望月 鏡翠
2025-10-15 23:21:49
925文字
Public 日課
 

#1870 鱗

#毎日最低800文字のSSを書く


 萬木は小刀を取り出した。
 実用を物語る細かい傷跡はあるものの、よく手入れされた刃は流れる川の水面よりもよく顔を映してくれる。細い刃を覗き込み、顔を見る。
 街をでたときよりも陽に焼けて、頬骨の出た男がそこにいた。乾いた黒い血はもう落ちたが、頬に赤く鮮やかに血の色が滲んで、水と混ざって広がっている。
 指で触れると、やはりそこにはまだ固いものがある。しかしどうなっているのかはよく見えなかった。
 刃物は鏡ほど映りも良くないし、使い勝手が良くない。顔の角度を変えながら、なんとかその場所を見る。
 血を拭うと、次の血が溢れてくる一瞬に、青いものが見えた気がした。
 まずは止血をしなければ、何も見えない。布で頬を抑えて血が止まるまで待つ。
 そろそろ頃合いだろうと思ったところで、布を外す。
 青い。
 鱗が頬に張り付いている。
 見覚えのある鱗だった。鱗を持つ生き物はいくつかいるが、それはあの龍のものに違いなかった。まだこんなところにしがみついているのか。
 殺したはずの獲物が、追い縋ってきた。生き返って、未だ許さじと恨み言を吐きながら、視界に入り込んできた。
 不愉快な感覚だった。萬木は死者の執着を振り払うように、それを引きちぎろうとした。
 痛みを感じて、手が止まる。
「なんで、だよ」
 鱗に爪を引っ掛けると、肌に痛みが走る。
 肌に張り付いているのではない。生えている。
 川に走った。水で拭って血を落として、よく見えるようにした。何かの間違いだ。切り傷に鱗が張り付いただけだ。しかし、肌がふやけるほどに洗っても、それは取れていかなかった。むしろ、血の汚れが取れて輝きを取り戻していく。
 それは確かに生えている。
 痛みを無視して、引き剥がした。パチという音がして、剥がれ川の中に落ちる。手のひらに掬って正体を確かめても、それは確かに鱗だった。
 引き剥がすたびに血が出で、鱗が引っかかった指先からも血が滲んだが、些細なことだった。痛みといっても、爪を剥がされるほどの痛みではない。
 この不気味さに比べたら、大した問題ではない。
 全ての鱗を剥がすと萬木はようやく安堵したて、ふやけた指先を火で温めながら、まどろんだ。