水樹
2025-10-12 22:07:41
3020文字
Public
 

きみのそばへ、かえらせて

スグアオ/sgao
暗いというか地獄というか
人を選ぶ内容だと思います

 思う存分、旅をした。見たことない景色を、きみにも見せたい景色を、たくさん見てきた。……あーあ。写真、撮れたらよかったな。きみと一緒に、見たかったなあ。
 ……そういえば、そろそろオモテ祭りの時期かな。きみは、帰ってきているかな。
 …………会いたい、なあ……



 思いたったら即行動! の精神は今でも変わらず、「スグリに会いたい」って気持ちひとつだけで、キタカミの里まで来てしまった。会えるかどうかなんて、わからないくせに。
 田んぼではウパー達がはしゃいでいて、その上をヤンヤンマが飛び交っている。それを横目に進んでいけば、すっかり見慣れた看板がお出迎え。公民館も桃沢商店も変わらない。ゆったりとした時間が、ここでは流れている。

……ここも、変わんないね」

 スグリとゼイユの家。もとい、ユキノシタさんとヒエさんのお家。たしか縁側……って言うんだっけ。そこでユキノシタさんがこくり、こくりと舟をこいでいた。今日はとってもいい天気だから、その気持ち、わかるなあ。
 そっと近寄り、隣に座る。スグリってユキノシタさんに似てるよね。ひげ生やしたら、こんな感じになるのかな。おじいちゃんになったスグリ、ちょっと見てみたいかも。なんてね。

 ……さて。ここにスグリはいないみたいだし、そろそろ違う場所に行こう。ここじゃないとすると、アップルヒルズかな。キタカミセンターかも。それとも恐れ穴? ……ふふ。ちょっと看板巡りを思い出しちゃうな。

「おじいさん、おじいさん。起きてくださいな。体を痛めてしまいますよ」
……ん。……ああ、誰かおるのかと思えば、ばあさんだったか」
「あら。まるで違う誰かがいたような言い方ですねえ。スグリちゃんはまだお手伝いから帰ってきていませんから、わたし以外誰もいやしませんよ」
……そうか」



 アップルヒルズにスグリはいなかった。くるんと引き返してキタカミセンターに向かってもよかったんだけど、看板巡りを思い出したせいもあって、ともっこプラザへと向かう。

「あれ? 看板が増えてる」

 目の前にあるのは間違いなく、スグリとツーショットを撮った看板。その隣に、比較的新しい、同じ形のものがあった。なるほど。書き換えるだけじゃなくて、残すことにしたんだ。元はオーガポンのお面を盗んでしまった悪い子だとはいえ、キタカミの里では長い間、村を守った存在としてたわけだもんね。じゃなきゃ募金してまで像の再建なんてしないだろうし。

……もう、ずいぶん前のことみたい」

 スグリと写真を撮ったことも。隠し事をしてけんかしてしまったことも。ともっこが復活したり、モモワロウ騒動が起こったことも。年月にすればたかだか数年くらいで、初めてポケモンをもらうまでの間には、まだ足りないはずなのに。……きっとそれだけ、いろんな経験をしたってことなんだろうけど。

「スグリ……

 ああ。今。すごく。
 きみに、会いたい。



 アップルヒルズとスイリョクタウンを抜けて、舞出山道を進む。もしかしたらすれ違うかもとゆっくり移動していたせいで、日は傾いてきていた。

「はやくはやくー!」
「ま、まってよぉ」

 じんべえ姿にお面をつけた小さな二人組が、隣を駆け抜けていく。お友達かな。それとも姉弟? ……ふふ。なんだかゼイユとスグリみたい。
 そうこうしているうちに、祭囃子が聞こえてきた。見上げれば、提灯の明かりが空をほんのり染め上げている。
 慣れないせったで上った階段。次第に近づく喧騒。ソースの香り。笑い声。上りきったそこには、懐かしさを感じる変わらない景色。……ああそうだ。わたし、お面つけてなかったな。

……別にいいか」

 必ずつけなければいけないわけでもないし。今のわたしには、きっと必要ないものだし。
 人混みを抜け、キタカミセンター近くの看板へ向かう。ここにも、新しいものが隣に建てられていた。一つ目と違って、内容はそんなに大きくは書き換えられていなかったけれど。

……ここで、オーガポンと会ったんだよね」

 この先の階段で、彼女のお面を拾った。それが、はじまりだった。今はもう、思い出として話すことができるけど、当時はかなり苦しかったな。本当のこと、話したくて、話せなくて。
 でも。
 きっとやり直すことができたとしても、わたしはきみに、このことを隠すのだろう。隠して、拗れて、けんかして、全力でぶつかって、仲直りするのだろう。それが、わたしたちだと思うから。



…………あ、おい……?」
「!」
「や、アオイなわけ、ねえか。だって、だってアオイは……
……

 会いたかった。
 会いたかった。
 すごくすごく、会いたかった。
 ああ、ずいぶんとかっこよくなっちゃって。もうぐんと見上げなくちゃ、目線が合わないね。髪、切ったんだね。よく似合ってる。首も手もごつごつしてて、すっかり男の人だね。でも、そのお月さまみたいな瞳は、全然変わってない。きらきらしてて、とてもきれいなまんまだ。
 泣きそうなくらい、かっこよくてきれいなひと。
 わたしの、好きなひと。
 好きだって、言えなかったひと。

……スグリ」
「もしかしてほんとうに、アオイ、なの?」
「そうだよ。わたし、アオイ」
「いや、でも、まさか」
「スグリ、会いたかった」
……都合のいい、夢? いや、夢でもいい。アオイ。あの……おれ、俺。ずっときみに、言いたかったことが……っ!?」

 だめだよスグリ。その顔はだめ。そんな顔されたらわたし、どこにも行けなくなる。
 背伸びして、手をのばす。頬に触れてみようとしても、その感触はない。それどころかわたしの手は、スグリの顔を、体をすり抜けていく。
 そうだよね。
 だってわたし。



 ……とっくの昔に、死んでるんだもの。



 事故、だった。
 エリアゼロ調査の人手が足りなくて、特別にわたしも加わった。途中までは、順調そのものだった。だからかな。みんなどこか、油断してたのかも。飛んでくるパラドックスポケモンの技に気づくのが遅れた人がいて、生身でそれを庇い、受けてしまった。
 それからのことはよく覚えてないんだけど、気がついたら、ママもネモもペパーもボタンも、いろんな人が真っ黒な服を着て泣いていた。それでわかっちゃった。わたし、死んじゃったんだって。
 軽くなった体は案外すいすい動いて、どこへでも行けた。神様がくれたチャンスだと思ったから、行きたいところ、どこにでも行った。……ただ、ポケモンたちも友だちも、誰もいないのが寂しかった。
 それと、このチャンスはどうやら有限だったみたいで。なんとなくだけど少しずつ、終わりが近づいてる気がしていた。

 そろそろ、帰るべき場所に、帰らなくちゃ。でも、最後の最期に、きみに会いたいと思ってしまった。たましいの一部だけだとしても、きみに預けたいと。きみのそばにいたいと、思ってしまったの。……そんなこと、できるはずもないのにね。
 触れられない口づけを贈って、精いっぱいの笑みを浮かべる。きみの記憶に残るなら、一番きれいでかわいい笑顔がいいもん。

「さよなら、スグリ。わたし、きみが好きだったよ」

 ……ああ、やっと言えた。この言葉だけは。この気持ちだけは。
 きみの、そばへ。