匣舟
2025-10-14 21:30:33
1904文字
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火中の栗なんか拾うものか

ショートショートのさこ乱です。
さこと乱の喧嘩に巻き込まれるろじの話です。


 医務室では今、冬なのかと思うくらいの冷たい空気がここ限定で流れていた。医務室にいるのは今日の当番である乱太郎と、けが人として運ばれてきた乱太郎と同じく保健委員である左近とそして左近の級友である三郎次である。
 乱太郎はふたりが怪我をしている箇所に無言で包帯を素早く患部に巻いて、血が出ている箇所にはガーゼを宛てがい、処置をしていた。処置が一通り終わるといつもの柔和な顔とは違い、冷酷な目線が三郎次に一瞬行き、そして次に隣にいた左近へと注がれる。救急セットをパタンと閉じると、スタートのコングが鳴ったかのように戦いの火蓋が切って落とされる。
これで何回目ですか?不注意で怪我するの。」
 毎回ちゃんと地面も確認しながら歩いてくださいよって言ってますよね?なんでそんなにコケるんですか?と冷酷な目線を向けてくる乱太郎だったが、左近はそれに負けることなく発言をする。
たまたま石があったんだから仕方ないだろ。何回目ですかってお前こそ、」
 今月何回落とし穴に落ちたんだよ?天才トラパーと名高い綾部喜八郎先輩は昨年卒業したんだぞ?綾部先輩が掘った穴は減ってるはずなのになんでお前は落とし穴に落ちてる回数が増えてるんだろうなあ〜?と煽るように乱太郎を嘲笑った左近。
 その直後に乱太郎のの眉がぴくりと動いた後、ピキッと青筋が浮かび上がったのを左近の隣にいた三郎次は見逃さなかった。左近、やめた方がいいんじゃないか。と三郎次が制止をする前に乱太郎の口は動き出していた。
「そういうあなただって、なんで今回も足を挫いたりして捻挫したりしてるんですか?保健委員のくせに。保健委員ならまずは自分の身体を大事にしてからですよ!」
 何年保健委員勤めてるんですか?新入生からやり直してきたらどうですか?とこちらも負けずに煽ってきた。まさに売り言葉に買い言葉の喧嘩に発展していくこの事態に三郎次はため息を吐きながら傍観することに決めた。
 こういう喧嘩ほど介入すればするほど面倒くさくなるのは目に見えているからだ。そうと決まれば影を薄くしよう。と三郎次は必死に医務室の空気になりきった。この場からは逃げられないのだから仕方ない。我慢しよう。という自己暗示をかけて。
 そんな三郎次が思考を巡らせている間にふたりの喧嘩はヒートアップしているらしく、だんだんと離れていた距離が近づいていた。
「はあ?お前より一年先輩なんだから五年務めてるけど?そういうお前は危機管理能力ないんじゃないか?今まで何回落とし穴に落ちてお前と同じは組の罠に引っかかってんだよ?まだお前の脳は一年生で止まってんのか?」
 なあ?あほのは組の猪名寺乱太郎くん?と嘲笑いながら乱太郎に近寄る左近。両者の距離はもう胸倉を掴んでもおかしくないくらいの距離にいて流石に空気になっている三郎次も少しずつ焦り始めていた。
 元はと言えば、校庭で歩いていた左近を引き止めて躓かせ、怪我しないように手を引っ張ったものの、ふたりとも地面にずっこけ、結局自分も怪我をし、左近にも怪我をさせてしまった原因は三郎次なのだ。それがこんなことになるとは。と頭を抱えながら、自分が引き起こしてしまったことなので殴られたとしても仲裁はしないといけないな。と苦い顔をしながら彼らに向き合うと、胸倉を掴みあっていると思っていたふたりが両手を差し出し、繋いでいる光景が三郎次の目に入った。
は?」
 何が起きているんだ?あの険悪な雰囲気は一体どこに行った?三郎次の混乱がおさまらないまま、目の前のふたりは手を離して会話をし始める。
左近先輩、ごめんなさい。……言い過ぎました。」
「俺も、言い過ぎた、ごめん。」
 お互いに謝り合うと三郎次が混乱している間に仲直りのハグをし合って和解して、いつものふたりに戻っていたのだ。三郎次はひとり蚊帳の外状態に陥っていることをようやく理解して、頭を押さえながら呟く。
「なんだよ、この茶番は……。」
……ん?何か言ったか?三郎次?」
「いや、何も無い……。」
 三郎次は目の前のふたりについても考えることをもうやめた。こいつらの喧嘩と仲直りの謎に頭を悩ませるのは時間の無駄だと悟ったのである。どうせ自分には関係のないことだからと別のことを考えるようにした。
「次からはちゃんと気をつけてくださいよ!」
ああ。お前こそ気をつけろよ?」
「はいっ、気をつけます!」
 さっきとは打って変わって仲睦まじく話しているふたりを見ながら、三郎次はもうこいつらの喧嘩には巻き込まれないようにしようと心から誓うのであった。