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花月ゆき
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ゆる赤安ドロライ
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第20回お題「孤独」
両片想いの赤安。周囲が二人の関係に色々気づきはじめます。諸々捏造しています。
雨の降る夜は、世界にひとり取り残されたような気持ちになる。
降谷にとってそれは、落ち着ける時間でもあるし、ほんの少し寂しさを感じる時間でもある。今の気持ちは、どちらかといえば後者だ。
台風が近づいていた。首都圏は予報円の外にあるが、雨風の強さは台風の影響を思わせる。営業はしているものの、喫茶ポアロの来客もいつもより少なかった。閉店まであと二時間を切る頃。店に残っていた最後の客が帰ってゆく。店員も自分ひとりだったので、店の中には自分ひとりとなってしまった。雨も風も強くなる一方である。これ以上、来客はないだろう。
降谷は店の掃除をしたり、新作メニューを考えたりしながら、静かな時間を過ごした。そして迎えた閉店時間。降谷が店を出ると、道路を挟んだ向かい側に、怪しげな黒色の車が停まっているのを見つけた。あれは自分たちが今追いかけている、組織の中堅に位置する人間の車ではないのか。
車の窓からわずかに顔が見える。間違いなさそうだ。黒色の車はすぐに発車し、降谷は愛車でその車を追いかけた。
結果的に、組織の人間が拠点としている場所を新たにひとつ、降谷は突き止めることができた。車から降りたのは二人で、ビルの中へと入って行く。しばらく経つとビルの二階に灯りが灯った。降谷はビルから少しだけ離れた場所にある倉庫へと向かった。
屋外に設置されている非常階段を上れば、ちょうどビルの二階の様子を見ることができる。
降谷は非常階段で二階へと上り、身体を伏せた。位置的に、身体を伏せてしまえば向こうから見えることはない。
しかし屋根がないので、上へ行く階段の隙間から冷たい雨粒が容赦なく降り注ぐ。先日、ゲリラ豪雨のせいで風邪を引いたばかりだというのに、このままではまた風邪を引いてしまうかもしれない。ゲリラ豪雨に台風に、どうやら最近の気候には恵まれていないようだ。
組織の人間はビルの中で、複数のアタッシュケースを台車に乗せた。すぐに二階の灯りが消えたので、用事はこのアタッシュケースを取りにくることだったのだと理解する。降谷はすぐにスマホで上層部にメッセージを送った。車のナンバーも伝えたので、追跡する車も間もなく配備されるに違いない。
降谷は息を潜めて、組織の人間の様子を窺った。しばらくすると、二人が再び地上に姿を現す。黒色の車に乗り込み、走り出すのを見届けてから、降谷は車が発車したことを記したメッセージを送った。
あとは上層部の指示を待とう。降谷が非常階段を降りようとしたとき、激しい金属音とともに、ぐらりと足元が大きく揺れるのを感じた。咄嗟に手すりに手を伸ばすが、その手すりが真っ二つに割れて、降谷の腕を傷つける。痛みに顔を歪めながら、降谷は地上に向かって飛び降りた。
老朽化していたせいで崩れ落ちたのだろう。一階から二階にかけての階段がぷらぷらと浮いている。もし組織の人間がビルの中にいる間に階段が崩れていたら、異変に気づかれていたかもしれない。腕に怪我を負ったのは不運だったが、こちらの存在に気づかれなかったのは実に幸運だった。
幸い怪我も大したものではなさそうだ。少し深く傷が入っている箇所はありそうだが、おそらく縫うほどではない。しかし、ただの擦過傷といえど、痛みはそれなりにある。降谷は周囲を見渡し、倉庫の隣に屋外用の水道があるのを見つけた。
小さな屋根の下に、蛇口が三つ並んでいる。雨宿りも兼ねて、降谷はそこへ移動することにした。蛇口を捻り、傷口を水で洗い流す。老朽化した金属部分に触れたのだ。早く消毒もしたほうがいいだろう。だが、今ここに傷を手当てできるようなものはない。
雨の音と水の流れてゆく音を聞きながら、降谷は息を吐いた。周囲には誰もおらず、闇が拡がり、ひどく静かだ。自分は本当にこの世界で生きている人間なのか
――
底知れぬ恐怖が胸をざわつかせる。
もし運悪く、もっと上の階まで上っていたら
――
自分は意識もなくこの雨の中にひとり倒れていたに違いない。
地面に倒れている自分の身体に、この冷たい雨が強く打ちつけるのを想像して、降谷の身体に震えが走った。と同時に、雨に濡れた身体の冷たさを自覚してしまい、くしゃみが出てしまう。
スマホのバイブ音が鳴り、降谷は怪我をしていない方の手でスマホを取り出した。発信者は“赤井秀一”だ。降谷は震える手で、応答ボタンを押した。
「
……
はい」
『降谷君、君の方は無事か?』
赤井の声に、降谷はゆっくりと瞬きをする。
「
……
」
無事です、と告げるべきなのに、思ったように声が出なかった。
『降谷君?』
「
……
実は、腕を怪我してしまいました」
『すぐにそちらへ向かう』
赤井の切羽詰まったような声に、降谷は「しまった」と思う。自分が大怪我をしたと赤井は勘違いしてしまったかもしれない。
「あ、赤井! 別に大したことはな
――
」
降谷がすべて言い終えぬうちに、通話は切れてしまった。
降谷は自分で自分のことがよくわからなくなってしまった。ただひとつ確かなことは、自分の心の中に、赤井にここへ来てほしいという願望があったことだ。
自分が怪我をしていると言えば、赤井がここに来てくれるかもしれない。そんな期待を抱いてしまった。
まるで子どもの頃に戻ってしまったように、赤井の関心を自分に向けさせようとしてしまったのだ。
再度、スマホのバイブ音が鳴る。赤井からの電話かと一瞬期待したが、上層部からの通知だった。
車を追跡するグループの他、ビル内の調査のためにこちらに向かっているグループもいるらしい。もう間もなく、赤井もここに辿り着くだろう。
赤井の到着を待つ間、雨は止み、どこからともなく虫の鳴き声が聞こえはじめた。静寂が少しずつ綻びはじめてゆく。
降谷が想像していたよりも早く、赤色のマスタングが目の前に止まった。赤井はすぐに車を降りてこちらに近づいてくる。
いったいどこから調達してきたのか。赤井の手には救急ボックスがあった。
小さな屋根の下に、大人の男がふたり。一瞬、まるで相合傘のようだと降谷は思った。
「骨は折れているか」
「
……
いいえ」
「よかった」
赤井は一言だけそう呟くと、懐中電灯をそばに置いて、救急ボックスを開く。しばし暗闇の中にいたので、懐中電灯の光が目に眩しい。その光は、降谷の腕の傷をはっきりと浮かび上がらせた。自分が思っていたよりも、痛々しい様相をしている。
赤井は実に手慣れた様子で、消毒綿を腕に押し当てた。痛みに耐性があるとはいえ、傷口に消毒液が触れるとそれなりに痛い。
「
……
ッ」
思わず小さな声を上げる。すると、赤井の優しい声が降りてきた。
「痛いだろうが、少し我慢してくれ」
まるで、小さな子どもに言い聞かせるような声。普段の自分ならば、「子ども扱いしないでください」と言い返していたかもしれない。しかし降谷は、こくりと頷くことしかできなかった。
遠くからいくつもの音が聞こえてきて、車が複数台こちらに近づいてくるのがわかった。他のメンバーが到着したのだろう。赤井がここに到着してから随分と時間が経っている。この時間差が、赤井がどれだけ急いでここへ向かったのかを物語っているような気がして、降谷は胸が熱くなるのを感じた。
あたりに散らばる水溜まりを、車のタイヤが幾重も踏みつけてゆく。あんなに静かだったこの場所が、急に賑やかになってきた。
周囲に車が次から次へと止まり、車から自分の仲間たちが降りてくる。
自分が怪我を負ったことを、赤井が報告していたのだろう。「降谷さん、大丈夫ですか?!」と次から次へと声をかけられる。ひとつひとつに「大丈夫だ」と返事をしながら、皆の視線が赤井に集まっていることに降谷は気がついた。
赤井は降谷の腕の消毒を終えたあと、塗り薬を丁寧に塗りはじめた。普段の赤井からは想像もつかないほど、優しい手つきをしている。くすぐったい。
ただ手当てを受けているだけだというのに、降谷は急に恥ずかしくなってきた。
珍しいものでも見るように、周囲に人が集まって来る。
「赤井、あの
……
僕たち、みんなに見られています」
「そうか」
赤井はまったく気にしていないようだ。
今の赤井は、降谷の傷を手当てすることだけに集中している。まるで自分が赤井を独り占めしているようで、降谷は胸がどきりとした。
「それより顔が赤いようだが、まさかまた風邪を引いたのかな」
「あ、いや、これは、その
……
」
周囲がさらにざわつく。赤井はいったい何ということを言うのだろうか。そもそも平熱だし、顔が赤いのは別の理由だ。
「服も随分と濡れているようだな。これが済んだら着替えたほうがいい」
「そ、そうですね
……
」
「ひとりで着替えられそうか?」
降谷は思わずその場で飛び跳ねそうになった。
周囲から色めき立ったような声が聞こえてくる。
腕の状態を見てそう言ったのだろうが、これではまるで、降谷がひとりで着替えられなければ、赤井が手伝うと言っているようなものだ。
自分たちが着替えを手伝えるような仲なのだと、明らかに勘違いされてしまっている。このまま自分たちの様子を見られていてはまずい。
降谷は大きく息を吸い込んで、この場にいる全員に聞こえるよう大きな声を上げた。
「こちらのことは気にせず、ビル内の調査を!」
降谷の指示に、我に返った仲間たちがビルへと駆けてゆく。
皆が去ったあと、降谷は赤井に返事をした。
「
……
ひとりで、できます」
冷たい雨とは対照的に、頬がとても熱かった。
その日からというもの、赤井と自分を見る周囲の目がすっかり変わってしまった。
何かとんでもない誤解をされているような気がした。
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