九月某日。蒲生は深水が不在の隙に魅上と伊織の家を訪れていた。もちろん深水を仲間外れにする意図はない。深水の誕生日祝いについての話し合いのため、三人だけで集まっている。
「じゃあ料理と誕生日プレゼントはこれで決まりだな。他に今話しておきたいことはあるか?」
普段の話し合いならリーダーの伊織が中心となることが多いが、本日の議題は深水のためのもの。そのため今回は同居人かつ恋人である蒲生が中心となって話を進めていた。
「本題とはちょっと違うけどいい?」
伊織が手を挙げる。蒲生が「何だ」と問うと手を下ろした。
「おれたちからのプレゼントは決まったけどさ、慈玄個人からのプレゼントは用意するのか?」
「今決めたのはオレと伊織陽真、二人からの贈り物だったのか?蒲生慈玄は別なのか?」
「そういうつもりじゃなかったけど、もし慈玄が恋人としてもプレゼント用意するなら金銭的にきついだろうしおれと才悟が多めに払った方がいいかと思って」
蒲生は伊織の話を聞き、確かに恋人なのだから個人的にも贈るべきかと思い至る。しかしすぐに考えを改めた。個人的な都合で二人の負担を増やすことに納得がいかないためだ。
「いや、ジャスティスライドの仲間としてきちんと払わせてもらう」
「じゃあ恋人としてのプレゼントは?」
「用意したいところではある……が、難しいだろうな」
三人で分割するとはいえそれなりの値が張る百貨店の料理にプレゼント。家賃や生活費を払った残りからさらに出費が嵩むとなるとなかなか手が回らない。
「でも何もなしはさみしいよな。金をかけずに贈れるものとかあるかな……肩叩き券みたいなのしか思いつかないや」
「子供かよ」
「仮面カフェの水を贈るのはどうだ」
「それで喜ぶのは魅上、お前くらいだ」
「そうだ!体にリボン巻いて『プレゼントは俺』ってやるのは?」
伊織の突飛な提案に魅上と蒲生は目を丸くする。それからすぐに蒲生は顔を真っ赤にして眉尻を上げた。
「なっ、何馬鹿なこと言ってんだ!やるわけねえだろ!」
「やっぱりだめ?でも意外と紫苑は喜ぶと思うけどなあ」
「そんなんで喜ばれてたまるか!」
「伊織陽真、蒲生慈玄が蒲生慈玄を贈るとはどういうことだ?贈り主と贈り物が同一であるというのは不可解に思えるが」
こんな話、さっさと切り上げたかったのによりによって魅上が掘り下げてきた。蒲生は頼むから変なこと言うなよという視線を伊織に送る。そんな蒲生の思惑に気づいているかはわからないが、伊織は困ったように頭を掻く。
「えーと、実際に物として贈るんじゃなくて、紫苑が慈玄のことを好きに扱っていい権利をあげるってことだよ。正確に言うと紫苑になら何されてもいいっていう愛情表現にあたるかな」
「なるほど、そういうプレゼント方法もあるのか。蒲生慈玄、深水紫苑が喜ぶのならやった方がいい」
何で今の説明で納得するんだよ、と蒲生は内心毒づく。これ以上この話題に付き合っていられない。蒲生は固く心を閉ざすように腕を組んだ。
「そんな恥知らずな行為絶対やらねえからな」
「じゃあ紫苑へのプレゼントはなし?」
「それは……自分で考える。お前たちはもう口出しするな」
この日はこれ以上何か決まることはなく、それ以降も当日まで蒲生個人からのプレゼントについては触れられなかった。
十月十六日。深水の誕生日パーティーは無事成功に終わった。料理は美味しく平らげ、三人からのプレゼントも気に入ってくれたようだ。
食器や部屋の飾りの片付けも深水以外の三人で済ませているうちに日が沈み外はすっかり暗くなっていた。そろそろ帰ろうと伊織と魅上は支度をする。
「今年も素敵な誕生日パーティーを開いてくれて本当にありがとう」
「どういたしまして。来年はもっとすごいパーティーにするから楽しみにしてろよ」
和気藹々とした雰囲気で終わろうとしている。深水と伊織が談笑している様を見て蒲生が少し気を緩めはじめたちょうどその時、魅上が話しかけてきた。
「そういえば蒲生慈玄、キミが深水紫苑にプレゼントを贈ったところ見ていないが何もしなくていいのか?」
「それは……まあ、いいからほっとけ」
蒲生は貯金を少し崩したり節約してどうにかプレゼントを用意したが、サプライズのつもりで隠していた。だから今この話をされては困る。そのためにも深水に気づかれる前にこの話を切り上げたいところだが、魅上の追撃は続く。
「用意できなかったのか。それなら今からでもプレゼントは俺と……」
「だからやらねえって言っただろ!」
「どうしたの?何かあった?」
ムキになったせいで蒲生の少し声が大きくなってしまったためか、深水に気づかれてしまった。どうにか誤魔化さなければと一旦彼の方を向こうとしたところで魅上の声が聞こえ出す。
「蒲生慈玄に自分自身をプレゼントにすべきだと提言していた」
「おい、変なことを言うな」
「どういうこと?」
深水の問いに対し、伊織が乗っかってきた。
「ああ、その話か。この前、紫苑の誕生日にプレゼントは俺ってしたらどうかって話をしたんだよ」
伊織の話を聞きながら、深水の瞳に輝きが増していく。そしてその目は蒲生を捉えて離さない。
「プレゼントが、蒲生くん……」
「深水紫苑、やってほしいのか?」
「うん、ほしい」
「だってさ、慈玄」
「だから、やらねえって……」
「そっか。これはぼくの個人的な願望だから、無理強いはできないね。でもせっかくなら見てみたかったな……」
深水は笑って言うが、あからさまに落ち込んで俯きがちになる。犬じゃないのだから存在しないはずなのに、尻尾が垂れ下がっているように見えた。
「わかったわかった。自分自身くらいいくらでもくれてやる。だからそんな顔するな」
蒲生は顔を赤く染めて顰めっ面になる。それとは対照的に、深水は晴れやかな表情でまた目を輝かす。
「えっ、いいの」
「ああ、男に二言はねえ」
恥ずかしいが、一度決めてしまった以上仕方ないと蒲生は腹を括る。それに、せっかくの誕生日なのだから落ち込まずずっと笑っていて欲しかった。
「よかったな、紫苑。でもこんなことになるならリボン用意しておけばよかった」
「リボンならさっき渡したプレゼントのラッピングについていた」
そう言う魅上が指差す先は机上に置かれたラッピング袋の隣にある解かれたリボン。体に巻くには短くてあまりにも細い。
「深水紫苑、あれを使ってもいいか」
「いいけど……足りなくない?」
「だが他にない」
「まあ元々予定してなかったし、こういうのは気持ちが大事だから体の一部だけでもいっか」
蒲生が承諾するや否や本人を無視して話が進んでいく。蒲生自身思うところがないわけではないが一度やると言ってしまった以上何も言えない。
蒲生が黙っているうちに魅上がリボンを持ってきた。両手でピンと伸ばし、蒲生を縛ろうという気概を感じる。
「どこを縛ったらいい?」
「うーん、結構短いから……手首くらいが限度か?」
「そうだね。あまり太いところを縛ると痛いだろうし」
「というわけだ。蒲生慈玄、手を出してくれ」
蒲生が渋々左手を魅上の前に差し出すとリボンを手首に巻き、蝶々結びを施される。蒲生は結び終わった手首をじっと見つめ、少し首を傾げた。
「こんなんでいいのか?これじゃただ手首にリボンを巻いただけにしか見えないが」
「そうかもしれないけど、ぼくは蒲生くんが承諾してくれただけでも嬉しいよ」
蒲生の疑問に対し深水は朗らかに答えてみせる。深水が喜んでくれたようでよかったと蒲生が安堵したのも束の間、伊織がちっちっちっと言いながら人差し指を振った。
「まだ喜ぶのはまだ早いぜ。ほら慈玄、何か言うことあるだろ?」
「言うことって何だ」
「ほら、プレゼントは黙って渡すものじゃないだろ?ちゃんと自分がプレゼントって言わなきゃ」
どうしてこんな辱めを、と蒲生は思うが、確かに現状ではリボンを手首に巻いた蒲生がここにいるだけだ。なおかつ深水がまた眩しいくらいに目を輝かせて蒲生を見つめている。
顔も耳も熱くて火が出そうだ。それでも、覚悟を決める。
「た……誕生日、おめでとう……。プレゼントは……俺だ……、受け取れ……!」
「ありがとう!最高のプレゼントだよ!」
深水は蒲生が喋り終わった途端に思いのままに彼に抱きついた。蒲生からは見えないが、満面の笑みを浮かべながらも目尻に涙が溜まっている。
「深水紫苑がとても喜んでいる。自分を贈るという行為は他者を笑顔にできるのか」
「いや、どちらかと言えばあの二人が特殊かな。まあこれ以上邪魔しちゃ悪いし、おれたちはそろそろ退散しようか」
伊織と魅上がそれぞれ荷物を持って玄関へ向かうと、それに気がついた深水が蒲生から離れて二人の方へ向く。蒲生もそれに倣うが、お見送りとは思えない表情で睨みつけていた。
「二人とも今日は色々ありがとう。いい思い出になったよ」
「深水紫苑が喜んだのならよかった」
「うん、慈玄の背中を押した甲斐があったよ」
「……いいからさっさと帰れ」
蒲生が赤い顔のままそう言うと、二人はお邪魔しましたと言って去って行った。
蒲生は鍵を閉めてほっと息を吐くと左手首に巻かれたままのリボンを解こうとする。
「待って、ぼくに解かせて」
蒲生はリボンを引っ張る手を止めた。自分は今深水のものなのだから彼が解くべきだったと納得し、深水の前に手を差し出す。
深水は器用にリボンを解くと、結んであった手首に口付けをした。普段されない箇所に唇が触れて、蒲生は何とも言えないもどかしい気持ちになる。
そんな感情を抱えたところに顔を上げた深水と目が合い、キスされる、と直感した。予想通り深水の顔が近づいてきて思わずぎゅっと目を瞑る。もしかして、プレゼントを開封して早速好き勝手されるのかもしれない。そんな気もした。
唇が触れたと思ったらすぐに離れた。その後何もしてこないので拍子抜けして目を開けると深水が笑ってこちらを見ていた。
「期待しちゃった?」
蒲生は否定できず、かと言って肯定するのも恥ずかしく押し黙った。いきなり盛られても困るが、何もされなかったため若干物足りなさも感じている。
そんな蒲生の心を感じたのか、深水はふふっと笑った。
「お風呂入ったらまた続きをしようか」
そう言って深水は浴室へと向かっていった。結局のところプレゼントとしてあれやこれやされるらしい。一体全体何をされるのか。そんな不安と期待で胸がいっぱいになり、心臓がバクバクと鳴って落ち着かない。
蒲生は不意に元々用意していたプレゼントのことを思い出す。予定外のプレゼントであんな雰囲気になってしまい、渡すタイミングを失ってしまったのだ。予算の都合上大した代物ではないだけに、今さら渡しても深水が反応に困るだろう。
蒲生はいつどのようにして渡すべきかと頭を抱えた。
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