aka
2025-10-13 15:25:06
2460文字
Public decn夢
 

🌸にhrmtが酔っ払って唇に愛情のキスをされるところ


 彼女と同じ家で暮らし始めてから二年が経つけれど、俺は彼女が酒で酔っているところをこれまで一度も見たことが無かった。ひとつ屋根の下で暮らしているとはいえ、組織を抜けた俺が潜伏生活をするための目くらましとして用意された偽装結婚という関係性で、俺と彼女は悲しいかな色っぽい関係ではない。そう、悲しいかな、だ。彼女は俺にとって命の恩人であり、心の支えであり、誰にも代えのきかない唯一無二の特別なひと。彼女の方も俺のことを特別に思ってくれている。それはきっと自惚れじゃない。けれど、その感情が俺と同じように甘やかな熱を孕んでいるのかどうかは分からない。
 綺麗で、優秀で、強くてかっこいい彼女には隙が少ない。隙が無いわけじゃないけれど、そこを詰めようとすればいつだってクールに躱されてしまう。今の俺たちに恋愛を楽しんでいる暇なんて無い事はわかっているけど、そんな理屈で人の感情を抑え込むことが出来ていたら痴情のもつれなんて起こったりはしないわけで……何を言いたいのかと言えば、俺は今彼女との危ういバランスを崩しかねない大問題に直面しているのだ。

「ほら、玄関だから靴脱いで」
 赤い顔をした彼女は、俺に肩を貸されたまま覚束ない足取りで玄関で靴を脱ぐ。いつもであれば揃えられて置かれる靴は乱暴に脱ぎっぱなしで、つま先が方々を向いていた。それに構わず彼女を引き摺るようにリビングまで歩かせて、ソファにそっと座らせる。ぼすん、と座った彼女は背もたれに背中を預け、くたりと力が抜けているようだった。
 彼女は酒を飲まないわけじゃない。晩酌に付き合って缶ビールを一缶空けたりもするけれど、この家で友人たちが集まって飲んだ時も彼女はひとり少し離れた場所に座ってグラス一杯だけで終わらせる。飲めないわけでも無いのだろうけど、酔っぱらった姿を見たのは今日が初めてだった。職場での飲み会は殆ど断っていると言っていたけど、今日はどうやら無下にできない上司に誘われたようで断り切れなかった、と帰りの車の中でふわふわした口調で言っていた。タクシーではなく、俺の番号に「迎えに来てもらえませんか」と連絡が来たのは素直に嬉しい。彼女が俺を頼ってくれるなんてこと、滅多にないからちょっとにやけてしまうくらい嬉しい。でも、こんなにベロベロに酔っぱらってしまっているなんて思わなかった。
「水、飲める?」
 グラスに冷えた水を入れてソファに戻ると、彼女は今にも眠ってしまいそうにとろりと緩んだ目をしていた。アルコールで赤らんだ頬に、少し乱れた前髪から覗く濡れたような黒い瞳。受け取ったグラスからこくりこくりと水を飲む唇はリップの色とは関係なしに赤く色づいていて視線が吸い寄せられてしまう。あーなんだこれ、思春期の学生じゃあるまいし。早くなる鼓動から目を逸らす。
「シャワーはちょっと心配だから明日にするとして、せめてジャケットだけ脱ごうか」
 彼女の手からグラスを取り上げると、彼女は素直に頷いて羽織っていたスーツのジャケットを脱ぐ。こくんと頷く俺よりひとつ年上の彼女がたまらなく可愛い。俺は二年もよく我慢しているよ、と自分への慰めの言葉を内心でかけながらジャケットを預かり、ひとまずダイニングチェアの背に掛けてからソファに戻ると、赤い顔をした彼女はワイシャツのボタンを外し始めていて俺は慌てて彼女の手を握り止めた。
「待って待って、それはまずい」
「んー……暑いです」
 こういう時まで敬語なんだなと現実逃避をしそうになるけれど、大きくはだけられてしまったシャツから覗く少し火照った膨らみと装飾の殆ど無いシンプルなブラのデザインはしっかりと目に焼き付いてしまった。思っていたより大きかった。いや、待て、俺の理性負けないで。
 胸元まで外されたシャツのボタンを、俺は理性を総動員させて閉じてゆく。彼女はそれを拒むでもなく、ただとろんとした目で俺を見上げていて、何を思ったかアルコールでいつもより高い体温の掌が俺の頬に触れる。なに、と問おうとした唇が熱く柔らかいもので塞がれて、思考が停止した。
「ん……ひろ、みつ」
 ちゅ、ちゅ、と湿った音と強いアルコールの香り。そして掠れたような、今まで聞いたことの無い声で彼女が俺の名を呼ぶのを聞いて、あっという間にタガが外れる。鍛えられた彼女の体を強く抱き寄せて向かい合わせに膝に乗せれば彼女の両手は俺の頭に触れる。くしゃり、と髪を掻きまわされ角度を変える熱い唇に、頭が真っ白になるような激しい衝動に抗えず噛みつくように応えた。捻じ込まれる舌の熱さに、火傷したかのように舌先がじわりと痺れる。絡めとり、柔い舌腹を押し付け合うと濃いアルコールの味と香りに眩暈を起こしそうになった。
 もっと、もっと深く味わいたい。足りない。全然、こんなんじゃ足りない。俺を繋ぎ止めていた理性の糸が、じりじりと音を立てて解れていくのがわかった。
 離れてゆく赤く濡れた唇を追って更に深く塞ぐ。彼女の熱い掌が俺の髪を掻き分けて地肌に触れた途端、じくりと体が熱くなったのがわかった。もう、自分で自分を止められなくなる。彼女の指先が俺の耳の縁をなぞる、首筋に触れる。わざと濡れた音を立てて唇を離した俺が、彼女の首筋に顔を埋めた時だった。
 くたり、と彼女の全身から力が抜けた。ずしりとかけられる筋肉質な彼女の全体重。
……あ゙ーーーーーーーー!」
 大きな舌打ちと獣の唸り声にも似た低い声がリビングに響く。力の抜けた彼女の体を押し返せば、くたりと俺の腕の中で意識を手放した彼女が寝息を立てていた。
「マジで……ほんっとに……このまま襲っても許されるんじゃないか!?」
 腹の底から憎々しげな声を発するけれど、そんなこと出来やしないのだ。

 すっかり寝落ちた彼女をベッドまで運んでから冷たいシャワーを頭から浴びて無理やり眠った。この夜、誰よりも褒められるべき男は間違いなく俺だった。
 ……そんな称号、本当は全然嬉しくないんだけど。