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ゆ~
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【30年後Δドラロナ】終わりの証明
マンネリ?になっちゃう30年後Δドラロナの話。
キスに慣れさせるのにどれほどの時を費やしたか、などというのはもはや些末な事だった。月日と共にロナルドの方から、ん、と唇を突き出してくるようになって、随分と経つ。
そう、三十年。ダンピールであるドラルクにとっては短くはない年月だ。それなのに、この不死者は今も尚、ドラルクの心を捉えたままでいる。
「ロナルド君」
「んー?」
指先でその顎先をすくい上げる。以前であればそんな恋人としてのあからさまな仕草にロナルドは面白いくらいに狼狽え、愛らしくその目を閉じて、ドラルクから齎される甘美な口付けを待ち、受け入れ、体を震わせていた。
それが
——
。
「あー、
……
今、そういう気分じゃない」
「えっ」
そうしてロナルドはドラルクの手をやんわり押し退け、あまつさえテレビのリモコンを手にとって明日の天気へと意識を向けてしまった。
「あの、ロナルド君?」
「
……
なに?」
受け答えこそしつつ、ロナルドは視線を向けようともしない。不死の吸血鬼にとって明日の天気など、雨だろうが嵐だろうがどうでもいいだろう。むしろ以前は大型台風の日に「死ねるかもしれない」などと言って飛び出すほどだったのに。
「
……
はーぁ
……
」
最近ロナルドは小さな溜息を吐くことが多く、その溜息はこの一週間で三八回目の溜息だ。ドラルクはロナルドの監視役なのでロナルドの変化をいち早く見抜き、把握しておかなければならない。決して、何となく気になって数えていたわけではない。
「
……
じゃあ、私仕事に行ってくるね」
「あー
……
うん、いってらっしゃい」
結局ロナルドはドラルクが家を出るまで一度として振り向かず、視線すら向けてはくれなかった。
出勤の身支度を整え家を出て、エレベーターを降り、日暮の残りが差し込むエントランスを抜けながら、思う。
これって、もしかしなくても、まさか。
「マンネリってやつじゃん?」
「マンネリだな」
「マンネリですね!」
「黙れ
……
次言ったら減給するからな
……
」
「ガチトーンやば〜ウケる」
相変わらずの変わり映えのない顔触れの揃った職場で、これまたあからさまに落ち込んだ様子で出勤した上司に群がった部下達は、自分たちから事情を聞いておいて呆れたように肩を竦めた。
「もう三十年でしょ〜。まぁマンネリっていうか、当たり前なんじゃね〜の?」
マナブの言う事も尤もである。三十年、という年月は決して短いものではない。けれど、ドラルクの中にある焦燥がどうにも解消できず、遂には部下に面白ネタとして弄られるほどにまでなってしまっていた。
「こ、このままじゃ、若い燕に執心しているおっさんに他ならない
……
」
「事実そうだろう」
「ロナルド君の方が年上なんだから事実は違うだろうが!」
「でも見た目は覆せないですよねぇ」
ドラルクはダンピールで、人間よりは長命であると言っても少しずつ年嵩を重ねていく。対してロナルドは違った。不死で、不老のロナルドは見目がほとんど変わらないまま、この三十年という時を過ごしている。
しかし、ロナルドも全く変わりが無いわけではない。三十年の月日は落ち着きと余裕をロナルドに齎しているようだった。
そう考えてみると、確かに最近に限った話ではなく、ロナルドにとってはとうの昔にドラルクとの生活はマンネリ化していたのかもしれない。
「
……
仕事に戻るよ。君らも巡回だけ忘れるんじゃないぞ」
「え? た、隊長?」
よろよろと立ち上がったドラルクは自身の隊長室へと入ると、それきり閉じこもってしまった。
執務机について思う。ドラルク自身も歳を重ねたし、いつまでもロナルドの監視係という肩書きを独占するためだけにここに居座り続けるわけにもいかない。部下達の昇進のことも考えなければならないし、実際のところ、父からはそろそろ現場を離れて本部へ来るようにと言われている
——
現場から簡単に離れるつもりは毛頭無かったが。
しかしそうなれば、ロナルドの処遇はどうなるだろうか。プライベートでは恋人同士でもあるが、そもそもロナルドの特別な扱いはドラルクが監視をするために施された措置がきっかけだった。監視ありきの関係である訳ではないが、スタート地点がそこである以上、もしもドラルクが本部付になれば、ロナルドの監視は新横浜署に所属する別の誰かが担えばいい、となるのが当然の流れと言える。
というか、これまでにドラルクが温めてきたこの席を狙っている者は幾らでもいるのだ。
「マンネリねぇ
……
」
更にその先のことを考える。自身が吸対に所属しているだとか、ロナルドの身元を手元に留めておくだとか、そんなことを考えていなければならないのは、きっと長くとも残り数十年のことだ。
三十年の間、頭の片隅でずっと考え続けていることを引っ張り出そうとして、しかし結局やめておいた。
「
……
はぁ」
ロナルドの溜め息がドラルクにもうつってしまったらしい。口から勝手に漏れ出るそれを留めることが出来ないで、ドラルクは椅子に背を預けた。
一方その頃、ロナルドはというと。
「ロナルド。お前、最近ドラルクに冷たくないか?」
「え゛っ
……
」
「何だ、その反応は」
「ヌンヌン」
「ジョンまでぇ
……
」
あの後吸対へは行かずギルドへと足を運んでいたロナルドは長らく付き合いのある、今やすっかりベテラン退治人になったヒナイチとジョンと、それぞれ巨大パフェをつついていた。そんな最中での一言に、声を詰まらせてしまう。
「
……
そんなに冷たく見えるか?」
「見えるぞ」
歯に衣着せぬ物言いをするのがヒナイチの美点だ。それは若い時分から衰えることがなく、いつだって的確に問題点を指摘してくる。
「聞いたことがあるぞ。マンネリってやつだろう」
「ヌンヌリ」
びし、と突きつけられた二つのスプーンの先端と言葉に、更にロナルドは怯んでしまった。
マンネリ。マンネリなんだろうかこれは。しかしロナルドもそんなつもりでドラルクと接している訳ではない。ここでの生活に飽きが来たとか思われているならそれは心外だった。
「そういうんじゃ、なくって」
「じゃあ何だと言うんだ。正直、同僚同士がそういう感じなのは仕事にも支障が出そうで困る。そうじゃないというなら何とかしてほしい」
「う、うう
……
ご、ごめん」
「というか、私たちにまで弱気だな。本当にどうしたんだ一体」
「
……
言ったらヒナイチは怒るもん」
「もんとか言うな。二百歳超えてるくせに。言いたいことはさっさと言え」
「ヌヌヌヌヌン、ヌンヌヌッヌ」
「じょ、ジョンもしかして怒ってる?」
「ヌヌッヌヌイヌ」
今日のヒナイチもジョンも一段と厳しい。怒っている訳ではないらしいが、二人ともいつもは弟扱いしてくるくせに
……
いや、これも弟扱いのうちの一つなのかもしれない。ロナルドよりもずっとずっと年下のヒナイチは、しかしもう少女ではなく貫禄すらある一人前の大人になっていた。
それはどこか、自分だけが取り残されたような心地をロナルドに与えてしまう。
「
……
なぁヒナイチ」
「うん?」
「あのさ
……
俺のこと」
「ストップ」
「えっ」
「それ以上は私に言うんじゃない。怒るぞ」
「何だよ! 言えって言ったじゃん!」
「そういうところは変わらないお前が悪い」
そう言われて、ロナルドは口端を引き絞った。だって、だって。
「仕方ねえじゃん
……
ドラ公とか、お前とかは変わっちゃうけど、俺だけ変われないんだから」
そう。ドラルクもヒナイチもこうして変わっていく。ロナルドはそうやって変わっていく二人や、周囲を見る度にどこか置いてけぼりにされているような心地になっていた。
皆、歳を取っていく。そうしていつか、きっと自分は
——
。
ドラルクの真似をして髪を伸ばしてみたところで、そんなものに意味はなかった。見目だけではない。
「本当は、ドラ公がもっと出世して本部とかに行けるのに、それを断ってるのだって、俺のせいだし」
ほんの少しだけ話題をズラしてロナルドは懸念していたことを口にしてみた。だがそれは直ぐに見破られてしまったらしい。
「
……
それはそういう風にドラルクから言われたのか?」
「
……
違ぇけど
……
」
「ならちゃんと話をするんだな」
「ヌンヌン」
ヒナイチは落ち着き払った様子で、ジョンも頷きながらぱくぱくとパフェを平らげていく。聞ければ苦労しない、と言いたかったが、ロナルドにも流石に分かっている。ドラルクが、自分に拘って出世の機会を棒に振っていることくらいは。
「俺があいつの人生めちゃくちゃにしちゃったことくらい、俺でも分かる
……
」
「自覚があるのか、成長したじゃないか」
「えーん! 何でお前今日そんなに辛辣なんだよ!」
「お前がドラルクにしていることだ。私もお前に思うところがあって、そうしている」
「お、思うところって
……
?」
赤い退治人が不敵な笑みを浮かべ、エメラルドの瞳をロナルドに向けてくる。口の周りがクリーム塗れでなければ、随分貫禄のある、堂々とした退治人に見えただろう。
「離れがたい相手ほど突き放してしまいたくなる」
「
……
ヒナイチ?」
「ほら、そろそろパトロールに行くぞ。どうせなら手伝っていけ」
ヒナイチは、颯爽と赤い帽子を頭に被り退治人服の裾を翻して立ち上がる。
「
……
なぁヒナイチ。やっぱりお前がさ」
「言うなと言っただろう。私はまだ退治人を辞めるつもりはないから、安心しろ」
まだって、どのくらい?
そう聞こうとして、けれどやっぱりそこまで聞くことは出来なかった。ジョンがぴょんとロナルドの頭に飛び乗ってきて、ヌシヌシと撫でてくれる。ジョンとヒナイチのその優しさに、ロナルドはほんの少し甘える気持ちになって、自身も席を立った。
こんな日に限って、ポンチ共は騒ぎを起こさず、敵性吸血鬼も都合よく現れてはくれなかった。ジョンも今日はギルドに泊まると行って着いてきてはくれなかった。
「
……
おかえり」
「
……
うん」
夜明け前、マンションの前でちょうどドラルクと出会して、一緒に部屋まで向かうことになってしまった。
「君もヒナイチ君とジョンと巡回してたんだってね。マナブ君たちから聞いたよ」
「あー、うん
……
吸対行かなくてごめん」
「今日は何事もなかったからね、構わないよ」
エレベーターの中、やけに優しいドラルクの声に、ぐっと甘えたくなる衝動を抑える。
マンネリなんてとんでもない。こうして、今でもドラルクにくっつきたくて堪らない。自分から意図して離れようとしていたのに、こんなザマだった。
チン、と音が鳴ってエレベーターが最上階に到着したことを告げる。先にドラルクが降りて、その後を続く。こんな風にここへ帰って来るのが当たり前になって、三十年。ふとそれについて改めて考え、意識して、今更のようにそう言う場所があることに安堵している自分にロナルドは気がついた。
ドラルクが玄関の鍵を開けて、ドアを開けて中に入る。少し広い玄関でドラルクが肩越しに振り返った。長く伸ばした黒髪がするんと肩から背に落ちる。
「おかえり、ロナルド君」
「た、だいま
……
ドラ公も、おかえり」
「ただいま」
お腹空いた? 何か食べてきた? とドラルクは柔い声で聞いてくる。それが一層ロナルドの中に溜め込まれたものを突いて刺激して来るから、堪らない。
「なぁ、ドラ公」
「うん?」
いつの間にかドラルクはスーツから着替えて、エプロンを身につけて食事の支度を始めようとしていた。なんてことはない、いつもの光景だ。
「
……
俺、お前と
……
」
別れなきゃいけない。だってお前死んじゃうんだろう、俺より先に。それを見るのはやっぱりちょっと、辛いっていうか
……
お前やヒナイチたちがいない新横なんて退屈だろうし、
……
ていうか、そう。飽きてきた。飽きちゃったから、ここでの生活。マンネリってやつ。吸血鬼が退屈なの嫌いなの知ってるだろ、お前なら。だから、もう俺はどっかに行くから。お前の人生めちゃくちゃにしてごめんな。今更ってのも分かるけど、でもまあ遅くはないだろ。今までありがとう。だから
——
「
……
え゛ーーん
……
」
「泣いちゃった⁉︎」
先送りにし続けたことに、いつか向き合わなければならないなら、早い方がいいと思ったのだ。たった三十年ぽっち。永く生きてきたロナルドの吸血鬼生を考えればたかだか三十年である。
けれど、こんなにもつらい。考えるだけで苦しくなる。ドラルクともジョンともヒナイチとも、新横の皆や仲間たちとずっとずっと一緒にいたい。自分はどこまで生きるんだろう。髪は伸ばせたけれど、歳は取ることが出来ない。死ぬことが出来ないって、いつまで? どこまで? 分からない。自分のことだというのに、ロナルドは分からなかった。分からなくなって、怖くなって、どうにかして欲しいのに、どうにもならないことをやっと受け入れた。けれどそれは恐ろしくて、仕方のない事だ。
呪いだ、こんなもの。俺が何をしたっていうんだ。
「わ、わがれ、だくな゛い
……
」
「ああもう急にどうしたんだね。
……
私と別れようとしたの?」
「う゛ん」
ドラルクが抱きしめてくれるのに、結局身を任せてしまっている。分かっていたことだ。この三十年でずっと、何度も言われ続けたし、態度でも示された。
「お、お゛前が、おれのこと、好き過ぎるがらぁ
……
」
「い、言うじゃないか
……
」
そうだけど、とドラルクは小さな声で言った。その声は、伝わっていることに安堵している声だった。伝わっているに決まっている。嫌でも分かってしまっていることだ。
「君も、随分私に入れ込んでくれているようだね」
「
……
俺、吸血鬼だもん」
ロナルドはずび、と鼻を啜ってそう言った。
吸血鬼は執着する生き物だ。だからこの街も、仲間も、ドラルクも、全て自分のものだ。それらはいつか、ロナルドの意思とは無関係に離れていってしまう。
「ねぇロナルド君」
「う゛
……
?」
「もう少し、私に時間をくれないかね」
「時間
……
?」
顔を上げ、久しぶりにドラルクの顔を直視した。ドラルクはダンピールだ。歳を取ったから、髪が伸びただけでなく、皺が増えた。前より一層食べる量も減った。
「もう少ししたら、私は本部に行くよ」
「
……
」
「それで、お父様の跡を継ぐ準備をしようと思うんだ」
ドラルクはこれからのことをポツポツと話をしていった。新横浜署を離れれば、現場での仕事はなくなってしまう。ダンピールとして全く現場に出ないわけにもいかないけれど、本部に行く以上はチームデルタも後任に引き継がなければならない。
「どのくらいで
……
?」
「うーんそうだな、五年以内には」
「
……
」
その頃にはきっとヒナイチも前線を退くだろう。ドラルクはきっとそこまで見越して、今こうして先の話をしている。
自分のように、自分のことばかり考えている訳ではない。ドラルクもヒナイチも命に限りがあるから、次のことを考えている。それに気がついてからロナルドも考えたのだ。自分の「次」のことを。
「だからさ」
「
……
うん」
「結婚しちゃおうか」
「
……
へ?」
「厳密に言うと、君が私を転化させるってことなんだけど」
「
…………
そ、そんなの、やだ」
それは違う、とロナルドは首を振った。それはただ、別れを先送りにしてしまうことに他ならない。そんなことをすれば、一層ロナルドはドラルクに執着してしまう。
しかしドラルクは尚も言い募った。ロナルドの頬を両の手で包み、視線を逸らさないようまっすぐに目を見る。
「お願いだよ。ロナルド君。私の人生をめちゃくちゃにした責任を取ってくれ。私は君が死ぬ方法を見つける努力を続けたいんだ」
「み、見つからなかったら
……
!」
「その時は
……
その時は私みたいに、観念してくれ」
「観念
……
?」
「私を好きになっちゃった時から、もう終わってたんだって」
今更逃れようなんて思わないでくれ、とドラルクは言葉を連ねた。
「だって、定命なのに君をこんなに好きになっちゃった私も、不死なのに私を好きになっちゃった君も、お互い様だ」
そうだろう、と笑うドラルクの声がほんの少し震えていた。声だけではない、頬を包んでいる手も真っ直ぐに見つめてくる金の瞳も。
「なぁ、ロナルド君」
「
……
」
「私に飽きた?」
「
……
そのうち、飽きるかもな」
このまま先延ばしにされれば、そういう日も来るのかもしれない。
すり、と額が擦り合わせられる。そうして鼻先が触れ合って、自然とキスをした。
「
……
また、ちゅーで誤魔化された
……
」
「これからも誤魔化し続けてあげるよ」
「ずりぃじゃん
……
いつか、誤魔化せなくなるくせに
……
」
「そうだね、誤魔化してあげられなくなるかもしれない」
ふは、と互いに笑う。笑うしか無かった。そうして二人は、いつか訪れるだろうものから目を背けるために、もう一度キスをした。
夜の訪れを告げるオレンジ色の残滓がカーテンの隙間から差し込まれ、その眩さが目元にかかったせいでドラルクは目を醒ました。
ベッドで上体を起こし、傍に視線を落とす。
傷ひとつない美しい肢体を丸め、銀髪をベッドに散らしたロナルドがそこにいる。赤らんだ目元は昨夜のままだった。
目の前にいる、悪魔の証明を体現した存在の柔い頬を撫でると、子どものようにむずがってドラルクに体を寄せてきた。その銀髪の一束を手に取って、ドラルクは祈るようにしてその毛束に口付けを落とす。
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