ちゃび
2025-10-14 20:54:13
7347文字
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ベルトラン過去・番外編

ベルトラン過去編に出てくるミコッテ♀リテイナーちゃん視点。
ニャンという響きが特徴の方言で苦労している彼女がグリダニアで居場所を作らんとする話。
途中からベルトランも出てくる


森都グリダニアの民は森の掟に従って暮らしており、掟を破り森を穢した者は呪われる。
だから、森の外からの来訪者を拒むという。
ル・リファ・ゼンたちがグリダニアに行くと話した時、人々は口を揃えてグリダニアはやめておけと言ったものだが、いざ着いてみれば噂程の陰鬱な国ではなかった。

確かに、最初に立ち寄った集落では精霊の声を待つだとか、儀式めいた入国審査を受けなければならなかったし、どの町でも外からの人間には慣れていないようだったが、冒険者が全くいないわけでもない。

実際、今回グリダニア行きを提案し同行者で冒険者のテテチタ・トトチタは何度かこの国を訪れたことがあり、知り合いもいるという。

「現地人の知り合いがいるということは、旅人にとって大きな安心材料です。お前も交流してみなさい」

テテチタはそう言うが、冒険者の彼と違い自分はリテイナーとして同行しているから、商売相手は現地人ではなく冒険者だ。
はたして恩恵なんてあるのだろうか?

しかし彼はリムサ・ロミンサへ飛び出してボロボロになった自分に見返りも求めず拾ってくれた恩人だし、傭兵の時代が終わって一番大変だった時代に冒険者となった世代だ。
自分なんかがぐだぐだ考えるより、言われたとおりにしてみようか。

だが、交流というものは相手がいてこそ成り立つもので、この国の人の多くは表立ってル・リファを嗤いはしないものの、関りを避けるがごとく早々に立ち去ってしまい、まともに会話をしないのだった。

──会話。
故郷を出てからというもの、それは常にル・リファを悩ませた。
集落では当たり前だった言葉は外では訛りや媚びとして聞こえるようで、奇異の目、見下し、嘲笑、叱責、果ては売られる一歩手前の憂き目に遭ってきた。

良かったことといえば、一部の好事家には気に入られて、寝れば金がもらえることくらいか。
語尾の響きがあどけなく聞こえて背徳感を味わえるらしい。
だが、それがきっかけでトラブルが起きて売られそうになったのだから、やっぱり良くないのかもしれない。

まともな会話ができなければ、知識も信用も誇りも何ひとつ得られない。
普通の人は「きちんと」話せもしない、無知で物知らずの旅人に慈悲などかけないからだ。

テテチタは信心深い人で、「私の信仰するナル神とザル神は放浪神と義兄弟なのだから、私も旅人である貴方を助けるべきだ」と言って、ル・リファに金を分け与え、街のルールや常識、身を守る技を教えた。

このグリダニア行きすら、リムサ・ロミンサやウルダハより治安がよいという理由で彼女のために選ばれたし、リテイナーを任されているのも、いつか一人立ちできるようにするための勉強の機会なのだ。

こんなに面倒をみてもらっているのだから、恩を返すまでは力不足でも、せめて、このリテイナー業くらいは成長の成果をテテチタに見せたい。

そう意気込んで毎日マーケットに立ってはいるものの、マーケットにはグリダニアの冒険者の他にも、外の冒険者やリテイナーも多くいる。
勇気を出して声を発した彼女を嗤ったり品物を馬鹿にしたりする様子を前にして、脳裏にはテテチタに拾われる前の惨めさがよみがえる。

品物はテテチタが預けてくれたもの。
自分がまともにやれないせいで、立派に生きている人にも迷惑をかけてしまう。
たかが言葉ひとつでよくもそんなに楽しめるものだと思う。
だかが言葉ひとつの違いで滑稽だ恥知らずだと、たかが言葉ひとつで無垢だと、たかが言葉ひとつ……

その時、ゴツ、と音がした。
粗相をしてはかえって彼に迷惑をかけると頭では理解していたが、陳列していた品物が偶然蹴飛ばされたことで、張りつめていた糸が切れてしまった。

「ど、どうして買ってくれないニャ!! 商品に傷をつけたら弁償するのが当然ニャ!? ウチは払ったニャ、触っただけなのに、でも払ったニャ!」

マーケットがざわついているのが分かる。
今すぐやめて謝らなきゃ。

「ウチがニャーニャー言うのがそんなに面白いニャ!? どうせ買わないくせに! 馬鹿にしやがって!」

止められない。
もう、終わりだ。

「ウチ、ウチだって、好きでこんなんじゃニャいのに──」

「お嬢さん、どうしました」

ああ、せっかくテテチタがグリダニアに連れてきてくれたのに。
何も返せないどころか、また彼に謝らせてしまう。

「ご、ごめんなさ──、申し訳ありません……

教えてもらった謝り方もすぐに出てこない。
学んだこともできないなんて。
本当は、たかが言葉ひとつ、覚えられない自分が全部──……

「謝らなくてもよろしいですよ。私は別に警備しているわけでもありませんから」

警備の人ではない?
ではなぜ、と混乱して顔を上げると、エレゼン族の青年がル・リファを見おろし笑いかけていた。

彼女がテテチタ以外の人間に微笑みかけられることなど、そうあることではない。
しかも、この状況で。いや、たとえそれが自分でなくてもあり得ない。
また悪趣味の、体目当ての男だろうか。
それでも良いか。
商品を蹴飛ばした男は早々に逃げて行ったし、見世物のように遠巻きに見ている者たちよりは、直に声をかけてくる人間の方が話を聞いてくれる。

まずは涙を拭いて、と差し出された布で涙をぬぐおうとしたが、固い素材で、きれいに涙を吸わない。

「こ、これ、全然ぬぐえないニャ……

しゃくりあげながら呟くと、青年は穏やかな表情を崩して、

「はは、これは申し訳ない。急いでいたものだから」

と笑った。

この騒ぎを把握してから、慌てて近くにいたリテイナーから買ったのだと言う。
青年は今度は真面目な顔をして「ごめんね」と言い、指でル・リファの涙をぬぐった。
ああ、絶対に体目当てだ、と思う。
手慣れている。手際が良すぎるのだ。
でも、それでもいい。
先ほど暴れたことは警備員に咎められないようだし、真意がどうあれ普通の人として扱ってもらえることが嬉しい。

「よくウチなんかに声かけましたニャ。何か理由でもあるニャ?」

青年が頷く。やはりそういうことなのだ。

「ええ。貴女に商品の陳列を教えたくて」

「え?」

陳列、とル・リファがあっけにとられていると、青年は品物の敷布の前に膝をついた。

「いいですか。まずは陳列する高さが低すぎます。この国で一番多い種族はミッドランダー族とフォレスター族です。それはこのリテイナーマーケットの顧客である冒険者とて変わりません。冒険者の多くは、黒衣森から……つまり国内から来ているのですから」

「で、でも、それじゃララフェル族のお客さんは見えないニャ」

ル・リファの相棒がララフェル族であるように、ララフェル族の冒険者がこの国にいないというわけではないと青年に訴える。

「気になるのであれば、棚の高さに違いをつけるか、ララフェル用の踏み台を置くと良いのですよ。一度まわりを見てごらん」

促されて周囲を見渡すと、確かに、地べたに商品を並べている者はいない。
この国のマーケットでは、客はある程度の高さに商品があるものだと思っているので、地面まで目が届かず店としてまともな店として認識してもらえなかったり、誤って足が品物に触れてしまったりするのだと青年は説明した。

「さて、今日の営業はここまでにしましょう。今のまま店を開けていても得られるものはありません。片づけて、ついてきてください」

話が呑み込めないまま慌てて商品を片付けて青年の後を追う。
後ろでひとつに結んだ砂色の髪を揺らす彼の名前はベルトランといい、この地で生まれ育ったのだという。

歩きながら、ベルトランはル・リファにグリダニアのことを色々と話して聞かせた。
この国では精霊はもちろんだが道士がとても偉いので、とにかく道士を敬う姿勢をとれば“わかっている感”が出ること、信仰がなくともとりあえず神妙な顔をして歩いた方が良いエリア、冒険者たちから嫌厭されているが、実は地元民からも嫌われている人のこと……
彼の話は、テテチタから聞く慈愛に満ちた話よりもずっと俗っぽく、知らない話ばかりにも関わらずどこか懐かしい感じがした。

「貴女は話し方を気にしているようですが、それを変える必要はありません。地元民からの信用が欲しいのならば手っ取り早い方法は別にあります」

さっきのマーケットの陳列のように、常識を覚えることだろうか。あれは考えてみると確かに、話し方よりも暗黙のルールにのれていないことが悪目立ちしたように思えた。

それを伝えると、ベルトランはそれもありますが、とかぶりをふって笑った。
呆れや嘲りの色がない笑顔って、なんて嬉しいんだろう。

「あのね、一番簡単なのは、地元の人間から紹介されることですよ」

おいで、と手招きされて商店街へと足を踏み入れる。
手を引かれて、いつも厳しい顔で商店街を監視している老人に自己紹介と先ほどの騒ぎを謝罪したが、軽く注意されただけですぐに次の店に移動することとなった。

「次の店で商品棚と踏み台を買います。出来合いのものがあると良嬉しいですが、なければ材料を買って作業場を借りて作りましょうか」

「あ、あの!」

どうしました、とベルトランが立ち止まり振り返る。

「ニャ〜っとぉ……、その、なんでここまでしてくれるんですニャ……?」

「さて、なぜでしょう。貴女の笑う顔が見てみたいのかもしれませんね」

「ニャ!!!」

思わず尻尾がピンと立って近くの人にぶつかってしまい耳を下げる。

その様子を見た彼は愉快そうだ。
愉快そうだが、ル・リファの滑稽さを馬鹿にした様子ではない。
自分の欲目でなければ、そう、愛おしそうな眼差しを感じるのだった。

*

「現物がなくって残念でしたね」

「でも、作ってくれるなんて親切ニャ」

木材屋には用途に見合う完成品はなかったが、よそ者の冒険者が木工士ギルドではなく我が店を選んだということに気をよくした店主が、商品に見立てた代金と引き換えに希望の品を作ってくれることとなった。

「貴女が信用を得たから作ってもらえることになったんですよ。あの店は店主が気ままに制作した木製品を売っているだけで、オーダーメイドはしていませんから」

「それはベルトランさんの説明のおかげで、ウチは何もしてないニャ」

謙遜ではなく本当の話で、挨拶した後、ル・リファはベルトランの話に相槌を打っているだけで気づけば「グリダニアの暮らしに興味がある冒険者」になっており、みるみるうちにご機嫌になった店主が「外から来る人間は森にすら敬意を払わん者が多いのになぁ」と感心していたのだった。

「貴女も頷いていたでしょう。いいですか、今度なにか別のものを探す時──例えば、革のギル箱が欲しいとなったとしましょう。その時はまずあの店主を訪ねてくださいね」

「革も扱ってるのニャ?」

「いいえ。別に革じゃなくとも、おいしい食事でも、武器の手入れ油でもよいのです。相談することが大事なのですから」

まわりくどい言い回しだ。
用があれば何でもいいかのような──。

「あ、今度は木材屋さんから他のお店に紹介してもらうってことニャ?」

「ええ、ええ。そのとおりです。もちろん、普通の買い物も忘れずに」

現地の人間に紹介してもらうと聞き、てっきり挨拶まわりでもするものと思い不安に思っていたが、納得がいった。
つまり、それぞれの店のお得意様になって、信頼に足る客として紹介してもらえと言うのだ。

それならば自分でも少しずつできる気がする。
手持ちのギルだって足りる。
しかしそれも最初の一歩があってこそ。
木材屋から好印象を得るのは、やり方が分かっていても自分一人では難しかっただろう。

そうベルトランに伝えると、彼は「私からの助けを得たという運も、貴女の力ですよ」と笑った。

「さて、商品の受け取りは3日後ですし、それまで店も開けるべきではありませんね」

気づけば日が傾きかけている。
思えば今日出会ったばかりの青年に、半日連れ歩いてもらったことになる。
そのうえ、これからを生きる希望まで。

「ベルトランさん、何かお礼をさせてほしいニャ」

「お気になさらず。私も楽しかったですから」

「ウチはまだこの国のマナーとか、わかんニャけど……。ここでお礼をしないのはグリダニアでも違うと思うニャ」

それに、自分自身もお礼をしたいのだ、とつけ加えると、ベルトランは「なるほど」とつぶやき、瞳を空中に、片手を口元にやり、思案するようなしぐさをした。
伏せた瞳に長い睫毛が影を落としている。
そう時間をかけずに、彼は視線のみル・リファへと戻して口を開いた。

「それでは、一緒に食事はいかがでしょう。じきに日も暮れますし、いい頃合いかと」

「それは素敵ニャ! ウチに奢らせてほしいニャ」

嬉しさで思わず拳を高く上げたル・リファを見て、ベルトランが口元にあてていた手をおろしてふき出した。

「やっと、笑顔が見れましたねぇ」

目を細めるベルトランを見て、少し前に「笑顔が見たい」と言われたことを思い出し、顔が熱くなる。

赤くなった頬に、ふと、冷たい指先が触れる。
ル・リファが拒まずにいるのを確認したその指は奥へと滑り、手のひらが片頬を包んだ。
冷たく大きな、エレゼンの男の手のひらだ。

その手に頬を預けて見上げると眼前に顔が近づき、唇にやわらかいものが触れて、離れた。

「嫌でした?」

ル・リファが首を横に振ると、もういちど口づけされて、若干間をおいて顔が遠ざかっていく。
ずいぶん屈んでくれていたようだ。
リムサ・ロミンサの路地裏で海賊の男に口づけをされたことがあったが、持ち上げられて苦しかったことしか覚えていない。

頬に添えられた手のひらも離れていき、もとの姿勢に戻ったベルトランが何事もなかったかのように先導する。

「グリダニアは豆料理が多いんですよ。もともとは森のシェーダー族の料理だったらしいですが。そういえば、貴女がたは食事はどちらの様式でとっているんですか」

「え、あ、様式っていうのは……

「店でグリダニア料理を食べているのか、それとも貴女がた自身で故郷の料理を煮炊きしているのか、です」

「えと、自分では作らなくて、グリダニアの料理を食べてるニャ」

「それならば一応、味は大丈夫そうですね。外の人からするとこ我々の味は薄味のようですから」

案内された店は素朴ではあるが、グリダニアにしては装飾のある店で、冒険者として他国へ旅をして帰った者が開いた店なのだという。
スパイスを使った料理もあると聞くため、ル・リファにとって懐かしい味もあるのではないか、というベルトランの配慮だった。

実際に口にした料理は、ウルダハで使われる肉やスパイスとは違うのか、故郷やウルダハ都市内の味とは違う風味がしたが、味の濃さについてはむしろ丁度良かった。
ル・リファの故郷は田舎のため、グリダニアほどではないものの、ウルダハ都市内の味付けよりはずっと素朴な味だったからだ。

味はどうかと問うベルトランに、美味しいと伝えると「それは良かった」とエールに口をつけた。

冒険者と行動していると冒険者ギルドや酒場に立ち寄る機会も多いため、どうしてもエールには荒々しいイメージがついてしまう。

「ベルトランさんでもエール飲むんニャ」

「エールなんて誰でも飲むでしょう」

「それはそうニャけど……、ベルトランさんって静かだし、意外ですニャ」

「ははぁ、酒場のイメージが強いのですかね。あれと比べると、確かにそうかもしれません」

酒場を知っていると聞くと今度は酒場に行く姿が想像できない、となるのだが、キリがない気がしたのでこちらもエールで流しこんだ。

*

食後に提供された温かいお茶で一息つく。
薄々感じていたが、サービスで食後にお茶まで出るようないい店であれば、そこそこの金額になるのではないか。
お礼にご馳走すると言った手前、後には引けず内心焦っていると「ああ、そうだ」とベルトランが口を開いた。

「お代はもう払っていますからね」

いつの間に。

「えっ、そ、え、ウ、ウチが奢るって言ったニャ……!」

「私がお店を選んでしまったし、貴女にはこれから入用でしょう。必要なのは棚だけではありませんよ」


でも、と身を乗り出して机上に置いたル・リファの右の手の甲を、ベルトランの手のひらが包んだ。

「格好つけさせてくださいね」

ああ、やっぱり慣れているんだこういうことに、と思う。
顔を見ると、ル・リファを見て嬉しそうに笑っている。
そのまま、ベルトランはル・リファの右手を握ったり撫でたりしながら、顔を寄せて声を落とした。

「今晩、貴女を宿へ帰さなければ、相方さんが心配してしまいますか」

その声色からは、ここでル・リファが断ったなら、先ほどのキスと同じく何もなかったように宿へ帰らせようという意思が感じられた。

引き返すなら今だ。
いや、本来であれば決断には既に遅く、ここまで来て引き返せるというのが不思議ではあるのだが。

このベルトランという男は、慎重ではあるが遊び人の類なのは明らかで、朝になれば捨てられてもおかしくはない。
ル・リファは今まで、目的を果たすまではどんなにでも優く振舞うことができる彼らに食い物にされてきた。
それでも、ベルトランほど親切な人はいなかったけれど。

だからこそ、引き返すことができるのなら、このまま親切を受けて楽しかった思い出として宿へ帰った方が、明日から希望を胸に頑張れる気がする。
きっとそうした方が、いい。

……テテチタとは別の部屋だから、気にしなくて大丈夫ニャ」

ル・リファの右手がベルトランの口元に引き寄せられる。
手の甲への口づけを気恥ずかしそうに受け入れる女を見つめ、男が微笑んだ。

夜が更けていく。