昼前にひょっこりと事務所に現れた簓は、いつもの青いスーツ姿ではなかった。左馬刻と初めて会った時と同じジャケットとジーンズというラフな格好で、足取り軽く定位置である左馬刻の向かい側へ座った。昨日のバトルで汚れてしまったスーツをクリーニングに出してきたと言う。
「ああ、お前膝ついてたもんな。そりゃあ汚れるわ」
「お前も両膝ついてたん俺の目にしっかり焼きついとるからな〜」
左馬刻は、フン、と鼻を鳴らし、煙草の煙を吐く。
ヒプノシスマイクが出回り、手にした人々は日々試行錯誤しながらこの未知のマイクを扱っている。自分たちのレベルは確実に上がっているが、周りも同じだった。バトル相手もどんどん手強くなっている。だが、たとえ膝をついたとしても、バトルに勝利し、マッドコミックダイアログの名も着々と知れ渡っている。
「ほい、クリーニング出したついでにシュークリーム買ってきた」
「シュークリームだぁ?」
差し出された紙袋を見て、左馬刻は顔を顰めた。
「パイシュークリームやって。シューの皮をパイ生地で包んでんねん」
試食させてもらったら美味くてな〜お土産に買ってしもた、と簓はさっそくひとつ取り出してかじりついている。
「うまぁ。サクサクともっちりが同居しとる!」
「おい、簓テメェ」
「わ、なにその怖い顔!左馬刻、シュークリーム嫌いやった?」
「嫌いじゃねえよ」
「わはは、嫌いちゃうんや!」
「テメェはどこまでクリーニング出しに行ってやがんだ」
紙袋にデカデカと書かれたシュークリーム屋の店名の下に住所が書いてある。そこは次のバトル候補にあるチームの縄張りであった。
指についたクリームをペロリと舐めて、簓はにんまりと笑う。
「そこのクリーニング屋の評判が良かったんや。大事なスーツやからな」
「わざわざこんなとこまでかよ。一人で行って襲われたらどーすんだ」
「簓さんは普段オーラバッシバシに出とるけど、必要とあらばオフにもできるんよ」
言うてまだ俺の顔そんなに知られてへんから。特に派手なスーツを着てなかったらなおさらである。俺の認識って青いスーツかも、と簓はおかしそうに笑っている。
「なかなかええ街やで。この喫茶店とか昔ながらのクリームソーダやったし、モーニングもこの値段で豪華やったわ」
喫茶店の常連客や商店街の店主とおしゃべりを楽しみ、美味しい食堂や居酒屋を教えてもらった、とスマホの地図アプリを示しながら、簓はひとしきり話すと、シュークリームの最後のひと口を食べ切り、でな、と続けた。
「そんで、チームのボスらが毎日集まるのがこのバーやって」
「……!」
「左馬刻、明日、一緒にスーツ取りに行かへん?」
新しい煙草の代わりに、左馬刻はシュークリームをひとつ取り出してかぶりつく。唇の端についたクリームを舐めとりながら、うめえな、と呟くと、そやろ、と嬉しそうだ。
「ついでにシュークリームも買って帰るか」
合歓にも食べさせてえ。
ええな!と簓は手を叩いて喜んだ。
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