匣舟
2025-10-13 17:46:42
1816文字
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恋の始まりは誰も知らない

ショートショートの雷乱です
乱に恋をしていると自覚した雷の話

「ど、どうしよう……。」
 雷蔵はいつものように今日も例外なくまた悩み癖を発揮していた。でも、今日の悩みはいつもと違う種類の悩みだった。食堂のAランチかBランチにしようかという悩みでなく、この道を右に行こうか左に行こうかという悩みでもない。
 雷蔵が今悩んでいるのは、現在雷蔵の膝ですやすやと眠っている乱太郎をどうしようかという悩みであった。
 ことの発端は乱太郎とばったり廊下で出会ったことから始まる。どういうわけか自分の顔を借りている三郎か顔を借りられている本人である雷蔵か見分けることができるらしい乱太郎は、花が綻ぶような笑顔で雷蔵先輩、こんにちは!と話しかけてきてくれて、話の途中でどちらも委員会がないことが発覚し、こうして廊下の縁側でふたりで座って他愛のない話をしていたのだが、授業のことや委員会のことそしてふたりの級友たちのことなど様々なことを話している途中で雷蔵が気づいたときにはいつの間にか乱太郎の寝息が聞こえたのだ。
 放課後に乱太郎と昼寝をすることがあるときり丸から聞いていたが、どこでも寝れるんだな。と感心している自分がいつつ、このままにしておくわけにもいかなかった雷蔵はこうして乱太郎が起きるまで自分の膝を貸しているというわけなのだが
(本当に無防備というか、なんというか。)
 自分の膝で口を少し開けながら寝ている乱太郎の頬をツンツンと突いてみるけれど、彼がそれで起きることはなく代わりにん~。と言いながら口をもごもごさせたかと思えば、そのまままた寝息を立ててしまった。
 まあ、確かに廊下の縁側は程よく太陽の光が差しているから心地よい気温なんだろうけど、ここで寝るなんて無防備やしないかい。と思いながら、乱太郎の無防備さに雷蔵はため息を零し、寝ている彼のことを見つめる。
 髷が結えないほどの細くて癖っ毛のある赤茶色の珍しい髪色や、外でたくさん遊んだということが分かる目下のそばかす。こんなに近距離で乱太郎のことをまじまじと見れる機会なんてないからと自分に言い訳をして、彼のことをくまなく見つめた。
 自分のことを信用しているからこんなに無防備であることを分かっているつもりなのだが、どうにも雷蔵の心は自分のことが好きだから無防備でいてくれると解釈したいらしく、雷蔵の頭は色んな感情が混在していて、制御不能になっている。
 思えば、三郎と雷蔵の見分けがつくのも本当は自分のことが好きだからなんじゃないかと考えてしまったらもう自分の気持ちを抑えることはできなかった。ああ、どうして今、彼への恋心を自覚してしまったんだろう。
 自分の膝で心地よさそうに眠っている乱太郎の頬を撫でて、自分の顔を下げようとしてやめる。
 だめだ、そんなことをしては彼の信用を損なうことになる。となけなしの理性で雷蔵は踏みとどまった。こんなことになるならば、彼が眠ってしまう前に部屋へと帰してあげたら、寝ている彼を起こさないようにそっと運んだらよかった。
 自分の理性がなくなる前に彼を起こそうかと思って肩を掴んで揺すろうとした手は彷徨いながら行き場を失って結局、だらりと力なく着地したのは乱太郎の頬だった。
はあ、」
 乱太郎のもちもちとした頬を撫でながら早く自分の理性がなくなるまでに起きてくれと言う自分と、まだ彼の寝顔を見続けていたいから起きないでくれという正反対の自分がいて雷蔵は自分に苦笑いするしかなかった。
 雷蔵がこんなにも悩んでいる間も相変わらず悩みの種である乱太郎は心地よさそうに寝息を立てるばかりである。そんな彼を見て雷蔵は目尻を下げて困ったように笑って、ずるいな。と独り言を呟いた。
 きみが寝ている間もこんなにもきみへの思いが募っていくというのに。きみは何も知らずに寝ているなんて。ずるくて仕方がないけれど、でもそんなきみが好きだからどうしょうもない。
好きだよ、乱太郎。」
 すやすやと眠っている彼からの返答は当然ながらなく、雷蔵がぽつりと呟いた愛の告白は誰にも聞かれることなく空気に溶けて消えていく。起きた乱太郎の驚く顔を見たい気もするし、でも今の寝顔もずっと眺めていたい気がする。
 雷蔵は心の中で起きてほしいし、起きないでほしい。なんて矛盾した想いを募らせながら、乱太郎が起きてしまうまでの間ずうっと乱太郎の頬を撫でて、寝ている彼の寝顔を愛おしく見つめているのであった。