼻を寄せて苦い顔をした。
……ジェイドのヘアオイルか。そういやトパーズも使ってたね」
「当たり。よく分かったね」
「そういう情報は片っ端から頭に叩き込まれたからね……質は確かだし、良いブランドだ。でも、星ちゃんには別の香りの方が合うと思うけどな」
 スルリと指に髪を絡めて遊ぶアベンチュリンは、少し拗ねているようだった。そう言うと思っていた私は、ショッピングバッグからヘアオイルの小瓶を取り出す。トパーズやジェイドが使っているのとは違う、ユニセックスな香りのヘアオイル。
「試させてもらったのは二人の愛用品だったけど、私はこっちかなって思って違うのにした」
 これを選んだ時、トパーズが「……もう手遅れじゃない」と頭を抱えていたんだけど、どうしてかな……と思い返していると、アベンチュリンは驚いたように小瓶を見つめていた。
……それ、僕も使ってるよ。香水とも香りが近いから、合わせやすくて」
「あ、そうなんだ。だからかな……何だか落ち着く香りだなって思って」
 一緒だね、と笑うとアベンチュリンは一瞬言葉に詰まり、顔を逸らしてしまった。
……星ちゃん、今日疲れてる?」
「?ううん、買い物とかでいろんなところ回ったけど、依頼に比べたら全然疲れてないよ」
「じゃあ、さ……
 お風呂が終わったら、今日もしていい?
 運転手さんに聞こえないよう耳元で囁かれて、私は小さく頷いた。
 昨日の夜も、二人で気持ち良いことをしてから一緒に眠りについた。最初の時と違って一回でおしまいだったので、「どうして?」と聞いたら「あんまりすると起きられなくなるだろう?」と苦笑されたのを覚えている。
……今日も、一回だけ?」
 小さく呟いた言葉は、届いていたらしい。アベンチュリンは「今日は沢山しようか」と微笑んだ。

×××

「君は、自分が何をしているのか理解しているのか?」
「どうしたの教授、怖い顔して。勿論、分かっているけど何か問題でも?」
……問題しかないだろう。彼女の共感覚ビーコンの誤作動を利用して刷り込みをするなど、詐欺のようなものだ」
「あっはは!酷い言われようだ」
 重いため息を吐くレイシオに「ごめんごめん」と笑ったアベンチュリンは、手元の奇物をくるくると指で回した。
「この奇物が共感覚ビーコンを狂わせて認知阻害を起こすものだとは知らなかった、のは本当だよ。回収した後部屋で保管していたのを忘れてたのはミスだけど……まさかそれも、都合の良いものになるなんてね」
「つくづく君の幸運は恐ろしいな」
 アベンチュリンの手から奇物を奪ったレイシオは、淡々と封印処理を行った。これで星に起きていた認知阻害は元に戻っただろう。
「これで元に戻ったわけだが……阻害されていた時の記憶が消えるわけではない。彼女には君から説明しておくように」
 そう言って奇物の入ったケースを持ち、立ち上がったレイシオを見てアベンチュリンは声を上げた。
「え、教授どこに行くんだい?」
「君たちの痴話喧嘩を楽しむ趣味などない。僕の知らないところで勝手にやってくれ」
「ちょっ、レイシオ……
「アベンチュリン!いた!」
 レイシオを引き止めようとしたアベンチュリンの腕が、ぐいっと逆へ強く引き寄せられる。
 覚えのある声に振り返ると、顔を真っ赤にした星が身を震わせながらアベンチュリンを睨んでいた。
「列車に戻ったら『ここにいていいの?アベンチュリンと結婚するんでしょ?』って皆から不思議そうな顔されたんだけど!け、結婚ってどういうこと!?」
「どういうことも何も、そのままだけど。初めて君と夜を共にした日に、言っただろう?結婚したいって」
……?」
「君は、僕がしたいことをして、って言ってくれた」
「そ、それは言った……けど、あんた、結婚じゃなくて……その、だ、抱きたいって言ったんじゃ……
「うん、まあそのニュアンスもあったけど。僕は君の全部が欲しいんだ。今の君だけじゃなくて、これからの君も……ね」
 奇物の影響で共感覚ビーコンが誤作動を起こし、アベンチュリンのツガンニヤ語は正しく翻訳されなかった。それだけなら星も「何を言っているの?」と聞き返せたかもしれない。だが、狂ったビーコンは何とか意味が通る言葉に直そうとしてしまったのだ。
 結果、星には睦言だけが伝わり、本当の意味とはまるで違う意味合いになってしまった。共感覚ビーコンも万能じゃないんだなぁ、とアベンチュリンは他人事のように呟く。
「と、とにかく結婚とか私にはまだ……
「酷いなあ、星ちゃん。夜はあんなに情熱的だったのに」
「それも!友達同士であんなこと普通しないよね!?何で私、それが普通みたいな感覚になっちゃったんだろう……
 真っ赤な顔で頭を抱える星に、アベンチュリンは心の中で「それもビーコンが狂わされたせいなんだろうね」と呟いた。
 共感覚ビーコンは便利なものだけれど、誤作動を起こしている間は知覚や感覚がビーコンの不調と連動して鈍化してしまうのが分かった。改善点として技術開発部に進言した方が良いだろう。
 ……まあ、今回はその不調のおかげで彼女を手に入れられたのだけれど。
 昏く微笑んだアベンチュリンに、星は気付かない。背中から優しく抱き止められて、びくりと身体を竦ませた。
「まだ友達だなんて言うの?僕は好きじゃない相手とあんなことはしないよ。君だからしたかったし、本当の意味を知らなかったとはいえ受け入れてもらえて嬉しかった」
「あ、アベンチュリン……
「ビーコンの誤作動があったとはいっても、本当に嫌なことだったらいくらでも拒否できたはずだよ。僕は君に、無理やり迫ったりした?」
……それは、してない……
「そうだよね」
 赤く染まった耳介をゆっくりと唇でなぞると、星は小さく声を上げた。夜の営みを滲ませる触れ方に、息が少しずつ上がっていく。
……星」
「だ、だめ……今は……仕事中でしょ……
「仕事が終わったら、いいの?」
 耳元で意地悪く問いかけると、ぐっと息を詰まらせるのが分かった。いじめ過ぎたかな、と様子を見ているアベンチュリンへ、星は視線を逸らしながら答える。
……良いって言わせるんでしょ、あんたが」
 不本意そうにそう呟く彼女があまりにも愛おしくて。
 さっさと終わらせて一緒に帰ろうねと上機嫌でデスクに向かうアベンチュリンに、星は深いため息をついた。