Maisie_Lyju
2025-10-15 18:01:49
5168文字
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All her paths are peace~古代トリオのオックスブリッジ幻想~

古代トリオエメアゼヒュが現代英国名門大学で学生生活してる話
※ネットでWikiとか物件情報とか見ただけなので現パロといいつつ舞台もファンタジー

「ずいぶん早かったじゃない」
 ヒュトロダエウスは独り占めするように座る暖炉前の大きなソファの背に頭をのせて首を反らせると、ワイヤレスイヤホンを外しながらひっくり返った視線をこちらに寄越した。
「ディナーには出席したんだ。義務は果たした」
 ハーデスは言いながら、早々に首元のタイをとる。
 アカデミックガウンも脱いでしまうと、それを手近な椅子の背に引っ掛けた。 
 暖炉は見かけだけ火が揺らめくただのヒーターなのだが、温度調整が容易なせいで、そして運動とは無縁のヒュトロダエウスがひどい寒がりなせいで、年がら年中擬似炎を揺らめかせて温風を吐き出している。春とはいえ、夜の街から帰った身には少々暖かすぎる。
「もう、ガウンはすぐにハンガーにかけなよね」
 ヒュトロダエウスはわざとらしい顰めっ面で言うと、いそいそと立ち上がり、ガウンとタイを取り上げてクロークに向かう。ハーデスはそれを当然のように享受しながら、ヒュトロダエウスが陣取っていたソファの真ん中に腰をおろして息をつき、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り上げた。大量の通知を軽く眺めて、それを無情に全消去する。
「アゼムは?」
 言いながらヒュトロダエウスは戻って来る。
「さぁ。留学生と盛り上がっていたから、今頃パブなんじゃないか」
「一緒に行きなよ、どうせまた呼び出されるんだからさ」
「たまには自力で帰ってくるべきだ。誰彼となく介抱がいるほど飲む癖もおさまるだろう」
 1年次に寝起きしていた学寮を2年次になるなり退去して住まいとしているのは、ヒュトロダエウスの所属するカレッジにも、ハーデスとアゼムが所属するカレッジにも程よいアクセスの地区にあるフラットだった。ただ、程よいアクセスとはいえ、通学にはバスか自転車がいる距離だ。なのに、アメリカ人ゆえにカレッジの敷地にある学寮を出る必要のなかったアゼムまで引っ越して来て、酔ったアゼムをタクシーに押し込んで連れ帰るのは、まま有ることだった。
「ほら、それ、アゼムでしょ」
 ハーデスの手にしたスマートフォンの液晶に、再び通知が折り重なっている。隣に腰を下ろしたヒュトロダエウスは、それを目ざとく指さしてくる。
……半分は、アゼムだが」
 既読を付けたくないので開かないが、残り半分はポスドクやフェローからだ。晩餐後、そこここに会話のグループができた隙にさりげなくカレッジを辞したので、すでに帰宅済みとは知らぬ方々からの、二次会に合流しないか、のお誘いだ。スマートフォンという現代の利器を恨めしく思うばかりだ。
「ふふ。お貴族様のキミは、ネットワーキングがお嫌いだからねぇ」
 お貴族様などと他人事のように言うが、ヒュトロダエウスも似たようなものだというのに。
「嫌いなんじゃない、面倒なだけだ」
「面倒って思うのは、嫌いだからでしょ。好きなら面倒じゃないもの。アゼムみたいにさ」
……最低限はこなしているだろうに。だいたい、大学とは勉学の場だ。なぜこうも人脈構築を強要されねばならない」
「まぁ、キミは人気者だから仕方がないよ」
 別段、カレッジ主催のフォーマルホールは毎回全員出席必須というわけではない。なのに、とにかくアゼムが、はたまた恩師やチューターやフェローが、出席の圧をかけてくるのだ。顔を立てて出席してやると、次も当然とばかりに扱われる。
「でも、ワタシ、キミが正装してるの見るの好きだからさ、どんどん行ってほしいよね。あ、今度のうちのフォーマル、招待しようか?」
「結構だ」
 ヒュトロダエウスのカレッジのフォーマルホールには、1年次に行ってやったからもういいだろう。
 ハーデスは通知をまたも全消去すると、ホーム画面を開いてニュース配信アプリをタップした。ヒュトロダエウスはハーデスが画面をスクロールしている間も気にせず話し続ける。
「ええ? つれないなぁ。キミを召喚するのってうちの学生にとってはある種ステイタスなのにさ、ヒドイじゃない。アゼムの呼び出しにばかり応じて、ワタシのことはお構いなしときた」
「今更そんなステイタスがいるのか。お前が」
 ハーデスも片手間ながら受け答えをしてやる。
「我ら拝金者階級は人脈こそ金脈だからね。うんうん。上手いこと言ったよね、ワタシ」
「お前が金に頓着しているところなど、ついぞ見たことはないがな」
「まぁ、ね。ポンドもユーロも重さは同じだトオモウヨ」
 まさに為替レートを見ていたハーデスは思わずため息をつく。
……だいたい、アゼムの呼び出しに応じているのは、アゼムの被害を最小限に留めるためだ。断じてあいつの為じゃあない」
「そんなこと言って。ああ、健気な愛だねぇ」
「黙れ、冗談でもその言葉を使うな」
「おっと、失礼。でもワタシ、じつはそういう誤解の目も美味しくってさぁ」
……お前には誹謗中傷も美味とは、とんだマゾヒストだ」
「それほどでもないよ。全寮制男子校生時代に鍛えられてしまってさ。……おや? 確かキミも同じ学校を出たはずなのに、なぜ鍛えられていないのだろうね。不思議で仕方がない」
「慣れるようなものではないと思うがな」
「キミは真面目すぎるのさ。ゴシップなんて面白がってあげるくらいが丁度いいのに。ねぇ、お茶淹れようか」
「ああ」
 いつも通りの他愛ないやりとり。ヒュトロダエウスはそれをお茶の提案で締めると、鼻歌まじりにキッチンに向かう。その愛国歌の一つである曲調に、ハーデスは眉間に皺を寄せる。目にしている東欧情勢を伝えるニュースのせいではない。ヒュトロダエウスが同性愛をテーマにした古い映画を揶揄しているのは明らかだったからだ。面白がるどころか嫌味にも感じるところは、ハーデスよりよほどイングランド人だ。
 ややして、ハーデスが見ていたニュース記事画面がパッと切り替わり、アゼムから電話の着信画面になった。メッセージアプリに反応がないから電話をしてきたらしい。いつになく強引だ。いったい誰にせがまれているのやら。
 ハーデスはスマートフォンを伏せてローテーブルに置く。着信音もならずバイブレーションも切られているスマートフォンは、そうしておけばただの齧られた林檎マークのついた板だ。
 両手に紅茶の香りのするマグカップを持ったヒュトロダエウスが戻って来て、マグカップの一つを手渡される。
「さては、アゼムから電話がかかってきたね」
 なんでもお見通しのヒュトロダエウスは、伏せられたスマートフォンを見て言う。
 ハーデスはすでにミルクの入っているその紅茶を一口飲んで、はぁ、とため息を吐いた。
……まだ、迎えに行ってやらねばならないような時間じゃない」
 そう溢すと、ヒュトロダエウスはククっと口元を押さえて笑った。
「さっき自分で帰って来させるって言ってなかった?」
 揚げ足を取る言葉に、ハーデスはそっぽを向いて苦虫を噛み潰す。確かに今日こそ放っておいてやろうと、そう思ったのだ。見るからにアゼムの人脈目当ての男が、やけに馴れ馴れしく接してくるのを受け入れているのを眺めて。
 その時、ヒュトロダエウスのスマートフォンから電話の着信音が鳴り出した。ヒュトロダエウスは頻繁にナンバーを変えるので、着信音を鳴らせる人間は限られている。
 ヒュトロダエウスはハーデスの隣に腰を下ろすと、ニコニコした顔でスピーカーボタンをタップした。
「やぁ、アゼム、ハーデスなら隣にいるよ」
『わかってる。ハーデス、頼むって迎えに来てくれよ』
 スピーカーからアゼムの弱りきった声が響く。どうやら、単純にネットワーキングに参加させようというものではないらしい。
……この時間ならまだバスがあるだろう」
 しかし、ハーデスはなるだけ素気無く聞こえるように言ってやった。
『そうじゃないって、相席したやつがさ、ブレディ派でさ、ちょっとまずいことになってるんだって! ケイト・ハーストハウスが席に合流しちゃってるんだよ、で、めっちゃモーションかけらてんの、どーしたらいいのオレ、このままだとお持ち帰りされそうなんだけど!』
 おそらく席を外して化粧室にでも行くフリをして電話をして来ているらしい。ひそめた早口で必死に訴えてくる。
 ハーデスは思わず眉間を揉んだ。どうしてふらりと行ったパブで学内政争に巻き込まれているのだ。
『ハーデスだって困るでしょ、親友のオレがブレディ派の女傑に誑し込まれてたなんて噂されたらさぁ、頼むよ、助けて』
 ハーデス自身は派閥争いに関わりたくはなかったのだが、大叔父が反対派閥に属しているせいで、少なくともブレディ派とは距離を置いておかなければならない身だ。アゼム自身も、その異常な人脈の広さはどちらの陣営にも張り巡らされており、中立を貫くのが賢明だ。それでこんな時間から再三呼び出しをしてきたのだ。そろそろ失礼する、と言い出す時間ではないし、女性の顔を潰すことなく自然に席を辞せる理由に友人を使いたいらしい。
……場所は」
『ボウルズ!』
 アゼムは即座に答えた。歴史ある建物をコンバージョンした気鋭のパブだ。アゼムは各国のラガーを豊富に揃えるメニューがお気に入りのようだが、学部生らしく大人しくカレッジ内で飲んでいればいいのに、わざわざそんな店に移動するから急進派に捕まるのだ。
……酔いが回っているフリでもしておけ」
 ため息混じりに言いながらハーデスは自身のスマートフォンでタクシーアプリを開く。
『そうれはもうバッチリ伏線張り済み!』
 アゼムの明るい声を聞きながら、早い時間であるおかげで配車はスムーズに行われそうなことを確認する。だがヒュトロダエウスがその画面を手で遮るように塞ぐ。
「車出すよ。ワタシまだシラフだからね。15分ほどで行けるからもう少しの辛抱だ、アゼム」
 ヒュトロダエウスが言って、ハーデスは肩をすくめる。アゼムを甘やかしてばかりいるのはヒュトロダエウスだって同じだ。アゼムをやっかいなレディから救出してやるのはハーデス一人いれば充分。家で待っていればいいのに、わざわざ送迎の為だけに付き合うのだから。
『サンキュー、ケイトのお尻イケてるからさー、抗うの限界だったんだ、マジで助かるよー。二人とも愛してるぅー』
「ワタシたちもだよ。帰ったら家で三人で飲み直すんだからね、本気で潰れないでよね」
『了解〜』
 ヒュトロダエウスは通話終了ボタンをタップすると立ち上がった。
「さて、我らの親愛なる友を迎えに行こうか」
 そう言ってダンスに誘うように優雅に差し出されたヒュトロダエウスの手を一瞥だけして、ハーデスもソファから立ち上がる。
 スマートフォンをジャケットの内ポケットに戻すと襟を正して。エントランスへ向かって歩み出す。ダンスを断られたヒュトロダエウスは、それでも跳ねるような軽い歩調でついてくる。
 クロークから先ほど脱いだばかりのガウンとタイを取り上げて。一度帰宅していたのにわざわざ出向いたなどとアゼム以外の者に知られぬように、再びフォーマルホール用の正装に身をやつす。
 ヒュトロダエウスも、颯爽とギャバジンのトレンチコートを羽織って、車のキーを取り上げる。
 グラウンドフロアへの階段を降ると、エントランスを抜け、二人、浅い夜の街に出た。
 面倒だ、とも言ってしまえない。あんなやつでも、確かにヒュトロダエウスの言う通り、親愛なる友なのだ。


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補足設定
オックスブリッジあたりで大学生をしているアゼ+エメ+ヒュ(といってもオックスフォードのWikiだけしか見てません。ケンブリッジにも似たような行事あるんだろうか。)
同じカレッジ(ハリポタでいうところのグリフィンドールとかスリザリンみたいな、学生の所属場所)の新入生としてエメとアゼが知り合い、エメの幼馴染みのヒュも加えて三人でキャンパスライフしてる。
アゼムはアメリカは西海岸出身、大学入学前にしばらく世界を放浪してた。そのときに知り合った学者のヴェーネスに誘われて彼女が教鞭を取る英国の大学にやって来た。のでエメヒュより年上。
エメは英国貴族の子弟。直系長男の為、将来は爵位を継ぐことが確実。名門プレップ(進学準備校)からイートン(ウィリアム王子とかの出身校)あたりを経てオックスブリッジに入学している筋金入りの坊っちゃん。ヒュとはプレップの頃からの幼馴染み。ヒュはそこらの貴族よりよほど資産のある大富豪の孫。母方は元ギリシャ貴族の末裔。三人がシェアしてるフラットはヒュの親族所有で好きに内装をいじっている。リビングのソファーは車が買えるほどの値段がするが、アゼムはそれを知らない。