地獄の行路を往く(近+藤)

藤堂の見舞いをする近藤局長の話。少しサンソンと弾正。あるいはついったでも喋っていた幻肢痛に苛まれる藤堂の話。

 医務室を訪ねるのはどういうわけか気が進まなかった。なぜかといえば、先に召喚されていた仲間たちに「医療班には逆らってはいけない」とさんざん忠告されたからだろう。たしかに最初に世話になったときには、瀕死で来いと云い放つ医神とすぐ患部を切り離そうとする看護婦の形相は恐ろしいものだったので得心はいった。しかし今回は誰かに役目を譲ってやろうという気にはなれなくて、せめて医師たちの機嫌が良ければいいと願っていた。
 近藤は医務室の札が『在室中』となっているのを確かめ、気を引き締めるために息をついた。ノックをしようと、荷を持っていないほうの拳を掲げる。
 と、ちょうどがんと勢いよく内側から開けられて外出する人物と衝突する。近藤の胸板に顔面を突っ込ませた弾正は、鼻を押さえて忌々しそうに長身の近藤を見上げた。
「なんだ勇ちゃんか。出入口でぼやっと突っ立ってんじゃないわよ、邪魔」
「すまない、弾正」
「じゃ、安静にするようによく云っといてよ。てゆうか、鎮静剤でも麻酔でもなんでもいいから、きっちり寝かしといてあげて」
 弾正は近藤ではなく、医務室の方を向いて手を振った。椅子に座っている医師は人あたりのいい微笑みを浮かべて、検討しておきます、と当たり障りのない挨拶をした。
 横に退いた近藤の脇を通り過ぎるとき、視線が合わぬまま、弾正はぽつりとこぼす。
「憐憫で来たならさっさと帰ったほうがいいわよ。ま、仲良しこよしが大好きなおまえはどうせあいつのこと放っておけないんだろうけどさ」
 弾正は振り向かずに立ち去っていく。赤と白の派手な出で立ちの女が真っ白な廊下の角を曲がっていくのを近藤が見送っていると、医務室から遠慮がちに声をかけられた。
「あのう。ご用件がおありでは?」
……ああ。差し入れだ。平助に会えまいか?」
 入室して後ろ手に扉を押しながら、近藤は持っていたビニル袋を掲げた。医神でも婦長でもない医師は、ああ、と得心がいった顔をする。
「ムッシュウ・藤堂平助ですね。発熱もあるようなので奥の部屋で休んでいます。……弾正も云っていましたが、いま彼はとても不安定な状態です。面会されてもいつも通りの話ができるかどうかは」
 近藤はただ頷いた。百も承知だった。だから、みなで押しかけようとする新選組の面々を抑えて、護衛についていくと云いつのる土方を拳で云い聞かせて、近藤は一人で見舞いに行くことにした。
 事情を知っているのか知らぬのか――医師は困ったように笑んで、机に立てかけていたタブレット端末を取った。いくつか操作し、ここに面会記録のサインを、と近藤に差し出す。
 利用者名を書いて、近藤は責任者欄からこの医者がサンソンという名であることを知った。
 サンソンはタブレット端末を机に置いて云った。
「面会時間は十分です。先にも云いましたが、意識の混濁もみられますから、あまり刺激しないように頼みます」
「ええ、もちろんです」
 近藤は礼を云うと、差し入れを手に奥の部屋のドアをノックした。返事はなかったが、息をつめて踏み込む。
「平助、具合はどうだ?」
 白っぽい印象の室内は、清潔そうな薬草の匂いが染みついていた。ベッドは両脇にふたつあり、片方にだけカーテンが引かれている。近藤はそっとカーテンを開けてみる。整えられていただろうベッドはいまは皺が寄って、掛け布団が蹴られたように剥がされていた。
 藤堂は一臨の服のまま丸く縮むように横たわっていた。見た目の上では機械の腕と脚は不足なくくっついているようだ。薄ら暗い眼でおっくうそうに近藤を見上げ、唇がもごもごと動いた。
……最悪です」
「そうか。飲み物を頂いてきたのだが。食欲があるなら粥か、」
「チョコアイスがいいです」
 間髪入れずに要求されたものがまさに想像通りで近藤は微苦笑する。下げていたビニル袋からチョコのカップアイスを出してテーブルに置くと、のろりと重そうに藤堂は身を起こした。癖っ毛の後頭部は四方八方に潰されたような寝癖がついている。腰かけたときの素足は床につかないままぶら下がっていた。
 ビニルでコーティングされている蓋を開けようとして力が入らず苦戦している様子を見かねて、近藤は手を出して破いてやった。いつもであれば、こんな手伝いをしようものなら「僕は成人した大人です」とへそを曲げることうけあいだったが、藤堂はむっと眉を寄せたまま左腕を右の爪でかき、右脚も堪えられなくなったらしく行儀悪く立膝になってがりがりと引っかいている。
 現界にあたって弾正と藤堂が造り変えたという義肢には、血が通っていない。むろん、死した英霊である身が構成するのは魔術的なエーテルだが、よくできたつくりものらしく負傷すれば血が流れ激痛が走り行動に支障が出る。ただ、藤堂のそれは砲弾と刃物仕込みの、機械仕掛けの鋼鉄製。生身のように血があふれるはずもない。
 けれども、ときおり、義肢は動作不良を起こす。まるで怪我を負ったときのように。こと切れた藤堂の身体が、斬り刻まれたときのように。魔力で繋いだ神経が痛痒を訴え出す。
 近藤にはどうしてやることもできないものだった。不具合の調整には先刻のように弾正が呼び出されたが、根本的な解決にはならない――アヴェンジャーの性質が悪さをしてなのか、手足を失っているがゆえの精神的なものなのかは、サンプルの少なさから測りかねているのだと弾正から聞き出したことがあった。少なくとも、過去に発症したのは藤堂のみらしかった。
 藤堂はぼうっと虚ろなままにカップアイスを舐めるように口にしていたが、突然にテーブルに叩きつけ、身体を抱え込むようにうずくまった。スプーンがかちゃん、と床に落ちた。首を落ち込ませて腕の関節を何度も、何度も、かきむしる。
「う、うう……
「冷えたのかもしれない。ほら、上掛けをかぶるといい」
 掛け布団を引っ張って肩からかぶせてやると、舌打ちをして払い落された。近藤は布団を拾い上げてたたんでおく。藤堂は肩を震わせながら苛々と悪態をついた。
「暑い」
「ああ」
「熱いんだよ!」
「ああ。熱があると聞いた。弾正の云う通り、横になって眠るといい」
「わかったような口をきいてんじゃない!」
 どん、と鉄の拳がストレートに飛んでくる。胸板に当たったがいつもの勢いに比べれば弱々しすぎて体幹のいい近藤はびくともしなかった。藤堂の白すぎる顔色が絶望的に歪む。
「クソッ、ああ、あぁ……
 近藤は藤堂のらしくない荒れた態度にも咎めようとはしないでいた。黙ってスプーンとカップアイスを拾い、ほとんど減っていなかったカップアイスは冷凍室に入れる。落ち着いたころに食べてくれればよかった。
 それから、もともと小さな身体を丸めてうずくまっている藤堂の隣に腰かけて、腕の中にすっぽりと収まってしまう背中を抱き寄せてみる。熱があるらしいのに冷え切っている背中をさすってやれば、拳が腹や胸にぶつけられる。繰り返し、繰り返し。決壊したようにあふれだす苛立ちの行き先を求めてむやみやたらと近藤を殴りながら、だんだんと嗚咽が混ざった。
 藤堂には、どれだけ憎悪を向けられてもいいと近藤は思っている。アヴェンジャーとして召喚された彼に、近藤は負い目がある。日頃みなの前では抑え込んでいる復讐心をあらわに、恨みつらみを誹り吐き捨て、一方的に殴り、脇目もふらず泣いて喚いて、それで藤堂の気が一時晴れるならば。
 丸まった背中から後頭部のしわくちゃな髪を撫でると、汗で湿ったような匂いがする。
「平助」
「うるさい、うるさいっ! おまえなんか嫌いだ、憎いんだよ! なんで、なんでいまさら、おまえが僕を、みんなみんな殺したくせに……!」
「ああ。その通りだ、平助。俺は罪を背負っているとも。忘れてなどいない。いまも痛むのだろう。つらいだろう。すまない。俺が不甲斐ないばかりに。おまえにこんなものを背負わせて」
「ううう……クソがぁ、なんで、僕ばかりこんな目に……おまえのせいで、僕は、こんな……
 鋼の腕に傷がつくのではないかという力で藤堂はがりがりと爪を立てる。近藤は、その爪を自分に突き出して、傷をつけるように指示してしまえば楽になるのかもしれないと考えながら、彼の痛苦を剥ぎ取ってやる気にはなれないでいた。こうしてやればいいと教え込み、命令に従わせるやりかたは、過去に藤堂を救えなかった以上もはや求めることはできなかった。
「ひぐっ、あ、ああ、近藤さん、僕のことなど捨て置いてください。僕は、あなたを裏切った、あなたを刺したのに!」
 近藤は抱き込む力を込める。胸元をしとどに濡らしながら、痛くて痛くてたまらないのだと藤堂は蚊の鳴くような声で叫んだ。
「見捨てるわけがないとも。平助、おまえも私の大切な友人なのだから」



 サンソンが声をかけにきて、しぃ、と近藤は指をさす。
 近藤の膝に頭を預けて藤堂は眠り込んでいる。サンソンは瞠目して、一瞬表に引っ込み今度は熱い濡れ手拭いを持って現れた。赤く泣き腫らしている目元をぬぐってやると、むずがるようにに呻いたが、それが苦しそうなものでないことに近藤は胸を撫で下ろす。
 ふたたびふたりきりとなった。
 藤堂の義腕を撫でてやりながら、近藤は彼の赤く生温い地獄が少しでもやわらいでいくことを祈っていた。