じんわりと頭を縛るような頭痛と右腕の肌寒さでアベンチュリンは目が覚めた。ぼんやりとした視界には薄暗い部屋と見慣れた寝具、それから同居している創造物のものらしき尻尾が写っている。身じろぐとちょうど腰のあたりで毛布がくちゃくちゃになっていることに気づいて、なるほど肌寒いのは己の寝相のせいかと納得した。漂う空気は冷たい上にどこかピリリとしていて、冬の朝特有のものだと理解する。要するに自分のベッドで朝目覚めた、ただそれだけのことを彼が丁寧に推理していったのは、ひとえにここに至るまでの記憶が抜け落ちていたからだ。アベンチュリンにとってそれは大変珍しいことだった。
「君たち」
まだ開ききっていない瞼はそのままに、シーツの上に腕を伸ばして、先程尻尾が見えたあたりを探るように摩った。声でアベンチュリンが起きたと気づいた尻尾の主はぷるぷると皮を躍らせながらその腕に擦り寄る。ほぼ同じタイミングでベッドが数回揺れたことで、床に敷かれたラグの上でのんびりしていたであろう残りの2匹も跳ね登ってきたのだと察した。
「僕は昨日どうやって帰ってきた……?」
片手で目をこすりながらアベンチュリンはそうきいた。創造物たちのみゃうみゃうとした答えをカンパニー製の共感覚ビーコンが訳していく。
『レイシオが担いで来たよ。アベンチュリンはよく寝てたから、みんなで頑張って服を脱がせたの。僕らは引っ張るの専門で、パジャマを着せたのはレイシオだけどね。深夜労働だと抗議したけど、報酬の交渉はアベンチュリンとすべきだろうって言われて保留になってる』
この家の創造物たちはその可愛らしい見た目に反して意外としたたかだ。
「……おやつのグレードを上げるよ。それでレイシオは?」
『いつも通り寝て、もう起きて向こうの部屋にいるよ』
『僕らはそばにいて、アベンチュリンが起きたら薬を飲めって伝えるよう言われて待ってたの。これは早朝労働にあたると抗議したけど、報酬の交渉はアベンチュリンとすべきだろうって言われて保留になってる』
「……君たちの寝具のグレードも上げるよ」
言いながら半身を起こしてサイドテーブルに目をやると、二日酔に効く!と大きくプリントされた未開封の薬箱が置いてあった。もちろんカンパニー製だ。
アベンチュリンとレイシオは昨夜、それぞれ抱えていた仕事もひと段落したからと、久々に仕事終わりに落ち合って酒を飲みに行ったのだ。共に住むようになって長く、わざわざ夜待ち合わせるのも珍しいからか、アベンチュリンはその日恐ろしく上機嫌で仕事を片付けた。つまり浮かれていたのだ。しかしその後予定通りバーで二人飲みをしたことは覚えているが、途中から記憶が溶けてしまっている。創造物の証言から察するに酔い潰れたところを恋人に介抱させてしまったらしい。
はぁ、と深いため息をつきながらアベンチュリンは片手で両目を覆った。不甲斐なさで、心なしか頭痛も酷くなった気がする。ひとまずベッドサイドのミニ冷蔵庫から水を取り出し、言われた通りに薬を胃に流し込んだ。ろくに説明書も読まなかったので、空きっ腹に飲んで良いものだったか?と喉を潤しながら一瞬よぎったが、他でもないあのレイシオが用意したのだ、気にする必要はないだろう。伝達業務を終え誇らしげに次の寝具の要望を相談し始めた3匹の創造物を置いてアベンチュリンは部屋を出た。リビングの扉まで十歩に満たない距離を歩くだけで頭に鈍痛が響く。羽織物もなく廊下に出てきてしまったので背中を丸めて縮こまりながら歩みを進めた。向こうでレイシオが朝ごはんを作っているのだろう、一歩進むごとに匂いが胃をくすぐる。
ドアを開けカウンターキッチンを覗くと、レイシオは片手を腰に当て、もう片方の手でフライ返しを器用に使ってベーコンをひっくり返しているところだった。程よく暖房が効いた部屋に入って気が緩んだのだろう、先程までドア一枚隔てていた朝食の香りに遠慮なく殴られたアベンチュリンは話しかけるよりも先に腹を鳴らした。レイシオが振り返る。
「薬は飲んだのか」
問いかけに「うん」と返事を返すと、よほどその様子が可笑しかったのかレイシオは鼻で笑ってベーコンに視線を戻した。怒っていないなら幸いだが、何となく情けなくてアベンチュリンは視線を落とした。
「その、なんて謝ったらいいか…バカスカ飲んだつもりはなかったんだけど、迷惑かけちゃったね…」
キャパを超えて飲んだつもりはない、というのは本心だった。事実アベンチュリンが酒で失敗をするのはこれが初めてで、今まで仕事でもプライベートでも記憶を飛ばしたことなどありはしなかった。交渉の場はもちろん、列車のナナシビトたちや同僚、レイシオと二人の時でさえ、どんなに興が乗ろうとも頭の片隅で理性の手綱を握りながら飲むのが常だったからだ。ゆえにアベンチュリン自身でさえ、今回はその失態を恥じる気持ちよりも困惑の気持ちが勝っていたほどだ。
恋人が口篭っている間に目玉焼きの乗った皿にベーコンを移し終えたレイシオは、しゅんと耳を垂らして小さくなっている目の前の子犬にそれを渡し、テーブルに運ぶよう視線で促した。
「うちまで運ぶのだって大変だっただろう? 暴れたり、バカなことを言ったりしなかったかい」
テーブルの椅子を引きながらアベンチュリンはそうきく。自分の分の皿と二人分の空のマグカップを持ってレイシオも食卓についた。
「見くびるな! 君一人運ぶくらいで根を上げるような身体に見えるのなら眼科に行くべきだ。君は普段よりも行儀が良いくらいだった。背負えばコアラの子供のようにしがみついて大人しくしていたしな」
レイシオは持ってきたマグを二つ並べ、あらかじめテーブルに用意されていたポットからコーヒーを注いでいく。朝の一杯だけこれを飲むのが平常時の彼のカフェインとの付き合い方だ。入れ終わったそれを一つ受け取りながらアベンチュリンは恋人を伺い見た。レイシオのこの揶揄うような機嫌の良さが呆れの裏返しなのか、はたまた本当に何か気に入るような振る舞いだったのか判断がつかないのだ。いつもより二割り増しで声もデカい。二日酔いの頭にはキツい響き方をする。
「戸惑っているようだから一つ教えてやろう」
ナイフで半分に切ったベーコンをフォークでさして、餌付けするようにアベンチュリンの口元に差しながら、レイシオは得意げに笑みを浮かべた。
「人に甘え、気を許すということは、こういうことだ」
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