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ふみかぜ@壁打ち
2025-10-14 19:21:35
3947文字
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【30年後ドラロナ】いつか髪を切る話【webオンリー再録】
『30年目のアンコール!!2nd』ありがとうございました!/展示小説再録(内容はクロスフォリオと同一)/ドがロの髪を散髪したり、未来に触れかけたりする話/ほのぼの、糖度は匂わせ程度です
「もしもしロナルドです。どーも、お疲れ様ですフクマさん
……
はい、はい、ええもう順調ですよ順調! これなら明日〆切でも全然オッケーな感じで
……
へ? いやいやそんな急に、フクマさんだって忙しいでしょう。
……
アッ本当にマジで大丈夫ですから! まだ推敲とか見直しとかやることいっぱいあるんで! ええ、はい
……
はい、明後日に。よろしくお願いします。ども、失礼しました。
――
あぁぁぁぁヤバいヤバいヤバい!」
編集との通話を終え、携帯を右手に握ったまま退治人ロナルドはダイニングのテーブルへ突っ伏した。壮年の終わりに差し掛かり、すっかり渋みのあるナイスミドルへ成熟した男が、二〇代の頃と何ひとつ変わらない悲鳴を情けなく上げている。風呂から上がって間もないために湿り気を帯びていた銀色の髪が、手で揉まれてぐちゃぐちゃにされていた。
「まーたフクマさんに見栄を張ったのかね」
キッチンでコップ類を洗いながら電話の様子を見聞きしていた吸血鬼ドラルクが、片眉一つ上げずに言った。カウンターの上で主人の手伝いをしていたアルマジロのジョンも、気持ち眉尻を下げてロナルドへ生温かい視線を送っている。
「年相応の余裕を見せようと取り繕ったところで自分の首を絞めるだけだろうに、学習しないなシルバーゴリラ森のアホ者ウホルド君は」
「うるせー死ね!」
ロナルドが投擲したボールペンの先が眼前に突っ込んできてドラルクが塵と化す。ジョンは涙した。
「
――
で? 実際の進捗はどうなのかね、ロナルド大先生」
「茶化すな殺すぞ。あー
……
」
ドラルクが淹れたアイスティーを飲んで少し冷静になった様子のロナルドが、決まり悪そうに視線を壁の方へ逸らす。
「大体のところはできてるんだよ。昨日の内に、戦闘シーンのクライマックスから決着まで書き切ったし」
「ほう」
「でもそっから力尽きて後始末の下りと締めの文がぜんっぜん思いつかなくて
……
このままじゃまた揚げ物にされるぅぅぅ!」
「テーブルの前でヘドバンするなお茶が零れるだろうが」
「ヌー
……
」
哀愁の声を上げるジョンと共に、五〇余りの青二才の奇行を眺めていたドラルクだが、やがて小さく息を吐いて助け船を出してやることにした。〆切間近のロナルドをおちょくるのは楽しいものの、コロッケ工場送りの巻き添えを食らうのは御免こうむりたい。
「そのまま悩んだところで、碌な案も浮かばんまま〆切を迎えるのがオチだろう。ここは一つ、気分転換でも如何かな?」
「気分転換?」
「うむ」
一歩近づき、椅子に座るロナルドのすぐ傍に立つ。骨張った指で彼の銀色の髪を一房摘まんだ吸血鬼は、虚を突かれたように瞬きする青い目を見て微笑んだ。
「おあつらえ向きに、伸びてきた髪があるじゃないか」
◇
開設してから三〇年余りの時を経て、ロナルド吸血鬼退治事務所には数多の物品が蓄積されていった。ロナルドが買ったり貰ったりしたものもあれば、ドラルクが持ち込んだもの、ジョンが方々から貢がれたもの等、由来は様々である。大掃除や資源ゴミの時に一部捨てることもあるが、大抵はそのままになることが多く、最早どうやって収納スペースへ収めているのかロナルド自身にも理解できずにいた。
そんな中、ドラルクがいつのまにやら買っていたのものがある。足置きと自動リクライニング機能が付いた椅子とか、全身をすっぽり覆うポリエステル製のケープとか、キャスター付きの鏡とかだ。
「よーし準備完了」
リビングで用意が整ったのを見て、ドラルクがハサミを片手で開閉させながら笑う。最近着るようになったモダンなベスト姿も相まって、ベテラン理容師に見えなくもない出で立ちだ。
「荷物運びご苦労だったな下人、」
「家主は俺だわ居候ザコ砂」
いつもの軽口を叩くドラルクを一発殴り殺してから、ロナルドは床に敷いたビニールシートの上に乗った。シート中央に置かれた椅子に座り、床を蹴った足の勢いで回転させて鏡と向き合う位置へ調整する。
被せられたケープから頭を出したところで、背後に立つドラルクが霧吹きでこちらの毛を水で濡らす。櫛がゆっくりと髪の間を通っていく感覚は、撫でるように動く細い指の感触と合わさり割と心地が良い。
「お客様、本日は如何いたしましょうかな?」
「あー
……
いつものでお願いします」
ふざけて演技がかった調子で尋ねるドラルクに引っ張られて、こちらも本当に客のように敬語で返す。尚、実際にカットしに行った時にロナルドは「いつもの」と言えた試しがない。お店の人に顔を覚えられてる自信があんまりないし、同じ店でも前回と違う人がカット担当だった時に通じる気がしなくて恐いからである。三〇年余り退治人をやって来てこの始末なので、常連ぶることができるのはドラルクと店ごっこをしている時くらいのものだ。
「ほうほう、いつもの。では半世紀前の野球部よろしく三分刈りということでブヘェー」
ハサミからバリカンへ持ち替えた吸血鬼クソ砂店員おじさんを、身を捩ったロナルドが肘打ちで殺す。
「店長さーん、チェンジお願いしていいっすかー、俺ジョンさんに切って貰いたいですー!」
「ヌァー!」
と、いつもの茶番を挟んでから、やっとまともな散髪が開始された。櫛で撫でつけられた髪にハサミが入り、小気味よい音を立てて切る音が響く。己の髪だったものがケープの上へ落ち、サーッと滑り下りていく光景をぼんやりと眺めるのは嫌いじゃない。
――
ロナルドが初めて、若い頃より髪型をさっぱりさせて理容室から帰ってきた時のことだ。項が剥き出しになるほど短い髪型になった自分を見たドラルクは、眉間に皺を寄せた何の感情ともつかない表情を浮かべてこう言ったのである。
『次からは私が切る』
この先も短くするなら頻度も増えるし家で切ったほうが節約になって君も嬉しいだろう、等とそれらしい言葉を並べ立てた時の吸血鬼は、クソ雑魚の癖に有無を言わせない迫力があった。圧についイラッとして一旦殺した上で、節約になるならと頷いたことは記憶に新しい。
「ところでロナ造、世紀末カットに興味あるかね?」
「モヒカンにしたら五億回殺すぞ。バリカン構えんな鏡で丸見えなんだよ死ね!」
「ファーーー椅子回転させんな髪が飛び散るだろうが!」
「テメェがふざけやがるせいだろクソ砂ァ!」
切る役の吸血鬼がたびたび悪ふざけに走るという、唯一にして致命的なデメリットはあるが。無料かつリラックスできる場所で散髪して貰えるというのは、ロナルドとしても悪くない。足下でビニールシートの上をせっせと掃除するジョンが何よりも可愛いし。終わった後はドラルクが決まって妙に上機嫌になるので、美味しいスイーツも出てくるのだ。
そんなこんなで合間に茶番が挟まりつつの三〇分後。
「
……
はい。終わったぞロナルド君」
そう言ったドラルクがケープを外し、肩から背中をブラシで軽く払う。ロナルドがすっきりとした項を擦りながら鏡を見ると、すっかり見慣れた己の短髪姿がそこにあった。
「まぁ、悪くねぇな。助かったぜドラ公」
「ではお会計は八〇〇〇円です」
「家賃払ってから言えや居候」
そんな軽口を叩きながら、使った道具をだらだらと片付け始める。一応は切って貰った手前(あとドラルクの貧弱さでは朝までに終わるか怪しいので)椅子や鏡などの諸々を収納スペースへ運ぶのはロナルドの役割だ。
「
……
ん」
鏡をキャスターで移動させ始めたロナルドの視界にふと、ジョンと共に小道具を片付けているドラルクの後ろ姿が映る。
光を透かさない真っ黒な髪。衣服のみならず、彼の項で一纏めにされて背中へ垂らされ、今や腰の近くまで伸びた毛髪も、三〇年前と比べて随分と様変わりしたものだ。
「そういえば、お前こそ髪とか切らねぇの?」
「はぁ?」
ロナルドの素朴な疑問に、振り返ったドラルクが怪訝そうな顔をする。
「まさか、自分も散髪したくなったとか言うまいな。私は嫌だぞ、腕の人かショットさんにしておきなさい」
「ちげーわ。ただ、随分伸ばしてると思って」
「ふむ
……
そうだなぁ」
肩に乗ったジョンの甲羅を撫でながら、思いを馳せるように吸血鬼が視線を巡らせる。
「まぁ私も二〇〇と三〇年は同じスタイルを貫いてきた訳だが、この完璧でインテリジェンスなドラちゃんが他のパターンを試さないのは世界の損失だろう? 暫くはこのニューアッセンブルな私でいくつもりさ」
「本っ当、呆れるほど無駄に溢れる自己肯定感だな
……
暫くってどれぐらいだよ、また二三〇年とかか?」
ロナルドとしては、相手の言葉を使って茶化しただけに過ぎない発言だった。
「
――
うむ。それも面白そうだ」
ところがドラルクは一拍の間を置いた後、何が面白いのか深い笑みを唇に浮かべ。
「また二三〇年経ったら、次のスタイルを決める前にロナ造へ髪を切らせてやるとしよう」
まるで明日の夕食を提案するような調子で、こちらの心臓をするりと撫でるような言葉を放つのである。
「へ、」
「さて、カップケーキでも作ろうかジョン。あとの片付けは任せたぞ若造」
「
……
は?」
ぽかんと呆けている合間に、ドラルクはジョンを連れて颯爽とキッチンへ移動してしまった。まんまと置いてけぼりとなったロナルドは硬直が解けた後、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまう。
「クソ砂ぁ
……
」
低い声で唸りながら立ち上がり、残された道具を片付けていく。せめて返事を聞いてから行け腰抜けクソザコ、と内心悪態を吐く退治人。彼もまた、今すぐキッチンへ突撃し話を混ぜっ返す勇気は持ち合わせていないので、結局お互い様なのだった。
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