魔法議論ミステリーADV「魔法少女ノ魔女裁判」 二次創作
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夏目アンアンは飽いていた。
一日中声を発さず、一人きりで部屋に塞ぎ込む、屍のような日々。それ自体は構わない。牢屋敷に来るまでのアンアンの生活と何一つ変わらない。
だが、決定的な違いがある。
娯楽がない。
少なくとも、アンアンの興味を惹かれるようなものは何も。
だからだろう。
「よかったら、おじさんと映画でもどうかな
……?」
佐伯ミリアの控えめな誘いに、こくりと頷いてしまったのは。
◆◆◆
エンドロールの最後の文字が、画面から消える。
「いやあ~怖かったねえ~
……」
ミリアが呆けたような声を吐き出した。元々持っていたのか、ハンカチで額の汗を拭き拭きする姿は、何故か場違いにもラーメン屋とおしぼりを連想させた。
一方アンアンはと言えば、目を見開き固まっている。その片手はミリアの袖をしっかと握りしめていた。
初めこそ隣にちょこんと座っているだけだったアンアンだが、今はミリアの膝上へ乗りあげんばかりの距離にいる。映画が進むにつれ、そしてアンアンの恐怖が蓄積するにつれてこうなった。自然の成り行きだった。
「あ、アンアンちゃーん? もう終わったよー
……大丈夫だよー
……」
ミリアが覗き込むようにしてアンアンを見つめる。ハッ、と思い出したかのように息を吐き、吸った。怖気という手に掴まれていた心臓がやっと解放されたかのようだった。
アンアンの手がようやくミリアの袖を手放し、スケッチブックをめくる。
『なんておぞましい映画だ』
「そうだねえ、おじさんもう震えちゃったよ
……!」
紙面に書かれる文字を目で追い、ミリアはうんうんと頷いた。密着していたからこそ、その言葉に嘘はないとわかる。ミリア自身も確かに怖がっていたのだ。正直アンアンは警戒心もあらわに、怖がるアンアンを見て嗤ってやろうだとかの意図も邪推していたが、どうやらそれとは無縁だったらしい。
(なぜわざわざ恐怖で己を追い詰めるような真似を
……)
アンアンの内心の疑問は、続くミリアの言葉で解消される。
「でも、すごかったなあ!」
──まるで大輪の花だった。
強張っていたはずの顔に、ぱあっと赤みがさし、瞳がきらりと瞬く。縮こまっていた蕾が朝露で目覚めるようにして、ミリアは極上の笑顔を見せた。アンアンが、思わず見惚れるほどの。
「おじさん特に好きなのがねぇ、ほら、あの階段のシーン! 画面の端からどんどん暗くなっていってさ、どこから来るんだろうな~わかんないな~ってところで、音がドォンって!」
ミリアは興奮冷めやらないといった具合に早口で重ねる。アンアンもそのシーンには覚えがあった。二人して同時に体を飛び上がらせたうえ、ミリアは「ひょわおう!?」なんて叫び声をあげていた。映画を見ている最中はミリアの反応に構うどころではなかったが
……。
「ふっ
……」
アンアンの口から笑みがこぼれる。ミリアの矢継ぎ早な感想に、一拍、沈黙が生まれた。
「ああっ、おじさんちょっと一人でしゃべりすぎちゃったかな!?」
慌てるミリアにアンアンは首を横に振って、再びペンを握った。
『きさまの』
『悲鳴が』
『おかしかったのを』
『思い出しただけだ』
声と比べて書き文字はもちろん時間がかかる。さらさらと書かれるアンアンの言葉を、ミリアは口を挟まずに待っていた。そうして書き終えれば、待ち時間を感じさせない滑らかさで言葉が続く。
「そんな変な声出してたっけ!? どんな
……ああいや、当てて見せようかな。ひゃうっ!とか?」
新たなミリアの悲鳴のラインナップに、アンアンはくすくす笑う。声を抑える必要はもうなかった。ミリアは、無理にアンアンを喋らせるような真似はしない。ただ、声を出したいと思ったときにだけ出せばそれでいい。
許されている。
アンアンは、ほっと息を吐く。
『ちがう、こうだ』
アンアンはペンを膝上に置く。小さく早鐘を打つ心臓を抑えて、ささやかに呟いた。
「ひゃおうぅっ
……!」
久々に出した声は我ながら酷いものだった。裏返っているし、ひび割れているし。アンアンの頬にじわじわと熱が溜まっていく。
ぱちり、と瞬きをしたミリアは確かに驚いたのだろう。けれども次の瞬間には、アンアンの恥じらいに気付いていないかのような素振りで話を続けた。
「ええ!? おじさん全然自分で気づいてなかったよぉ。参ったなあ~」
とぼけるミリアがアンアンの胸をあたためるから、居心地がよくてかなわない。頬が緩むアンアンにミリアはさらに言葉を繋げる。
「あっじゃあもしかしてあの後シーンでも叫んでた? 階段を登り切って────」
そこからも感想談議に華は咲き、気づけばアンアンはペンを手放していた。
「でもちょっと真相はいきなりじゃなかったかなぁ? あの資料どこから来たんだろ~?とか」
「ふん、莫迦め。中盤、あの裏切り者が入ってくる辺りで本棚が何度も映されていただろう」
「んん~
……? あああ、そっか! あの本棚の手が主人公のだったってことか!」
すぐ言葉を返せるのは、こんなにも楽しい。ミリアがアンアンの文字を待ってくれている時間も嫌いではなかったが、もどかしくはあった。時間差とともに、二人の心の隔たりもなくなったようだった。
「いやあ~、やっぱり誰かと映画を見るのっていいねえ。特にアンアンちゃんはさ、なんていうのかな、物語に慣れてるって感じ?」
「まあな。わがはいは小説なら
……こほっ」
乾いた咳が紛れ込む。普段は動かさない喉を酷使したせいか。考える前に緩み切った唇が開く。
「そろそろ【飲み物がほしい】ところだな」
ただのぼやきのはずだった。命令などでは、決して。
けれども、魔法はアンアンの願いに対して暴力的なまでに従順だ。
「あっ?」
ミリアは糸で天井から吊られたかのように姿勢よく立ち上がる。
アンアンの喉が引きつる。渇きではなく、恐怖によって。
「
……うん、わかった」
「あっ、ああ、ちが
……!」
輝いていたはずのミリアの瞳はビー玉に成り下がって、もうアンアンのことを見ない。
【今のなし】は無駄だ。アンアンは本当にやりたいのは、魔法をなくすことであって、魔法による洗脳の上書きではない。だからアンアンは外へ向かうミリアの背を見つめるしかなかった。
バタン。
死刑宣告よりも重い音を立てて扉が閉まった。
◆◆◆
「あれ? おじさんは、えーと
……」
娯楽室のテーブルに杯が置かれて、やっとミリアはミリアの意思を取り戻した。
記憶をなくしたわけではない。空咳をしたアンアンが飲み物を求めたからミリアは【納得して】取りに行った。それだけだ。だが、頭の隅が妙に疲れていた。普段使わない筋肉を使った後のような
……。
そこまで整理してから、ミリアははたと気づく。娯楽室のソファでアンアンがうずくまり、小刻みに震えていることに。
「アンアンちゃん!? えっ、ええと、映画思い出して怖くなっちゃった? おじさんが一人にしたから寂しくなっちゃった!?」
うろたえるミリアの声に、アンアンはゆっくりと顔を上げた。目元にはごまかせないほどに涙が溜まっていた。
「おじさんに話してごらん?!」
アンアンはのそのそとスケッチブックをめくる。
『わがはいと もう しゃべるな』
事前に書いていたのだろう。
アンアンの内心を表すように、震える線が頼りなく綴られていた。
「
……アンアンちゃん」
アンアンの魔法は洗脳。
全てを理解して、ミリアはそっとアンアンの背に手を添えた。ぽん、ぽんと、震えを慰める手つきで撫でる。
「アンアンちゃんは優しいねえ」
答える代わりに、アンアンの瞳から雫が零れた。
「どってことないよ、おじさんは。ちょっとお水取ってくるくらいさ。なんなら、ほら、運動しないと身体もなまっちゃうし! 全力ダッシュしなかったのが惜しいくらいだよ!」
ミリアの少しばかりズレた慰めに、それでもアンアンの悲壮な顔は変わらない。負けじとミリアは言葉を続ける。
「どってことないんだよ。
……でも、頭でわかっててもそれでも怖いってこと、あるよね。それもわかるんだ」
すん、とアンアンは鼻を鳴らす。ミリアはアンアンを優しいと言うが、そっくりそのまま相手に返してやりたかった。だが、ペンを手に取る気力がどうしてもわかなかった。
「書いておしゃべりしようよ。それか、おじさんが勝手に話すだけでもいいよ~? ああっ、それだとアンアンちゃんが退屈かな。映画を一緒に見るくらいならいいかなぁ~、なんて? はは、あはは
……」
乾いた笑いが娯楽室に響く。
残るのは、静寂。
アンアンが必要としていたはずのもの。そして、好んでいるわけではないもの。
「
……おじさん、独りはちょっと怖いんだ。でも“みんな”も怖くてさ」
その声でようやくアンアンはミリアと目を合わせた。ミリアの声もまたアンアンと同じく泣き出しそうだったからだ。
「だからさ! アンアンちゃんが嫌じゃなかったら、また、一緒にいたいなぁ
……?」
自信のなさをごまかすように不格好な笑み。消える語尾と、震え声。それでもアンアンの背を撫で続ける手のひら。
アンアンはわなわなと震える唇を噛みしめて、ペンに飛びついた。
『嫌なわけが』
『きさまはどうして』
『わがはいだって』
言葉の浮かぶままに文字が走る。激情が目頭を熱くする。落ちた涙で文字が滲む。ままならない。遅い。遅い、遅い、もどかしい!!
「わがはいだって同じ気持ちだ
……!」
息せき切ってアンアンは声を吐いた。泣き声にも似ていた。堪えきれなかった。せっかくの友人をこれ以上泣かせるわけにはいかなかった。涙を流しているのはアンアンの方だったが、アンアンの目にはミリアの泣き出しそうな顔しか見えていなかった。
けふっ、と再び咳が出る。ミリアが慌てて水を勧めた。
アンアンが持ってこさせた杯だ。アンアンは一息で己の罪を飲み干す。そうして、忌まわしい声を今一度発した。
「ミリア、すまない」
魔法を使ってしまって?
独りよがりに癇癪を起こして?
泣かせてしまって?
アンアン本人ですら明確に形作れていない、がむしゃらなまでに本心からの謝罪。ミリアはただ柔らかく微笑んだ。
「うん。いいよ」
ペンは放り出されたままだった。誰も拾わなかったし、それでよかった。
◆◆◆
夏目アンアンは満たされてしまった。
娯楽一つなく、誰とも言葉を交わさない、屍のような日々。牢屋敷の生活はアンアンがそう在るべきと自ら定めているものでもあった。しかし、心からそれに望んで殉じたいのかと問われれば、頷くのにはいささかのためらいが邪魔をするものでもあった。
そうして今となってはこの罰であるはずの日々すらも、どこか穏やかに繰り返される。娯楽も、誰かと交わす言葉も、ここには揃ってしまった。
────出たくない。
だからだろう。
「おじさん実はね───」
アンアンの本心を代弁するかのように、ミリアが滲ませたその瞬間。
「わがはいも────」
在るべからずの
変わらない日々に根を張りたくなってしまったのは。
◆◆審問開始◆◆
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