義姉はとにかく家事全般が苦手な人だった。勿論、長く一人暮らしをしていたから、全くできないというわけではなかったが、まずそういったこと自体が億劫なようで、洗濯物も食器もゴミも溜めがちだし、掃除や整頓といった細々としたことを後回しにしがちだった。
そんな彼女であったので、料理も右に倣えだった。基本的には買ってきたパンにチーズ、燻製か酢漬けか干物の魚、といった具合で、作るとすれば簡単なスープを数日分まとめて…という形で日々の食事を済ませていた。
とはいえ、俺が義姉に引き取られる前の食事といえば、辛うじて塩味のする汁に、野菜屑や麦の欠片が浮いた代物(更に『トッピング』として、海賊どもが吐き出した噛み煙草や、虫やネズミの死骸が入っていることもよくあった)であったので、何ら不満はなかった。
むしろ最初は、自分の前に並べられた食べ物を本当に食べていいのか疑ってかかっていたし、慣れてきてからもどの程度食べればいいのか分からず、とにかく出されたものを全て詰め込んで、腹を壊したことも一度や二度ではない。
国の設置した税関に務める専門職である以上、ある程度の収入が保証されていたという面は大きかったが、そもそも毎日同じメニューであっても、リムサ・ロミンサの住民の中では食事に金を掛けている家庭であるとは言えた。何せ一般的な家庭では、カビの生えた堅いパンを腐りかけの魚が入ったスープに付けて食べている――というのが日常なのだから。
それに比べれば、少し煮詰まり過ぎただけのスープと保存食の魚を(更に言えば、たまにパンやチーズにカビが生えるか生えないかというくらいで)、やっかいになっている身で日々食べられていたというのはとてつもなく恵まれた身分だとはっきり言える。
まあだからこそ、幼い頃周囲からの風当たりはそこそこ強かったのだが、まさかそれで『自分の食事を粗末にしてくれ』などと言えば、確実に一悶着起きただろう。何せ彼女は、一度引き取ると決めた相手のことを悪く扱うような人ではなかったので。
さておき、そんな調子であったから、姉が料理を進んで行うことはあまりなかった。だが、そんな彼女がごくたまにきちんと作る料理が一つだけあった。
マトンシチューだ。
幼い頃の俺はそれがとても好きで――その味そのものも勿論好きだったが、何より、いつもは長く居ない調理場に立ち、くつくつと音を立てる鍋を真剣な顔で見つめる姉が、こちらの視線に気付いて手招きしてくれ、『味見』と悪戯でもするような悪い顔で笑って、鍋の中の肉片を少しばかり掬って食べさせてくれる、そういった全てが嬉しく幸福で――何が食べたい? と問われれば、よく強請ったものだった。
そういった日々はもう随分遠くなってしまったし、俺はもう子どもどころか結構な大人になってしまった。それに旅をするうちに、好ましい食べ物も、高級な食べ物も、ややコメントに困る珍味も、誰かが心を込めて作ってくれた食事も――色々と口にする機会ができて、マトンシチューだけが心に残る料理だというわけではなくなった。
それでも今もなお、心の中の一際明るい場所に置かれている料理であることは間違いなく、そしてたびたび作る家庭料理でもあるのだ、マトンシチューは。
マトンシチューを作るための材料はさして多くない。そして材料も、特別なものは何もない(例えば一羽丸ごとのマグレカナールだったり、年代物のワインだったり、東方伝来の貴重なスパイスだったり、希少種の果実などは一切使わないので安心だ)。
必要なのは複数種の根菜、身近な香辛料、羊肉、水に塩。あれば白ワイン。
根菜類は身近なものでいい。例えは今日は、マーケットで安値だったクルザスカロット、ワイルドオニオン、ポポトが主体で、捨て値だったボタンマッシュルームも少し入れてみることにする。パースニップやターニップもよく合うのでおすすめだし、カロットやオニオンやポポトの種類は問わない。正直、トマトやオーガパンプキンなんかを入れなければいいんじゃないだろうか。さすがにトマトを入れるとトマト煮込みになってしまうし、パンプキンを入れるとパンプキンシチューになってしまうので。
実際姉も、野菜についてはありもので作っていたという記憶が強い。カロットとオニオンは大抵入っていた気がするが、確かパプリカが入っていて不思議に思ったこともあったし、安かったのかターニップばかり入っていた時もあった。好きな野菜(できれば根菜)を入れればいいのだと思う。
これらは根や葉を落としてから土や泥が残らないようによく洗い、皮を剥く。特に葉の根元付近は土がこびりついていることが多いので、小さなナイフで丁寧に刮ぐようにして、キノコは清潔な布で拭いて――この作業は結構好きだ。無心になってずっとやっていられる。ポポトだけは放っておくと変色するので、皮を剥いたら水につけておくといいかもしれない。
切り落としたオニオンの芽や剥いた皮はすぐ別のことに使うので、捨てずに一旦脇に置いておく(今日は使わないカロットの葉も、別の日にスープや炒め物にしても良いし、素揚げするとちょっとしたチップスのようになって美味しいので、取っておくのを勧める)。
次に香辛料だが、これも身近なものでいい。今回はガーリック、ローレル、タイム、ハイランドパセリを準備したけれど、ブラックペッパーやクローブでもいいし、リーキがあるのならもっと最高だ。そして言うまでもなく、もっと種類が少なくても構わない。ただ、羊肉はやや匂いが強いので、量だけは多めに用意した方がいいとは思う。
姉のレシピではパセリを主に使っていて、今回もハイランドパセリが最も量が多い。けれど、外で食べるシチューはブラックペッパーが効いていたり、もっと複雑な香りがしたりもするので、好きな香辛料を多めに選ぶと恐らく外れがない。
パセリは枝と葉に分けて葉を刻み、ガーリックは皮を剥いて、香りを出すために半分くらいに割っておく。ローレルやタイムはパセリの枝と共に紐で括っておくとあとで取り出しやすい。
さて、ここからは一工夫。鍋に先程剥いた野菜の皮と香辛料(パセリの枝、オニオンの芽、タイムにローリエ、ガーリック)を入れて水を注ぎ、塩を少し入れて火にかける。火はカンカンに焚かないで、ぐつぐつ煮えるくらいに調整する。
野菜の皮からは良い味のブロスができる。そして野菜のブロスは肉の旨味を引き出す力があるから、シチューもより美味しくなる、というわけだ。出先では丁寧な調理などしている暇がないから難しいけれど、都市に居る間はこういう出汁を作ることがよくある。
ちなみに、これは姉のレシピにはない。単に余ったブロスでシチューを作ってみたら美味しかったのでそうしている。他のブロスを使っても美味しい。例えばチキンストックや、ボーンブロスでも良い味になる。
勿論、単に水で煮込んでも美味しいのがマトンシチューだ。何せ材料は根菜と羊肉だ、不味くなる要素がない。けれどシンプルな材料とシンプルな工程の料理なので、工夫のしがいもまたあって、作る楽しさがある。
材料の下ごしらえに戻ろう。羊肉はどこの部位でもいい。内臓でなく、とても上等なラムなどでなければ問題ない(内臓は別の料理にした方がいいし、上等なラムなら焼いた方が美味しい)。今日は首肉だけれど、肩肉でもいいし腹肉でもいいしもも肉でもいい。参考として、ビスマルクのレシピでは、本来ならステーキに使うような、背ロースの芯にある赤身肉だけを使う。当然、とても柔らかく美味しいだろう……原価と売値を考えたくない位には。
ただ個人的な見解を言ってしまえば、煮込んだ時よく旨味が出るのは、首肉やスペアリブのような骨付きの部位のように思う。もっと言えば少し堅く筋の肉の方が、煮込んでも崩れにくく、できあがりがとろとろと解けて美味しい。あと大抵安い、素晴らしいことに。
肉には小麦粉を振っておき、煮込むための鍋にオリーヴオイルを敷いて、こんがりと焼き目を付けてから一度取り出す。マトンの脂が持つ独特の匂いを低減し、香ばしさをプラスするのが目的だ。
けれどこの手順は家庭やレシピによってかなりの差があり、焼き目を付けずに煮込むパターンもポピュラーなので、肉の具合によってやるかやらないかを決めればいいのではないだろうか。今回の首肉は結構羊肉の臭みがあったので焼いたけれど、例えば子羊の、単に焼いても食べられる部位ならただ煮込むだけでも美味しいはずだから。
さておき、これで下ごしらえは完了だ。あとは先程の鍋にオニオン、マトン、カロット、ポポト、マッシュルームと重ねていき、たっぷりのパセリの葉、ローレル、タイム、ガーリックを乗せて、作ったブロスと白ワインを注ぎ、塩を少し入れて煮込む作業に入る。もし羊肉の骨が手に入っていれば、一緒に煮込めばまた良い味が出る。骨は肉屋に言えば安値で売ってくれるし、今回の首肉のように元から骨が付いていれば買わなくてもいい。
火加減としては、スープが一度湧いて灰汁を取り除くまでは少し強め、そこからは薪を減らしてくつくつと煮立つくらいに調整する。あとは本でも読みながら、時々鍋の様子を見て、灰汁が出ていれば掬い、スープが減ってくればブロスを足すくらい。せっせとかき回したり、こまめに世話を焼く必要はない。出来上がっていくシチューに付き合うような感覚で、火と鍋を眺めていればいい。そうすればいつの間にか、羊肉は柔らかく煮え、野菜がスプーンでつつくだけでほろりと解けるようになっている。
調理場の椅子に座って、なんとなしに鍋を眺める。野菜と肉の煮える匂いが渾然一体となって立ち上り、鼻を柔らかく擽った。
――実のところ、これは姉の作ってくれた思い出のマトンシチューではない。
ブロスを入れるなど元のレシピから改変しているというのもあるが、そもそも元のレシピ通り忠実に作っても、不思議と一度もあの頃の味にはなったことはないのだ。野菜を変えても、肉の部位を変えても、香辛料をパセリだけに絞っても駄目だったし、逆にレシピの手順の一切を守らず思いつく限りの工夫をしても当然駄目だった。
姉のそれはただ材料を切って重ねて煮るだけだった。ブロスも使わないし、肉だって焼いていない。臭み消しは大量のパセリに頼っている。それなのに、なぜだかいつも深い味わいがあった。本当に、本当に美味しかったのだ。
「全く、どう作っていたんだか……」
苦笑が湯気と共に浮かんで消えていく。
勿論、単に記憶を美化しているだけなのかもしれない。もう食べられないあの味を懐かしむあまりに、とても素晴らしいものに位置づけてしまっただけなのかもしれない。なにせあの十年は、もう戻り得ない美しい日々で、今を以て宝石のように輝いているから。
ただ何割かは美化されているとしても、何度作って食べても『何か違う』と感じるのだから、やはり姉のそれとは何かが違うのだ。何が違うのか、ちっともわかり得ないけれど。
そういう時、胸の内には僅かなおかしみと痛みが湧き上がる。十年一緒に暮らして何度も食べたはずの、さして難しくもない家庭料理の一つさえ再現できない。なら、彼女のことで知らないことが本当はどれほどあるのだろう。あの日々の中、確かに家族であり、最も親しい人であり、養育者であった姉のことを、俺はどれほど知っていたと言えるのだろう。
――疑問を抱いても、もう答えを得られはしない。
けれどその空白に、今はもうかつてほどの痛みを抱くことは無くなっている。
長い月日が、旅をした日々が、得られた関係が、出会った人々が、ゆっくりとその穴を埋め、あるいは新たに穴を開けて、過去の自分と全く同じ心ではいられなくしたから。
それが良いことなのか悪いことなのかは判然としない。けれど、そうして足掻いた足跡さえも自分なのだと今は思える。
ふと立ち上がって鍋をのぞき込むと、コトコトと優しい音を立ててシチューが煮えている。鼻に届く湯気は胃を擽るような良い香りとなっていて、姉のものとは違うけれど、きっと今回も美味しいシチューになるだろうという予感があった。
キッチンスプーンで鍋をそっと掻き回し、浮いてきた肉片をあの頃のように口に運ぶ。それはまだ煮足りないらしく、少しだけ堅かった。
「うーん、もう少し塩か……」
それに、もうしばらく煮た方が良さそうだ…などと考えていると、背後のドアが勢いよく開いた。
「……あ! なんか食べてるな!」
振り返れば、ラドミールが長く黒い耳をピンと立てて、ずんずんとこちらに歩いてくる。ずるいぞとでも言いたげな顔は、そのまま彼の内心なのだろう。ひくひくとその鼻も動いていて、どうやら料理の匂いを嗅ぎつけてやってきたらしい。
ラドは若いだけによく食べる。弓の鍛錬を終えてまさに腹が減っているのだろうけれど、あまりに隠す気のないというか、内心を表しすぎているというか、素直すぎるその表情がおかしくて、思わずくつくつと笑いが出た。
「何笑ってんだよ……」
俺は鍋にもう一度スプーンを入れる。そうして引き上げた肉片を、途端にむすりとして顔を背ける弟子に渡した。
「夕食を作ってたんだよ。ラドも味見するだろう?」
顔だけは渋々といった表情でスプーンを受け取ったラドミールは、スープと肉片を口に含んで、すぐにぱっと目を輝かせた。
その様子がまたおかしくて、ふ、と笑い声が出る。
――いつか、こうして何度も繰り返し作っていれば、姉のシチューにたどり着けるだろうか。
分からないけれど、とりあえず今日のところは、このシチューが夕食だ。
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