キャンプに行ってみたい、と言いだしたルタールステラに、クラークステラは思いっきり眉をひそめた。せっかくの夏休みにどこかに行かないかという話になったのはつい先日のこと。夏休みといっても幾日も国を開けるわけにはいかないしいざとなればすぐに城へ戻らなくてはいけないので、どこか近場でゆっくりしようかという話にはなったのだけれど。
「絶対絶対だめ。キャンプなんてすっっっっっごく危ないんだよ。変な虫や蛇に噛まれたらどうするの?」
クラークの言葉にルタールは首を傾げる。そんな生き物、この双子星の国にいただろうか。それからキャンプの恐ろしさを延々と語り始める弟を、口を閉ざしてじっと見る。曰く、薄っぺらいテントでは完全に外気を防げない。故に熱中症や冷えによる風邪の可能性が高まる。寝袋はたいして寝心地も良くないし外の音だって気になるから睡眠不足による体調不良も予想される。もしかしたら野生動物が夜中に襲い掛かってくるかもしれないし、流れ星が落ちてくるかもしれない。雨が降ったら大変だし雷が鳴ったらもっと大変だし。そもそもキャンプ場なんてお城の近くにはないのだから移動手段も考えなくてはいけない。車を運転していくのは良いけれど通常のタイヤでは無理だから準備に時間がかかる。湖の近くのキャンプ場では水害の恐れがあるし国境のキャンプ場は人気すぎて人が多くくつろげない。たいていのキャンプ場は足元が悪いからいつもの靴では行けない。それからそれから。
「…そっか。せっかくだからクラとふたりっきりで自然を満喫したかったんだけどな。昔みたいに広い夜空を眺めたりしたいなって思って…」
話が一瞬途切れたタイミングで極力残念そうな声色を出してみれば、弟は急に黙りこくる。クラークの瞳の揺らぎを認めたルタールは彼の耳元で優しい声を出した。
「ねえ知ってる?焚火でマシュマロをあぶると、とっ…ても美味しいんだって。とろって溶けて、甘くって」
「………」
「ハンモックでゆらゆら揺れてのんびりするのもいいよね。飯盒でご飯を炊いて…そうだ、かまどでホットケーキも作ってみたいな」
「………」
「この間ウィルメッシュくんに聞いたんだけど、森には癒し効果もあるらしいよ。森林浴って言うんだって。最近忙しかったし、クラとリラックスできたら嬉しいな」
「……分かった、行こう。キャンプ」
「本当?嬉しい」
クラークは早々に降参する。確か国のはずれにコテージがあった。テントの中に兄を寝かせるのは抵抗があるけれど、室内であればいいだろう。そこまで道も悪くなかったから、車もそのままで行けそうだ。焚火ぐらいなら多分できるはず、と彼が思っていると、ルタールは「そうだ」と手を叩く。
「せっかくだから昔主たちとキャンプをした場所に行かない?夜、4人で並んで星を眺めたでしょう?またあそこに行きたいな」
「えっ…」
クラークはその提案に固まる。だってあそこには何の宿泊施設もない。ただの森だ。道だって悪かったはず。過去に主と一緒に行ったときはまわりに大人がたくさん警護のためについていてくれて、4人が寝たらササッとお城に運んでくれて。そんな風に甘やかされた『キャンプもどき』だったのだ。幼いころから騎士をしていて子どもらしい遊びをなかなかできなかった双子のための、ほんの少しのプレゼントだった。
「ルタあれは…」
「楽しかったよね、あの時。覚えてる?特別な星座をたくさん作ってさ。確か大きな木があって、そうだ。小川もあったよね。またあんな風に過ごせたら幸せだな」
「………」
ルタールの笑顔にクラークは固まる。どうする?今からあそこにコテージでも建設する?いや流石に間に合わない。プレハブ小屋ぐらいなら何とか?でも果たしてそれはキャンプといえるんだろうか。
「楽しみだな、夏休み。素敵な時間にしようね」
そう言って手を取られれば「うん」と答えるほかはなかった。
☆☆☆
ルタールはぽかんと目の前にある大きな塊を見る。ちょうどワゴン車とトラックの中間のような形の乗り物の表面には、歯車や星があしらわれている。
「クラ、これって…」
「キャンピングカー。中には簡易キッチンもトイレもシャワーもついてるし、ベッドもテーブルもついてる。天井はサンルーフになってるから、中から星空が見られるよ」
見せたいものがある、と弟が車庫にルタールを連れてきたのは、夏休みがはじまった日だった。最近夜遅くまで何かを作っていると思ったら、これだったのか。
「これならテントで起こるリスクも最小限になるし、移動も簡単にできる。タイヤはもちろん、車体自体も頑丈に作ってあるし、収納力もばっちり。いつもの占いセットも持ち込めるから安心だよ」
えっへん、とばかりに胸を張る弟にルタールは笑みをこぼす。時々突拍子もないことをする弟だけれど、その技術と行動力は確かなものなのだ。
「ありがとうクラ!凄いね、中に入ってみて良い?」
「もちろん。僕、荷物を運んでくるね」
クラークはそう言うと昨日のうちに準備しておいた荷物を手に取る。寝袋やテントは不要なので、向こうで使うタープや簡易チェア、ランタンなどが主な荷物だ。あとは焚火用の道具や食材を入れたクーラーボックス、着替えや洗面小物類をどんどん積んでいく。
次々運び込まれてくる荷物に、ルタールは目を瞬かせる。
「こんなにいるかなあ?一泊でしょ?」
「念のためだよ。そのために収納もいっぱいつけてるから、大丈夫」
大きな救急箱に非常食、雨具、サーキュレーター、目覚まし時計、金平糖、お気に入りの本、ブランケット。気づけばキャンピングカーの内部は馴染みのあるアイテムでいっぱいになっていた。
「あとは…何か必要なもの、まだあるかな」
「もう十分だよ。それより早く行こうよ。ね」
ルタールが促せばようやくクラークは運転席に乗り込む。当然のように助手席に座ったルタールは、わくわくした気持ちで前を見た。大好きな恋人とのふたりきりの夏休み。
良い日になりますように、と心の中で願っているうちにエンジン音がした。
☆☆☆
到着後すぐにクラークは車外に複数種類の忌避剤を散布する。地面に危険なものがないか凹凸がないかをじっくり確認してから、ようやくルタールの下車を許可した。
「そこのキャンピングチェアに座っていて。今タープを準備するから」
てきぱきと準備をする弟を見ながら、ルタールはのんびりと周りを見渡す。双子星の国ではやや珍しい緑色と茶色があちこちに散らばっていて別の国に来たような気持ちを覚える。それでも空を見上げれば薔薇色雲が浮かんでいて、ここは間違いなく自分が大切にしている国だと思う。
「ルタ、絵でも描く?いつものスケッチセットも持ってきてるよ」
タープを張ったと思ったらハンモックを設置し、サクサクとかまどを作り始めた弟に、ルタールは苦笑する。何時間も運転してきたのに、本当に元気だ。
「あとででいいよ。クラもゆっくりして」
ね、と笑いかければ「でもコーヒーを淹れたいから」と彼はせっせと持参してきたレンガを組んでいる。折り畳みテーブルの上にはいつかシエロモートが時計を直したお礼にとくれたとっておきのコーヒー豆が置いてあった。キャンピングカーには簡易キッチンがあったけれどな、とルタールは思いながら、けれど口には出さない。あれだけキャンプに反対していた弟だけれど、こういった遊びが好きなことは十分に分かっている。小さなころは主と一緒にお城のお庭に本格的な秘密基地を作ったりもしていたし、普段彼が過ごすお城には、落とし穴やら隠し扉やらの仕掛けもたくさん作ってある。「防犯のため」だとか「主に付き合って」だとかの言い訳をするけれど、その実楽しんでいることは分かっているのだ。
早々にかまどを完成させたクラークは、キャンピングカーからミネラルウォーターのボトルとケトルを取り出し、コーヒー豆を挽き始める。瑞々しい草の香りにコーヒーの香りが入り混じって、ルタールは思わず深呼吸をした。やっぱりキャンプに来てよかった、と彼は思う。
クラークが丁寧にドリップしてくれたコーヒーは、ほど良く苦くて美味しかった。「美味しい」とルタールが言えばクラークは「良かった」と笑って——けれど彼には苦すぎたのだろう。早々に砂糖と粉末状のミルクを大量に入れている。せっかちなきらいがあるクラークはこの後に作る予定の夕ご飯(「キャンプといえばカレーってクロードくんが言ってた」とルタールが言ったのでその予定)についてあれこれ話し始める。ご飯は何合ぐらい炊こうか?スパイスもたくさん持ってきたけれど何をどのぐらい使う?クロードにもらったらっきょうもあるけど、僕は食べないからね。
「少しのんびりしようよ」
くすくす笑ってルタールはハイバックタイプのキャンピングチェアに身体をもたせかける。足も伸ばせるぐらいの大きなキャンピングチェアも、どうやら弟の手作りのようだった。
思えばここのところは書類に追われていたせいか、緑がいっぱいの景色を見るのも久しぶりだった。木々の合間を抜ける風が気持ちいい。ようやくクラークもくつろぐ気になったのか、まろやかな色味に変わったマグカップを傾けて、ほう、とため息をついた。
「やっぱり来てよかった。ねえクラ、良い夏休みだね」
「うん」
頷いたクラークは、心地よさそうに目を閉じる。葉擦れの音がして、どこかで鳥の鳴き声がする。そこに交じるかまどからの燃焼音が心地よい。嬉しくなって歌を歌えば、兄が重唱してくれる。
時計の音も歯車の音も聞こえない空間は、ほんもののふたりぼっちの世界のようだった。
☆☆☆
「え、セックスしないの?」
夕飯を綺麗に食べ終えてデザートにマシュマロを焼いて、外を片付けて、キャンピングカーのベッドの準備をしているときだった。ルタールはぱちぱちと目を瞬かせる。食欲も満たされたし楽しい時間を過ごしたし、そうなれば夜はふたりで…と思ったのだけれど。
「…し、しないよ…?だってここ外だし…」
「外かなあ?でも家と変わらなくない?」
固い壁をコンコンと叩いてみれば、クラークは「でも」と弱気な声を出す。
「天井があって壁があって窓があって床があって…。普通のおうちみたいだよ?カーテンを閉めれば外からは見えないし」
「…う…うーん…いや、でも…」
「そのためにシャワーをつけたんじゃないの?」
「違うよ!ね、もう寝よう。ずっと外にいて疲れたと思うし…」
そそくさとベッドに身体を横たえるクラークに、ルタールはぴたりと身体を寄せる。
「クラ…」
「…そんな声出しても駄目なものは駄目!明日、お城に帰ってからにしよう!ねっ!ほら、お星様も見えるよ!ねっ!」
ルーフトップを指さすクラークに、ルタールは口をとがらせる。せっかくの夏休みなのに、と思いながら、けれど弟が指をさした先には、美しい星が広がっていた。
「綺麗…」
「でしょ?」
懐かしいな、とルタールは星空を見ながら思う。そうだ、こうやって子どものころ、主とクラークと4人で並んで星を見たんだ。
「クラは俺の望みを、何でも叶えてくれるね」
そう呟けば、クラークは目を瞬かせた。
「そう…かな?そんなことはないような気もするけど…」
「ううん。全部叶ってるよ」
そう、とクラークは小さく相槌を打つ。「そんなことはない」と言ったのは、兄の本当の望みを叶えていないという自覚があるからだった。兄の望みは、変わらぬ日々を続けることで、それは終わりまで辿り着かないと、叶ったかどうかなんてわからない。今日まで変わらない日々を続けたところで、明日何かが変わってしまったらそれは叶わなかったという結論になってしまうのだ。
「ありがとう、クラ。明日の朝はホットケーキを焼くから、楽しみにしていてね。ミュンナがくれたとっておきの小麦粉があるんだ」
ルタールはそう言ってクラークの頬にキスをする。弟はかすかに笑って、それから幾分もしないうちに寝息を立て始めた。夜遅くまで準備をしていて疲れたんだろうな、とルタールはその寝顔を見つめる。
外の音が聞こえないその空間はちっぽけな入れ物のようだ、とルタールは思う。明日の朝にホットケーキを頬張る弟の顔を想像して、けれど、このまま夜が明けなければいい、と彼は薄っすら思った。
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