仕事を終えて家に帰ってから急ぎのメールに気がつき、俺はそれに対応したあと報告がてら逢さんに連絡を取った。すぐに了解と返信があり、そしてそのメッセージの最後に『今、電話できるか?』と書いてあって、俺は文字を打つより先に電話をかけた。
「もしもし、お疲れ様です、逢さん」
『ふ、由鶴こそ、お疲れ様』
「? どうしました?」
『いや、返信を送ってすぐに電話が来たから、嬉しくて』
「あ……すみません、勢いのままかけてしまって」
『嬉しい、と言っただろう。さっき連絡をもらった件については問題ない。時間外に対応させて悪いな、明日昼休みを長めに取って相殺してくれ』
「わかりました。逢さん、もうお家ですか?」
『ああ。夕方に事務所を出た後、顔合わせをして直帰だったからな。今日は早めに夕食を済ませてゆっくりしていたところだ。由鶴は?』
「俺はさっき帰ってきたところです。夕飯、何食べようかな」
『さっき? ……残業の申請、早めに出しておけよ』
「あ。……後で、きちんと出します。もう、逢さん、確認するの早いです……」
『上司として当然だ。とはいえ、まずは食事を取れ。何か作るなら、もう切るか』
「え、待って、……まだ、話してたいです。ちゃんとごはんも食べるから、切らないで」
『……今日は何を食べるんだ?』
逢さんが話を続けてくれたことにほっとして、俺はソファーから立ち上がりキッチンへ向かった。今日はどこにも寄らずに帰ってきたからあるもので済ませないといけない。と言っても冷蔵庫を開ければお肉も野菜も買い置きがたくさんあるし、いざという時のためにカップ麺なんかも買ってある。逢さんと電話しながらそんなもの食べたら怒られてしまうだろうから、今日はちゃんと作るけれど。
冷蔵庫の中身を見ながら思いつく料理をいくつか言っていれば、電話の向こうで逢さんが『聞いてたら腹が減ってくる』と笑った。逢さんが夕飯がまだだったら、お家に作りにいったのにな。
「逢さんは何が食べたいですか?」
『俺じゃなくおまえの食べたいものを選べ』
「今度逢さんのために作るので、今日はその練習にします。だから逢さんの食べたいものを教えて?」
『……カボチャグラタン』
「うん、いいですね。他には?」
『ポトフと、由鶴の作ってくれる生姜焼き』
「……会いたいな」
『ふ、ああ、そうだな?』
「……よし、じゃあごはん作ります。逢さん、まだ時間大丈夫ですか? 何かやることがあったら俺はもう」
『まだ、話してたい』
「……うん、俺も。作ってる間、スピーカーにしますね。うるさかったらすみません」
『よそ見して怪我をしないよう気をつけろよ』
「はい、逢さんに心配させるわけにはいきませんから」
電話が繋がったままのスマホを棚に置き、逢さんと話しながらどんどん料理を進めていく。逢さんの部屋にお邪魔している時でも料理中にこんなに話すことはないから新鮮だ。大好きな人のことを考えながら作る料理は、それがたとえ自分が食べるものだとしても楽しくて、一人きりの部屋の中で表情はずっと緩んだままだった。
「よし、できましたよ、逢さん」
『お疲れ。うまそうな音をこれだけ聞かされたのに食べられないのが残念だ』
「本当に。こんなにいい匂いも逢さんには届かないなんて」
『やめろ、腹が減る』
「ふふ、それじゃあいただきます。……ん〜、美味しくできた! 逢さん、次のご飯は楽しみにしててくださいね」
『明日の予定は?』
「あははっ。夜は空いてます、お邪魔してもいいですか?」
『ぜひ。……あ』
「ん? どうかしましたか?」
『由鶴、ちょっとだけ外を見られるか?』
「外?」
リラックスした声だったから急いではいないだろうと判断し、カボチャを一口追加してもぐもぐと食べてから、立ち上がってカーテンを開けた。見上げた夜空はいつもと同じように見える。
『今日は月が明るい。おまえの部屋からも見えるかな』
「月……あ、いた。なんとかギリギリ見えるところに。……ほんとだ、明るいですね」
『中秋の名月はもう過ぎたんだったか。それでも、この時期は月が綺麗だな』
「そうですね。……逢さん、もう一回」
『ん?』
「月、綺麗ですよね?」
『……ああ。……愛してるよ、由鶴』
「っ! ち、ちが、くないですけど、そうじゃなくて……!」
『ふ、ほら、もう月はいいから、夕食を進めろ。中断させて悪かったな』
声だけで笑っているのが分かるから、俺は拗ねたふりで「逢さんのいじわる」となじり、テーブルに戻って食べ途中の食事に手をつけた。逢さんは電話の向こうでくすくすと楽しそうに笑い、『悪かったよ』と少しも悪く思ってなさそうな甘い声で謝る。見なくてもわかる、いま、絶対に可愛い顔をしてるでしょう。
会いたいなぁという思いがため息になって溢れてしまい、逢さんが『本当に怒ってるのか?』と少し不安が滲む声で言った。
「……怒ってないです。今すぐ逢さんに会いたくなって、困ってるんです」
『……終電、まだあるか?』
「え。……行っていいんですか?」
『月を見ながら一杯やろうと思ってた。由鶴が面倒じゃなければ、来てほしい』
「行きます。あ、ごはん……持っていってそっちで食べてもいいですか?」
『一口くれるなら』
「ふふ、はい、もちろん」
残業で終電がなくなったわけでも、一緒に夕飯を食べるわけでもない。平日に逢さんの家に泊まるのに適した理由は、今日はないけど。
月が綺麗だから。それだけで、恋人の家に行くための理由には十分だろう。
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