流れザメ
2025-10-14 22:31:34
1969文字
Public ビマヨダ
 

無遠慮

ビマヨダ成立時空。
二人がイチャイチャしてるだけ。

小規模特異点にレイシフトしたマスター達は深い森の中を歩いていた。
前日に雨でも降っていたのか、森全体が水気を帯びていて周囲の緑もどことなく艶めいて見える。
地面の土も随分と柔らかくなっており、先頭を歩いていたビーマがそこそこ高さのある段差を飛び降りると、ぬかるんだ土に一瞬足を取られた。
反射的にもう片方の足に力を込めて地面を踏みしめバランスを取る。小さく安堵の息を吐くと、ビーマは背後を振り返った。

「マスター、滑りやすくなってるから気を付けて降りろよ」
「うん。ありがとう、ビーマ」

差し出された手を握り、マスターも段差を飛び降りる。地面に靴底が着くなり、案の定その痩躯が傾いた。
ビーマは咄嗟に腰に腕を回して倒れかけた身体を抱き留める。
一瞬驚いた顔で固まっていたマスターだったが、ハッと我に返って申し訳無さそうに笑った。

「ごめん」
「これぐらい気にすんなって」

ビーマは快活に笑うとマスターの身体を起こした。
彼女に続き、後続にいたアルジュナやラクシュミーもその段差を降りていく。
皆が安全に降りられるよう、ビーマは段差の傍らに立って手を貸し続けた。
最後に現れたのは殿を務めていたドゥリーヨダナだ。
ビーマはドゥリーヨダナにも同じように手を差し出そうとしたが、ふと躊躇いが生じた。
プライドの高いドゥリーヨダナの事だ。例え善意で手を貸したとしても、『馬鹿にするな!これぐらいの段差、お前に頼らずとも降りられる!』と機嫌を損ねるかもしれない。
かと言って手を貸さずにいれば、ドゥリーヨダナは十中八九ぬかるみに足を滑らせて転倒することになるだろう。
何せ他ならぬ自分がそうなりかけたのだから。
似たような体格で同等の筋力を持つドゥリーヨダナが、自分と同じ結果にならない訳が無い。
手を貸しても貸さなくても不機嫌になるのなら、せめて恋人に恥をかかせない方が選ぼう。
頭の中で瞬時にそう結論付けて、ビーマはドゥリーヨダナに向かって手を伸ばした。

「ほら」
……

予想通り、ドゥリーヨダナは眉間に深い皺を刻んでビーマを睨み付けてきた。
明らかに不愉快そうな顔に怯むことなく手を出し続ければ、数秒の逡巡の後、ドゥリーヨダナは観念したようにビーマの手に自分の手を重ねた。
ビーマがその手をしっかりと握り締めると、ドゥリーヨダナが黒のストールを靡かせながら段差を飛び降りる。
戦士として体幹もしっかりとしている彼の身体はマスターのように泥に足を滑らせることもなく、多くの足に踏み荒らされて更にぬかるんだ地面に難なく着地した。

「ご苦労」

横を通り過ぎざま、ドゥリーヨダナがこちらを見ないままからぶっきらぼうにそう呟く。
聞こえてきた言葉が信じられず、ビーマはドゥリーヨダナの横顔をまじまじと見つめた。
あのドゥリーヨダナが。本来であればこうして手を取るどころか、仲間として共に戦う事さえ出来ないはずの宿敵が、今自分を労った?
あまりにも予想外の出来事に思考が止まる。
対するドゥリーヨダナも、少し決まりが悪そうにしていた。薄紫の髪から覗く耳の先がほんのりと赤い。
それに気付いた瞬間、ビーマの心にちょっとした悪戯心が湧き上がった。
未だ繋いだままの手を顔の所まで持ち上げると、ドゥリーヨダナの指の背に唇を寄せる。

「な゛っ!?」

驚愕と悲鳴が合わさったような声が森に響く。
魚のようにパクパクと口を開閉させながら自分を凝視するドゥリーヨダナに、ビーマの心は瞬く間に満足感で満たされた。
手から顔を離し、耳どころか顔から首まで真っ赤にしているドゥリーヨダナに向けて満面の笑みを浮かべる。

「これぐらいの事で照れんなよ」
「てっ、照れておらんわッ!えぇい!離せ!!」

ドゥリーヨダナがブンブンと腕を振るが、ビーマは笑顔のまま握りしめた手を離さない。
少し離れたところで二人のやりとりを見守っていたマスターは、その顔に複雑そうな表情を浮かべた。

「ビーマって最近こう……、ドゥリーヨダナに対して遠慮しなくなったよね」
「それが良い事なのか悪い事なのか、未だに判断しかねています」
「き、貴殿らのお話を幼少の頃から聞いて育った身としてはっ、あのお二人の仲が睦まじいのは喜ばしい事だと思いますっ!」

ため息と共に額を押さえたアルジュナに、ラクシュミーが慌ててフォローを入れる。
自国の英雄を励まそうとするその心遣いが、本来自分たちが手本となって導かねばならない筈のジャーンシーの王妃に要らぬ気を使わせてしまったと、ますますアルジュナの心労を加速させた。
下唇を噛み締めて胃の辺りを押さえるアルジュナの背中をマスターがそっと摩る。
森に木霊するドゥリーヨダナの怒声とビーマの笑い声は、まだしばらく止みそうになかった。