かなざわ
2025-10-15 12:54:31
6180文字
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In the box!

よだつか未満の、すこし不思議な話。イラストで見る「推しCPを狭い空間に押し込めてみた」が好きで、文章化したらどうなるかなー、をしてみた話。

 ふっと意識が浮上し、純は自身が覚醒しかけていると自覚した。そこで抱いた違和感に、眉間に力がこもった。
 一つ、純はそもそも寝ついた覚えがない。煙草を買うためにコンビニに足を向けたところまでは覚えているが、その後の記憶がふつりと途切れている。
 二つ、体勢がおかしい。俯せで軽く足が折り曲げられた窮屈な体勢は、決して純が眠る時にとるようなものではなかった。
 三つ、俯せになっている体の下の感触は、明らかにマットレスなどの類いではなかった。かと言って床のような固さはなく、ほんのりと暖かい。そこで初めて、誰かの上に伏せているのだと気づいた。
 体つきから察するに、同性。見えていないので触れている場所からの想像でしかないが、純よりも上背がありそうだった。純の下敷きになっている相手も意識がないらしく、動き出す様子はない。
 暫し目を伏せたまま周囲の様子を探っていたが、いつまでたっても物音一つしない。何か犯罪の類いに巻き込まれたのだとするなら容易に動かない方がいいと判断したのだが、あまりに無音が続くのでうっすらと目を開けた。
……は」
 吐息と悪態が混じったような声が喉の奥から転がり出た。
 視界のすぐ先にあったのは、真っ白な壁だった。すぐに触れられる位置にある、壁。伏せた体勢はそのままに首だけを動かし、反対側に視線を向ける。そこにも同じような位置に壁があった。この幅では、両腕をまっすぐに伸ばしきることは不可能だろう。
 下敷きにしている相手を刺激しないようにゆっくり身を起こそうとして、しかし体を離しきるまえに後頭部に固い感触が触れた。腕を持ち上げ頭上を探ると、座ることも出来ないような高さに壁があった。
 不自由な体勢のまま足元を見ると、足先にも壁がある。閉じられた空間だが、中はうっすらと明るかった。見る限り照明の類が取り付けられているわけでもないのに。
 俄には信じがたい状況だが、座ることも出来ないような狭い空間に閉じ込められているらしい。入ったことはないが、棺桶みたいだな、と思った。
 何故、どうやって、ここはどこで、目的は一体何だ。
 一つ舌打ちをして、そこでようやく同じ空間にもう一人いることを思い出した。純の下敷きになっている、もう一人。
 まさか死体じゃないだろうなと考え、すぐにそれを否定する。今なお伝わってくる体温は純からすれば熱すぎるほどで、それこそが相手が生存しているという何よりの証左だった。
 座ることは出来ない狭さだが、床についた腕を伸ばすぐらいの高さはあった。出来る限り相手と距離をとり、改めてその顔を確かめる。
 純の下敷きになっていたのは、知った顔だった。自身の持つ能力の価値も使い方も理解しないまま、無謀な目標を掲げていた、名前は確か。
……ねえ」
 呼び掛ける。目は覚めない。
 床に着いていた片手を相手の肩に起き、揺さぶった。
「起きて」
 肩を揺らしながら、声をかける。揺らされる不快感にか、眉間に皺が刻まれた。
「ぅ……
 薄く開いた唇から声がもれる。けれど、まだ目は開かない。
 純は胸中に苛立ちが募るのを自覚していた。目が覚めたらよく分からない状況に置かれていて、煙草も吸えない、こうなっている理由も分からない。
 苛立ちに任せて、相手の肩に置いていた指に力が込められた。掴んだ肩を揺さぶりながら、相手の顔を覗き込む。
 そうだ、彼の名前は。
「起きろ、明浦路司」
「っ、ぇ……なに、だれ……?」
 普段の二割増しくらいの声量で呼ぶと、司がようやくうっすらと目を開けた。
 意識の浮上が遅いらしく、軽く唸りながら瞼を持ち上げようとしている。瞬きを一度、二度。
 ぼんやりと彷徨っていた焦点が合い、純と目が合った。きょとん、と何が起きているのか分かっていなさそうだった目が、やがて驚きに見開かれ。
 その瞬間、純は反射的に司の口を手で覆っていた。
「ん、っ?!」
「狭いから大声出さないで。あと君が起き上がるのは無理だから、動かないで。分かった?」
 口を塞いだまま、その目を覗き込んで告げる。司は混乱しているようだったが、純の言葉を聞いてこくこくと頷いた。
 一拍置いてから、口を塞いでいた手を外した。
 純を見上げていた司は状況を確認する為にか左右に視線を向け、すぐそこが壁であると気づくと肩を強張らせていた。純が予め大声を出すなと言い含めていたからか、司の唇はきゅっと引き結ばれたままだ。
 狭い空間でろくに身動ぎも出来ない状態では、状況確認などすぐに終わってしまう。司は困惑した表情で純を見上げてきた。
「あの、ここはどこなんですか? この箱? みたいなのは何で、どうしてここに寝かされているんですか?」
「僕もさっき目が覚めたから、何がどうなってるのかは知らない。君、ここに来る前はどうしてた?」
「えっ……
 問われた司の目線が純から逸らされ、純の背後辺りをうろついた。記憶を辿るように軽く瞬きをしてから、再度目が合う。
「帰宅途中に歩いているところまでしか、覚えてないです」
……そう」
「これもしかして、何か犯罪的なものに巻き込まれてるってことなんです……?」
 司の言葉は疑問系だったが、状況を考えるとそう考えるのが自然だと分かっているのだろう。その表情は固く、心なしか顔色も悪い。
「僕と君を一緒に閉じ込める意図が、よく分からない」
「犯罪者の思考なんて分からなくて当然だと思いますけど……
「物音の一つもしないし、拘束もされてないってことは身の代金目当てじゃない可能性が高いかな」
 現状から分析出来る事実を告げると、司の顔色がさらに悪くなった。身の代金目当ての誘拐以外で人を拐う目的と言えば、明確に相手への害意や殺意が考えられるからだろう。
 とは言え、二人一緒にこの狭い空間に放り込む意図に関してはよく分からないままだが。
「君、誰かから怨み買ってるの?」
「買ってないです! と、思いたいですけど……車も安全運転心がけてますし」
 うう、と唸る司が自信なさげな表情になっていく。
 どれだけ清廉潔白を心がけて生きていようと、自分の意図していないところで誰かを傷つけるような事態は珍しくはない。言葉は放たれた瞬間から一人歩きするし、良かれと思った行動が悪手に変じることもある。
 純はそれを現役の頃から嫌というほど思い知らされていたし、表情から察するに司もまた平坦な道のりばかり歩んできたというわけでもなさそうだった。大言壮語を口にするとは思っていたが、考えなしではないらしい。
……あの、ここから出られるか試してみませんか」
 純の中で司の評価を修正していると、そんな声がかけられた。
 つい先ほどまで顔を青くしていた司だったが、何もせずに寝転がっているのが耐えがたくなってきたらしい。
「どうやって」
「隙間が出来るかどうか、押してみるとか。幸いにも手足は自由ですし」
「この狭さじゃ、動ける範囲限られてるけど」
「まあ、そこは出来る範囲内でってことで……この箱鋼鉄製ってわけでもなさそうですし、最終手段は蹴り開けるとかかなーとは思いますけど」
 言いながら司が天井に手を伸ばしている。ぐ、と腕に力が込められ、押しているのが分かった。
 司だけに任せているわけにもいかず、純は純で横の壁を押したり、隙間がないか検分してみた。白い壁紙は触れると表面がわずかにざらついていたが、感触としては一般家庭でよく見かける材質のように思えた。
 拳で壁を叩いてみたが、確かに音だけなら鉄で出来ているわけでもなさそうだった。ご丁寧に壁紙が貼られてるせいで、材質が何なのかまでは分からない。そもそも純は建築材料に詳しいわけでもないから、見たところで素材が分かるかどうかは微妙だったが。
 不自由な体勢で色々と探ったり押したり引っ掻いたりした結果として。
「何で出来てるんだこの箱……
「さあ」
 隙間は見当たらなかった。悔しさと焦りを滲ませた顔で、司がわずかに身動ぎする。
「あまり大きい音出すのは得策じゃないと思うんですけど、背に腹は代えられないんで……蹴りますね」
「勝算はあるの」
「分かりません。けど、何もしないのも癪じゃないですか」
 そもそも、この箱が蹴り開けられる強度なのかどうかも分からない。だか司の表情を見るに、これは試させてみないと止められないだろうなと判断した。
「夜鷹さんちょっと俺の左側に重心移動出来ます? 腕曲げてもらって、俺に乗り上げちゃっていいんで」
 蹴るためには脚を動かす空間が必要だからだろう。とは言え、この狭い空間で何がどれだけ出来るか。
 純が出来る限り司の左側に寄ると、失礼しますと断りの言葉が入れられた後に、背中に腕が回された。純の位置と姿勢では、司の足元がどうなっているのかは窺い知れない。
「多少は衝撃あると思いますけど、いいですか」
「僕の体勢じゃ蹴り上げるのは無理だからね。脚を痛めない程度にやって」
「そこは出られるまで頑張れ、でいいんじゃないですか」
「こんな所で怪我するなんて馬鹿らしい。開かなかったらその時はその時だ」
 ふは、と空気が抜けるような音がした。純の言葉を聞いた司が噴き出したらしい。密着しているものだから、司が笑いでふるふると震えているのがしっかり伝わってくる。
「この状況で、その時はその時って……
「どうにもならない時はどうにもならないよ」
「うーん、大物だ」
 純としては何が面白いのかは分からないが、司のツボだったらしくくすくすと笑い続けている。
 異常な状況下に置かれているが故の反動とも思えたが、ずっと緊張し続けているよりはマシだろう。
 しばらく笑った後、司の体からすっと力が抜けた。
「やってみます」
「うん」
 息を吸い、吐く。乗っている胸元が上下した後、純の背中に回されている腕にぐっと力が入った。
 ガツン、と箱の中に音が響いたのはその直後。
 覚悟していたよりも、純に伝わってきた衝撃は少なかった。これに関しては、司が純に負担がかからないようにしてくれたのかもしれない。
「か……ってぇ……
 絞り出されたような呻き声。痛みか悔しさか、司の体が僅かに震えている。その声音から、結果は芳しくないのだと知れた。
 直後に司が身動ぎしたのを感じ、純は伏せていた体を起こした。司が二撃目を繰り出す前に止めなければ、と思ったのだ。腕を伸ばし、司の首を掴む。純の手のひらの下で、司の体がびくんと跳ねるのが伝わってきた。
 悔し気に眉間に皺を寄せていた司の表情が、ふっと驚きに緩んだ。丸く見開かれた目が、純を戸惑い混じりに見上げてくる。間近で見た司の虹彩は柔らかな黄色をしていた。単なる黄色というより、以前幼い理凰が食べていた蜂蜜のような色だ。
「あの……?」
「もういい、これ以上やったら怪我するよ」
「え、でも」
「動くな」
 ぴしゃりと言い切ると、もぞもぞと動いていた司が動きを止めた。
 司はまだどこか納得していなさそうな顔をしていた。あと何回か蹴れば、とでも思っているのだろう。その数回のうちに脚が壊れるかもしれないのに。
 純は重心を移動させ、完全に司の上に乗り上げる姿勢をとった。物理的に動きを封じてしまおうという思惑だった。司の性格上、他者を怪我させる可能性がある限り無理に動くことはないと踏んだのだ。
 純の目論みは当たったようで、下敷きにした司が諦めたらしくふっと体から力を抜くのが分かった。
……これから、どうしましょうか」
「僕は寝る。煙草も吸えないし」
 そう告げて、純は司の胸元に頭を乗せた。そういえば目が覚めた時もこんな姿勢だったな、と思い至る。
 違うのは、司の腕が純の背に回されているところくらいだろうか。
「別に吸ってもいいですけど」
「持ってない。そもそも煙草を買いに行く途中だった」
「ああ、そういう……
 寝る、と告げた純よりも司の方が余程眠そうな声を出している。
 言葉尻がふにゃふにゃとしていて、つい先程まで箱を蹴り壊そうとしていたのが嘘のようだった。
 純が下敷きにしている体も、背中に回されている腕も、ぽかぽかと暖かい。
「持ってたとしても吸わないよ。人の上で吸うほど、非常識じゃない」
「優しいですね……
 その言葉の後、ほどなくして頭の上から寝息が聞こえてきた。君が僕より先に寝るんだ、と呆れはしたが、異常な状況下に置かれ張りつめていた緊張の糸が切れたのだろう。
 司の寝息を聞いているうちに、純の瞼も重くなってくる。
 こんな状況で寝入るのが得策だとは思えないのだが、眠気に抗えなかった。
……僕を優しいなんて言うの、慎一郎くんくらいだと思ってたけど」
 悪くはないかな、と。
 そう考えながら、瞼を伏せた。

 ◆

 その後の顛末はと言うと。
 箱の中で眠った筈の純は、自室のベッドで目を覚ました。馴染みのあるマットに横たわっていて、視界の先には見慣れた天井が見えた。窮屈な狭さも、純以外の誰かの存在もない。
 日付は煙草を買いに外出した翌日になっていて、枕元には買い足したらしい煙草の箱が置かれていた。
 夢だった、ということらしい。
 よく知りもしない相手が夢に出てくるなど、初めてだった。
 夢うつつに優しいですね、と呟かれた言葉が、未だに耳に残っている。僕は彼に優しいと思われたかったのか、と自問するが答えは出ないまま。
 それから幾ばくかの日数が経ち、純が現実で司を見かけたのはとある大会の会場だった。喫煙スペースに向かっている途中で聞き覚えのある声がしたような気がして、ついそちらに足を向けていた。
 自動販売機の横で、司が電話で話をしている。会場の端に近いからか、周囲には司以外の人影は見当たらなかった。
「うん、分かった。瞳さんには伝えておく。気を付けて来て。うん、ありがとう。それじゃ」
「ねえ」
 通話を終えた司の背中に、声をかけた。
 びく、と肩を揺らした司が振り向く。声をかけられると思っていなかったのか、それとも声をかけてきた相手が純だったからか、司は驚いているようだった。
「あの時蹴った脚、怪我はなかったの」
 純の言葉を聞いた司が、目を丸くする。夢の中での話をしたところで、司にとっては意味が分からないものでしかないのに。
 何の話ですか、と聞かれたらどう誤魔化すべきか。珍しく迷っている純に返されたのは。
「なんでそれ、貴方が知ってるんですか……?」
 呆然とした響きの言葉は、司があの箱の中での出来事を知っているとしか思えない内容だった。
 狭くて白い箱の中。まともに身動きも取れず、通常なら考えられないほどに密着していた。重なった手足、背中に回された腕、温かい体温。あの箱の中ではすぐ間近にあった、透き通る蜂蜜色をした眼差し。
 半ば衝動的に近づいて掴んだ司の肩は、あの箱の中で触れたものと変わらなかった。その厚みも、体温も。
 夢だと思っていたはずの出来事を、何故司が認識しているのか。疑問を抱くと同時に胸中に沸き上がったのは、逃がしてはならない、という感情だった。